ファンファーレ
「く……そっ!」
弾き飛ばされそうなのを必死に堪える。
「――まだだっ!」
両の手に自分の出せる力の全てを込めた。悲鳴をあげる氷の斧。ひびが入るのを何度も修復し、崩壊を免れている。だけど、このままではまずい……。
模倣の制限時間は二分。残り時間は一分もないだろう。
シーリス――後どれくらいで模倣が切れるんだ?
――残り三十秒です。
と、予想よりも時間がないらしい。別の魔法を行使しようとするが、全ての力を注ぎ込んでいるため上手くイメージがまとまらない。
「くそ――え? 唯?」
すると、後ろからそっと二つの手が現れて氷の斧の柄の部分を握った。
横目で彼女を見やると目が合う。「冷たいね」と一言呟くと彼女はまっすぐにサソリ型のアンデットを見やる。
「はあっ! もう――いい加減にして!」
気合いと共に力を込める彼女。二対一の構図がここに出来上がる。
俺も彼女に負けじと有らん限りの力を込めた。
「――ギギッ!?」
驚いた声をあげるサソリ型のアンデットだったが、二つの怪力が合わさった事で一瞬で拮抗が打ち破られる。
「あぁぁあああっ!」
俺と唯の叫びが重なる。
「いい加減、くたばりやがれ!」
叫ぶ俺達。
硬い物を切り裂くような、鈍い感触が伝わると人の胴体程ある尻尾を切断した。赤い鮮血が空を舞い全身に降り注ぐ。
そして、その勢いのまま、
「――ギィッ!」
サソリの胴体へと氷の斧が吸い込まれた。体の中程まで食い込むが、
「ギ……ギギギィ……」
声には力がこもってないが、それでも生きていた。
「まずい! 時間が――」
制限時間を過ぎてしまい、模倣の能力が解かれる。体の中程まで食い込んでいるが、唯一人の力では切断するにはいたらない。
「まだよっ!」
唯がハンマーを手に駆け出した。
「おりゃぁぁああっ!」
サソリの胴体に登った唯はハンマーを高く振り上げると、氷の斧に打ちつけた。力の限り何度も打ちつける。砕ける氷に舞う血液。だけど、少しずつ深く食い込む。
そして、後少し――
「きゃっ!」
「――唯!?」
かなり短くなった尻尾だったが、人を一人弾き飛ばすには十分だった。
「往生際が悪いんだよ!」
——イメージは鉄の弾。
——黒く染まった鋼鉄の弾丸は敵を穿つ。
無から有の物体を作り出す事で多量の魔力と、頭に鋭い痛みが走る。
「あが――耐えろ!」
膝を着きそうになるが、額を左手で掴み誤魔化す。
これで終わりだ――っ!
――イメージは大砲。
――そして、磁力。
すると、床に落ちた人の頭程ある鉄の塊が宙に浮く。
――収束した力は如何なる物を破壊する。
――音速を越え、飛来する悪魔。
――超電磁砲
アニメや空想上でよく見る兵器。まさか、俺がそれを実際に操る時が来るとは思いもしなかった。練習ではかなり小さい玉で実験をしたが、ゾンビを軽々と木っ端みじんにする威力に驚いたが、今回のこれは全ての力を注ぎ込んだ。
迸る紫色の光が解き放たれるのを今か今かと待ち構えるかように暴れている。ぞわぞわと全身の総毛立つ。
「――ファイアッ!」
いつもトリガーを引くときに呟く言葉。魔力は最大限に込めた魔法が解き放たれる。
「ギ――!」
奴の悲鳴のような声が聞こえ、
「――あぐっ!」
建物が揺れる振動と共に、俺は後ろへ弾き飛ばされ壁へと激突した。肺の空気が全て外に押し出され、息苦しく。放たれた光と、ぶつかった衝撃で目がチカチカとした。
薄く目を開け、視界不良を起こしている目で周囲を見ると、何かにしがみつく物体が見える。
――唯だ。
良かった無事だった。
予想以上の威力を見せた魔法のせいで、彼女に万が一があれば悔やんでも悔やみきれない。だけど、それも杞憂に終わり安堵する。
そして、明滅を繰り返す視界が徐々にクリアになると、
「おいおい――まじかよ」
電磁砲が放たれた部分が抉れ、巨大な穴を空けていた。鉄の玉が通ったであろう部分は高熱に晒され赤く煮えたぎり、目標のサソリ型のアンデットは、足の先端と尻尾の一部を除いて跡形もなく消え去っていた。
「やりすぎたか……な?」
電磁砲で空いた巨大な穴から外が見える。下に打ち下ろすイメージで放ったそれは、集まったネックリーの大群の一部を消滅させ、巨大なクレーターを作った。
「ちょっと! 今の何!?」
驚いたように興奮した様子の唯が詰め寄ってくる。無事だったようで何よりだ。
「前に練習した、超電磁砲の本気バージョンかな……。ただ、威力がこんなになるとは思わなかったけどさ。ごめんね……怪我はない? 大丈夫?」
必死だったと言えど、やり過ぎた感は否めない。素直に彼女に謝やまると「もう! ビックリした」、と返事が返ってくる。
自分の攻撃で彼女を傷つけたら洒落にならないよな……。てか、今回のは傷を付けるとかそう言うレベルじゃないし。簡単に殺していたかもしれない。あのゾンビを倒すためと言えど、今度から高威力になる魔法を使うときは絶対に事前に使おう。
「あー、疲れた」
唯がその場に座り込む。そう言う俺も今ので魔力はすっからかん。これでも倒せてないなら流石に戦う力も気力も残っていない。
「本当に死んでるよ……な?」
残った破片を足でつついて見るがピクリとも動かない。待てど何も反応がない事で、ようやくこの戦いが終わったと実感すると俺もその場に腰を降ろした。
因縁のある建物。感情に振り回されて来てみれば取り返しのつかない事になる一歩手前だった。もし、俺が一人だったら生き残れた自信がない。唯がいてくれたからこそどうにかなったようなものだ。それに、消耗した状態で危険と分かっているのに、こんな事をしていたら本当に取り返しのつかないことになる。反省点はかなり多い。
後は……
「外に集まったネックリーの群れをどうにかしないとだよな」
自分で開けた穴のお陰で、座っている位置から外の様子が見える。サソリ型アンデットの眷属達は、親を失った事で散り散りとなり始めていた。だけど、それでもかなりの数が残っている。中には建物の中に入り込もうとしている姿も見えた。これの相手を今からしないといけないとなるとかなり億劫だ。
『――ボスモンスターの討伐を確認しました』
これからの事を考えていると、ようやく勝利のファンファーレが鳴った。
「神の……声かな?」
すぐ側に寄ってきた唯がそう呟いた。
「あぁ、やっと……終わったな」
神の声が聞こえ、改めて戦いが終了したんだと実感できた。座った腰を持ち上げ、唯を見ると目が合った。彼女も頬が緩み、緊張していたものが取れたようである。そして、互いに見つめ合うこと数秒、
「宗田さん、お疲れ様」
「唯もお疲れ」
と、声を掛け合った。