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54話 試練の番人

 朝、リリはホールに空を走る光が入って来るのを見つけた。

 手を振って近づく。


「おはようみんな。今日の朝ご飯は……まだ眠そうだね? 寝れなかった?」


 ウィルが仲間達の顔を見て苦笑する。


「皆は、夢で落とし穴に落ちたり、彫像に襲われたりして大変だったみたいだよ」


 リリは昨日じっくり話した内容が夢に出ていると笑った。


「みんな想像力豊かなんだね。ウィルは見なかったの? お守り効果あった?」


 ウィルは効果と聞かれて悩むようにリリを見た。


「……リリさん、一応聞くけど何もしてないよね?」

「私はあのまま何もせず寝たけど?」


 ウィルは夢の内容を思い出したのか困ったような顔をした。


「途中まではいつもの悪夢だったんだけどね。途中でリリさんが出てきて、犯人をあの黒い結晶に変えて叩き割ったと思ったら、証拠隠滅お願いねって言って帰っていったんだよ」


 リリは笑って言う。


「ギリギリやりそうだね」


 ダグとグローも何か思い当たることがあったのか笑い始めた。


「そういうことだったんだな」

「いきなり、この状態で置いて行かないでって叫ぶから何のことかと」

「家の外からキルド長が声をかけてくるし、この状態からなんてどうしたらって考えたところで目が覚めたから……」


 ウィルは照れたように笑っている。

 リリは機嫌がよさそうに頷く。


「微妙に効果があったということで、朝ご飯の時間だよ」





 朝食を食べ終わる。

 リリは大量の食器がワゴンに乗せられ転移していくのを眺めていた。

 ファーストが隣の席からリリに声をかける。


「リリ様、最終的な偵察結果が届きました。報告してもよろしいですか?」

「そうだね。最後の確認して、さっさと氾濫起こしちゃおうか」


 リリが何でもないことのように言った言葉に周囲から笑いが起きる。


「そこだけ聞くと悪役の所業だな」

「普段絶対に耳にしない言葉よね」


 ファーストがどこからともなく紙の束を取り出して、リリに1枚渡す。


「こちらが本日行われた最新の偵察結果になります」


 リリは受け取って眺める。

 ファーストは同じテーブルにいる空を走る光にも紙を渡した。

 リリはファーストに聞く。


「グレイトホーン3万2千くらいいるけど、大丈夫なの?」

「現状の戦力で、ビルデンテを落とさないという最低条件は中程度の確率で満たせると思われます」

「それって大丈夫なの?? 逆に言うと中程度の確率で落ちるんだよね?」


 リリは視線をさまよわせている。

 ウィルが向かい側の席から聞いた。


「ファーストさん、それってリリさんがあの本で魔法は撃たない前提でってことだよね」

「当然です。リリ様にご参加いただいた場合、勝利以外はありえません」


 キャラリックメルの者達は同意見のようで頷いている。

 リリには少し不思議なことを起こしてでも勝利させるという意味に聞こえた。


「まあ、ファーストの言ってることは置いておいて、実際の所あの本使ったら勝てるの?」


 ウィルは迷うようにリリを見て、言いづらそうに言う。


「勝てるよ。でも、あの本を使ったら城に呼ばれるかもしれないね」

「あー、そうつながるんだね。ならやめておいた方が……ってなるわけないでしょ!」


 空を走る光が意表を突かれたような顔をしている。

 リリは、いやいや、驚くところじゃないよ、と手を振る。


「城に行きたくないから魔法撃ちませんは、ちょっとないかな。ファーストもそう思うよね」


 ファーストは微笑んでそうですねと頷く。


「リリ様の言う通り、そのような理由はふざけすぎです」

「ふざけすぎって……」

「何か?」


 圧を伴った笑顔で聞くファーストに、グローは何でもないですと首を振った。

 ファーストはリリに視線を戻して言う。


「では、リリ様が魔法を使うということで進めてよろしいですか」

「一応聞いておくけど確実に勝てる他の方法はないんだよね」

「そう思います。我々の実力をバラさずにとなりますと、他の方法はあまりお勧めできません」

「分かった。それなら魔法を使うってことで進めていいよ」

「かしこまりました。氾濫に関しては以上になります」


 ウィルが聞く。


