制限された戦い
背後で戦いを繰り広げている、唯の方へと振り返ると、視界に飛び込んで来たのはネックリーの大群にジリジリと押されている彼女の姿だった。彼女の元へと急いだ。
「大丈夫かっ!? 邪魔だ! 唯から離れろ!」
彼女の武器に噛みついていた、ネックリーの首を跳ねるとその胴体を蹴り飛ばす。
「宗田さん! 助かりましたっ!」
予想外にも俺の方よりも唯の方へ集まったネックリーの数の方が多かった。魔法を禁止されている彼女に、この数を一人で相手取るのは酷な話だ。むしろ、よくここまで持ちこたえたと思う。奴らの足元には無数の死体が転がっている。
「せやっ!」
彼女がハンマーを振るいネックリーを一体葬るが、餌に群がる蟻のように、順番を控えているネックリーが前へと出てくる。キリがない……。
「少し下がって!」
彼女に合図を送ると頷き返事が返ってくる。目の前のネックリーの胴体をハンマーを槍のように突き出して後方へと弾き飛ばし、その反動を利用して後ろへと下がった。
「横一閃――兜割り」
唐紅の剣を横に大きく振るう。道路一面を埋め尽くすネックリー達は見えない刃を避ける事が出来ず、先頭にいた奴らから順番に体が横に真っ二つとなった。
数十体のネックリーを行動不能にする事は出来たが、それでも集まった数の三分の一程。うじゃうじゃと順番待ちをしていた奴らが前に出てくるだけで、戦局は大きく変わらない。
「くうっ!」
兜割りを放った右腕に激痛が走った。兜割りと名前を付けた技を俺達は”戦技”と呼んでいるが、魔法とは違い魔力を消費する事はない。変わりに、体への負担が大きいのだ。連続で使用しなければあまり問題にならないが、さっきの連続使用がここに来て仇となった。握る力すら入らず、唐紅の剣を離してしまいそうになるのを左手で押さえる。
だけど、まだだ。魔力も殆どないけれど――
「唐紅解放――赤の玉『針千本』」
残り二割を切った魔力で血液操作を発動した。空斬を発動した時のように、サバイバルナイフから俺の血液が離れると丸い球体を形取る。
「まだ足りないよな」
ナイフで左手の手首をかき切った。噴水のように血が噴き出ると、それが赤い球体へ吸い込まれるように集まる。
「イメージは――超回復」
貧血で倒れそうなのを歯を食いしばって耐えると、その傷を塞ぐ。残り魔力は一割。血液操作と傷の回復で魔力を使ってしまった。
だけど、十分、
「――弾けろ」
群の中心にサッカーボール代の血の玉を高速で移動させると最後の一言を呟いた。
針千本の名前の通りフグが膨らむようにその球体から無数の血の槍が突き出した。ひしめき合うネックリー達の肉と骨を貫き、次々に串刺しにする。鋭く強固な血の槍は複数体を貫いても折れる事はなかった。急所を外したネックリーが空中で手足をばたつかせるが逃れる事は出来ず、ジタバタともがく姿が目に映る。
「うっ!」
体がよろめき片膝を地面に着く。
「宗田さん!」
その姿を見た唯が駆け寄ってきたが、反応する余裕がない。戦技の連続使用と、大量の血液を失った事で意識を保つのがやっとだったのだ。超回復で失った血液は回復している。ならば、最初からこの技を使えばいいんじゃないかと思うかもしれないが、この能力にも弱点があった。
肉体を再生しても、状態を保存するである。失った血は再生出来ても貧血そのものは治らないと言う事だ。恐らく、傷を負って熱が出れば”熱”の部分は治る事はない。毒に関しては、
――問題なく解毒できます。
と、シーリスが教えてくれたため問題ないが、今回のような件は時間が経つまでは貧血の状態が続くのだ。仲間がいるからこそ出来る捨て身の技なのだ。
「すまん……後は任せるよ」
「はい! 宗田さんはそこで休んでて!」
残りのネックリーの数は大したことはないだろうから問題ない。戦う唯の姿をぼんやりと眺めていると、あっという間に残ったネックリーを殲滅し終えてしまった。
