演説
「本日はお忙しい所、集まっていただき申し訳ない。私から大事な報告があってこうして集まってもらった」
アドゥルバとの激闘から二日目。紫苑さんの指示により学校で生活をしていた人達が全員集まった。ここが安全地帯となった事を伝えるらしく、昨日はその話と、休息に時間を割いている。
「宗田さん、本当に良かったの?」
小声で唯がそう言ってきた。
「なにが?」
「ボス級のグールを倒したのを、真奈……さんの、ものにしてしまって」
「あー、それは紫苑さんから理由も聞いて、その通りだと思ったからいいんだ」
「そっか」
少しだけ納得してない様子の彼女だったが、今更決めた事を変えるつもりもない。昨日、紫苑さんから今後の事について話をした。要約すると、俺が倒したボス級のグールを真奈が倒した事にしたいと。そして、その報酬……人類領域も彼女が手に入れたことにしたいとの事だった。
最初こそ、断るつもりはなかったが、少しだけ疑念が生まれかけた。現に唯は今も思うことがあるのだろう、少し不機嫌な感じである。
ただ、こうして他の人達の顔を見て、紫苑さんの言うとおりにして良かったと思った。体育館に集まった人達の表情は一様に憔悴し暗いのだ。活気があると言う言葉には程遠くどんよりとしている。ずっとここに隠れ過ごし、外にも自由に出れない。中には大切な人を失った人もいるだろう。精神的にもかなり辛いはずだ。
人類領域としてここを選択したわけだが……どれくらいの人がそれを喜んでくれるのか分からない。ただ、新参者の俺が何かしたよりは真奈の手柄にした方が素直にまとまりそうだと思ったのだ。それこそ、彼女の築き上げた”信頼”と言うものなのだろう。
だから、紫苑さんから話を聞いた時、彼女が苦境を越えて希望を手に入れたとした方が、見栄え的にも心に響く度合いも違ってくると思った。もちろん、いい意味で理解、共感、感動し、真奈をスーパーヒーローのように英雄のようにしてくれるんじゃないだろうか?
そっと真奈を横目で見やると、凛とした表情で人々を見据えていた。日本人らしい顔つきの彼女、和美人と言う言葉が相応しく英雄と言うよりは聖女、その言葉の方が似つかわしいと思う。
すると、
――嫉妬の使徒
不意にシーリスの言葉を思い出した。聖女と相反する言葉。あまり考えないようにしているが、頭の片隅から忘れられない。
「どうしたの?」
じっと真奈を見つめていた事に気づいた唯がそう言ってきた。
「いや、なんでもないよ」
まだ、彼女には何も伝えていない。真奈の事、シーリスの事、そして俺の新しい能力の事。改めて腰を据えて話せる時に話そうと思っている。
「――と言うわけで、彼女、彼等のお陰でここは安全地帯……人類領域となった!」
熱の籠もった紫苑さんの言葉にどよめきが走った。一通りの話を終え、一番の本題へと入ったようだ。
「この学校にはゾンビ、グール、そう言った存在は侵入する事は不可能。人間だけの領域である」
紫苑さんの言葉に聞き入る人々。百人以上いる人達の前で物怖じせず堂々と語る。まるで、先導者のような彼の言葉は、一つ一つが心に染み渡るように広がった。カリスマ性を持ち合わせた彼がここのリーダー的、存在に抜擢されたのも納得である。
「警備隊長の塚本 真奈を筆頭に、新たに加わった二人……斎藤 宗田、神崎 唯――三人が持ち帰った人類の希望だっ!」
彼の熱気が最高潮に達しようとしていた。人々も感化されたのか、疲れきった表情に少し赤見が戻る。座っていた彼等だったが、立ち上がろうとしている者までいた。
俺達が手に入れた報酬は受け入れて貰うことが出来たと思っていいのかな? 中には疑うような眼差しを向ける人もいたが、ほとんどの人は肯定的と見ていいだろう。そんな、人達を見て少し嬉しくなった。
「塚本 真奈は強力な魔術を操りボスを葬りさった! そして、彼女だけじゃない!」
