根源魔法
「思った以上に時間がかかったな……。唯は大丈夫だろうか?」
集まったゾンビを全て倒し終えると、家の中へと戻った。倒している最中にゾンビが次から次へと集まり、片っ端から倒していたが殲滅までに一時間くらいは時間が経過してしまっていたと思う。しまいにはグールが数体現れたのも原因の一つだ。足早に唯とベリルが待っている部屋へと戻った。
「おっ、思ってたより早かったね。おかえり」
布団で寝ている唯の横に正座しているベリルが、部屋に入ってきた俺を見てはにかむように笑顔を見せた。
「ただいま……って、唯は大丈夫か?」
「ふふふっ。見ての通り大丈夫だよ」
ベリルが唯の方へと視線を移す。俺もそれに合わせて彼女を見やると、呼吸と同時に胸が静かに上下している姿が見えた。布団に寝かせた時と変わらず寝ている姿に、ようやく肩の力が抜けて、その場にへたり込むように座った。
「大丈夫だって言ったでしょ?」
「ああ、助かった。唯を見ててくれてありがとう」
「お礼はいらないよ。お姉さんを守るのが、今回の僕の役割だから」
役割とはどう言う事なんだろうか?
「お姉さんがそう望んで、僕を呼び出したんだからね。世界システムのルールに従うと、どんな手段を使ってもお姉さんを守らなくてはいけないんだよ」
唯をじっと見つめながらベリルはポツリポツリと語り出す。慈愛に満ちた表情には子どもらしさはまったくなく、まるで自分の子どもを見つめる母親のような優しさが籠もっていた。
「お姉さんを守るためならどんな手段でもいとわない……。それは例えお兄さんを犠牲にしてもね。そう言えば僕に、正体は何かって聞いたよね?」
更に話を続ける。
「僕はお姉さんを守るために現れた――守護者。今は、それ以上でもそれ以下でもないんだ。それが、僕の正体だよ」
彼女を見ているが遠い所を見ているかのように話したベリルは少しだけ寂しさを醸し出しているように見えた。
「さて! さっきの事を話す前に……お兄さんは体をきれいにしてお菓子を準備する事!」
重くなった空気をむりやり入れ替えるように、ベリルはいつものテンションの高い声でそう言って、俺を部屋から追い出した。
言われた通り、体をさっと洗うと適当なお菓子を見繕って部屋へとすぐに戻ってくる。
「わぁ! お菓子だ! 早くちょうだい!」
手に持ったお菓子が見てはしゃぐベリルは、さっきまでの大人びた雰囲気はなく、いつも通りの天真爛漫で無邪気な子どもそのものになっていた。さっとお菓子を持つ手をベリルへと伸ばすと、引ったくるようにそれを奪い食べ始める。
「あぐ! んぐ! これも美味しいね! この世界の人間は凄いや!」
と美味しそうに頬張り感嘆の言葉を述べる。
「なあ、そんなの良いからさっきのはなんだったんだ? 唯は本当に大丈夫なのか?」
「もう! せっかちなのはモテないぞ! それに、お菓子にそんなの扱いはいただけないかな!」
「大きなお世話だ」と言ってお菓子を取り上げると、幸福感に溢れる顔が一変して、この世の終わりとも言える表情へと変わった。返してと手を伸ばしてくるが、それよりも高く手を伸ばして奪われないようにする。
「お兄さんの意地悪! 嫌い!」
「はんっ! そう思うなら話すのが先だわ! 報酬の前払いは完了。後の報酬は話してからだからな!」
涙目で俺を睨みつけるがまったく怖くない。
「むぅっ、分かったよ! ちゃんと話したらちょうだいね! 約束だよ!」
と、幼さの残る頬を膨らませふてくされたようにそう言ってきたのに対して「分かった」と返す。
「仕方ないな! もう!」
抗議してくるが、どうやら素直に説明してくれるようである。
「お姉さんが使う魔法は根源的魔法って言ったの覚えてる?」
「覚えてるぞ。三つの属性を持ってると思ったけど、実は一つなんだろ?」
「そう、それ。原因はそれにあるんだよ」
魔法を使った事が原因なのはなんとなく察している。「加速」と呟いてゾンビを一掃してすぐに異常が起きたのだ。原因が魔法と結びつけるのは容易である。
「世界の根源に関わる魔法……例えば目に見えない概念を操るのって、体にとんでもないくらい負担をかけるんだよ」
目に見えない概念?
「例えばどんなのだ?」
「そうだなー」
人差し指を顎に当ててベリルは考える。
「例えば、”善”と”悪”ってあるでしょ? 見えないけど感じるし、身近にあるでしょ? かと言ってそれを消す事はできないし、コントロールする事も出来ない」
難しいな。根本的な物と言ったらいいんだろうか? 例えば”時間”とか”生命”とか。
「あくまで事象が発生してから、初めて認識して行動に移す事はできるけど、事象を発生させないことは不可能。感情を持つ生命体が存在する限りは必ず発生する……それを操作する事が出来るのが――根源魔法だよ」
それを唯が魔力と引き換えに使っているんだよな?
「かなり強力で凄まじい効果を生み出す魔法。だけど、人の身で■が操る力を使うのは過ぎた代物と言うわけ」
「だから、その反動で唯がああなったと?」
俺がそう言うと頷いて返事を返してくる。
「その通り。そして、これの厄介な所は体に異常が出るまでいくらでも行使が可能。普通なら、体が警告を発して……外傷として現れない痛みとなって止めようとしてくる。でも、根源魔法にはそれがないんだ」
魔力を使うと体がだるくなるのは体が警告してくれていると言う事なのだろう。最初に創造の魔法を使った時も、体が悲鳴を上げていたのか。でも、
「根源魔法にはそれがないんだ?」
「お兄さんは、無から有を創り出して現象を発生させると思うけど、根源魔法は常にそこに存在しているから……ある物を利用しているだけだから何でもできちゃうんだよね。そうなると、体が限界を迎えて初めて異常に気づくんだよ」
首の長いゾンビ、ネックリーとの戦いで奴らの動きを止めた際も、体中から血を流していたのはそう言う事か。
「今回は余計たちが悪かったかな……。お姉さんは特殊だからそうなっても、治癒と呼んでいる魔法で治せるんだけど、あそこまで意識が無くなるとそれも不可能。お兄さんが居なかったら死んでたよ?」
深刻そうな表情で語る。
「それに、二日前にボス級のグールと戦った時にも使用しているし、最近短期間で結構使ってたから体が限界を迎えた結果がこれかな……」
「こうならないためには何か方法はないのか?」
「あるよ……」
「ある」と述べたがベリルは浮かない顔をしている。
「なら、そうすればこうならないんだよな? 教えてくれ」
「……人間を辞める。そうすればならないよ」
「は?」
「それか、一切の使用をしない。それしか方法はないかな?」
一切使用しないのは当たり前だが、人間を辞めるとはどう言う事なのだろうか?
「概念を生み出した存在に近くなれば、お姉さんがあんな風に事はない」
「位階を上げてもだめなのか?」
「ダメじゃないよ。でも、限界点が上がるだけで同じ事が起きないわけじゃないんだよ」
唯の使う魔法はどれも強力だ。俺の事をチートと呼んだが、彼女はそれ以上にチートである。だけど、その代償があの悲惨な状況だ。この話を聞いてしまうと、これからはあの魔法をあまり使わせるべきじゃないと思ってしまう。
すると、
「宗田さん……」
唯の声が聞こえて振り向くと目が合った。今にも泣き出しそうに、目には涙をためている。恐らく、俺たちの会話を聞いていたのか酷く動揺している様子だった。