潜む物はなんだ?
「どうにか着いたね」
休憩を終えた俺と唯は偵察をするための目的地としていたマンションへと到着した。ここまでネックリーとエンカウントしそうにもなったが、見つかる事なくここまでこれた。
「中に入ろう」
色々と思い出のあるマンションは、あの時と形を変えず佇んでいた。
「ガラスがかなり割れてる……。前はこんなになってなかったのに」
入り口のガラスは最初に来た時よりも粉々に砕けていた。
「あれ? ここに死体がある?」
階段への入り口を開けるとゾンビの死体があった。
「あー、これは前に俺が倒した奴だね。覚えてるかな? 佐川さんと出会った時、一人で食料を探しに行ったと思うけど、その時にゾンビの大群に襲撃にあったんだよ」
「そんな話……聞いてませんけど?」
「あれ? そうだっけ? 話したと思ったんだけどな……?」
あの時は初めてネックリーと遭遇して、そのことばかりに気が取られて話してなかったかもしれない。少しだけ、不機嫌そうな顔でこちらを見る唯から視線を外すと乾いた笑いをこぼす。
「ごめん……忘れてたかも」
明後日の方向を見ながら謝ると、「もう!」と言って、
「他に何か言ってないことある?」
と聞いてきた。
「いや……多分ないよ」
「多分?」
「あの時はいろいろありすぎて、何を話してないか分からないんだよね」
「……それもそうだね」
呟く彼女も何かを思い出してるかのように、遠くを見ていた。
「本当に……いろいろあったよね」
「まったくだ。ゾンビに出会って、このマンションでグールに襲われてさ」
いい思い出ではないけれど、当時の記憶が鮮明に脳裏に浮かび懐かしくも思えてしまう。
「佐川さんに出会ってネックリーにアパートを襲撃されて、息つく暇もない毎日だったなって思うよ」
「でも、今日までこうして生き伸びられて良かった。それに、隣にいてくれるのが……宗田さんで――」
最後の方が声が小さくて聞こえなかった。
「最後なんて言ったんだ?」
「なんでもない! さっ、早く行こう!」
恥ずかしそうにする彼女は階段の方へとぐいぐいと押してくる。何を言ったのかは分からないけど、自分で言って自爆したんだろうなと思う。と言うか……力強すぎ。
「さっ、屋上に行くよ」
相変わらずの怪力を発揮する彼女は、爽やかな笑顔を向けてくる。普通ならここでいい感じになってもおかしくないんだが、彼女の怪力に乞うこともできず、簡単に階段の前に押しやられてしまった。何か言おうとすると、
「行くよ?」
と、首を傾げながら言ってくる。その仕草は可愛いのだが、これ以上なにも言うなと訴えているような威圧感を感じる。
「自分で言ったくせに……」
「なにか言ったかな?」
「いえっ! なんでもありません! てか、かなりのゾンビがここに集まってたし、気をつけてね? 時間経ってるから大丈夫だと思うけどさ」
あの時のゾンビの数は異常だったと思う。ホームセンターを囲うゾンビの大群を彷彿とさせんばかりに集まっていた。もしかしたら中に残っているかもしれないし、唯に注意だけはするようにと伝える。そして、俺達は屋上へと向かうために階段を上り始めた。
――――――。
「結局なにもなかったね」
「そうだな。何体か死体はあったけど、誰かが倒したのか、ゾンビが集まった時に転倒して仲間に踏みつけられたかのどっちかだろうね」
恐らく後者。体中の骨が砕け頭が潰れて死んでいた。しかも、何度も踏まれたような跡もあったし、仲間意識なんて存在しないゾンビ達は、転んだ奴の事なんてお構いなしに先に進もうとしたのだろう。
そへにしても、ネックリーの大群と遭遇して以降、平和と言えば語弊があるかもしれないが、平和だ。何もなく屋上に到着してしまった。
「やっぱりあの時の死体は残ってるな」
屋上に到着して一番最初に目に飛び込んできたのは、俺を死の淵に追いやったグールの死体である。肉が腐り、鳥の餌になったのか一部が食われたようにズタボロとなっていた。もちろん、対戦車用ライフルの実験台となったグールの上半身はどこにもないが、依然として死体はそこに残っていた。
「一応、入り口見張っててもらっていい? 前みたいに突然グールが侵入してこようとしても困るからさ」
唯に見張りをお願いすると、ホームセンターが見える場所まで移動する。
「おっと。だいぶ床もボロボロだな……」
グールとの死闘の影響で、コンクリートの床の一部は砕かれ隆起している。それに足元を取られ転びそうになりながら、ホームセンターが見える位置へと到着した。
「ここから見えるな……よし! イメージは――レンズ」
水の魔法でレンズを作り出し右目を覆った。
「久しぶりだったけど、上手くいったな。どれどれ、魔力もあまりないし早く偵察を済ませてしまうか」
左右遠近感の違う見え方に少し気分が悪くなるのを我慢して、屋上に備え付けてある落下防止の柵ぎりぎりまで近づいた。左目を閉じ、魔法で作られたレンズの方だけ目を開けてホームセンターを見る。
「何もない……けど――」
――違和感がある。
ホームセンターの周辺は特に何もなかった。倒れた車にガラスの割れた建物。記憶の隅にある、前に見た時と同じ姿をしているが不自然な感じがした――何もなさすぎるのだ。ホームセンターの敷地内には動く物体は何もない。建物だけがポツンと取り残されたような、そこだけが浮いているような、異質な空気をまとっているような、感じがする。最初は気のせいかと思った。だけど、どうしてかホームセンターを見ていると嫌な感じがするのだ。それに、
「どこを見ても普通のゾンビどころか、グールも見えない」
別の場所も確認してみたが、ネックリーの姿をちらほらと見かけるが、他のアンデットの姿は何処にもなかった。しかも、ネックリーがホームセンターに近づこうとすると、ある一定の距離で、来た道を戻っていく。ずっとその様子を見ていたが、目に映るネックリーは皆が同じ行動を繰り返していた。
「巡回しているのか?」
そう取れるように、一体のネックリーを観察していると、同じルートをぐるぐると回っている事に気づいた。それは、宝石を守る警備員のように決まった所を警備しているように見える。
「暗いからって、何もないように見えたと言うわけじゃないな……」
深夜の間引き。ネックリーの大群に襲われてから一時間以上が過ぎただろうか。光源は薄い雲から見える薄月の明かりのみ。見えなくはないが、見えにくく、思っていた以上にホームセンターは暗かった。それのせいで何もないように見えていたのかと思ったが、奴らの動きを見ると何かあるじゃんないかと思えてしまう。見える範囲でホームセンター周辺の調査を終えると、魔法のレンズを消し、入り口で見張りをしている唯の元へと戻る事にした。
いつも読んでくださりありがとうございます。
ここまで128話連続投稿を行いました。これも読んで頂ける読者の方のおかげと思っております。ありがとうございます。
ただ、自分の実力が無いせいか執筆が追いついていません。
もう少し、執筆が出来ている話数はありますが一旦書き溜めをさせていただきたいと思います。
ある程度溜まりましたら、また毎日投稿を再開致しますので、ご了承お願い致します。