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信用は大事

 可能性があると分かると、脳みその変わりに氷でも詰め込んだように、熱された心が急速に冷えた。

 異常なくらいに高ぶった感情は、少し前まで親密な関係だったことが強く影響しているのだろう。これがアリス……彼女には悪いが真奈と同じ境遇であっても、驚きはするが、ここまでならないとは思う。


 ――マスター、落ち着きましたか?


 俺の身を案じてくれるシーリス。生存用プログラムと自分の事を称したが、精神面でのケアも兼ねているのだろうか。機械的な声の中に温かいものを感じた。

 すまない。落ち着いたよ。


 ――それなら安心しました。念のため…………バイタルも正常値に戻ってますね。


 そんな事も分かるのかよ。凄いな。

 正直に思った事を述べると。「マスターとは、一心同体ですから」と返答が返ってくる。

 それにしても神様って本当にいるんだな。


 ――ええ、ただあくまで人間から見たら上位的存在なだけです。母なる神は、神から見たら今は人が神を見る感覚。違いがあるとすれば、偶像崇拝とは違うくらいでしょうか。


 人間からしたら、”神”とは絶対的存在。だけど、無形で抽象的。砂漠のオアシスの影が宙に映し出された、蜃気楼のようなもの。近いのに遠く感じる存在。それが、神。

 だけど、神からしたらその上位に当たる存在は身近にいるらしい。まったく想像できないな。

 なぁ、神と悪魔ってどれくらいいるんだ?


 ――数えきれないくらい……、と、お答えしておきます。


 そんなにか……。でも、一度も出会った事がないなんて、戦争のルールはあれど不思議なものだ。

 そう言えば、代理戦争はまだ続いてるのか?


 ――はい。一時的な休戦はありましたが、今も進行形で続いています。


 そう考えると、知らず人間は戦争をしていたんだな。ただ、そこまでスケールの大きな話を聞くと、今の状況がちっぽけに感じるが、由々しき事態であることは間違いない。神と悪魔と人類と、存続の危機は現在進行形で続いているのだから。

 

 「宗君、あの……話していいの?」


 シーリスと俺との会話は真奈に声をかけられた事で一旦は終了した。


 「んっ? 何をだ?」


 頬が土に汚れて疲れ顔をした真奈の顔を見やる。シーリスとの会話に集中しすぎて何も聞いていなかった。そのため、真奈に言われた事がすぐに理解できなかった。

 聞き返すと、すぐに横に座っていた真奈が耳打ちをしてくる。シーリスとの会話の事を思い出したが、あくまで平静を保ち聞き返す。


 「魔法のことだよ。紫苑がどうやってボス級のグールを倒したか気になるみたいで……」


 少し申し訳なさそうなのは、自分が上手く話せなかったからだろう。もとより、今回の件で一部の人には話すつもりでいた。ならば話してもいいが、俺に寄りかかって眠りこけている唯にも聞いておこう。

 

 「唯、起きて」

 

 肩を軽く叩く。


 「――はっ! 寝てません!」


 と、目を覚ます勢いでそのまま立ち上がった。


 「はう!」


 自分の状況をその雰囲気から理解したのだろうか、顔をトマトのように真っ赤にするとおずおずと椅子に腰を下ろした。

 俺は笑い転がりそうなのを必死に堪える。お腹を押さえて声には出さないが、ひくつくその姿は誰が見ても笑っている事は一目瞭然。しかも、今のでアリスと剛も目を覚ましたらしい。


 「唯さん、申し訳ないね。もう少しで話が終わるから勘弁して欲しい」


 紫苑の謝罪の言葉に、ますます縮こまってしまった彼女。隣でいつまでも笑い続ける俺を恨めしそうに睨んでくるが、余計にツボを刺激する。


 「そ、それで……私のこと呼んだ?」


 なんで起こしたの、と言わんばかりに俺に訴えかけてくる唯はまだ顔が赤らんでいる。寝ていた唯が悪い。笑い過ぎて涙目になった目を指先で擦って拭いながら、真奈に言われた事を伝える。


 「あの事……ぷっ。魔法の事を話してもいいかなって……くくくっ」


 言いながら笑いが止まらない。唯はますます顔を赤らめて拗ねたような表情をした。


 「もう! いつまでも笑わないでよ! 宗田さんが言いなら、私は従います!」


 少しヤケになった彼女だったが、しっかりと了承を得ることができた。と言うことで真奈に話していいよと伝える。


 「分かったわ……。紫苑、ボス級のグール……アドゥルバは、宗君の魔法(・・)で倒したわ」


 真奈が紫苑にそう言ったとき、あまり感情が顔に出ないタイプの彼だったが、驚き目を見開いていた。剛やアリスも驚いた様子。剛に至っては、勢いよく立ち上がった事で重たい椅子がずれ、床が鳴った。皆が一様に驚き、部屋の空気が動揺した事を感じ取れた。

 真奈は更に話を続ける。


 「そして、数百にも及ぶグールを殲滅したのは……彼女、唯さん。同じように魔法……を使ったと思うわ。私も……唯さんに助けられたわ」


 唯の事を話す時、なぜか辿々しく怯えの色が見えた。真奈を助けたと言ったが、そこにどう怯えようがあるのか。ちらりと唯を見やるが、特に無反応。黙って真奈が言っている事を聞いていた。