「リリさん、城に呼ばれたら行くつもりなの?」

「え、行かないよ」


 空を走る光だけではなく、キャラリックメルの者達も行かないつもりだと知って遠い目をした。


「何か褒美として違うものが欲しくなったとかじゃないんだね」


 リリは皇帝にビルデンテの美味しい物一覧を、お礼としてもらうことを思い出した。


「いや、褒美は関係ないよ。私が氾濫からビルデンテを守ろうとしてるのは、みんなと約束したからってだけだからね」

「えっ」


 本当にそんな理由でという目で見られたので、リリは真面目な顔をして言う。


「私達がビルデンテを守る代わりに、みんなは楽しいことを教えてくれる約束でしょ」


 キャラリックメルの者達は、ハッとした様子だ。

 リリは指を1本立てて、いい笑顔で言い放つ。


「つまり、先に私達がビルデンテを守ったら、みんなから取り立てし放題になるってことだからね!」


 ナリダが勢いよく言う。


「取り立てし放題って何よ!?」

「観光案内の話だよな? 借金取りの話じゃないよな??」

「貸しを作ったって意味では似てるけどな……」


 グローは落ち着かない様子で、ダグは諦めた様子で話していた。

 ウィルが聞く。


「いやでも、リリさん既に皇帝に美味しい物が食べられる店、褒美として聞いてるよね」

「あれはあれ、これはこれだよ」


 リリは機嫌が良さそうに笑う。


「明日からはついに待ちに待った自由時間だからね。楽しいことを取り立てしまくらないと」


 ファーストが補足を入れる。


「リリ様は本当に楽しみにされていて、アクセサリーを売ってお金を貯めてきたんですよ」

「もしかして、くーさんの店で特設コーナーと書かれたところに置いてあったあれですか」


 リリはルティナに、それだねと頷く。


「冒険者向けのやつが何個か売れたから、旅行で使う分くらいにはなったんじゃないかな」

「それは豪遊できそうだね」


 リリは豪遊っていい響きだと笑う。


「じゃあ、明日からの楽しい豪遊のためにも、今日やれることは全部終わらせるよ」









 リリは空を走る光を見送り、冒険者達が普段足を踏み入れない黒の森の奥に来ていた。


「リリ様、空を走る光が無事に雷の突然変異種を倒しました。現在、全員撤退の合図を打ち上げようとしている所です」


 リリは偵察画面を消すと伸びをした。


「じゃあ襲撃しようか。誰が行くんだっけ?」


 ファーストとカーヘルが言う。


「私はリリ様に万が一にも攻撃が届かないようお供いたします」

「私もドリームを動かすので向かいます」


 リリは少し離れたところを見て聞く。


「ルエールはいいの?」


 ルエールは、気を使っていただきありがとうございますと一礼した。


「魔族を捕まえる時にデモクがいて内通を疑われたと聞きました。僕は同じ聖族だと思われたくないので、逃げられないように見張る役をしていようと思います」


 リリはルエールによろしくねと声をかけて、周囲を見回す。


「トレニアといなもは他の聖族を捕まえに行ったし、ぼーんとデモクは氾濫の準備中だし、乙姫は家だから前回より寂しくなったね」


 リリはそう言って手に持っていたプニプニステッキを一回転させた。


「リリ様、実は緊張しておられますかな」

「あはは……、音楽隊もいないからちょっと守りが薄くなった感があるよね」


 リリはアルバートとサラには黒の砂に専念してほしかったので、音楽隊を呼ばないことにしていた。

 そわそわした様子で言う。


「でも、前回ので過剰戦力だったのは分かったし、今回はサクッとやれるだろうから問題ないでしょ」


「はい! お伝えした通り、単純な作戦です。いえ、作戦とすら呼べないかもしれません。なのでご安心を!」


 カーヘルがリリを勇気づけようと言ってくれていることは分かったので、リリは無理やりテンションを上げて言う。


「そうだよね! よし、じゃあ空を走る光が合図を打ち上げたら作戦開始だよ! 行くよみんな!」






 森の中、空中に映し出された映像を中心に10人程の聖族が話し合っていた。


「光の色が今までと違いますね?」

「この色は全員撤退の合図だと思われます」

「周囲に何かあるようには見えませんが。遠視を使える者は空を走る光の周囲の状況を確認してください」


 その時、浮かんでいた映像が消える。

 第4救与隊長は映像を投影していた者を見て目を細めた。


