後悔ばかり
書き溜め中の生存報告に。
俺の人生は後悔ばかりだったのかもしれない。最近では、ホームセンターを見捨てた事を筆頭に、佐川 葵を説得できなかった事や、ネックリーに家の襲撃をされた時も余計な事ばかりしてしまった。思い返すとそんなんばかりで、自分で自分に嫌気が差してしまう。結局はゾンビ達と戦えるようになったのかもしれないけれど、感情にすぐ揺れる心は未熟なままなのだろうか。そして、結局は今回も戻っていればと、”後悔”する事になってしまった。
「――姉様、何かニンゲンの臭いがしませんか?」
「あら、本当ね。お腹が空いたからご飯にしよましょうか――妹達」
暗い闇の中に二人の女性の声が聞こえた。会話の内容から、明らかに味方ではない。
「本当にあなたって食べ物の事ばかりね」
「えー、だって新鮮な肉の臭いを嗅いだらお腹がすいてしまいますわ。ほら、あなただって涎を垂らしているじゃない」
三姉妹なのか? それぞれ声色の違う女性の声だ。
「ほら、すぐに喧嘩しないのよ」
姉と思われる声の持ち主がそう言う、妹と呼ばれた二人が「はーい」と返事をして静かになると、上の方からドスンと重たい音が聞こえた。
「――隠れよう!」
穴から急いで離れると、倒れた商品棚の影へと身を潜める。ちょうどよく、幾重にも折り重なるような形で倒れた棚は、隠れるにはちょうどよかった。しかも、隙間から穴の様子が見える。
「唯、体力回復のポーション飲んで」
「はい!」
空中にポーション球を浮かせて彼女に渡す。俺も一口飲んで準備を進めた。
「唐紅の剣!」
最後の魔力回復のポーションを飲み、万全の状態を整える。すると、その時、
「何あれ……」
巨大な大穴からぬるりと這いだしてきた奇妙な存在に唯が声を漏らした。かく言う俺も、その姿を見て背筋が氷つく。かなりの重量物が落ちた時のように、建物が揺れ人の手が入らなくて溜まったホコリが舞った。
「あら? 居ないわね? 隠れたのかしら」
「姉さん、でも臭いはまだするから探してみましょう」
巨大な大穴から現れたそいつは人の姿をなしていなかった。声だけを聞けば女性と勘違いするが、その姿は奇々怪々。平べったい胴体に足は6つ。サソリのような尻尾を持ち昆虫のような姿である。ハサミのような手でその辺の邪魔な物を持ち上げて、俺達の居場所を探している。
「ここかしらね~?」
一つの胴体から伸びた三つの首。先端には人の背丈程の大きな顔が付いていた。
「姉様、あっちはどうかしら?」
一際大きな顔の事を姉と呼ぶ妹は、髪の毛こそ長く女性らしい声だが、顔の表面はネックリーのように腐り、男女の判別がつけられない。姉の顔を真ん中にして、こっちから見て左側の顔は「姉さん」と呼び、右側の顔は「姉様」と呼んでいた。同じ胴体だが、性格は別々のようで軽く言い争いをしながら俺達を探している。
「たく、どこに居るのよ!」
苛立ちったように口に棚を加えて放り投げた左の顔。俺達のちょうど横を通り過ぎ冷や汗を流す。
「やっぱり、いないのかしらね?」
唯一、人の顔の形をなしている姉がそう言って困ったような表情になる。腐った顔の妹達に対して、姉は腐っていない。切れ長の目に、口紅でも塗ったかのような赤い唇。顔だけを取って見れば美しい女性と言って差し支えない。だけど、面妖な姿かたちに、より不気味さと、禍々しさを引き立てていた。
「どうしよう……?」
「ギリギリまで隠れてよう。できればこのままやり過ごしたい」
ある程度は回復したが、本来の八割程。挑むならできれば万全の状態がいいのだ。
「どうやら逃げたみたいね。戻ろうかしら……」
「はーい」
その言葉を聞いて安堵した。後はばれないようにここから逃げ出せばいいだろう。
「でも、その前にね――」
姉と呼ばれた顔がこっちを見た。
「――まずい! 赤の壁『赤壁』!」
唐紅の剣を解放すると、血で出来た壁が目の前に出現し、そこに猛スピードで飛んで来た何かが激突した。耳を塞ぎたくなるくらいの破壊音に顔をしかめる。
「あら? 生きてるの?」
赤の壁が消えて姿を現した俺達を見ると、姉と呼ばれる顔が不思議そうな声を出した。
「あひゃ! 姉さん流石ですね!」
フラフラと宙を浮くようにはしゃぐ。まさか、気づいているとは思わなかった。でも、いつからだ? 距離も二十メートル以上離れているはずだが、
「気づかないわけないわ。だって、ここに来た時から、人間の臭いがプンプンしてたもの。久しぶりのご馳走に少し遊んじゃったわ」
最初から気づいていたのかよ。それなのに……たちが悪い。こうなった以上戦うしかないか。ならば、
「唯――」
俺は彼女に作戦を話した。
「うん。――分かった」
あれだけ大きい穴があるんだ。利用しない手はないだろう。
「あら? 格好いいわね。彼女を守る騎士様ってところかしらね。いいわ! そそるわ!」
唯が走って逃げる姿を見て、舌なめずりをする姉の顔。
「だけど、逃がすわけないでしょ?」
サソリ型の化け物が逃げる唯に向かって動こうとする。
――イメージは氷結空間。
即座に魔法を展開して体を凍らせた。流石にこの巨体に全身を凍らせるのは不可能だったが、穴の下から動かなければそれで良い。ネックリーよりも魔法の効きが悪くも感じるが、これは魔法耐性によるものだろうか? ともあれ化け物の体は完全に凍り身動きが取れなくなった。
「姉様!?」
「あら、慌てなくてもいいのよ。これくらいならすぐに――」
させるわけないだろ。
――兜割り。
見えない刃が化け物へと迫る。不可視の刃だったが、この生物は何かを感じ取ったのか首を大きく逸らせ避けた。
「こいつ! 姉さん私が殺るわ」
すると、首がみるみると長く伸びると離れている俺に向かって迫ってくる。
「くっ!」
口を大きく開き食らいつこうとする腐った顔の妹を横に避ける。
「食らえ!」
唐紅の剣を伸びた首に上から下に振るうが、
「あたらなーい」
首をくねらせた事で空を切る。小馬鹿にした物言いに少しイラついたが、罵声を浴びせる暇もなかった。
「あははっ。食べちゃうぞっ!」
別の方向からも俺に襲いかかる。それをレベルアップで人間離れした身体能力をフルに使い宙へと飛び上がって避ける事に成功した。
「――しまった!?」
咄嗟の事といえ判断をミスった。飛び上がった事で俺は鳥のように自由に動けるわけもない。完全な無防備な状態の俺に向かって、今度は姉の顔が迫ってくる。
「いただきますね」
女性のきれいな顔が俺の目前まで迫った。一つ判断を間違えてしまった結果がこれだ。どうにかする方法はないかと考えたが、結局はどうする事も出来ずに姉の開いた口が視界いっぱいに映る。人の口の中のように、赤い舌がうねり唾液がねっとり糸を引いている。口蓋垂が気分良くリズムを取るように揺れ、喉の奥の闇が俺の見た最後だった。