平凡がいい
魔法とはいかなる物なのか?
この世界如何なる事象でも等価交換の原則に従っている。
何かを得るためには何かを失う。わかりやすく言えば買い物がいいだろうか? 品物を得るにはお金を使用する。そう言った物がそこかしこにあるのだ。
だが、魔法のそれは俺には違うものに感じた。
それは、世界の法則から逸脱したもの。
人の願いを具現化したも。
その代償に魔力と言われるエネルギーが必要なのだと思う。ただし、あまりにその現象に対して得られる効果が多い気がするが……。
それこそ、もっと何かを失わなければならないと思うのは俺だけだろうか。
だが、それは人として見た場合であって世界でみたらまた違うのだろうか?
——神秘のそれ。
念動力にテレパシー、予知夢にパイロキネシス。
そんな物が、存在するなんて眉唾物だと思っていたがこうして現実になると驚きを通りこして逆に冷静になってしまう。
世の中がこんなことになっていなかったら、それは世紀の大発見だっただろう。
果たして俺たち以外に、これを使用できる人間はどれくらいいるのか?
これらを武器に戦う事が出来る人はどれくらいいるのだろうか?
「もう、本当に手首は痛くないですか?」
神崎さんの瞳に不安の色が浮かんでいるのが見えた。
……うっ、近い。これはちょっと……。
こんな状況化、化粧のそれは全くしていないにも関わらず魅力的な表情。腰まで伸びた黒い髪をまとめてポニーテールにしていた。
女性的な少し丸みを帯びた頬。かといって太っているわけでもなく、それが可愛らしさを引き立ててくれている。童顔で幼さの残る顔の23歳、列記とした成人した女性である。
本人に童顔と言うとかなり気にするため言わないが、まだ高校生? もしくは成人前? そう見られても不思議ではない。
要するに何が言いたいかと一言で言うと。
——可愛いい。
俺はそれが言いたいのだ。
「あ、えっと……大丈夫。もう、何も痛くないよ」
突然感じられたその女性らしさにドキッとしながら、かと言ってそれを表情に出すこともなく俺はそう答えた。
「本当に良かったです……」
不安な表情から安堵の表情へ。ほっと息を吐きだすと安心した表情をしていた。
「私……魔法が使えました……」
「そうみたいだな。体はだるくない?」
神崎さんも魔法を使えたのである。
それも——治癒。
神崎さんが祈りを捧げている時だった。痛めた左の手首が緑色の光に包まれた。最初は驚いたが、違和感も特になくどちらかと言えば暖かく気持ちいい。そのため、特にそれを振り払う事なくジッとしていた。
そして、その光が徐々に消えると。
怪我が治った。
と言うわけである。
今は手首をグリングリンと痛くないとアピールしているが、本当に元に戻ってしまったのだ。その事から、神崎さんの魔法は治癒であると俺は判断した。
「ああ、それも治癒とかかなり俺たちは運がいいかもな」
今は、少しの傷でも死に直結するであろうこの世界。治癒が使えるのはかなり安心できる。生存率が一気に高まったのは間違いないだろう。
「私がヒーラーで、宗田さんがアタッカーと言うことですね。
少し不謹慎かもしれませんが、ゲームみたいな感じで少しワクワクしてしまいますね」
どう生き残るかを考えるのが少し楽しくもある。ただし、俺たちは——。
——戦闘処女。
いつか外に出てゾンビと対峙した時にどれくらい通用するかは全く分からない。もしかしたら、一度の戦闘で心が折れてしまってもおかしくないのだ。折れた心は戻らない。そうしてそれは今の世界にとっては致命的な事だろう。
逃げれば済む、そんな世界ではないのだ。現実は遠慮なく迫って来る。そうなった時に生き残るには自分の力でどうにかするしかない。
「そうだな。しばらくはここに籠って、魔法の訓練をしよう。神崎さんもそれでいい?」
神崎さんはその事に気付いた様子はなかった。
「私もそれが良い思います。
それに、今後の事もどうするか考えないとですもんね」
