47話 一息ついて
リリはホッと息を吐く。
キャラリックメルの様子を映すウィンドウから声がする。
『流石リリ様です。まさか転移をあのように使うとは思いませんでした』
『あの方法なら倒すところも見られませんし、転移のスキル玉も貴重な物を持ってきたで説明はつきますからね』
『ええ、それに注意をそらす本の使い方が見事で――』
ファーストとデモクに続いてリリの作戦を褒めたたえるだけの会話が始まったので、リリはキャラリックメルの会話を聞き流すことにした。
周囲を見渡す。
冒険者達からすごい見られている。
リリはそう気がついたので、倒れている冒険者達の方に近づく。
「えーと、大丈夫……じゃなさそうだね」
きっと最後に手で聖族を止めようとしたのがいけなかったのだろうと、リリは思った。
ウィルが聞く。
「……リリさん、僕には急に消えたように見えたんだけど、何が起きたの?」
リリは事前に決めていた内容を伝える。
「あれは、テレポートの魔石だよ」
キオットの陽ざしは驚きと納得が半々の様子だ。
「そんな貴重な物を」
「すげえ高いって聞いたぜ」
「ほとんど見つからないと聞きますからね」
「いつでも逃げれるって分かってたんだね」
「どこまで飛ばした?」
リリはどこと聞かれると答えにくいと思った。
「うーん、悪党は生きて帰れないところ?」
冒険者達は、それはいいと笑っている。
リリは笑う元気はあるようで良かったと思った。
『テレポートですか』
いまだにリリ達を監視し続けている聖族のウィンドウから声が聞こえる。
『第4救与隊長、あの魔石は魔族から供給されたということも考えられます。いかがいたしましょうか』
部下から話しかけられた第4救与隊長は自分の考えを整理している様子で話す。
『キャラリックメルという場所が既に魔族の支配下にある可能性はあります。このことは聖王様にお伝えする必要があるでしょう』
第4救与隊長は空中に映し出されている映像を見る。
『空を走る光については、キャラリックメルが魔族の支配下にある場合、本当に魔族について知らない可能性もありえるようですね。ですが、人々に影響力のあるSランクパーティであるという点を考えると、魔族を知らない状態であっても味方されるだけで十分に問題があるといえるでしょう』
『では、私が行ってきましょうか?』
『いえ、私達の存在を知らせる必要はありません。この氾濫に参加する者の価値は十分に測れました』
第4救与隊長はその場にいる部下たちに言って聞かせるように話す。
『この試練を乗り越えられるほど価値を持ったものはビルデンテにはいません。Sランク冒険者、竜人族、ゴーレム、全ての価値を合わせても試練の番人の価値を超えることはできないでしょう。空を走る光はこの試練を乗り越えることなく終わります』
第4救与隊長は酷薄そうな笑みを浮かべる。
『魔族のたくらみも同じです。キャラリックメルのゴーレムなど何の価値もない。この試練で人々に印象付けられるのはそれだけです』
第4救与隊長が、ここの監視は終わりにしましょう。今後の動きについて――と話している途中で聖族のウィンドウが消えた。
リリは最初の方をハラハラした様子で聞いていたが、ゴーレムに価値がないと言われた辺りでキャラリックメルの同じ映像を見ている面々が怒って叫び始めたのでもう収拾がつかないと思った。
唯一叫んでいなかったファーストが言う。
『リリ様、報告です。聖族がリリ様を見ることはやめましたが、我々の方からの監視に成功いたしました。これから、先ほどの聖族と関りのある者を見つけ出す作業に移行します』
リリはファーストは冷静なのかなと様子を見る。
ファーストは普段と変わらない調子で続けて言う。
『全員見つけ出したと確認でき次第、誅罰を与える準備を開始する予定です。リリ様はどのような罰がお好みでしょうか。大がかりな物でしたら事前に教えていただけると幸いです』
聖族はもうダメだ、リリはそう思った。
リリがため息をついて半透明のウィンドウを透かして見ると、倒れたままの冒険者達がリリを見つめていた。
(あ、忘れてた)
