違和感が気になる
生存確認のために投稿。書き溜め実施中。
「あっ、宗田さん。どうだった?」
入り口の前に立って見張りを続けていた唯が、足音に気づいたのかこちらを向いた。ちょこちょこと駆け寄ってくると、ホームセンターの状況について聞かれる。
「何もなかったんだけど……」
「だけど?」
口ごもる俺に、小首を傾げながら聞き返す。
「静かすぎるんだよね……。あそこだけ、別の空間のような、そんな雰囲気がするんだ」
見た時に感じた事を素直に話すと、彼女は相づちを打ちながら話を聞いた。
「多分……何かある。いや、居るって言うべきかな。とにかく違和感があった」
ホームセンターの雰囲気もさることながら、ネックリーの巡回するような動きもおかしかった。それを彼女に伝えると、難しい顔をして俺を見やる。
「今日は……戻る?」
「そうだな……今日の所は――」
――――――――。
『ケーツー』は日用雑貨や大工用品を売っているホームセンターの一つだ。日本全国に展開し、国内では最大級。日本国民なら誰でも知っていると言っていいだろう。世間でDIYブームの先駆けとなり、世界が一変する少し前にニュースで海外にも展開が決定と見た記憶がある。
平日も人はそれなりに出入りし、休日になると数百代は車が停めれるだろう敷地は、人でごった返していた。日用品でここまでと思うが、ケーツーは量販店のように家電やブランド品に、薬など多種に渡る商品を販売していたのが人気の一つでもある。そう言う俺もたまに利用していた。世界が変わる少し前も、ここでバールやスコップを買ったのだ。それに、ゾンビで溢れる世界になってからも武器を入手しようと訪れようとしたけど……結局は人は人でもアンデットの大群に取り囲まれて断念する事になったのだが。
そんな、大型店舗は今は廃墟さながらの雰囲気を醸し出していた。
「――着いたな」
横にいる唯に向かって声をかけると、いつぞやの時に訪れようとした建物を見上げた。
「本当に中に入るの?」
不安そうに唯が訪ね、俺はそれに頷いて返事をする。
「中の様子を少し見て帰えるだけだから……大丈夫だよ」
俺達はホームセンター『ケーツー』へと来ていた。ネックリーの大群との戦いで魔力も体力も消耗している。本来なら戻るべきなのだろう。だけど、あの時……ゾンビの大群に囲まれたこの場所の事が脳裏に蘇ったのだ。きっと生きている人はいないだろうと思う……。だけど、見捨てたと言う思いが槍となって心に突き刺さり、本来取るべき行動をさせまいと邪魔をする。もし、あの時助けに向かっていれば状況は変わったのだろうか? もし、あの時ここに向かって少しでもゾンビを減らせば少しくらいは人が助かったんじゃないだろうか? その中に、友達に同僚がいたんじゃないのだろうか…………。あげればきりなく考えが浮かび、最終的には衝動に突き動かされる形でここまで来てしまった。
「この隙間から入れそうだな」
入り口の自動ドアの割れたガラスの向こうには、商品やら棚やらでバリケードがされていた。だけど、大量のゾンビが侵入した事でその一部が崩れ隙間が生まれていた。そこから、中に入れそうだと足を進める。俺が先に進と、唯も後ろを着いて来る。彼女を巻き込んでしまった後ろめたさはあるがどうにも押さえる事ができず、自分の感情を優先してしまった。少しだけ後悔はあったが、もしもの時は自分を犠牲にしても彼女には逃げてもらおうと思っている。
「きゃっ!」
背後で唯が小さく悲鳴のような声を漏らした。慌てて後ろを振り向くと、唯がしりもちを着いている姿があった。乱雑に転がった商品だった物に足を取られたのだろう。お尻をさする彼女は痛そうに片目を閉じている。
「大丈夫? 怪我はない?」
手を差し出すと、彼女はその手を取って立ち上がる。少しだけ緊張しているのか、湿った手の平が少しだけ吸い付いた。
「大丈夫だけど……お尻が痛いよー。うーっ!」
かなり痛かったのか、痛みに顔をしかめながら自分のお尻をまだ撫でていた。
「足元、気をつけないとな」
床を見ると様々な商品だった物が散らばっていた。中には包丁やハサミなど刃物の類も混ざっている。もし、これが刺さっていれば大怪我をしていただろう。念のため、もう一度彼女を見て怪我が無いことを確認するが大丈夫のようだ。
暗いな……。入り口の方はまだ月明かりで明るいが、中に入る連れて闇が深まった。散乱した物に足を取られそうになりながら、どうにか店の奥へと進む。
「イメージは――懐中電灯」
深まる闇でほとんど何も見えない。勘を頼りにここまで進んだが、足元も見えず流石に危険だ。雷属性の魔法で、雷球を発生させ視界を確保する。ゾンビの気配も何もしない。店の奥の方へと雷球を移動させて、至る所を照らしてみた。
「酷いな……」
想像以上の荒れ具合に自然と言葉が漏れる。死体こそないが、至る所に乾いた血痕や、人間のパーツらしき物まで落ちていた。ここで、惨劇があったことは間違いないだろう。生存者は……やはり居ないか……。食われたか、逃げたか。後者である事を願いたいが、望みは薄いと思う。俺達は転ばないように気をつけながら、さらに中へ足を進めた。
ケーツーは敷地も広く、更に建物もかなり大きい。全部で三階建て、一階は日用雑貨や工具類。二階は家電に食料品。三階は家具類が販売されている。一日でそれら全てを見て回る事は不可能なくらい、フロアも広い。ただ、その巨大なフロアには、人の気配どころかゾンビすらいないのだ。不気味な静けさだけが支配していた。俺と唯が散らばった商品を踏みしめる音だけが響き、闇へと吸い込まれていく。そして、中程にさしかかろうとした時だった。
「なに……あれ?」
指をさした方向へと視線をなぞると、彼女が唖然と声を漏らした理由が分かった。
「穴……?」
天井に穴が空いていた。しかも、ただの穴じゃない。かなり――巨大な穴である。人が十人以上、余裕で通れそうな大きな穴が天井に空いている。さらに、その穴からは光源が無いにも関わらず光が差し込んでいた。
「ここで何があったんだよ……」
人の力で空けたとは思えない巨大な穴は、俺達を誘い込んでいるかのように口を空けている。
「上に行ってみる?」
どうするべきか? この目で確かめたいと言ったが今は迷っている――上には何かが居る。
本能のような、勘のような、その穴を見ていると全身に怖気のような寒気を感じて、逃げろと脳が警告を鳴らしてくるのだ。今もこうして見ている間に俺達の存在に気づいた何者かが、その穴から姿を現すのではないかと思えてくる。
「……宗田さん?」
雰囲気に飲まれ、返事がない俺の名前を呼ぶ。振り向くと、彼女も何かを感じ取ったのか、険しい表情をしていた。アドゥルバと出会った時と似た雰囲気に、一気に空気が張り詰める。
ここは間違いなくボスの領域。こんな消耗した状態では来るべきじゃなかったのだ。嫌な汗が頬を伝わり、緊張で手が濡れる。それをカーキ色のズボンのポケットで拭くと、
「唯、今すぐ――」
逃げようと、伝えようとしたが遅かった。