産まれたままの姿
「無事ですか! ――えっ! きゃっ!?」
倒れた俺に駆け寄ってきた唯だったが、悲鳴を上げると彼女は慌てて目を背けた。
「んっ? あ? あぁっ!?」
彼女が見た視線の先を見ると、産まれたての姿が月明かりに照らされて映し出されていた。肉体は再生したが、肝心のそれを覆う服は跡形もない。
慌てて上半身を起こすと、大事な部分を両手で隠す。
「す、すまん!」
「い、いえ……立派な物をお持ちですね」
手で顔を隠す唯だったが、その隙間からこちらを何度もチラ見してくる。初々しい反応が心に刺さり、余計に恥ずかしくなった。しかも、アドゥルバを倒した事でレベルが上がり気持ち良くて……。
着る物はないのかよっ!
――マスター、アスファルトの素材の石油から衣類を作りましょう。キシレンやテレフタル酸が無くても大元があれば容易に行えるはず。
生存用プログラム、シーリス様はここでも有能ぶりを発揮してくれた。服を作る詳しい工程なんて知らないけど、シーリスが言うんだから間違いないだろう。
なら――イメージはパンツだ!
「あっ……」
完成した黒色の無地のボクサータイプの下着が完成した。それを急いで履く。
あっ、意外と普通な感じだな。アクリルなのかポリエスチレンなのか知らないけれど普通の履き心地感動した。ゴムなんかも付いてるし、わからない部分は魔法が補完してくれるとか便利すぎるだろ。ただ、シーリスが言う通り、無い物を創り出すのはかなりの魔力が必要だと言うことが分かった。たった下着一枚を創るのに、あの巨大な斧の倍の魔力がかかったのだ。
とりあえず、大事な物を守るための装備が手に入って安堵したのだが……なんで、唯は悲しい顔してるんだよ。
「宗君……」
俺と唯がそんなじゃれあうようなやり取りをしていると、少し怯えるような真奈がやってきた。アドゥルバもグールももう倒したのにどうしたんだ? 怯えるように肩をすぼめ、右手を胸の前でぎゅっと握る。視線も落ち着かずあちらこちらをせわしなく行き来している。
「真奈も無事だったんだ……でも、そんなに怯えてどうしたんだ?」
「あっ、いえ……なんでもないよ」
何か答えにくそうにしている彼女。唯に目配せすると首を傾げて、彼女も何があったのか分からない様子だった。頼りになるお姉さん、姉御肌。気は強くないが芯が太くしっかりしている。そんな、物怖じしない彼女が怯える姿は初めてみた。
「真奈さん、どうしたんですか?」
唯も心配しているらしく、そう声をかける。
「――ひっ! ほ、本当になんでもないよっ!」
突然そう声を荒げた真奈。俺と唯は何があったのか分からず困り顔になる。とりあえず彼女が落ち着くまで待とうか……見た感じ、特に大きな怪我はないみたいだし、大丈夫だと思うが。
ただ、唯を見てかなり驚いていたみたいだけど……もしかして、唯の奴が何かしたのか? 興奮すると人が変わるもんな。大いにあり得るぞ……後でちゃんと聞いて、そうなら注意しないとだな。
「真奈――」
今も肩を震わせる真奈に声をかけようとした時だった。
『――ネームドモンスターの討伐を確認しました』
声が聞こえた。
今回はシーリスの事のように、俺だけに聞こえていると思ったが違うようだ。唯も真奈も首を動かしてその声の主を探しているようだ。
『処理を実行します――――実行終了。
報酬の提示を開始します』
アドゥルバの事をネームドモンスターとその声は言った。その声色は女性の物だったが、シーリスと同じく機械的で無機質。もしかして、シーリスの親戚か何かか?
――マスター、否定と答えておきます。
違うらしい。なら、今度は何が起きるんだ?
『ネームドモンスター、”アドゥルバ”の討伐おめでとうございます。人類が初めてボス級のモンスターを討伐しました』
謎の声は俺達を祝福してくれているようである。てか、アドゥルバはやっぱりボス級でいいのか。見た目も能力もグールを何倍にも強化して、それでも足りないくらい別格の存在と思ったが、予想通りであった。
性格も知能があるぶん残酷だし、グールを生み出せるわ、それを操る事も出来る。しまいにはその眷属と視界を同調させることも可能。極めつけは再生能力と、あの爆発である……とつらつらと並べてみたが、よく俺が勝てたもんだ。
しかも、人類初となるとそれだけ俺達以外の人間が疲弊していと言うことなんだろう……生き残った人間は後どれくらいなのか。
とりあえず声をかけてみるか――
「――お前は誰だ?」
『申し遅れました。私は”神の声”と称される者。人類が世界に貢献した度合いに応じて報酬を提示する役割を担っております』
神の声? そいつは話を続ける。
『今回はボス級のモンスター、中でもネームドと称される特別なモンスターを討伐したことにより、こうして報酬をお三方に届けに参りました』
報酬か……てか、ボス級が全てネームドと思ったがこの神の声いわく、違うようだ。ボス級の中でも特別と言うことは、ある意味俺達は最高についていないと言うことなのだろう。
――まるでゲームだな。
『それでは、ボス級討伐報酬――人類領域の確保。こちらを受け取る場合は対象の土地、建物を選択してください』
「ちょ、ちょっと待て! 人類領域の確保ってなんだ?」
さらりと、とんでもない事を言ったぞ。もし、神の声が言った人類領域の確保が俺の想像通りなら――
『質問を受理――人類領域について。
絶対不可侵領域。いかなる場合も人間や友好的存在しかその領域に入る事は不可能。ただし、範囲指定した内部にモンスターがいた場合は対象外になりますので、討伐、または領域外への排除が必要となります。
そして、あくまで魔物の侵入を防ぐだけの領域。モンスターから放たれる魔法や物理的攻撃は防ぐ事が不可能となっていますので注意願います』
思ってた通り! モンスターが侵入できないだけでもかなり有益で魅力的な報酬である。これだけで今の避難所の安全が確保できた。
『受諾しますか? 拒否された場合は今回の報酬としては二度と得る事ができませんので注意してください』
もちろん、貰うに決まってるだろ。
「あぁ、受諾する」
「……報酬の受け取りを受理しました。対象の指定をお願いします」
対象はあの学校で良いと思うのだが……。すると、唯が、
「それって、日本とか地球って可能なの?」
神の声に向けてそう言った。
『………………ルールに抵触するため不可。対象を選び直してください』
やっぱりそう言うのはだめなのか。仮にそれが可能だとしても、領域内部の魔物を全て倒さないといけないのだから今と状況が変わらない。無意味な結果に終わってしまう。
「ちなみに範囲はどれくらいなんだ?」
『確認中……完了。
今回のボス級がネームドであったため、範囲が通常よりも大きくなります。対象とそれに付随する土地までが限界範囲です。
なお、範囲内の人類の数が10人を下回ると人類領域は通常領域へと変わります』
思ってたより小さい……いや、十分か。それなら迷う事はないな。それと、10人以下にならないようには注意しないとだ。条件はいろいろとあるが、これからの事を考えると俺達にやっと希望の光が見えた。これを起点に今後に備える事も十分である。
「二人とも学校でいいよな?」
「もちろん!」
「宗君が良いんであれば、従います」
頷きが返ってくる。二人から了承も得ることができた。
「それなら、俺達が出てきた建物。避難所としている学校をその領域に出来るか?」
『確認中……スキャン開始………………完了。
可能と判断しました。よろしいですか?』
俺はその問に、「はい」と返事を返した。
『――受諾しました。これより、指定箇所は人類領域へとなります』