リリは心の声がそのまま表れたような顔をした。
モスカが困ったわねと笑って聞く。
「何を見てるのかは聞かない方がいいのかしら?」
リリはどうやっての部分は聞かれていないのでなんとかなる気がした。
「みんなになら教えてもいいけど、良いニュースと悪いニュースどっちから聞きたい?」
モスカは寝ころんだまま、そうねと考えている。
「良いニュースからにするわ」
「良いニュースは、さっきの悪党はもう帰れなくなったってことだよ」
冒険者たちから、それはいいニュースだね、なんとかなって良かったですね、これで一安心だな、などと話す声が聞こえる。
モスカも、それは良かったわと笑っている。
「それで、悪いニュースは何かしら?」
「悪いニュースは、今起きたことをファーストに伝えたら、めちゃくちゃ怒ってるってことだよ。どんな罰がお好みですかって聞かれたから、言ってくれたらみんなの分も伝えておくよ」
リリはあえて誰に対してを入れなかった。
空を走る光は、力なく笑って諦めた様子だ。
「これは完全に僕たちが悪いから、甘んじて受けるしかないね」
「今回ばかりは否定できないわね」
「護衛対象に守られてたらな」
「ファーストさんが慈悲深くありますように」
「半殺しで済めばいいですね」
キオットの陽ざしも一部を除いて脱力した様子で、話している。
「そうよね。私がリリさんを連れてくるように言ったんだもの。気の済むまで殴られても抵抗しないわよ」
「おっ、またファーストと戦っていいのか!」
「マクワノー、罰なんだから戦ったらダメでしょ」
「ファーストさんはマクワノを一瞬で沈める程ですから、怒らせると怖そうですねー」
「やるなら一撃でやって欲しい」
(この聞き方だと罰の参考にはならなかったね。まあこの話はこれでいいとして)
リリはのんびりと話し始めた冒険者達を見て、そろそろずっと気になっていることを確かめることにする。
「ところで、さっきからずっと寝たままだけど、もう魔法の効果は終わってるんだよね?」
ウィルが仲間たちの様子を見て困ったように言う。
「終わってるけど、見ての通り動くのは難しいかな」
ルティナ、モスカが残念そうに話す。
「さっきの戦闘で魔力を使い切っちゃいました」
「ポーションも割れてそうよね」
マクワノがくくっと笑った。
「割れてなくても持てないけどな」
はははっと笑いだした冒険者達を見て、リリは怪我のし過ぎでおかしくなってるのかもしれないと思った。
「だいぶやばそうだから、さっさと治そうか」
ルティナが指摘しにくそうに聞く。
「リリさん、もしかして全員治すつもりなんですか?」
「え、うん、そうだけど?」
不思議そうにしているリリに、ポコロが声をかける。
「選んでかけないと魔力が持たないですよー。ほっほー」
リリは、あっという顔をした。
(そういえばそうだったね! 中位魔法を全員にかけるなら10回必要で、回復魔法のMP消費的には……6回、いや、さっき1回やっちゃったから5回しかできないんだね)
なんて不便な、と思っていても仕方がないので、リリは空を走る光に近づいて聞いた。
「ポーション残ってるか、自力では確認できないってことでいいんだね?」
「そうなるね」
リリは1つ頷いて言う。
「じゃあ最初の犠牲者を決めてください」
空を走る光はキャラリックメル流の言い回しに慣れてきたようだ。
そのままの意味ではないんだろうと全員が思ったようで、ウィルが聞く。
「どういう意味で言ってるのかな?」
「ひっくり返して確認するしかないんでしょ? 動かしたら痛いのかなって」
リリは動かしたら痛いではなく、動かすときに力が入りすぎないかの方が心配だったがそう言うしかなかった。
それを分かっている空を走る光はちょっとした抵抗をした。
「それなら俺達だけじゃなくて、キオットの陽ざしも最初から候補にいれてくれ」
「そうよ。私達だけ先にやるなんて不公平だわ」
キオットの陽ざしは笑っている。
「おいおい、Sランクにもなって痛いのが怖いのか??」
「先に治してくれるって言ってるのに、そんなに嫌がるなんてよっぽどだね」
