シーリス
シーリスは次から次にとんでもない事を告げてくる。この世界になって生み出された存在なのかと思っていたが、それは違うらしい。
シーリスいわく、俺が産まれた時からずっと一緒だと告げてきた。だけど、これまで歩んだ27年で初めてシーリスの存在を知る事となった。
――魔王が現れる前までは、この世界は平和でしたからね。私の存在意義を果たす機会が殆どありませんでした。っと、話がそれてしまいましたね。
確かに、魔王出現以前の世界は今と比べると天地がひっくり返るくらい別の世界だ。戦争や殺人などそう言った事は起きていたが、あくまで部分的な話。全体を見ればかなり平和と言える。
仮に今の世界は”死”が蔓延したようにそこかしこに存在する。かく言う俺も、死にかけたのはこれで三度目である。
それならばシーリスが言った事も納得だ。
ただ、あの平和な世界でも俺を生かすために存在していたのは気がかりだが、今はシーリスの話を黙って聞くことにしよう。
――では、マスター。位階レベルが20へ到達した事、おめでとうございます。それにより、一部の権限が解放されました。
そう言えば最初の方でも位階レベルが20に到達したと言っていたな。んー、レベル20とかって所か? RPGのゲームで言えばまだ序盤の方。脂が乗る少し手前くらいかな。
――解放された権限は三つ。一つ目が超回復。簡単に説明しますと、魔力を消費して傷を即座に回復します。これで緊急措置として何度かマスターの体は修復してますので、効果は実証済みです。即死以外の傷でしたら回復は可能となっています。
超回復とか最早チートだよな。魔力は消費するけど、それでも有能なのは名前から感じ取れた。
って、何度か修復してるっていつの間に……?
「なぁ、その修復したっていつだ?」
――グールに瀕死のダメージを負わされた時に一度と、ネックリーが負わされた腕の傷の修復に使用させてもらいました。
なっ! まさかあの時の出来事がこのシーリスが関係しているとは思わなかった。グールに負わされた傷と、ネックリーに食いちぎられた傷。それが治った原因はシーリスにあるとは思わなかった。時間が1ヶ月進んだ原因はベリルのせいと言うことは分かっていたが、傷がどうやって治ったかは判明していが、ようやく犯人が見つかった。
だけど、ネックリーの場合はまだ傷が浅かったと思ったが?
――それは、マスターが噛まれた時に致死性のウイルスに感染していました。現在の状況ですと、ほぼ間違いなく死に至ると判断して緊急措置を取らせてもらっています。
あの時、知らずのうちに死にかけてたのか。ゾンビにならないかヒヤヒヤしたものだが、それ以上に危険だったわけか。
――理解していただけて何よりです。他に質問はありますか?
「いや、大丈夫だ」
――では、二つ目は”吸収”です。これは超回復には見劣りするかもしれませんが、ありとあらゆる物に触れる事で魔力を吸収し、自身の魔力を回復させます。
いやいや! 見劣りするどころかかなり有能過ぎるだろ。つまり、その辺の石ころからでも回復できるって事だよな?
――その通りです。ただし、回復量は残存魔力に関係しますが、使い方では対象の魔力を生きたまま全て奪いきる事も可能です。
凄い。それしか言葉が出てこない。超回復と合わせて使えれば死ぬことはない。
だけど今の状況を打破するには厳しい。アドゥルバの一撃は間違いなく俺の命を即座に刈り取ってくる。となると、魔力の吸収も回復も間に合わないだろう。
――そして、三つ目……それは”模倣”です。対象の能力を一つコピーします。現在の位階ですと……2分。魔力の残存に関係なく、それが限界です。リキャストタイムは12時間。対象に選べるものは、マスターが見たことがある能力に限られます。
これは位階レベルによって強化されますので、コピーできる数、発動時間、リキャスト時間は変化します、。また、時間内でしたら同じ対象の別の能力にもリロード可能となっており、最後に、コピーした能力は魔力の消費を一切しません。
言葉が上手く見つからないけど、とんでもない能力なんじゃないだろうか? 一度使用すると次に使用できるまで12時間のスパンはあるにしろ、ここぞと言うときにかなり使える能力である。
これならば、この窮地を脱する事は可能なはずだ。
――以上となりますが、質問はありますか?
「この能力を早速使う事はできるのか?」
――もちろんです。
ならば、これで即座にアドゥルバの攻撃に対処できる。今も目の前には奴の大きな手がある。どうにも落ち着かなかったが、なんとかなりそうだと安堵の息を漏らす。
「それなら助かるよ、ありがとう」
――いえ、これが私の唯一の存在意義ですから礼には及びません。
そう返されて思わず苦笑する。
「ところで、これからは俺からシーリスに話しかける事もできるの?」
――はい。位階レベルが条件を満たしましたので可能です。これからはマスターが生存できるようにアシスタントしますので、お任せください。
それなら他に聞きたいことは後回しにしよう。今はこの状況から脱する事が最優先だ。唯は無事と言うことが分かったが、真奈の存在は確認出来なかった。無事だとは思うが、万が一大怪我をしていれば早く治療しないといけない。
それに、アドゥルバの言い方だと偵察のために避難所にも何体かのグールが向かっているはずだ。となればそちらも心配である。剛とアリスではまだグール一体に勝てない。偵察用のグールも早く対処しないと危険に晒されてしまう。
そうと決まれば、
「シーリス、模倣を使いたいんだが……」
――承知しました。対象はどうなさいますか?
「対象は――神崎 唯」
ずっと行動を共にする彼女の名前を告げる。
――マスター、差し出がましいようですが、その前にショートカットの設定をしませんか?
ショートカット?
――そうです。どうしても私を介して能力を発動すると時間がかかりますので、能力を発動する条件を設定した方が後々のためになると思います。
なるほど。発動まで早いに越したことはない。それがすぐに出来るなら今のうちにしておいた方が、この後のアドゥルバとの戦いでも有利に働くだろう。
「あー、それはどんなのでいいのか?」
シーリスに問いかける。
――はい。仕草でも言葉でもなんでも構いません。
「それなら――」
言葉でもいいと言うならも決まっている。ここ最近でよく唱えるフレーズ。
「イメージは、で」
――承知。では私の後に言葉を紡いでください。
すると、シーリスがお決まりのフレーズを紡ぎ出す。それに続いて俺も言葉を発した。
――イメージは”模倣”
――対象は”神崎 唯”
――模倣対象能力、”停止能力”
――トレース開始。
そして、止まった時間が動きだした。
五感が戻ると、焼けたような焦げ臭さが鼻を刺激する。肌で感じる風が冷たく気持ちいい。叫ぶ唯の声がようやく俺の耳に届くと、閉じた目を開き真っ直ぐにアドゥルバを捉える。
俺の命を刈り取ろうするその手を見据えると、
「――止まれ」
唯が魔法を発動する時と同じ言葉を発した。