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実家?

 「ただいまー」


 「おかえり」


 唯が玄関を上がるなり挨拶をした。ほのかな木の香が鼻孔をくすぐり、落ち着く雰囲気を醸し出している。和の邸宅は俺達が出て行ってもそれを保ったままである。

 

 「やっぱりここは落ち着くね」


 拠点としていた家に戻ると少しだけ唯は寂し気な顔をした。


 「そうだな」と返事を返すと、俺達が寝室として使用した部屋へと向かう。テーブルを真ん中に両サイドに布団が敷いてあったままだ。あの日、互いに寝れなくて、散歩へと出掛けた時のままの姿となっていた。

 時の止まった部屋に懐かしさのような物を感じると、布団をたたみ座るスペースを作る。ようやく動き出した時に、少しだけ積もった誇りが部屋を舞い上がる。


 「くしゅん!」


 と一鳴き、鼻を押さえた唯は目を細めた。まだ、むずむずとするのか鼻をすすったり、鼻の頭を何度も手で擦っている。掃除機なんて物は使えるわけもなく、いつも箒や雑巾で軽く拭く程度だったため、少し埃っぽい部屋になっていた。

 換気のために窓をガラガラと開ける。外の空気が部屋へと入り込み、すぐに新鮮な空気が部屋を満たした。カラッとした空気は夏場の空気とは違い、哀愁が少し漂っている。ふと、ここで過ごした日々を思い出すと、俺も少しだけ寂しく思ってしまう。

 

 「はー、やっとおさまった!」


 水に沈んで息継ぎが出来た人のように、何度も胸を膨らませて新鮮な空気を取り込んでいる。俺も肺の中いっぱいに吸い込んで吐き出した。

 人工臭のしない空気は皮肉な事に美味しく感じられた。例えるなら、山の山頂の空気。人の活動が殆どなくなった事で大気がきれいに清浄されているのだろう。濁りのない空気が肺を通して全身に染み渡る。


 「さ、荷物をまとめようか」


 一息吐いた所で声をかけ、部屋の隅に置いてある荷物の整理を始めた。


 「化粧品……置いていった方がいいかな?」


 悲しい顔で訪ねられ、苦笑いで頷いた。化粧をする時なんてしばらく来ないだろうから、今は必要ない。女性に取っては必需品かもしれないが、唯はとぼとぼと鞄から取り出すと床に置き始める。


 「化粧なんてしなくても大丈夫だよ。唯は――」


 って、何を言おうとしてるのやら。作業をしながら無意識に口走りそうだった事を飲み込んだ。


 「宗田さん! 続きを言ってください! 早く! 待ってるから早く!」


 絶対わざとやってるだろ……。目を輝かせている唯を無視して荷物の仕分け作業を行う。

 「あー! 宗田さんが言ってくれない!」と、何も言わない俺に対して文句をたれてくるが、手を止めず、視線は鞄の中だ。すると「もう、後でちゃんと続きを言ってね」と唯も再び荷物をまとめ始めた。

 俺、どうしたんだろうな? 長く一緒にいたことで彼女を意識する事が多くなった。それは、こんな世界だから心配で気になるのかと思っていたが、違うようにも思える。彼女に対する好意……と言えば、まだ分からないが一緒にいて欲しいと言う気持ちは大いにあった。だからこそ、普段なら口走らないような事が出て来たのかもしれない。自分の今の行動を振り返りながら、荷物をまとめ粗方それが終わった。


 「これでいいな。後は食料を少し持って帰らないと」


 まだ自分の荷物をまとめている唯へ声をかけると別の部屋へと向かう。


 「改めて見ると、だいぶ集めたな」


 と、別の部屋の扉の向こうを見てそう声が漏れた。今度、他の人にも手伝って運び出そう。

 6畳ほどの部屋の中は、所狭しと様々な食べ物が入っている箱が並んでいた。お菓子だったり、缶詰めだったりと唯と一緒に手当たり次第に集めた結果がこれである。その中で、米を少量と缶詰めを鞄に入るだけ詰め込む。


 「重いな……」


 唯のように怪力を持ち合わせていない俺にとっては、少しだけ重く感じる。レベルが上がったから多少はマシなのだろうが、それでも重い事には変わらない。

 まだまだ食料はあるが、全部持って行くのは不可能。集めれるだけ集めようとして、ここまで溜め込んだが今後の事を思うと足りないとも思っていた。二人でそう思うんだから、あの人数を養うには全然足りないのだろ。

 今後は校庭を利用して、畑や家畜を飼って安定した供給をできるようにしたいとも思う。

 あー、育てるならやっぱりジャガイモだろうか? 


 「唯も終わった?」


 部屋に戻ると彼女にそう声をかけた。


 「あ、ちょうど今終わったよ。お待たせしました」


 律儀そう言った彼女が座っている周りには、大量の美容グッツが置いてあった。それを適当に壁際に寄せると、座り直して俺の方へ向き直した。


 「今日は学校に戻るの?」


 「いや、明日帰ろうと思うよ」と、答えると「ぐへへへへっ」と品のない笑い方をする。


 「はいはい。ついでにお風呂も準備してあるから入ってきなよ」


 彼女の笑い方には何も触れず、お風呂へと意識を誘導すると「お風呂!」と声を上げて、部屋からそそくさと出て行ってしまった。

 ずっと入りたそうにしていたからな。涼しくなってきたと言ってもまだ暑い。学校では冷水で体を洗うしかない。それは、暑い夏場でも凍えるように体を冷やし、修行をしているようなものだ。

 堪能すると言うのには程遠い。となれば、それも早急に改善しないと冬場は更にきつくなる。体を洗わないと言うのも手だが、それは衛生上よくないだろう。学校が病気の温床になったら本末転倒。医者や医療施設のない今の状況に、小さい病気も死に直結する可能性もあるのだから。

 

 唯がお風呂に向かっていくばかの時間が過ぎた。暇を持て余してる間、魔力の操作の練習をしている。前よりは遥かにスムーズにそれをコントロール出来るようになったが、劇的な効果があったと言えばよく分からない。


 「シーリスなら何かしってるかな?」


 と言うと、


 ――マスター、お呼びでしょうか?


 即座に生存用プログラム、シーリスが現れた。


 「なあ、体内の魔力を操作していたんだけど、これってなんか意味があるのか?」

 

 ――それに対する解答は……”是”、効果はあります。


 そう解答をもらい、意味があったんだと安堵した。意味がなければ辞めようと思ったが、そうでないなら心置きなく続けようと思う。


 「ちなみにどんな意味があるんだ?」


 ――魔法の発動がスムーズになり、魔力の消費が減少します。また、魔力操作を行う事で、魔法や魔術の効果が上がる事も期待できます。


 「魔力量は増えないのか?」


 ――はい。魔力の絶対量は魂の位階が増えるとそれに比例して増えますので、魔力量を増やしたい場合は魔物を倒す事がオススメですね。


 となると、結局はレベル上げか。ゾンビにグール、後はネックリーをひたすら倒すしかないのか……。


 「分かった。ありがとう」


 ――いえ。では、失礼します。


 シーリスはそう言うと何も言わなくなった。生存用プログラムはヘルプ機能としても優秀だ。どれほどの知識を蓄えてるのか、こうして俺の疑問の一つがあっさりと解決してしまった。


 「あー! さっぱりした!」


 シーリスとの会話を終えるとちょうど唯がお風呂から上がったようである。

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