再び
書き溜め中の生存報告に。
8月中には毎日投稿再開予定ですので、しばらくお待ちください。
「はあ……はあ、はあ」
気持ちが落ち着くまでひとしきり叫び続けた俺は、体から一気に力が抜ける。電池の切れた人形のように手をだらりと下げて、動く気力すらわかない。
「落ち着いてください落ち着いてください落ち着いてください――」
壊れたカセットテープを再生したかのように「落ち着いてください」のフレーズが耳に入ってくる。気力が湧かない体で、目だけを声が聞こえる方へ向けると、しがみつく唯の頭頂部が視界に入った。彼女は今も同じ言葉を繰り返す。
「いつっ!」
怪力で抱きしめられた事で、体に痛みが走った。
「あ、俺……何を? あっ、そうか……」
発する声は酷く潰れている。だけど、おかげで自分がさっきまでどんな状態だったのか思い出す事が出来た。
「唯……」
喉を超回復で治すと、怯えたように震える彼女の名前を呼んだ。
「宗田……さん?」
恐る恐る彼女が顔を上げて充血した目で俺を見る。「痛いよ」と耳元で呟くが、
「知りません!」
さらにきつく抱きしめられて悶絶する事となった。
「痛い痛い痛いっ! ちょっ、唯っ!」
「あれだけ言ったのに! 私止めたんだからね……」
最初は怒ったように、最後は消え入りそうに、彼女が言うと抱きしめる力が緩んだ。
「ごめんね。もう、落ち着いたからさ」
そっと彼女を離す。そして、もう一度首を吊って死んでいる男達の死体を見やった。さっきのように感情が爆発する事はないが、チクチクと痛む気がする。
「自分で命を絶ったんだな……」
「はい……。私も見た時は驚きました。正直、宗田さんに伝えるか迷って……」
「伝えてくれてありがとう。全員が自分で死ぬことを選んだわけじゃないけど……ゾンビに囲われて恐怖に負けた人がかなりいたんだろうな。一人が死んでそれが連鎖的に広がったんだろう」
立ち上がり、二階のフロアを見渡すとそこかしこに吊された男達の死体があった。何百とある首吊り死体がここで起きた悲惨な出来事を物語っている。
「助けられなくて……ごめん」
返事がするわけもなく、かと言って許しを得れる訳ではないが謝罪の言葉と共に頭を下げ続けた。
「宗田さんは悪くないよ。あの時は……仕方なかったんだよ。二人とも今ほど強くないし……助けたくても助けられなかったと思うよ」
唯が慰めの言葉をかけてくれる。彼女の言うことは間違いない。だけど、どうしても謝罪の言葉を述べたかったんだ。
「……帰ろうか」
「そうだね。帰って今日はゆっくり休もう。ボスも倒したことだしさ」
「ボス……? って、あれ?」
「どうしたの?」
まずいぞ。アドゥルバを倒した時はすぐに”神の声”の報酬があったはずだ。だけど、今回はまだそれがない。つまり、奴がボスじゃない可能性もあるが……まだ――生きている。
「唯! 今すぐ逃げるぞ!」
だけど、今回も間に合わない。
「――あら、もうお帰りになるの?」
穴の奥から伸びた首。その先端に付いている巨大な顔。その二つの瞳が俺達を捉える。
「――唐紅の剣」
あんな事があったばかりなんだから、素直に家に返して欲しいものだ。と心の中で悪態吐くが、そうも言ってられないと俺達は臨戦態勢へと移行した。
「びっくりしちゃったー!」
「ちっ! 少しはやるわね!」
二つの腐った顔も健在だ。ぬるりと三つの顔が穴から二階のフロアに姿を見せると、追従するように胴体も這い上がってくる。サソリ型の化け物は――生きていた。
「頭を潰したのにどうして!」
斬り飛ばした頭を潰したのは唯。驚愕に顔を染め叫んだ。
「さて、なんででしょうね?」
小馬鹿にするように姉は薄ら笑いを浮かべながらこっちを見やった。
「ははっ――!」
姉に気を取られてる隙に、妹達が俺と唯に向かって顔面で体当たりを仕掛けてきた。
「舐めないでっ!」
唯は高速でハンマーを振るうと、二つの顔を殴りつける。風船のように破裂した妹達の顔が地面に力なく崩れ落ちた。
「やるわね」
自分の妹がやられたと言うのに余裕の笑みを浮かべている。
「ふふっ。ほら、二人とも遊んでないで起きて」
枯れた草のように、地面にしおれた妹達にそう言うと、
「はーい」
「分かりました。姉さん」
テープが逆再生するかのように、原形を留めないくらい破壊された妹達の顔は、あっという間に元の姿へと戻ってしまう。恐らくさっきもこんな感じで元に戻ったのだろう。だけど、どうして今回はこんなに早く再生したんだ?
「あはー。痛かったわ」
効いていないと言わんばかりにわざとらしく姉の長い首へと巻きつき、じゃれ始める。
「今回の餌は生きが良いわね」
俺達を餌と呼称する姉が、
「少し手伝ってもらおうかしら」
そう言うと、胴体に付いている先端が針のように尖っている尻尾をピンと伸ばす。
「さっ、可愛い子供達――起きて」
首を吊る男共の死体のロープを次々に鋭く尖った尻尾で切断する。ぼとりと音を立てて死体が床に落下すると、ずっと吊されていたことで首がだらしくなく伸びた死体がのそりと――起き上がった。
だらりともたげた顔を何度も振り回して、奇妙に踊るゾンビ。その姿は、
「まさか……」
佐川 葵の両親。その死体が変容した時と同じだった。
「イヒ……ヒヒ……ヒヒヒヒッ」
次々と起き上がった死体達はネックリーへと姿を変える。その姿はまるで、不気味なダンスを踊っているようだった。次から次へと尻尾を使ってロープを切断し、奴は自分の眷属を増やしていく。ネックリーの数が増えるごとに不気味な笑い声が大きくなった。
死臭が濃くなった二階のフロアにネックリーの笑い声が響く。細く、高く、小刻みに、品性のかけらもない笑い声は、静寂の夜の廃墟のように物が散乱し、滅茶苦茶になったホール全体に響く。俺達は動く事もできず、茫然とサソリ型の化け物の行動を見ている事しかできなかった。
「うふふっ。おとなしく待っていてくれたなんて、いい子ね」
妖艶な笑みを浮かべる姉。
「さあ――行きなさい」
それを合図に一斉にネックリー達が動き出した。
「唯、下がって! 赤の刃――『空斬』!」
ネックリーの群れが俺達に迫る。唯を後ろに下がるように促すと血液操作で小さな刃を作り出して射程圏に入った奴らを片っ端しから切り刻んだ。
「多すぎるだろ!」
悪態を吐くがネックリーは歩みを止めない。軍隊のように足並みが揃っているわけでもなく、攻撃から守る手段を持っているわけでもない。長い首のせいでアンバランスな体躯。それのせいで歩く時の動きは不格好で緩慢。だけど、仲間が殺されようが、攻撃が来ようが恐怖を感じないアンデット達は確実に距離を縮めてくる。
「集結――唐紅の剣!」
これ以上は押さえられないと判断した俺は散らばった、血の刃を戻すと唐紅の剣を形成する。