女王と軍団
目前まで迫ったアンデットの集団に次の一手を考えるが、何も思いつかない。しいて言えば”逃げ”る事が得策なのだろう。ちょうど、二階に登ってきたエスカレーターはすぐそこにある。走れば逃げれるだろうがどうするか。自分の血で出来た剣を構えるながら、ネックリーの集団を見ながら最善の一手を考えた。
「宗田さん! ここは一旦引きましょう!」
唯の声にも余裕はなかった。
「うひっ! 逃がす訳ないだろ!」
サソリ型の魔物の妹の顔がネックリーの群れの背後から突然姿を現した。
「いただきまーす! あーん……きひっ」
妹の顔に唯がハンマーで一撃を叩き込み、俺がすぐさま首を跳ねる。伸びた首がケーブル付きの掃除のケーブルを巻き取るように、胴体に吸い込まれる。遠目で妹の顔が再生される姿が見えた。
自在に伸びる首と、あの再生力は厄介だ。普通のゾンビなら頭を砕けば殺す事は可能なのだがどう言う訳か、この三姉妹にはそれが通用しない。何かしらのギミックが隠されているのだろうかと思うのだが……、
「アヒッヒッ! おナかスイたー!」
奴のギミックの正体を暴こうと、観察していたが時間切れのようだ。ネックリーが到着してしまったらしい。
「俺が押さえるから先に逃げろ!」
「でもっ!」
「いいから、早く!」
食らいつこうとするネックリーに、唐紅の剣を振るいながら唯に指示を飛ばす。彼女が逃げたら最大火力をぶつけて、俺も逃げるつもりだ。死ぬつもりなんてない。
「分かった――」
「あらー? いいのかしらね? 外も凄い事になってるわよ?」
唯が行動に移した時、姉の声が聞こえた。
「だって、ここら辺一帯は私のテリトリー。子供達は私の自由に操れるもの。むざむざ逃がすつもりなんてなくてよ?」
「くっ! 邪魔だっ! そんなはったりなんて信じる訳ないだろ!」
ネックリーを斬り伏せると、姉に向かってそう叫ぶ。
「なら――試してみたら?」
こちらを小馬鹿にするような笑みを浮かべながら姉の目が俺達を捉えた。もしかして……。その時、ここに来る時に見た巡回するネックリーの姿を思い出す。あれは、コイツが指示をしていたのか? アドゥルバのテリトリーはあの工場だったが、雫さんが言うには範囲が広がっているとのことらしい。と、なればそこはこいつのテリトリー。しかも、アドゥルバも偵察用のグールを放っていたが、この辺一帯には通常のゾンビもグールも居なかった……それは、完全に支配している事を証明しているのではないだろうか?
そう考えると、途端にコイツが言った事が俺達を惑わせるために言っているとは思えなくなった。つまりは退路を絶たれた……。
「唯、場所が悪い! 一旦上に避難だ!」
「分かった!」
こっちは二人、相手は何十体と居る。しかも、ジリジリと壁際に追いやられたとなれば、数も地の利も向こうが有利。一旦体制を整える事を優先する。
「――凍れっ!」
エレベーターを駆け上がり三階に到着すると、唯一の上に登るための階段を全て凍らせた。そこに群がるネックリー達は足が滑り、階段を登る事ができない。ふぅ……、一時的にだけど窮地から脱出できたな。
「宗田さん! 外を見て!」
先に上の階へと登っていた、唯が声を張り上げ指をさす。
「あの化け物が言っていたことは……嘘じゃなかったのか」
エスカレーターを登ってすぐ左側の壁は崩れ、床に開いた大穴と同じくらいの大きさの穴が開いていた。そこから外の様子を見ると、あいつが言っていた事が嘘じゃないと言うことがすぐに分かった。
「どこにこれだけ潜んでいたんだよ……?」
変容した世界の初期の頃。俺達がマンションの屋上から、この場所を確認した時のことを彷彿とさせる光景が広がっていた。
