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自分の家の今

 「なんであんな挑発するような事をしたんだ?」 


 俺と唯と真奈だけが教室へと残っている。さっきの男に対して挑発するような事を言った彼女はらしくなかった。だから、こうして問いただしている分けなのだが、


 「宗君達が急に目立ったから、それを面白くないって思う人もいるのよ。あの人もその一人なの」


 真奈が理由を話してくれる。


 「この際、あのまま飛びかかってくれれば宗君達の力を見せるにはちょうど良かなって思ったのよね」


 「そしたらすぐに引き下がるんだから失敗だったわ」と目を伏せて申し訳なさそうにそう言った。ある意味では余計な禍根が残ってしまい、余計な火種を生んでしまったと言うわけである。


 「ごめんなさい……」


 素直に真奈は謝罪の言葉を述べた。きっちりと謝られれば俺としてもこれ以上とやかく言うつもりもない。「次からは気をつけてくれ」とそう言うだけでこの話を終わることにした。


 「所で、ホームセンターの件だけど仮にボス級のゾンビが現れたらどうすればいいんだ?」


 「それは二人の判断に任せるわ。もし倒して人類領域を得る事が出来るなら、ここから少し離れた所にお願いしたいかな」


 「なんで離れた所に?」


 「予備の避難所としたいのよ。もしもの時のためね」


 ここが落とされた時に逃げる場所とするためだろう。用心に越したことはないから、特に反対するつもりもない。

 

 「了解。分かったよ。とりあえず、状況を見て判断するわ」


 「うん。無理はしないでね」


 一通りの会話を終えると、俺と唯も教室の外に出た。相変わらず、真奈と話している時は唯は無言だし、かと言って真奈からも話かけることもない。いつも俺が間に入ってやり取りをしているが、二人の関係が悪化した原因が今も分からず居心地は良くない。


 「なぁ、真奈と――」


 「――宗田さん、久しぶりに自分の家を見に行かない?」


 こんな感じではぐらかされて真奈に関する事は話もできないのだ。「……そうだな」と返事をすると、学校を後にしてホームセンターへと俺達は向かった。


――――――


 唯とホームセンターへと向かうついでに自分の家へと戻ってきた。然程時間が経った訳じゃないが、ここに住んでいた時の事が昔の事のように思えてしまう。

 首の長いゾンビの襲撃で壊れた窓はそのまま。部屋の中へと入っているが、あの時のまま時間が停止していた。


 「なんか、懐かしいね……」


 ガラスの散乱した部屋の中をぐるりと見渡す唯は懐かしそうに顔を綻ばせている。いい思い出があるかと聞かれれば微妙な所。どちらかと言えば悪い方が多いのではないだろうか? 

 だけど、彼女は笑っていた。部屋に注がれる月の光が彼女を照らし、その輪郭を鮮明に映し出す。割れた窓の外をぼんやりと眺める彼女はその光に相まってより大人びた表情を見せる。神秘的な雰囲気を醸し出す彼女に見惚れていると、その視線を感じたのか微笑みを返してきた。

 「ふふ」と妖美な笑みを見せる。それにドキリと心臓の鼓動がいっそう高鳴った。普段は童顔で高校生と間違われてもおかしくないが、今はそんな子どもっぽさは何処にもなかった。いつもとは違う彼女の姿に俺はまともに顔を見ることができず、視線を下に下げる。


 「どうしたのかな?」


 わざとらしく声をかけてくる。じゃりじゃりと床に散らばったガラス片を踏みしめる音。彼女がこちらに近づいて来ている事が分かった。


 「ふふっ。宗田さんは私の事どんな風に思ってるのかな?」


 普段は恥ずかしがり屋な彼女も、今日は大胆である。『ドンキードンキー』でご飯を一緒に食べた時は間接キスをしただけで真っ赤に顔を染めていた。だけど、今は俺を誘惑するように甘い声を出している。


