筋トレは適度が一番
「ぜえぜえっ! た、剛はいつもこんな事してるのか?」
「そうだぜ。いい汗かいただろ?」
どうしてそんなに涼しい顔をしてられるのか、ほとほと疑問である。いい汗所か、体を洗ったのが全て台無しになるくらい毛穴の穴と言う穴から汗が吹き出してくる。
「じゃぁ、次はスクワット1000回だぜ」
まだ、やるのかよ。剛の言った筋トレの内容は一般的で腹筋、背筋、腕立て伏せに今言ったスクワットである。こう聞くと普通過ぎるなと思ったが、その回数が異常であった。
「嬢ちゃんに負けてられないから、最近はますます筋トレに力を入れてるんだよな。まさか兄貴も一緒に筋トレをしたいって言った時は嬉しかったぜ! ふんっ!」
悔しさを顔をに滲ませながら剛がそう言った。まさか、唯に助けられた時の影響がこんな風に現れるとは思いもしなかった。これ、絶対に筋肉痛になる奴だ……。
「兄貴も早くやろうぜっ!」
言葉だけを聞いたら勘違いしそうになることを言って来やがった。仰向けに大の字に倒れた俺の体は鉛のように重く、起き上がる事を拒否しているが、スクワットを続ける剛は純粋な瞳を俺に向けてくる。
「分かったよ!」
のっそりと立ち上がると、
「あっ……えっと、ごめんなさい」
知らない女性が屋上の扉を開けた。暑くて、上半身裸の俺達を見て、その人は顔を赤らめて開いた扉を閉じようとする。
「わっ! ごめんね! すぐに服着るから!」
慌てて服を着る、俺と剛。
「すまん! あまりに夢中で筋トレしてたせいで雫が来るの忘れてた!」
俺と剛が互いに謝罪する。服を着たと知らせると再び扉が開かれ、恐る恐る顔を覗かせた。大丈夫だと分かると屋上へと入ってくる。
眼鏡をかけ、ショートヘアの女性へと必死に剛が弁明した。だけどそんな剛に対し、雫と呼ばれた彼女は落ち着きがなく、視線のやり場に困っている様子だった。
「あの……その……」
物静かそうな雫と呼ばれた女性は、困ったように手を胸の前でもじもじとしている。顔を少し赤らめた彼女は言葉を発しようとするが、何を言ったらいいか分からない様子だった。口をパクパクと動かすだけで、そこから声が出てこない。
「本当に……すまんっ!」
腰をかがめ背中を丸めると、本人の顔の前で手を合掌するように合わせて謝る。剛の中では誠意を見せているのかもしれないが、彼女はその威圧に気をされてしまっているようだ。余計におどおどと会話が一向に進まない。
「えっと、雫さんって言うのかな? 初めまして。つい先日、この学校に避難してきた斎藤 宗田だよ。さっきは見苦しい所を見せてごめんね」
二人のやり取りを見るに見かねて俺の方から話しかけた。出来る限り落ち落ち着いた雰囲気で、ゆっくりと話をする。すると、
「あっ、いえ……あの、その……私は高梨 雫です。斎藤さんは……紫苑さんが話をした時に前に立っていた方です……よね?」
えっと、こないだの紫苑演説の事を言っているのだろうか?