この建物を取り囲むように集まった無数のネックリー。ここに来る途中にも大群に襲われたが、それすらほんの一部に過ぎなかったのだろう。あまりに多すぎて数えるのも不可能である。
「はは」
気でも触れてしまったように乾いた笑い声が漏れた。アンデットの集団は俺達の姿に気づくとポツリポツリと顔を上げる。幾百、幾千とも言える眼差しに射抜かれ、思わず後退りをしてしまった。
「なんで、中に入ろうとしないんだろう?」
俺達を見つけたネックリーは、ただこちらを見上げるだけで微動だにしない。その場でこっちを見るだけで、いつものように興奮した姿で騒ぎ立てるような事をしなかった。
「ふふふっ。それは私がそう命令しているからよ」
姉の声がした。瞬時に後ろに振り返ると、二階に這い上がってきた時のように大穴から顔が現れる。にゅるりと体を持ち上げるようにサソリ型のアンデットが完全に姿を現した。
「あなた達を逃がさないようにってね。それに――食べるのは私達。良質な魔力のいい匂いがするんだもの。眷属如きに食べさせる訳ないわ」
まっすぐに俺達を見据える姉。妹達も薄ら笑いを浮かべている。
「ふふっ。まさかあのグール野郎が消えてくれてるなんてね。おかげで領域も増やせるし、こうして良質な餌も舞い込んできて――嬉しいわ」
グール野郎? こいつアドゥルバを知っているのか? このアンデットの言い方だと、アドゥルバにある程度おさえ込まれていた、と言う訳なのだろう。それを俺達が倒してしまった事で、領域が拡大してしまったと言うことになる。こいつらも一枚岩と言うわけではないと言うことか……。
強さだけで言えばアドゥルバ。厄介さはこいつ。頭を潰しても死なないし、すぐに再生してしまう。それにアドゥルバも眷属を従えていたが、数が桁外れに多い。仮に外に居る奴が一斉に襲いかかって来たらどうなるのだろうか? 建物のおかげで、一時的に凌ぐ事はできるが消耗戦となれば相手に分がある。ここでコイツを倒せても、外の奴等を相手にしないといけないとなると、俺達が生き残る事は――。
「姉様、もう私お腹が好きすぎて死にそうですよ。あっ、もう死んでましたっけ? あはっ」
「もう、あれ以来食べてないんですよ? 姉さん私も限界!」
妹達は姉の回りをふらふらと動いている。催促するような、甘えるような、声色で姉に言うと、
「そうね……。眷属をこれ以上増やす必要もないし、そろそろニンゲン狩りでもしましょうかね」
「えっ! 本当に!? 姉さん、最高!」
姉の言葉にテンション高く動き回る妹。
「――させるわけないだろ」
思わず言葉が漏れた。俺達を”餌”としか認識しない、それに加え小馬鹿にした態度に沸々と怒りの感情が湧いてくる。
「あら? こんな状態なのにまだ諦めないのかしら? たくましいわね」
余裕綽々と言った様子の姉の顔を睨みつける。唐紅の剣を握る力が自然と強くなった。
「なぁ、ここに居た人達をどうしたんだ?」
分かりきった事。ただ、自分の怒りを助長させるだけ。
「何コイツ! キモッ! そんなの腹の中に決まってるよ。ねぇ、姉さん。美味しく食べたよね?」
「そうね。新鮮な肉はたまらなかったわ。泣き叫ぶ声もまた――味を引き立ててくれるし」
「姉様も凄い興奮してたもんね。それで、集まったゾンビは眷属に――もう、至れり尽くせり」
恍惚とした様子の顔達はここであった時の事を思い出してるのだろうか。邪悪に微笑み、当時の事を語ってくれた。
「――殺す」
俺は頭の中で何かが千切れる音がすると同時にサソリ型のアンデットに対して走り出していた。背後では唯の声が聞こえたが、振り返る事はしない。少しでも早く、目の前からコイツを消し去りたかった。
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