まだ表情を柔らかくして、嬉しさを隠しきれない彼女はそう言った。よっぽど魔法が使えて嬉しかったのか、手で何かしらを触って落ち着かない様子。
「まあ、当面の目標は安全と食料だろう。
ゾンビだけでなく、人も信用できるか分からない。とにかく安全に生活ができるようになるのが最初の目標でいいと思う」
第一優先は拠点の確保。これは最悪はこの部屋でいい。そして、次に食料だ。できれば、安定的に手に入れられるのが望ましい。最悪、その辺で畑でもやるか? 物資も無限にあるわけではないし、その辺から拝借するのにも限界があるだろう。
ゾンビが侵入できないようにして、畑を作って農業か。唯と二人で生活する所を想像するが……悪くないな。
「いろいろと課題も多いし、人手も足りませんよね。
こういう時に安全な所と言えば、城壁に囲われた城下町のような所を想像しますね」
城壁か……。
それが造れたら理想的。だが、現実はその作り方も手法も知らない。まして迫り来るであろう屍の群れを倒しながらとなると……今は難しいよな……。
「だな。そうなると集まってくるゾンビを蹴散らしながら壁を作って囲っていく必要が出てくるな。
どのみち他の生存者の力を借りる必要があるだろう」
「でも、人が増えれば問題も起きる……ですね。いろいろと課題は多いですが、やるしかないですね」
昨日の神崎さんの姿とは売って変わって?しっかりとした物言いに安心した。
彼女ともちゃんと話を出来たし、魔法の検証も終わった。だから、
「さっそく訓——」
「——寝る」
「へっ?」
まさかそう返されるとは思わなかったのだろう。間抜け面をした神崎さんが、こっちを凝視してきた。
「だって朝早くからずっと魔法の検証していたんだよ?
眠いじゃん。それに俺は朝が嫌い」
まぁ、時計動かないし何時かも分からないんだけど。気分はまだ朝でいいでしょ。
「普通はこの後びっしりと訓練するんじゃないんですか?
最近流行りのラノベだって、おれつえーなんてのも流行ってるじゃなないですですか。それを見習って欲しいんですけど!
もしかしたら、何かに覚醒して主人公になれるかもしれませんよ」
「あー、そう言うのは俺はいいかな。
なんか、色んな人と関わり持つの苦手だし。そんな主人公みたいになったら、のんびりする事もできないでしょ?
一日一日を生きて、老衰で死ぬ。それが俺の人生の目標だからさ。
そうなるには、特にそんな主人公のような立派な存在になる必要はないんだよ」
だって、勇者とか主人公って責任まみれじゃん。敵にも攻められ、成果を残せなかったら人にも責められるし、中間管理職のような役職はごめんこうむりたい。
「でもでも、男なら強さに憧れる物ですよね!」
強さだけなら欲しいなけど……生きていくのに必要なくらいでいいな。
「確かにそうかもしれないけど、そんな大それた力じゃなくて……
目に見える範囲。それを確実に守れる力があれば良いと思っているからさ」
唇をにょっきっと尖らせて抗議をしてくるが、無視をする。だって、ゲームでもラノベでも主人公って大変だと思うよ。ああ言うのは客観的に見るからいいのであって、それの当事者になりたいとは思わない。
助けてチヤホヤされるのはもちろん。ハーレムなんてもってのほか――俺は断固拒否する。
ハーレムは男の願望にすぎない。体や金でのそういう関係ならともかく、そこに感情が入りだしたら憎悪と嫉妬の嵐になるだろう。それに、そうなった本人は全員に平等に接しないといけないし。そんな事をずっとしていたら頭が剥げそうだ。
まあ、それはともかく、引きこもりの俺には主人公の素質なんてありもしない。量産型日本人なのだから。
だ、か、ら、それにあやかるくらいがちょうどいいのだ。
「宗田さんなんて、もうしりません!」
どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。だけど俺は迫りくる睡魔には抗う事が出来ずに、そのまま無抵抗に意識を手放した。