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対ゾンビ

 ——ゴンッ。


 上から下へと振り下ろされた一撃は、女性のゾンビの頭蓋を砕き、脳を潰した。夜の街に響く鈍い音、手に伝わる痺れと頭を潰した感触は、達成感よりも本当に良かったのだろうかと言う思いの方が強かった。だから、目を背けない。

 地面に倒れ、打ち上げれた魚のようにビクビクと動いている。まるで、壊れたおもちゃのようになったゾンビを凝視して、初めて殺した人間を目に焼き付けた。

 不意にバサリと鳥が飛ぶ音がすると、麻痺した感覚が戻り急激に吐き気を催す。

 

 「——オエッ……オエエエエエエッ!」


 盛大に吐き散らかした。


 頭にかかっていたフィルターのような物が剥がれ、視界が鮮明になった。頭蓋が潰れ、片方の目が水ヨーヨーのように垂れ下がり、地面に転がっている。


 「……ウッ」


 人を殺した。罪悪感か、恐怖か、それとも違う何か、混沌とした感情が心の中で渦巻く。この感情をどう割り切っていいか分からない。ゾンビは人間ではない、と思っても形は人間なのだ。

 黄ばんだ瞳。唇は裂け、歯も何本も折れている。人間とは思えないような酷い形相を形どった横顔。もう一度だけ、まじまじと見やると、込み上げる酸っぱい物を喉の奥に押しやった。


 これからこの世界で生きるには、もっと殺さないといけないだろう。その都度、この感情晒されるならいっそのこと死にたい。

 底知れぬ絶望に希望の光が見いだせない。底なし沼に片足を突っ込んでしまった事を激しく後悔した。こんな事なら、家に引きこもって食料が尽きるまで神崎さんと――


 「――神崎さん」


 名前を呟いた時、狂気に捕らわれた彼女の事を思い出す。彼女も戦っているんだ。そう思うと、折れそうな心が少しだけ元に戻った。


 「あぁ、行かないとだ……」


 地面に落ちたスコップを手に取ると、それを杖にして体をむりやり立たせた。


 「すまない……」


 ゾンビに謝罪をする。人間とはもう言えない存在なのかもしれない。だけど、少し前までは普通の人と変わらない生活を送っていたはず。込み上げる罪悪感を少しでも紛らわせたかった。


 「さて、移動するか……」


 今の音で、他のゾンビが寄ってくるかもしれない。吐き気はあるが大丈夫だ。

 よろよろと俺はその公園から離れていった。


 ——————。


 「あー、しんどい……」


 俺は民家の塀の内側に隠れて一旦休憩をする汚れてしまったスコップを地面に置き、空を眺めた。星が綺麗だな。こんな世界になっても星空は変わらない。人が活動をしていた時は、濁った空だったが今ははっきりと見える。皮肉なものである。

 吐き気は落ち着いたが、もう少しだけ休みたい。だから、こうして星空を見て癒されている。


 この地球ではとんでもない事が起きているが、宇宙から見たら些細な事なんだよな。壮大な事を思う。ちっぽけな俺が必死に足掻いて生きようとする。でも、死にたくないんだ。彼女も守りたいんだよ。星たちに願うように言うと、少しだけ目を瞑った。


 「逃げ出したいな……でも、行くしかない、殺るしかない」


 ずっとここに隠れていたいが、あまり長く休んでいるとダメになりそうな気がした。閉じた瞳を開けると、まっすぐ前を向く。

 無理にでもその場から移動する――

 

 ――――。

 

 その後、俺は何度もゾンビを葬った。スコップで叩いて頭を潰したり。それで仕留められなかった時は、スコップの先端で脳を一突きにして。

 何度も、何度も、何度も。人間の形をしたそれを殺し続けた。


 飛び散る脳漿。飛び出す眼球。砕けた歯に、飛び出した内臓。俺は都度、目に焼き付けた。

 そうして、慣れるまで作業のようにそれを繰り返す。最初と次の一体はくらいまでは吐きそうになったが、それからは作業のようになっていった。今では思考が、どうやったら効率良く殺せるかにシフトしている。ただ、ふと我に返った時……自分が恐ろしく感じられた。

