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必ずあるもの

 「宗君、遅かったわね。何かあったの?」


 二階へたどり着くと、俺達に気づくなり声をかけてくる。俺の事を案じてくれる真奈に「なんもないよ」と言うと、「そっか……」と短く返事が返ってきた。何か言いたげにした表情をしていたが、すぐ横にいる唯の存在に気づくと、何か発しようとした口を閉じて、三階へと上がる階段の方へと体の向きを変えた。


 「なんか……夜の学校って不気味だね……」


 小さな声で呟く唯だった。どこの学校にはいろいろな噂が存在する。幽霊だったり、七不思議だったりとそう言った話には事欠かない。俺は昔聞いた、トイレにまつわる話を思い出した。


 午前0時を回った時、三階にある男子トイレに入ると不思議な事が起こる。

 ――まず、中へ入る前に一回お辞儀をするんだ。そして、「こーちゃん、居る?」ってトイレに向かって言んだよ。すると、不思議な事にトイレの個室が閉まる音が聞こえると思うから――三回も。

 その数は中の個室の数と一緒。

 ここまでいけば後は中に入るだけだよ。

 

 ――だけど……


 入る前に注意して欲しい。必ずだよ。必ず。「お邪魔します」って言ってから入ってね。そうじゃないとこーちゃん、怒って黙って入った人を殺しちゃうから。でも、ちゃんと入ったら大丈夫だからね。

 そしたら、中に入ってみなよ……。中が――


 と、子供の頃、友達に教えてもらった話を思い出して寒気がした。大人になったせいで、それをより鮮明に想像してしまい少しだけ怖い。

 横を歩く唯を見ると両肩を抱いて、ガタガタと寒そうに震えている。


 「嬢ちゃん! なに言ってるんだ? いつも、幽霊みたいの相手してるだろ? 今更怖いとかなしだぜ」


 「なになに? 唯ちゃん、怖いの!? 可愛い!」


 この二人は……。まぁ、確かにゾンビって死体だもんな。動かないはずのそれが動いて、実際に人を殺してる方が悪夢だわ。そう思うとさっきまでの怖いと言う感情は何処かに消えてしまった。

 毎日、幽霊と遭遇してるもんだし、出てきたらどうしたらいいんだ? あっ、聖水でもかけてみよう。


 「むー、海上さんは意地悪言うから嫌い!」


 いや、剛の言った事は本当の事だからそう言うなよ。ほら、落ち込んでるじゃないか。


 「宗田さんは……分かってくれますよね?」


 「最初だけ、そう思ったかな」


 「ほら! 宗田さんは優しい」


 満面の笑みで腕に絡みついてきた。怪力のせいで、腕がぎしりと鳴る。

 ……少し加減して欲しいんだが。


 「唯ちゃん、騙されちゃあかん! 最初だけって言っとるで!」


 やかましい! エセ外人、エセ関西人!


 「えっ……私の心を弄んだの?」


 他の人が聞いたら勘違いするようなフレーズ。そう口走ると締め付けが更に強くなる。


 「いぎっ! 最初は怖いなって思ったけど、剛が言った事を聞いて怖くなくなったんだよ! いたたっ!」


 「ほら、やっぱり海上さんのせいじゃんか! やっぱり嫌い!」


 剛を犠牲にすると、絡みついた腕が少し緩んだ。剛よ……すまん。

 とぼとぼと前を歩いている剛の肩が更に下がると、悪戯小僧の笑みを浮かべたアリスが「どんまい」と肩を叩いて言っていた。

 ちらりと後ろを振り向いた剛に対して、手の側面を見せるように立てると、すまん、と謝罪の意志を送る。少し悲しそうな表情を見せると前を向く彼に対して、ニシシと悪い笑みを浮かべるアリスは何度も剛の肩を叩いていた。赤く染め上げ逆立てた髪の毛が、彼の感情を表しているかのように少しうなだれて元気がなく見える。


 「着いたわよ。紫苑、入っていい?」


 三階に上がるとすぐ左に曲がって、奥の壁と階段の中間に位置する扉の前で止まった。扉の上の部屋の名称を表示する看板には『校長室』と書かれている。真奈は扉を三回ノックすると、部屋の中にいるであろう人物へと声をかけた。