「なぜ消したのですか?」


「わ、私は消していません。突然見えなくなって――」

「もう遠視は使えないよ」


 聞きなれない声に、聖族は一斉に声の方を警戒した。


「何者ですか!」


 森の中から3人の人影がゆっくりと姿を現した。

 先頭を歩く人影を見て第4救与隊長はいぶかしげな声で言った。


「空を走る光と一緒にいた子供……?」


「知ってるなら自己紹介はいらないね。時間もないしさっさと本題に入るよ」


 子供はニヤッと笑って、聖族達にステッキを突きつけた。


「お前達は完全に包囲されている。諦めて抵抗せずに従え、従わないならゴーレムに価値がないって言ったこと、後悔することになるよ」


 聖族達の判断は素早かった。


「全員魔族の襲撃に備えろ!」

「はっ!」


 聖族達は散会して、周囲を警戒しながら自らに補助魔法をかけ始めた。

 第4救与隊長と呼ばれていた聖族が周囲を見て鼻で笑う。


「数が少ないからと油断しましたね。奇襲すればもしかしたら私以外は倒せたかもしれません」


 第4救与隊長は自らの実力を誇示するように周囲を威圧した。


「しかし、聖王様より第4救与隊長を任されているこの私は、魔族より価値があるのですよ」


 第4救与隊長はリリ達を見て冷笑を浮かべる。


「あなた達のような価値のない存在を出して自分達の存在をアピールするなんて、やはり魔族も価値のない存在のようですね」


 第4救与隊長には、子供が恐怖で固まってしまった護衛達を見て焦っているように見えた。


 その時、第4救与隊長の後ろに金属の塊が降ってくる。


 何かを踏みつぶしたような嫌な音が聞こえて、聖族達は振り返った。


 金属の塊に見えた物がゆっくりと立ち上がる。


 ゴーレムだ。


 聖族達は見たことのない七色の輝きを放つ金属でできた存在を、そう認識しようとした。


 ゴーレムが人の顔に当たる部分をぐるりと動かす。


 ゴーレムに目はない。

 だが、確かに見られているという直感があった。


 ゴーレムに意識はない。

 だが、間違いなく意図をもって自分達を見比べているという予感があった。


 ゴーレムは生き物ではない。

 だが、生き物相手にしか感じたことのない実力の差が、自らとゴーレムの間にあることを聖族達は確信した。


 聖族達は自らの知識とかけ離れ過ぎた存在の登場に対応が遅れてしまった。


『ドリーム、実力を見せつけてやれ』


 巨大な七色に輝くゴーレムが、無造作に足を一歩踏み出す。


 聖族達はその一歩で何人か潰されて、ようやく気がついたように魔法をドリームに向けて撃ち始めた。

 だがそんな微弱な抵抗を一切無視してドリームは歩を進める。


 最後に残った第4救与隊長は、自らが放てる最高威力の一撃をドリームに放つ。


「っ、力を貸し給え〈光帝〉! 全てを消し飛ばせ〈灼熱〉の〈光線〉よ! ソーラーフレア!!」


 光が収束し、全てを焼き切るような極太の光線がドリームに当たって爆発した。


 第4救与隊長は魔法が当たる前と一切変わりがないドリームを見て目を見開く。


「ありえません……。聖王様に、すら届く、一撃を受けて、無傷なんて……」


 第4救与隊長にはドリームの足の裏が迫って来るのが見えた。


「最も価値のある者は聖王様ではな――」


 足を下げ切ったドリームはそのままスタスタと歩き続けて、リリの邪魔にならない位置に移動して止まった。


 リリはカーヘルに聞く。


「……本当に手加減できてるんだよね? なんか嫌な音しなかった?」

「生命の灯を常時発動させているので、間違いない……はずです」


 カーヘルも、リリに聞かれると自信が持てないようだった。

 ファーストが聖族を観察するように見る。


「自動回復によって徐々に回復しているように見えるので、生きていると思われます」

「あの見た目でも手加減できてるんだね……。起きる前にまた支配かけないと」


 リリは前に1番達にやったのと同じように支配をかけようと、まず全員に〈状態解析〉をかけてステータスを見た。


「……なんか、また全員名前がないんだけど?」

「……我々の監視中にもお互いを呼び合っている様子はありませんでした。ほとんどが特定のスキルを使える者という呼び方だったかと」

「さっさと支配かけて話聞いた方が良さそうだね」