 「そうか……魔術ではなく、魔法なんだな?」


 「ええ、そうよ。魔術特有の詠唱はしてなかったから間違いないわ」


 「なるほど……。どうしてそれを今まで黙っていたんだ?」


 真奈に向けられたら視線を俺に向けた紫苑。少しだけ怒っているような感情が瞳に込められている。黙っていた事は申し訳ないが、はっきり言うと、


 「まだ信用しきれないから」


 それだけの事。魔術を見た時に思った事がある。魔術は現象がそのまま世界に留まらない。魔法はその逆だ。何が言いたいかと言うと、魔術では水が飲み水にならないと言うことである。魔法で創られた水は飲んで喉を潤わせる事も可能。要するに生活用水としての使用もできる。

 となれば、生活水準が著しく低下した避難所で次々に求められる事になるだろう。特に地下水から汲み上げた水を煮沸して、飲み水にしているとの事だった。俺も試しに飲ませて貰ったが温く美味しくない。風呂も冷水を体に浴びる状況。そんな中で見せびらかしでもした。生活の様々な部分で不和が生じる。

 結論から言うと、俺達もここに住むことが出来なくなるし、避難所としても決して喜ばしい事態にはならないと思ったのだ。

 だから、今回も限定的にしか伝える事しかしない。もし破ればすぐに出て行く覚悟はしている。


 「紫苑さんは、魔法をどれくらいご存知ですか?」


 信用しきれないからの一言ではすまないだろう。もし、最初から魔法が使えると分かっていれば真奈が危険な目に遭う事もなかったのだから。


 「魔法についてか……私が知り得る情報としては、魔術と違って詠唱がいらない。後は、自由度が高い……そんな所だが」


 「そうですね。自分もその事については把握しています。魔術に関しては、剛のを見た時に思いましたが……ただ、紫苑さんの言ったことだけでは足りません」


 「ふむっ……足りないと言うのはどう言う事だい?」


 「魔法は現象をそのまま残します」


 この一言で理解できたのは紫苑だけのようだ。目を動かして、ちらりとそれぞれの顔を見たが疑問と言った表情をしていた。


 「……宗田君は何種類の魔法を扱えるんだ?」


 「自分は4つ。火と水と雷……もう一つは便宜上よく分からないですが、創造と勝手に呼んでいますね」


 紫苑さんは何やら考える素振りを見せる。


 「紫苑……どう言う事なの?」


 「あぁ……彼が魔法について話さなかったのはなんとなく理解できた。ただ、彼の魔法の程度にもよるだろうが」


 「えっ?」


 真奈はまだ理解できない様子。


 「宗田君は、魔法をどれだけ操れる? いや、変化させられるんだ?」


 「これを触って貰った方が早いかなと……」


 水球を二つ出し、それを紫苑さんの目の前まで移動させる。水球が何もない空間から出現した時、唯以外から驚いた声が上がった。「兄貴……かっこいい」と剛の呟きが聞こえると、誇らしいと同時に少し恥ずかしくも感じる。

 

 「触っても?」


 「もちろんです」


 紫苑は恐る恐る手をその中に入れる。


 「――これは!」


 珍しく動揺の色を隠せないようで、ガタッと大きな音と共に紫苑が立ち上がった。

 俺が作り出した水球。一つは冷たい水、もう一つは温かい水、である。他の三人も紫苑のそばに移動すると、同じように手で触れた。


 「ひゃっ! 何これ! 冷たいっす!」


 「こっちは温かいぞっ!」


 はしゃぐアリスと剛。真奈は顎に手を当てて何やら考え込んだ素振りを見せる。


 「皆、落ち着いて」


 紫苑は三人を席に戻るように促した。


 「宗田君、疲れてるのにわざわざ見せてくれてありがとう」


 「いえ」


 短くそう返す。紫苑が更に、


 「持続時間はどれくらいなんだ?」


 「水球の事でしたら、魔力が切れるまで。物体として残っている時間なら――蒸発するまで、ですね」 


 真奈は俺の話を聞いて納得したように頷いた。


 「事情は……理解した。少し考えたいがいいかな? 何、誰にも話さないさ」


 そう言うことでしたら、と伝えると、


 「真奈、剛、アリス、三人は残ってくれ。二人は休んで貰っても構わない。また、日を改めて話そう」


 ふう、やっと1日が終わった。


 「宗田さん……お風呂入りたいなー」


 小声で話す唯。


 「あー、プール借りてもいいですか?」


 一応、紫苑さん達の許可を得る。


 「もちろんだ。今の時間は誰もいないだろうけど、見られないように気をつけてくれよ。あと、昨日と同じ宿直室を使って貰ってくれて構わない」


 「やったー!」とはしゃぐ唯と一緒に部屋を後にする。


 「っと、驚き過ぎて伝えるのを忘れていた。宗田君、唯さん、この避難所のためにありがとう。そして、真奈を救ってくれてありがとう」


 真っ直ぐに俺達を見つめて、腰を90度に折り曲げて紫苑さんがお礼を述べてくる。それを聞いて、二人で笑顔を見せて頷き、


 「おやすみなさい」


 と告げて、改めて部屋の外へと出た。

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