 「ああ……入ってくれ」


 すぐに部屋の中から返事が返って来たが、寝起きのような少し重たい声だった。

 

 「おかえり。みんな、無事でなによりだ」


 俺達の姿を見るなり、顔を綻ばせて安心した表情をする紫苑は優しく微笑んだ。

 扉を開けて真っ直ぐ、一番奥に校長先生が使うであろうデスクがある。机の上にあったであろう、書類などは全て床に置かれ、今は応接室に置いてあったのと同じランプが一つと、水が入ったコップが一つ置いてあるだけだ。そこに、黒く偉い人が使うであろう椅子に紫苑は座っている。

 視界に映る紫苑は、少し疲れている様子がした。机の上に置かれたランプの光が彼の顔を照らし、鮮明に映し出す。眼鏡の奥の一重まぶたに切れ長の鋭い眼光は健在であった。たけど、初めて会った時と違い、言葉も、まぶたも、雰囲気も、全てが重たげである。


 「ええ、大変な目にあったけど一応ね」


 真奈も何処か疲れた様子だ。そう言う俺も早く休みたかった。シーリスに出会わなければ死んでいたであろう激闘の末。体を爆発され、手足が千切れ、最後には全身が焼かれた。どうにかアドゥルバには勝てたが、二回も死にかけている。体力はレベルが上がったから問題なし、魔力も同じく、だけど心は限界を迎えている。早く横になりたい。

 

 「それで、何かあったのかい?」


 紫苑が真奈にそう尋ねた。


 「どこから話したら…………結果から言うとボス級のグールに出会ったわ。そして、討伐。その報酬としてここは人類領域となった……はず」


 最後は自信なさげに声が小さくなったのは、実感が沸かないのだろうと思う。


 「……少し、話について行けないな。ボス級とはなんだ? 人類領域ってのはなんだ? 前者はなんとなく想像がつくが、詳しく話してくれないか?」


 説明わ催促されると、座りたまへと促される。真奈が壁に寄せられた椅子へと腰を下ろし、俺達もそれに続いく。

 真奈が今日あった出来事を説明している間、暇だったので俺は視線を散歩させた。


 ここで、紫苑は寝泊まりしてるのだろうか? 右の壁に寄せられている俺達が座る椅子の反対側には本棚が二つ並んでいる。その本棚の前には畳まれた布団が置かれていた。決して広くない部屋ではあったが、個室を持っていると言うのはある意味リーダーを務めているのだから当然か。これが、他の人と同じように雑魚寝をしていたら示しがつかない。

 それにしても難しそうな本だよな。『倫理学』、『量子力学と死後の世界』……題名を見ただけで絶対に見ない奴だ。


 そうして部屋の中を観察していたが、すぐに飽きた。唯、アリス、剛の三人は寝てしまい。真奈と紫苑はまだ話している。


 シーリス。名前を呼ぶ。


 ――マスター、お呼びでしょうか。


 話が長引きそうだったので、その間、シーリスに相手をしてもらうことにした。


 なぁ、シーリスって本当にベリルとは違うんだよな?


 ――イエス。ベリルと言う方とは違います。私の知識にも存在しませんし。どのような方なのでしょう?


 あれ、俺と共有してるんじゃなかったか?


 ――そのはずなのですが……不明。なぜか、その方の名前を思い出そうとするのですが……空白。記憶に穴が空いていて、そこだけが見えないのです。


 ますますベリルの存在がなんなのか分からなくなる。自分では精霊なんて言ってたが、そんな訳がないよな? 絶対それよりも高位の存在、神に近いんじゃないかと俺は思っている。シーリスも恐らくはそう言った存在に創られたのだろう。目的は知らないけど。

 それの記憶に穴を開けるとなると、更に上位の存在になるのか? まあ、ベリル自体は隠そうとしてないし、聞き取れないのは俺達だから、そのうち判明するかな。

 ひとしきり考えを巡らせると、本題へと入ることにした。


 塚本 真奈が嫉妬の使徒と言ったよな。嫉妬の使徒とはなんだ?


 ――マスターは、八つの枢要罪は知っていますか?

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