「そうだよ。ちゃんと覚えててくれたんだね。真奈が一番印象深いから忘れてるんじゃないかと思ったよ」
「いえ……そんな……覚えてます。神崎 唯さんもちゃんと……」
まだ、緊張しているのか元からなのか、おどおどとした感じはなくならないが、どうにか会話が成立した。
「それで……さっきはごめんなさい。私……二人に失礼な態度を」
「いや! 悪いのは俺達だから!」
と、剛が話すと声量に驚いた雫さんが肩をビクッと震わせて、後ろに逃げるように一歩下がる。
「てぃ!」
「痛っ! 兄貴なにすんだよ!」
手刀で剛の後頭部を軽く叩くと、叩かれた部分をさすりながらこっちを振り向いた。
「少しは声を抑えろよな。彼女が驚いてるよ」
そう言われて剛は彼女の事を見やると、ようやくその事に気づいたようである。剛は体が縮こまるようにシュンとしてしまった。男気溢れるのは結構だが、時にはちゃんと相手のペースに合わせてやらないとな、と優しく諭すと「はい」と返事をして、ますます体格のいい背中を丸めてしまう。
やれやれと俺は自分の後頭部を指で軽くかきながら苦笑いを浮かべた。巨人が小人になりつつある様を見て、雫さんの方へと視線を向けると目が合う。彼女も困ったように「えっと……あの……」と繰り返し言葉に出している。
「雫さん、剛はこんな感じだけど悪い奴じゃないから許してやってね。見た目は怖いかもしれないけどさ……根はいい奴だから」
てか、むしろ俺よりも彼女の方が付き合いは長いんじゃないだろうか? なのに、初対面かのように俺が話を進めるのはおかしな感じがする。剛の事だから、こんな感じでまったく会話が成立してないじゃないだろうかと思うけど……と、しょんぼりと言う言葉が似合うくらいに落ち込んでいる剛の背中を見て、そう思った。
「あの……分かってます。剛さんは……いつも優しくて、頼りになるので」
ほう……。剛も隅に置けないな。雫さんは見た目、真面目そうで委員長や図書館の司書と言った感じ。小難しい本を片手に持ち歩いている姿が似合いそうだ。それに対して剛は、鍛え上げられたら肉体。切れ長の目で赤い髪をツンツンと逆立てている。プロレスラーやチンピラと言った風貌で、俺ならこんな世界じゃなかったら目すら合わせないだろうな。
だけど、こんな世界だから異質な二人が混じり合う事が出来たのだろうなと思う。対象的な二人を見比べて、少しだけほっこりとした気分になった。
「いや、俺なんて……そんな」
と思ったが、雫さんに優しいと言われた剛は、奇妙に体をくねらせてまんざらでもない様子だった。その動きがあまりに不快で目を細めてじっと見やると、視界の端に映った雫さんも乾いた笑みを浮かべたまま後退りをしていた。
「雫さん……あのさ、剛っていつもこんな感じなの?」
「あ……はい。たまに……こうなりますね」
自分の気持ちに素直なのは良いことだけど、もう少し表に出さない方がいいんじゃないかと思う。
「そうなのか……。てか、雫さんはどうして屋上に?」
「え? あっ、わ、私は屋上から街に異変がないか、見張りのような事をしているんです」
「見張り?」
「はい。あの……目だけは私いいんです……」
と眼鏡をかけた人に言われても説得力がないと言うかなんと言うか……。
「ほ、本当ですよ! 普段は眼鏡をしてますけど、意識すればかなり遠くの物も見えます……」
疑いの眼差しを向けると、慌てた様子で弁明する。
「魔術とかでそうなるのかな?」
「いえ……分かりません。ただ、紫苑さんは”魔眼”と言っていたと思います……」
魔眼か……。と言うことは発動している時だけ目が良くなると言うことなのだろう。てか、魔眼とか格好いいよな。遥か昔に置いてきたはずの、思春期には誰もが経験する、中二的あれが眠りから覚めようとしてしまった。あぶねー。
「あー、間引き前の引き継ぎで、ゾンビの多いポイントを教えてくれてたのって雫さん?」
「た、多分……」
そうか。彼女のお陰で魔石が効率よく集める事が出来ていると言うわけか。夜に間引きをして、昼に物資の回収に魔石の回収を行うのが、最近のルーチンとかしている。今は少しばかりのスクラップの山が校庭に出来ているが、これはこの学校を囲うための材料となる予定だ。材料がまだまだ足りないが、こうして地道に集めている。
むろん、魔石もその一つだ。ベリルで実験? した結果、魔力は問題なく吸収できた。魔石で行っても同じ結果である。ただし、回復量がかなり微々たるもので、ゾンビの魔石程度では大きな回復は望めない。だから、少しでも多くの数が必要なのだ。
物資に魔石にレベル上げ。少しでも効率を上げるには、雫さんのような斥候を行える人物は必要不可欠だ。
「そうか……。君のお陰で俺と唯は……」
そう言って俺が黙ってしまうと雫さんは何かを勘違いしたようで、
「ひっ! す、すいません!」
と怯えてしまった。