再会と変わらない姿
あの日、世界が変わってしまった。外は屍が我が物顔で跋扈し、生者を見つければ襲いかかってくる。往来する人々の姿はなく、地球の支配者たる人間は絶滅に瀕している。
量産型日本人たる俺が今日まで生き残れたのは奇跡なのだろう。それどころか、適応し始めている。今やゾンビを殺すことも、肉を切り裂いて臓物の中へと手を突っ込むのに抵抗は殆どない。まして、命のやり取りをしているがそれも慣れてしまった。自分の思い描く量産型日本人から大きく外れていると実感するが、一品物になるためには何か足りないと思っている。
こうして、弱肉強食の世界になり果てた地球で生き残ったが、どうしてもこの存在がなんなのか……甚だ疑問である。
「あー! 美味しいよ! あれ? お兄さん食べないの? もぐ、んっ……ぷっはぁー!」
なあ、シーリス……こいつ何者なんだ? 俺は心でシーリスを呼ぶと白い目で目の前でチョコレートを口にほうばる人物を見た。
――不明……知識の中にこのような存在はいません。マスターの記憶を遡ると……精霊とこの存在は言っていました。
ですよね……。シーリスもどこか困惑しているようにも思えた。
「お姉さん、この『サクサクパンダゴリラ』ってのも食べて良い?」
「うんうん。食べていいよ」
「わーい! あー、歯応え最高! 人間っていいなー!」
唯に至っては一週回って何かの境地に入ったのか微笑ましく食料を遠慮なしに食べている人物を見ていた。
「ベリル……」
俺がその人物の名前を呟いた時、きょとんとした表情でこっちを見た。口の周りにサクサクパンダゴリラの食べかすを付けて、まるで子供のようにクリクリとした目をしている。
思わず目が合いそうなると、反射的にそれを避けた……。って、なんで避けたんだ? あれ? 目を合わせちゃいけないような……何かあった?
「変なお兄さん」
と、言ったベリルはまたお菓子を食べ始める。その時、少しだけ目が合ったが特に何かあるわけでもなく、どうしてそう思ったのか分からなかった。ただ飯くらいのベリルを見やる。
きれいな銀色の髪に赤い瞳。見た目は子供だが得体のしれない存在である。中性的な顔立ちで、性別はやはり謎。どうして、ベリルが目の前にいるのかと言うと、アドゥルバの魔石のせいである。
俺と唯が風呂に入って、少ししてからアドゥルバの魔石をあげると、「じゃーん!」と口で効果音を鳴らしながらベリルが現れたのだ。そして、第一声が、「早く! チョコレート!」と大事な食料を催促された。なんのために現れたんだよ、と文句をいいたいが、結局は言えず今に至ると言うわけだ。
「ふう、お腹いっぱい!」
満足気にぽっこりとしたお腹をさするベリルをじと目で見るが、気にした様子もなく自分の家同然にくつろいでいる。
「それで……何しに来た?」
まさか、お菓子を食べに来ただけじゃないだろうな?
「何しに来たなんて、お兄さんつれないなー! ちゃんと用事が会ったから出てきたんだよっ」
自分の家の如く寛ぐ姿に疑いの眼差しを向けるが、「へへへっ」と笑って返された。
「お菓子が楽しみなのもあったけどね! チョコレート最高!」
自分の欲望に忠実と言うか素直と言うか。子どもの姿で言われるとどうにも強く出れないのが悲しい所。
「ふぅー。お腹休め完了! さっ、二人とも真面目な話をしようか」
と、偉そうな顔をして俺達を見る。なら、最初からそうしとけって。
「あー、お茶が染みるね。お姉さんはいつも淹れるの上手」
それ、俺が淹れたんだけどな。適当な事言うなよ。唯も困ってるじゃないか。
「さて、まずは進捗率の報告をします!」
進捗率? 自慢気な表情で腕を組む。どこまでも尊大な態度を取るベリルだが、容姿が10歳くらい。子どもが必死に背伸びをしているように見えて、唯に至っては微笑ましそうにしている。
にこにこと笑っている唯とは対照的に、極寒のように冷たい目で射抜くが、ベリルにはなんの効果ももたらさず、結局はフラストレーションが溜まるだけで早急に諦める事にした……。それで、進捗率ってなんだ?
「今回の魔石による、魔力充填率は……でででででん! 5パーセント達成しました! パチパチパチパチ!」
乾いた音が部屋の中に響く。最初は何を言っているのか理解できなかったが、以前ベリルと話した事を思い出した。確か、魔王の所に転移するのに魔石が必要だったと。
今回渡した銀色に輝く石はボス級、その中でもネームドと言われる特殊な個体だったはず。となれば、今更ながらもう少し期待できるかなと思ったのだが、結果は――5パーセント。
こっちは何度も死にかけてようやく倒したのにその結果に愕然とした。
「いやー! あのグールよく倒せたね! おかげで5も溜まったから驚いたよ!」
俺の期待と裏腹に、ベリルは驚いたぞ、と盛んに手を叩いて賛辞を送り続ける。
「ベルちゃん……あれで、たったの5%なの?」
愕然としたのは俺だけじゃない。唯もそうだった。テーブルの上に置いてあるコップに手を添える形でずっと話を聞いていた彼女だったが、その手が小刻みに震えていた。怒っているのか同様しているのか、表情からは読み取れないが、声色には困惑の色が浮かんでいるように感じた。
あれだけ死に物狂いで倒したのに、前回は1%だったんだから、単純計算でそれを二十一回も繰り返さないといけない。単純な事ではないと思ったが、ここまでハードルが高いとは思いもしなかった。いや、魔王の所に転移できると考えるとそれくらいは当然か……。ハードモード全開の洋ゲー的仕様の世界。クエストクリアも莫大な時間を有するオープンワールド。そう考えれば数十回くらい普通なのだろう。
「1パーセントでも凄い事なんだよ? この世界の『喰らう者』達に換算すると、約千体。それを考えてみなよ。前回はグールとかの魔石も入ってたからそこまで必要なかったけど、十分な結果だと思わない?」
「でも、死ぬかもしれなかったんだよ?」
唯も引き下がらなかった。ここでベリルに文句を言ってもしょうがないのは分かっている。だけど、言わずにはいられない気持ちも分かる。
「お姉さん……甘いよ? そんな簡単に魔王の所に行っても、まばたきと同時に首ちょんぱだね」
指で首をぐいっとなぞりながら、死刑勧告をするベリルは更に話を続けた。
「多少は強くなったみたいだけど、彼からしたら雀の涙程度。お兄さんもお姉さんも、この短期間でここまで強くなった事は称賛に値するけどね」
強くなった、だけど魔王と比較すると足元にも及ばないと告げられる。そんな事はないと、反論したくもなるが、ベリルが言っている事に嘘は感じられず。俺も唯も黙るしかなかった。
ただ、確かに功を急いで魔王の所に転移した所で結果が伴わなければ意味がない。無駄死にするくらいなら、じっくりと自分たちを強化し仲間を募ったらだろう。もしくは、才能のある人間を見つけて全てを託すと言うのがいいだろうか。
「なあ」
重い空気の中で、俺は口を開いた。
「お兄さん? 何かな?」
ベリルは悪くない、ただ虫の居どころが悪いだけだ。これは、八つ当たりに過ぎない。
「ベリルって、神だよな?」