 リリはこの場にいる聖族全員に支配をかけて、1番達にしたのと同じように命令した。


 リリがこれでよしとステータスを見ていると、森から音も立てずにアイが出てきた。

 アイはファーストの元に駆け寄ると耳打ちする。

 ファーストが言う。


「リリ様、偵察部隊から報告です。氾濫を起こしても間に合う位置まで全員の撤退が完了しました」


 リリは、駆け足で森の中に戻っていったアイを見ながら言う。


「タイミングは丁度良かったね。でも、なんでアイが直接言わないの?」


 ファーストもアイが戻っていった方向を見た。


「少々恥ずかしがっているようです。落ち着くまでそっとしていただけると幸いです」


「それはいいけど……」


 リリは見られてたことに気づいちゃったんだねと思った。

 ファーストはリリに聞く。


「リリ様、氾濫を起こしてもよろしいですか?」


 リリはまずは目の前の問題からと意識を切り替える。


「今起こして、私達が豪邸まで帰る時間はありそう?」

「グレイトホーンが城壁に到達するまで、最短で35分ほどかかります」


「かなりある感じがするね。ちなみに豪邸から城壁はどれくらい?」

「徒歩5分です。走った場合は移動速度によりますが、10秒はかけた方が少し強いくらいで収まるかと」


「余裕を持って10分前には帰りたいね。ファースト、氾濫が城壁に到着する10分前にアラームが鳴るようにしておいて」

「かしこまりました。では氾濫を起こしてもよろしいですか?」


「うん、問題がないなら起こしていいよ」


 ファーストはリリに一礼して、周囲にいる者に手で合図を送り始めた。


 カーヘルがリリの方に体を向ける。


「リリ様、準備がありますので、私は先に戻らせていただきます」


 リリは、ゴーレムを作っている時に、カーヘルと氾濫でゴーレムのデータを色々取りたいと話し合っていたことを思い出した。


「色々予定が狂っちゃったよね。私はたぶん魔法使うのであんまりよく見れないと思うから、ゴーレム見るの頼んだよ」


「お任せください。ゴーレムを実戦で動かせるまたとない機会ですから、さらなる改良に向けデータを持ち帰りたいと思います」


 カーヘルがそう言って去っていくのをリリは手を振って見送った。

 リリはファーストに言う。


「さてと、あと25分あるなら少し話が聞けそうだね」

「そうですね。何点か確認した方がいいこともあります」

「じゃあ治すよ。〈範囲〉〈全回復〉」


 光の輪が聖族達を通り抜けた。

 リリは第4救与隊長と呼ばれていた聖族に近づく。


「おーい、起きてる?」


 仰向けに倒れていた第4救与隊長は目を開けた。

 上体を起こすと周囲を見渡してドリームを見つけると固まる。

 そして、リリに聞く。


「あちらのゴーレムを所有されているお方はどなた様でしょうか?」

「えっ」


 ファーストがすかさず伝える。


「あちらのゴーレムは名をドリームと言います。そしてその制作者であり、所有者であらせられるお方こそ、こちらにおわしますリリ様で間違いありません」


 第4救与隊長は感動したように目をうるませ、リリに対して手を合わせた。


「ああ、つまり、貴方様こそがこの世で最も価値のあるお方だったのですね。数々のご無礼大変申し訳ございません。私が生きているということは、何か私にご用事があるということでしょうか? それでしたら――」

「ちょっと待とうか。いきなりどういう……」


 リリは急な手のひら返しは最近他にもあった気がした。

 リリは深呼吸して、キョトンとした様子の第4救与隊長に声をかける。


「えーと、まず最初に説明してほしいんだけど、どうして急に私に対してそんな対応になったの?」

「先ほどまでの私の対応こそが不適切だったのです。最も価値のあるお方には、最高の敬意と感謝の念を持って、丁寧にお応えすることこそが私にとって正しい行い……でした」

「でした……?」


 リリと第4救与隊長は疑問形の顔のまま見つめあった。

 ファーストが通訳する。


「リリ様はなぜ、でした、と言ったのかの説明を求められています」


 第4救与隊長は心得たように胸に手を置いて話し出す。


「この考え方は、先ほどまで私が最も価値があると考えていた聖王の元にいた時の考え方になります。現在私にとって一番価値があるお方は貴方様なので、貴方様の考えに従うのが私にとって正しい行いになります」