 気持ち悪い、嫌だ、戸惑い、そして躊躇。それが普通の人の考えだろう。

 薄れ、普通から遠ざかっているのを感じたのだ。


 「——はぁっ!」


 気合を込めた一撃。俺に背を見せる二体のゾンビ。一体の脳天にバールを突き刺し、もう一体をスコップで滅多打ちにする。


 「これで十体目……」


 こうして十体目のゾンビを葬った時にそれは起きた。

 

 「体が軽い……」


 正直、精神的にも肉体的にもきつかったのだが、急に体が軽くなったのだ。体の奥底から力が湧いてくる。今なら何でもできそうな高揚感。

 すぐにでも次のゾンビを倒したい。そんな衝動に駆られる。あきらかに異常。


 これってもしかして——


 ——レベルアップ。


 そう思った。現実世界でレベルアップなんてあるのか? そんな巷で流行っているラノベじゃないんだから。だが、そうでもしないと説明できない。

 

 「もう少しゾンビを倒そうか……検証するしかないな」


 ゲームでもよく検証するのが好きだった。

 力が1上がるとダメージはどれくらい上がるのか、そこから敵の防御力を出してレベルがどれくらいでスキル構成がこうで、そうするとこのボスが5ターンで倒せると。

 そんな感じで無駄に検証するのが趣味な部分もあった。それが自分の体で試す事になるとは思わなかった。


 獲物を探して徘徊する。

 あれから九体目のゾンビを倒した時にまたそれは起こった。


 「まただ……これは間違いなくレベルアップだろう」


 俺はそう確信した。

 ただ、さっきより少ない数でレベルアップしたのはきっとゾンビによって得られる経験値が違うからではないだろうか?

 こうして検証を進めていく。

 

 レベルアップか……まるでゲームだな。

 ずっしりとした重さの鉄のスコップが殆ど重さを感じない。ブンブンと振り回すが、まるで棒切れを振り回している感覚である。

 

 「初期レベルが1だとすれば、今は三くらいって事か?」


 レベル三でこれだったら凄いな。っと、ここで考えこむのは流石にまずい。後で考えるとして、もう少し検証を進めようと思う。


 ————。


 「これで五回目」


 分かった事は欠損の少ないゾンビの方が経験値を得る量が多いという事か。体感だから当てになるか分からないが、恐らくそうだろう。


 てか、スコップがだめになったな。一日だけになった相棒に目を向ける。根元から拉げて最早スコップの性能を成す事はできないということは想像に難なくない。馬鹿げた力で、振り回されたそれは使い物にならなくなっていた。


 「そろそろ戻るか。てか、服どうしよう……」


 ゾンビを倒すたびに、脳漿が飛び散り俺を赤く染め上げていた。匂いもきっとやばいんだろうな……自分では分からないが相当臭いだろう。


 急いで戻って着替えよう。薄暗くなってきた、空を見やり急いでアパートへと戻った。


 ——ギィッ


 と音を立てながら玄関を開ける。神崎さんの姿を見ると変わらずスヤスヤと寝息を立てていた。

 こっそり着替えを手に取り、浴室へと急ぐ。

 

 「試してみるか……」


 恐らくレベルが上がった事で、魔力の量も増えているはずだ。シャワーをイメージして魔法を使った。

 

 「あー、気持ちいい」


 それは俺の思った形で具現化した。浴槽の床がみるみる赤く染まっていく。

 ここで魔力が消えたらまずいと急いで全身を洗って、外に出た。

 てか、こんなに汚れていたのか。おびただしい血の量が辺りを染め上げていく。と言うかこれだけ、水を使ったのに全然疲れない。

 まだまだ余裕だ。


 ただ……


 「この事は神崎さんに話すのは辞めよう」


 今伝えるのは危険だ。これを知れば何をするか分からない。とりあえず彼女の精神状態が落ち着くまでは黙っていようと決めた。


 あー、しかし疲れたな。肉体面はレベルアップしたことで平気なんだが、精神面は一切回復しない。今日の出来事を思い出しながら目を瞑って休むことにした。


 かなりの数のゾンビを屠った。初戦にしては上出来ではないだろうか?生前の面影を残すその姿に最初こそ戸惑いを覚えたが、途中からはそれが薄れていった。脳内アドレナリンの影響なのか? 

 自分はこんなに冷たい人間だったのだろうか?


 一通り考えを終えると、意識を手放した。

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