 「あ……うっ、あ」


 彼女に魅入った俺は言葉を上手く発することができない。彼女のもつ魔性の雰囲気が心を完全に飲み込んでしまったのだ。


 「捕まえたっ!」


 胸に飛び込んできた彼女を優しく抱き止める。ふわりと漂う彼女の匂いに、甘い花の匂いが鼻孔をくすぐると、男の本能も遠慮なく撫でまわしてきた。


 「凄くドキドキって音がしてるよ? 私でこうなってくれて嬉しいな」


 胸元に耳を当てる彼女のぬくもりに俺の理性の糸は、張り詰められたら弦のように今にも千切れ飛びそうになっていた。


 「唯……」


 ぎゅっと強く抱き締めると「あっ……」と色っぽい声を漏らした。その艶やめかしい声に理性が崩壊しかけた時だった――


 「――宗田さん!」


 蒸れた果実のように、甘く酸っぱく、鼻につくような不快な臭いが漂ってきた。喉の奥にひりつくような独特な臭いは、甘い世界へと旅立とうとした俺達を元の崩壊した世界へと強引に引っ張りだした。


 「ミミミミミ――ミツケターっ! ニクニクニクニク!」


 ああ……こいつか。久しぶり。破壊された扉からこちらを覗くその顔には、目は付いておらず闇が広がっていた。腐り溶けた皮膚が地面にぼとりと落ちると、そこから大量の蛆が這いだしてくる。

 

 「唯、場所が悪い。外に出るぞ」 


 抱きしめた彼女を離すと、俺達は窓から外へと飛び出した。


 「宗田さん! 囲まれてるっ!」


 飛び降りた先に待ち構えていたのは五体の首の長いゾンビこと、ネックリー達であった。先に進もうにも戻ろうにも俺達を挟むような形でそいつらが立っていた。


 「唯は二体の方を頼んだ!」


 群の中心に飛び降りてしまった事で逃げ場はない。かと言って向こうも長い首のせいで動きが緩慢で、こちらに対応しきれていない。ある意味では奇襲に成功したとも言えるだろう。

 唯と俺が地面を蹴るタイミングはほぼ一緒だった。


 「あはっ! 懐かしい! けどさ……あいつを思い出して……凄いムカつく!」


 あいつとは佐川 葵を思い出しているのだろう。歯を剥き出しに、獰猛な笑みを浮かべた神崎 唯は背中を見せたままのネックリーの胴体へと、杭打ちハンマーを振り下ろした。


 「とりあえず一体! っと――危なっ!」


 怪力によって生み出された一撃はまるで大砲のように、その胴体を砕き首が千切れ飛んだ。ビチビチと動く首だけになったゾンビはまだ死んでいない。ただ、蛇のように首と頭だけでは上手く動けないと判断した唯はとどめを刺すのを後回しにして、すぐ横のもう一体のネックリーへと狙いを定めようとした。

 しかし、それよりも早く動いたネックリーが噛みつこうと唯へと攻撃を仕掛ける。即座にハンマーを引き寄せ体を仰け反らせて回避する。


 「せやっ!」


 ハンマーの頭に近い持ち手部分を握り、ネックリーの顎をかちあげる。

 当然威力は半分以外に落ちてしまうが、小さく動く事で至近距離で対応する事に成功する。バランスを崩したネックリーの頭が下がった時、


 ――全力の一撃で潰した。


 唯の一撃は軽々と頭を砕き、ネックリーを絶命させた。威力が落ちないまま地面にハンマーが叩き付けられると軽い地震のような振動が起きる。


 「よいしよっと!」


 頭が半分埋まったハンマーを地面から引き抜くと、首だけとなったネックリーの所へと向かう。


 「ほいっ!」


 虫を潰すようにとどめを刺すと、宗田の援護に向かおうと振り向いた。


 「あっ、唯も終わったみたいだね。お疲れ様。怪我はない?」


 「えっ? あっ、うん。大丈夫だけど……」


 唯にとっては予想外であった。三体のネックリーを相手にした宗田の方が早く倒し終えているのである。彼を助けて良いところを見せたかったが、それが出来ずに少し残念そうだ。


 「後は家の中の奴だけだよね?」


 「あぁ……それはね――」


 唯がそう言うと、


 「イメージは――アサルトライフル」


 魔法を発動した。


 「――ファイア」


 宗田がそう呟くと、部屋の中からけたたましい発砲音が聞こえた。月あかりで浮かび上がったネックリーのシルエットが激しく踊りを踊る。体を頭を宗田の魔法で貫かれ、音が止むと同時に崩れ落ちるように消えていった。

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