 リリは分かるような気がしたが一応聞く。


「そのさっきから言ってる価値っていうのは一体何なの?」

「価値というのはその者自身の実力や、その者が動かせる戦力などを合わせた総合的な力によって決まるものです」


「つまり強さってことだよね。それで聖族の中で一番強かった聖王の考え方に従っていたってことでいいのかな」

「そうです。私達のような価値の劣るものにとっては、価値の高い者の言葉に従うことが唯一の正しい行いですから」


 リリは時間がないので深く突っ込まないことにした。


「じゃあ、氾濫に出てくる魔物を増やしたり、突然変異種と戦う所を監視したりしたのも聖王の指示ってことだよね」

「そこまでご存じとは……、驚きを禁じ得ません。貴方様の言う通りです」


 第4救与隊長はとても感動した様子だ。

 リリはやりにくいと思ってファーストを見る。

 ファーストは、自慢げな顔で第4救与隊長の言葉を聞いていたようだった。


 リリはファーストに助けを求めるのをやめて、第4救与隊長に聞く。


「聖王は何を目的にそんなことをさせてるの?」

「聖王は人々を救済することを目的としていました」


「え、救済? ……えーと、氾濫に出てくる魔物が増えるとどうして人が救われるの?」

「聖王の言う救済とは人々の価値をより高めることでした。氾濫に出てくる魔物が増えればより人々の価値が高まることになります」


「人が強くなるってことだよね。もしかして魔物を倒させまくって強くさせようってこと?」

「その考えもあります。ですが逃げ切ったとしても、生き残った人々は試練を経験する前より間違いなく、強くなっていると私達は判断していました」


「いや、その考え方だと一部の人は救われてるかもしれないけど、大部分は救われてないよね」

「価値のない者達にすら目を向け、一部でも価値のあるものになれるようチャンスを与えているのですから、慈悲深い考えだと思っていました」


 第4救与隊長が心底そう思っているような顔をしているので、リリは引き気味に言う。


「一応言っておくけどそれは救済じゃないと思うよ。今後は救済って言葉は困ってる人に手を差し伸べる方の意味で使ってね」

「かしこまりました。困っている人に手を差し出せばいいのですね」


 リリは何かニュアンスが違う気がしてファーストに言う。


「これって物理的にって意味に聞こえてるなんてことあるかな」

「困っている人を助けるという概念がない可能性はあります」

「そんなことがあるんだねー。うん、今は時間がないからこれは後で説明しよう」


 リリは気を取り直して質問を再開する。


「あとはスルテリスの光と、試練の番人について聞きたいんだけど。スルテリスの光と関係はあるの?」

「私は直接関わりを持っていません。ですが、今回の作戦では聖王の指示で一時的に連携をとっていました。聖王は、空を走る光が魔族と関わりがあるかどうか調べたかったようです」


「スルテリスの光は聖王と関係があるってこと?」

「スルテリスの光は聖王の指示の元、人々から私たちの思想に賛同する者を集めて作った組織だと聞いています。現在は第2救与隊長が指揮をとっているそうですが、詳しくは知らされていません」