「立てるかな?」
全てを倒し終えた唯が戻ってくると右手を差し出した。
「ああ……なんとかね」
汗ばんだその手を取ると、ふらふらと立ち上がった。
「どこかで一旦休もう――また!?」
すると、ネックリーが地面に頭を叩きつけて移動する音が聞こえてきた。お互い満身創痍な状態でこれはきつい。まだふらつき、頭もガンガンと痛むが、適当な民家の間を通って奴らに見つからないように移動した。
「ここなら大丈夫かな?」
適当な家に入ると、息を潜めるように身を隠した。
「あー、疲れた」
奴らの気配がしない事を確認すると、玄関の上がり框に腰を下ろした。
「そんな所に座らないで、中に入らない?」
唯はそう言うが、体がそれに反して動いてくれないのだ。玄関の段差部分は少し低いが椅子のようにちょうどいい。
「すぐ行くから先に行ってて」
「はーい。中の安全を確認しておきますよっと」と、わざとらしくそう言うと、ちょこちょこと歩いて家の奥に行ってしまった。
数分くらい目を閉じてじっとする。頭を何度も小突かれるような頭痛がするが、時間が経つにつれて回復してきた。
「そろそろ行くか」
だいぶ体の火照りも収まった。唯の所へ向かおうと腰の回りに重りでもつけたかのように、ずっしりとした腰を持ち上げる。
「唯ー」
どこの部屋にいるか分からないため彼女の名前を呼んでみる事にした。外に聞こえてはまずい、声量を押さえて言葉を発する。唯にも聞こえる分けないだろうなと思いつつも、なんとなしに名前を呼んでみた。すると、
「こっちだよー」
とリビングの扉が開かれ、彼女がひょっこりと姿を現した。
「よ、よく聞こえたな」
「ふっふーん。宗田アンテナが反応したんですよ。凄いでしょ!」
どんなアンテナだよっと突っ込みたくもある。ただ、彼女の姿を見るに最初のネックリー相手に苦戦して落ち込んでいた様子はまったく感じられず、慰めの言葉はいらないなと思った。と言うか、それよりも大変な目にあったからそれどころじゃなかったんだろうけど。
「しかし、危なかったな」
「本当だね……ごめんね。私が魔法を使えればこんな事にならないですんだのにさ」
リビングで休んでさっきの戦いの反省会をする。確かに彼女の魔法が使えないのは大きな痛手ではあるが、それだけが原因じゃないと思う。アドゥルバとの戦いで自信を付ける事はできたが、少しだけ傲りがあったんじゃないかと。だから、これは彼女だけのせいじゃないと首を横に振った。
「俺も油断してたと思うから、唯だけのせいじゃないよ。アドゥルバとの戦いにグール相手でもまったく苦戦しないしさ。今回の事はいい経験になったよ」
大きな過ちを犯す前に痛い目にあって良かったと思う。このまま、助長された気持ちの中で戦いに身を投じていればいつか死人が出たかもしれない。それは自分なのか、唯だったのか、分からないが、そうなる前に教訓となった。
「……今日は戻ろうか?」
彼女にそう問われたが、
「いや、せめて今はどんな状態かだけは見ておきたいかな」
ホームセンターの中に入らなくても、その周辺がどうなっているかだけは確認しておきたかった。もう少し休憩をしたらあのマンションを目指そうと思う。
「分かったけど……本当に大丈夫なの?」
万全の状態から程遠いが、次からは見つからないように行動しようと思っている。それに、今度は遠慮なしに”模倣”使用して一気に殲滅して逃げるつもりでもある。
「魔力が回復すれば、ポーションでも作って体力を万全にするつもりだから。魔法があまり使えない分、行動は制限されるけど……慎重に行けば大丈夫なはず。奴らのあの見た目から、あまり狭い所には入ってこれないと思うし、民家伝いに移動しよう」
頷いて了承の返事を確認すると、「少しだけ目をつぶってるよ」と彼女に伝えてフローリングの床に寝転がった。