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ポーションは抹茶の味

 彼女が起きていた事は予想外だった。どこから聞いていたのかは分からないが、彼女の反応を見る分にあまり知られたくない部分まで聞かれていたのだろう。過去に精神が不安定になっていた時は”死”と言うワードに敏感になっていた。そんな彼女はついさっき、全身の表面から溶け出して死にかけていたのだ。この事は後でやんわりと伝えようと思っていたが……。


 「あの……私は……」


 俺の座る後ろで寝ていた唯のそばへと寄り、言い切る前に抱き寄せてそれを阻止した。腕の中で震える彼女は怯えきった様子である。


 「言わなくていいよ。もう、大丈夫だから」


 唯に優しく声をかけると、小さく頷き声を殺して泣き始めた。抱きしめたまま優しく背中をさする。


 「うんうん。もう大丈夫そうかな? お兄さんのポーション見たら錬金術師達は肩無しだね」


 言葉を放ったベリルに視線を移すと驚いた様子もなく、俺と唯が抱き合う姿を見て何度も頷いていた。


 「ベリル……気づいてたな?」


 「え? 何が?」と惚けた様子を見せたが、睨みつけると視線を逸らして乾いた声を漏らしていた。


 「……だって、お姉さんもちゃんと知っておかないとまた同じ事が起きるかもしれないんだよ」


 「だからって――!」


 「――待って」


 ベリルに対して腹を立て、頭に血が駆け上がったのを感じると、怒鳴るように声を荒げた。だけど、それを言い切る前に唯にそれを止められる。


 「私は大丈夫だから……落ち着いて」


 被害者のような彼女にそう言われては何も言えない。だけど、どうしてもベリルの行いが許せず睨むのを辞めない。

 

 「ねぇ、ベルちゃん。聞いて良い?」


 「何かな?」

 

 「魔法を使う頻度を減らせば今みたいにならないの?」


 唯はベリルにそう問いかけると、


 「そうだよ。後……怪力と言っているその能力は、根源魔法とは違うからいくら使っても問題ないね。それに、あそこまでなる前に自分で治しちゃえばいいし……お姉さんは根源魔法の使い手の中でも異質だからね。普通は治せないよ?」


 「そっか。教えてくれてありがとうね」


 つまりは彼女にあまり魔法を使わせないようにすればいいのか。ならば、その魔法が必要な時は俺が代用すれば問題ないと言うわけなんだな。

 シーリス、ちょっといいか? 気になる事があったためシーリスに声をかけた。


 ――イエス、マスター。なんでしょうか?


 俺が模倣で根源魔法を使った場合、同じようになる可能はあるのか?


 ――その問いに対する答えは”是”。


 やっぱりか……。


 ――ですが、マスターには私が着いています。それに、超回復で十分対応できるので問題ないでしょう。死ぬほど苦しくなって、死にたいと思うかもしれませんが、私が絶対にしなせません。


 それって最早、拷問だよね? 一応大丈夫なんだからいいけど、死ぬほど苦しいのは勘弁願いたい。極力そうならないようにはするが、彼女のように死ぬことがないなら変わりは俺がしよう。

 

 シーリス、ありがとう。


 ――いえ、これが私の役目ですから。それでは。


 シーリスとの会話を終え、ある決意をする。


 「唯は俺が絶対に守るからね」


 可能な限り彼女には魔法を使わせない。そのために、向かってくる敵は俺が倒す。抱きしめる力が少し強くなり、彼女から声が漏れる。


 「苦しいよ……。でも、ありがとう」


 胸の中に顔をうずめる彼女を見やると、それがとても愛おしく感じられる。こう言う世界でなければ、友人以上の関係になっていただろうと言うことは想像に難なくない。頭を何度も撫でていると、


 「暑い! あつーい! ふぅー、ちょっと暑すぎない!」


 手をパタパタと、顔を仰ぎ二人だけの世界をぶち壊すようにわざとらしくそう言うと、お菓子をを催促するように手を伸ばしてきた。


 「早くお菓子ちょうだい! さっき約束したでしょ!」


 「はは」


 「ふふ」


 思わず俺も唯も声を出して笑ってしまう。


 「もう! 笑わなくていいから早くお菓子!」


 抱きしめた唯をそっと離して、さっき取り上げたお菓子を渡した。


 「もう! そう言うことは誰も見てない時にやってよね! 後、念のためお兄さんはポーションをもう一度お姉さんに飲ませて!」


 凄い勢いでお菓子を頬ばり出す。


 「唯は起きてて大丈夫?」


 「あっ、うん。少し頭ががんがんするけど起きてるだけなら平気かな」


 一応言われた通りポーションを渡しておくことにしよう。ただ、魔力があんまりないためもう少し時間が必要だけど……って、少し試してみるかな。


 「なぁ、ベリル」


 「なに? 今忙しいんだけど……」


 不機嫌さを隠しもしないベリル。


 「ちょっと手を出してみて」


 「手? これでいいの?」


 と差し出されたその手をそっと掴んだ。小さくプニプニとした柔らかい手。お菓子の食べかすが付いてるせいでざらついていた。その小さい手を優しく握り、


 「イメージは――魔力吸収」


 と言葉を発した。


 「みぎゃーーっ! なんか吸われてる!」


 引っ込めようとした手を今度はしっかりと握って逃げられないようにする。

 おお! これは凄い! 感嘆の声を心で呟く。空になりかけた器に新しく水を注いでいるかのように、力が満ちていく。


 「ふしゅーーっ」


 机に突っ伏すようにベリルが倒れ込んだ。


 「サンキュー」


 と悪い笑みを浮かべてベリルを見下ろすと、恨みが籠もった目でこっちを見てくる。さっき、唯が起きていた事を黙ってた仕返しだよ、と言わんばかりに凶悪に笑顔を浮かべる。だいたい八割は回復したかな。


 「酷いよー、うーー」


 うなだれるベリルをほっといて、俺はそそくさとポーションを作り出した。


 「ベルちゃん大丈夫なの……?」


 「大丈夫でしょ。唯はこれを飲んでね」


 ベリルから奪った魔力のほとんどの魔力を消費して、濃縮ポーションを作り出した。改めてコップに入っているポーションを見ると中々すごい色をしているなと思う。これを俺も飲んだんだよな……唯もだけど。コップを受け取った唯もそれを見て固まっている。

 抹茶を何倍にも濃くしたような色。少しだけ粘り気があって、たまに変な光を放っている。


 「……いただきま……す」


 覚悟を決めて一気に唯はそれを飲み干した。


 「うっ」


 気分がすぐれない人のように、顔がみるみると青ざめる。酷い味に、思わず吐き出しそうになるのを両手で押さえ、目を瞑って足をばたつかせていた。苦悶の表情を見せる彼女だったが、時間がたつにつれて少しずつ落ち着きを取り戻したようである。手を口元から離すと、ぜーぜーと荒い呼吸をする。


 「なかなかのお点前で……」


 苦い抹茶を淹れて、それを飲んだ時のように言葉を発した彼女は疲れきったかのように、顔から精気が奪われていた。

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