「スルテリスの光は予言って言ってたけど、未来予知みたいなことが聖王はできるの?」

「聖王が未来を見たという話は、私は聞いたことがありません。ですが、第2救与隊長が私共の試練の内容をスルテリスの光に教えたという話は聞いたことがあります」


 リリは未来予知ではなさそうだと少し安心した。続けて聞く。


「それで聖王にはなんて報告したの?」

「聖王への報告は、聖王に定期連絡の際にしていたためまだ行っていません」


 リリは悩んだ様子でファーストに聞く。


「うーん、空を走る光が襲われるのって報告するしないで変わると思う?」

「頻度に差はあるかもしれませんが、襲われること自体は変わらないと思われます」

「だよねー。まあ何かいい案があったら、これも氾濫のあとにやれたらやろう」

「かしこまりました」


 リリは第4救与隊長に聞く。


「あと試練の番人がいるみたいなことを言ってたけど、何か強い魔物とかがいるの?」


「私たちは今回の試練の番人として、グレイトホーンの突然変異種7体と森の王の突然変異種を用意していました」


 リリは視線を明後日の方に逸らした。


「森の王の突然変異種かー。ノーマル森の王も見たことないのにねー」

「リリ様、森の王の突然変異種となりますと、出てきた場合全滅の可能性が高くなります」


 ファーストの補足に、リリはそれはやばいねーと言って、諦めたように第4救与隊長を見る。


「森の王はどこにいるの?」

「この森の奥で……おや? 」


 第4救与隊長は目を瞑って何かを探っているような様子だ。


「どうしたの?」

「洗脳をかけておいたのですが、先程気を失った際に解けてしまったようです」


 洗脳はゲームでは混乱や恐怖、魅了などの状態異常をランダムにかける効果のある魔法だった。

 リリは言葉通りの効果になっていたら面倒くさいと思いつつ聞く。


「解けたなら襲わないってこと?」


 第4救与隊長はリリの方を真っすぐに見て言う。


「いえ、洗脳が解けるとビルデンテを襲う手筈になっていました」


「え、今どこにいるの??」


「私には分かりません。先ほどまではあちらの方角にいました」


 第4救与隊長が指さす方向を見てファーストが言う。


「こちらで探してみます」

「頼んだよ」


 ファーストが連絡し始めたのを横目に、リリは気になったので第4救与隊長に聞く。


「洗脳をかけてビルデンテを襲わせるんじゃないの??」

「そうしますと洗脳がかかっていることに気がつかれてしまう恐れがあるため、別の手段を使う必要がありました」


「別の手段っていうのは何?」

「聖なる木を切り落とし、味を覚えさせました」


 リリは、餌付けしてる……!? と驚く。


「えー、それ効果あるの?」

「聖なる木がある町であればほとんどはこの方法で行われています。一度食べてしまうと、聖なる木を求めて町までやってくるようになるので、洗脳をかけて行きたくなくなるようにしていました」


 リリは、グレイトホーンが聖なる木を食べに町にやってきている説の信憑性が増したような気がした。

 その時、ファーストからピピピっとアラームが鳴る。


「リリ様10分前になりました。いかがいたしますか?」


「もうかー、森の王見つけたら氾濫に出る前に処理しちゃっていいのかな?」


「それはリリ様がこの者達をどうするかによるかと」


 リリは、例えば? とファーストを見る。

 ファーストは事前に考えていたようにすらすらと話し出す。


「グレイトホーン以外の魔物も含めるのであれば、少し追加して予言通り5万近い魔物を出すことが可能です。あとは予定通り森の王が出てくれば彼らは任務を果たしたということで、聖王の元でも活動できるのではないですか」

「任務を果たせたことにして、スパイにするってことだね」


 リリは、スパイにしたとしてその先が思いつかなかった。


「うーん、スパイって言葉自体はカッコいいけど、特に聖族について調べてもらいたいことないよ?」

「我々に対してどのような対応をするつもりなのか知りたくはありませんか?」


 リリは第4救与隊長に聞く。


「調べられそう?」

「作戦内容を知れる可能性はかなり低いように思います。私達第4救与隊は試練を与える任務に就くことが多いため、魔族への対応は他の隊に任されることが多いです。聖王や上位の隊長に質問などは許可がない限りできません」