素直に紫苑さんが凄いと思った。俺達のように戦いに関しては慣れていないのかもしれないが、彼の本質は魔法でも腕力でもない。”言葉”が最大の武器であると感じたのだ。
「斎藤 宗田は物を造り出す”創造魔法”の担い手! 神崎 唯は可愛らしい見た目から想像できないほどの強力な”怪力”の持ち主! 二人は数百にも及ぶグールの群れを葬った!」
人々のとどよめきが更に大きくなる。興奮したように、一様に凄いと声を漏らし俺達に数百の視線が突き刺さった。
俺と唯は一歩足を前に踏み出すとぺこりと頭を下げる。そして、元の位置に戻ると盛大な拍手が湧き上がった。
「少し、恥ずかしいね……」
はにかむ唯はかなり照れている様子。そう言う俺も、こう言った大勢の前に立つのは初めてで緊張する。勘弁してほしいな……。しょうがないんだけどさ。
そうは言ったものの、顔を上げれば皆がこっちを向いている。逃げるように視線だけを下に逸らして見ないようにしているが、人々の興奮した視線を感じて体が竦み上がりそうになった。
「そして、ボス級グール……名前を――アドゥルバ。そいつを倒したのが、我らが警備隊長、塚本 真奈だ! 彼女は激闘の末、アドゥルバを葬り、我等に最高の希望をもたらした!」
すると、割れんばかりの歓声が沸き上がった。
「真奈さん、すげー!」
「ありがとう!」
人々が口々に言葉を発する。
「倒したの……宗田さんなのに……な」
すると唯がぼやいた。
「そう言うなって。彼女だからこその、この盛り上がりだからさ。一応俺達の紹介もあっただろ?」
彼女を諭すしたが、ふてくされるように唇を尖らせている。そんな彼女の事に気づいているのは俺だけ、他の皆の視線は真奈に注がれていた。
「さて、ここでこれからの事について少し話をしたい」
紫苑さんがそう言うと、歓声の波は一旦落ち着きを取り戻した。
「全員が覚えているだろう、魔王の言った戦争。私は奴の攻撃がこれで終わりとは思えない……」
すると、盛り上がった人々から熱が奪われて悲壮感のようなものが一気に広がった。
「だからこそ! それに備えてこれから準備を始めるのを手伝って欲しい!」
俺達は昨日、今後の事について話し合った。その中で、創造以外の魔法については話を伏せると言う結論に至った訳だ。
理由は――
「彼、斎藤 宗田が持つ創造の魔法で――壁を創る」
今回、アドゥルバとの戦いでコンクリートから巨大な斧を造り出した。それを利用しようと言うわけだ。出来るか分からないが、やってみる価値はあるはずだ。
だから、創造の魔法だけは広言することにした。グールを倒した方法が思い浮かばなかったと言うこともその理由の一つである。そして、壁を創ると言った事で、その魔力から視線を僅かに逸らし、物乞いのように集まる人を避ける効果があると見ている。
「いつ、魔王から次の攻撃が始まるか分からない……そして、この人類領域も万能ではないのだ」
紫苑さんは淡々と語る。
「10人以下になると、この領域は消失。そして、敵からの攻撃は防げない」
更に続ける。
「皆が安心して営むために、私は最優先でこれを進めたい! ただし! 彼の魔法は魔力を大量に消費する! それこそ、無から創り出すとなると何年もかかってしまうだろう……」
人々が彼の話に耳を傾ける。
「いつ、魔王からの攻撃が始まるかも分からない状況でそれは由々しき事態だ! だが、安心して欲しい! それを大幅に短縮する方法がある!」
素直に上手いなと思った。紫苑さんのペースに完全に飲まれている。
「材料……壁を作るための材料となる物があれば魔力の消費は激減され、短期間でそれが可能となるだろう」
紫苑さんが俺をちらりと見やると、頷いて返事を返す。
「――目標は鋼鉄の壁。それで、学校をすべて覆う……そのために、皆の力を貸して欲しい!」