「許可なしに質問するとどうなるの?」

「ほとんどの場合殺されています。質問に答える可能性はありますが、運が良ければです」


 リリは、ダメじゃんとがっかりした様子のままファーストに言う。


「スパイ作戦は運みたいだしやめておこうか」

「かしこまりました」

「えーと、じゃあ森の王倒していいのかな?」

「いえ、もう1つ問題があります」


 予定時間を過ぎているリリはそわそわした様子で聞く。


「あと何分?」

「あと7分です」

「もうギリギリになってきたからちょっと早回しでお願い 」

「はい、では少し早口でお伝えします」


 ファーストは第4救与隊長がついてくることが可能なくらいの早口で話し始めた。


「聖王という存在に対して、我々が聖族の作戦を邪魔するために襲撃したことにするか、偶然を装うかです」


 リリは自分で考えるより速いとさっさとファーストに聞く。


「もう少し詳しく」


 ファーストはまず前提を話す。


「作戦を知っている聖王は、この者が倒されれば森の王は自動的にビルデンテを襲いに行くようになっているということを知っています」


 リリはそうだねと相槌を入れる。


「ですので、森の王が氾濫に出てこないということは、明確にこの者達の目的を邪魔しに襲撃したということになると思われます。逆に森の王が出てくるということは、この者達が何をしているかはあまり興味がない者が襲撃したということになります」


 ファーストは魔族を犯人に仕立て上げるのであれば後者になりますと締めくくった。

 リリは首を傾げた。


「魔族と敵対してるなら、邪魔しようとするだろうし逆じゃないの?」

「現状1番から話を聞いた限りでは後者だと思われます。あとは聖族の認識次第になりますが」


 ファーストは、第4救与隊長にどう思いますか? と聞いた。


「後者ですね。魔族であれば私共を見つけ次第襲って来ますから」


 リリは、純粋に仲が悪いんだと呆れた様子だ。

 切り替えてリリはファーストに聞く。


「空を走る光とキャラリックメルの両方が襲われないようにするのは、もうできないんだよね」

「そうですね。本拠地を叩いて襲ってこないようにする、以外の方法は今の所ないように思えます」


 リリはダメもとで言う。


「交渉とか」


 ファーストはすぐさまリリに確認する。


「リリ様は我々の存在を教えて、彼らの頂点に君臨するおつもりがあるのですか?」

「ないね。興味が一切ないよ」


「キャラリックメルとして魔族や聖族に協力する気はございますか?」

「完全に人類の敵コースだよね。違う所から襲われそうだから却下で」


「そういうことです」

「そういうことかー」


 リリがどうしようか悩んでいると、木の上を飛んでルエールがリリのもとにやってきた。

 第4救与隊長はルエールを見て、羽が! と驚いたような声を出していたが、ルエールが一睨みすると黙った。

 ルエールはリリに笑顔を向けて言う。


「リリ様、本拠地を襲うのはどうしてダメなんですか? 面倒なら僕がやってきますよ」


 リリはいろいろ気にはなったがそんな場合ではないので、ルエールの疑問に答えるところから始める。


「どこかを攻めるなんて、1人で絶対にやっちゃダメなやつだよ。この人みたいに各個撃破されちゃうからね」


 リリはこれだと複数人で行けばいいと思われそうなので追加して言う。


「まあ、それはそれとして、まだどんな隠し玉があるか分からないのにいきなり本拠地に突撃なんてダメだよ。本拠地で使わせるんじゃなくて、外で使わせるくらいにしたら対策できるかもしれないし」

「なるほど、誘い出す方向でお考えなのですね」


 ルエールは納得した様子だ。

 ファーストが提案する。


「それでは魔族ではない正体不明な存在にたまたま運悪く襲撃されてしまったということにしてはどうでしょう」


「どういうこと?」


「魔族が敵対しているのはいつものことですから、聖族の動きに大きな変化はないでしょう。ですが未知の存在だと知れば情報を集めるために、大きく動くことになります。そうなれば我々の方でも聖族の動きが追いやすくなりますし、 未知の相手への警戒で空を走る光への攻撃も一時的に止まるのではないですか」


 リリには良さそうな話に聞こえた。


「どうやるの? いや、やり方はもう時間無いから任せるけど、結局その場合森の王は出すの?」

「出します」

「出すんだね。もう見つかってる?」

「森の王は先ほど発見されました。あと2分もすれば城壁からでも確認できるでしょう」

「じゃあそれで進めよう」


 ファーストは、かしこまりましたと言って連絡を始めた。

 リリはここまで言ってからちょっと不安になって、ファーストの連絡が終わってから聞く。


「ちなみに聞いておくけど倒せるの?」

「現在城壁にいる戦力では勝てません」

「勝てないの!?」

「はい、ですがもちろんリリ様がお持ちの伝説級の本があれば問題なく一撃です」


 はたして自分にそんな大役が務まるのか。

 リリは心を落ち着けようと目を瞑った。


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