空を走る光は煽られたと感じたのか、反論し始めた。
怪我人同士の不毛な争いが続きそうだ。
そう思ったリリは、スパっと切ることにする 。
「空を走る光には色々文句があるから、拒否権はないよ」
空を走る光は絶望したように、そんなっ、と声を上げた。
リリは近くにいるルティナに近づく。
「リリさん、やるなら僕からにして!」
ウィルが声だけは必死そうに言った。
リリはウィルに視線をやって笑うと、ルティナの横でしゃがんだ。
ルティナが緊張した目でリリを見上げる。
リリは、マッドサイエンティストが主人公を改造しようとする時のように無駄に時間をかけてゆっくりと手を伸ばす途中で、何かに気がついたように止まった。
普通に聞く。
「どこに入ってるの?」
ルティナも一瞬普段通りになって答える。
「あ、腰に巻いてるベルトにさしてます」
リリは今度は慎重に力を入れすぎないようにという意味で、ゆっくりとルティナと地面の間に手を差し入れると、ルティナを仰向けにした。
腰のベルトを確認する。
ほとんどが割れているようだったが、1本割れていない物を見つけた。
(これは、URぶどうジュース! ……一口よりは多いけど飲み切れるんだろうか)
リリは再び緊張した様子に戻ったルティナに瓶を見せる。悪役っぽい言い方を意識して聞いた。
「一口で苦しそうだったよね。全部飲んでも平気、かな?」
リリさん!! 全部なんて飲ませたら……!! 代わりに俺が飲む! などのやめろとは一切言っていない空を走る光の制止の声と、ウィンドウから笑う声が聞こえる。
キオットの陽ざしは所々に素が入っていていまいち危機感がないようだ。
「ルティナが持ってたんだろ? そんな危ないもんなのか?」
「あれは演技でしょ」
「空を走る光って結構ノリがいいのね」
ルティナは覚悟を決めた様子でリリを見た。
「……私が全部飲み切ってみせます」
リリは蓋をとって笑う。
「こぼしたりしたら、分かるよね」
ルティナはそんなことできないと必死そうに口を開けた。
リリはこぼして治りきらないのが一番ダメだと思ったので、慎重に飲ませていく。
全て飲ませ終わる頃には、ルティナは森に入る前と同じくらい回復した。
リリには、森の中なのに、ルティナが緊張感のかけらもないふにゃふにゃとした幸せそうな顔で寝転んでいるように見える。
「ルティナ、この状況だとなんか、やばい薬飲んだ人みたいになってるよ」
「ふふっ……もう、やばくてもいいです……」
リリは、治ったのは良かったが警戒心を無にする効果もありそうだと思った。
「まあ、いいや。ルティナ、空を走る光は全員同じ目に合わせたいから、適当にひっくり返しておいてくれる?」
「ふふ、はい、リリさんの手下になった私に任せてください」
ルティナは起き上がると、ニコニコしたまま近くにいる仲間たちに近づいていった。
痛い痛い! 本当に適当にやるんだな!? あれはグローが悪いわ、ルティナを怒らせちゃったね……と騒ぐ声を背景に、リリはキオットの陽ざしに近づく。
「空を走る光は1人治ったから、みんなも魔法で1人先に治そうかと思うけど、誰がいい?」
モスカはリリにありがとうと伝えると、思いついたように言う。
「せっかくだから誰を治したらいいか、リリさんが考えてみるのはどう?」
「え、みんながいいならいいけど」
キオットの陽ざしはいいよーと言って特に気にしていない様子だ。
リリは怪我してるのに余裕がありすぎではないかと思った。
さっさと決めようと全員を眺めて頷く。
「それならモスカかな」
「あら、どうして?」
リリは、ムッとした様子で他4人から見られているような気がしたが、動けない相手なので気にせずに話す。
「もし全員治し切れなくても、モスカなら、手と鼻を使って3人持って帰れそうだからだよ」
キオットの陽ざしは最初ポカンとした様子だったが、モスカ以外は一転して笑い始めた。
「ははっ、そんな理由で、モスカ選ぶなんて、リリさんしか、いないよー」
「私達では、2人までしか、運べないですからねー、ほっほー」
「ふふっ、もう、それなら、モスカでいい……」
「あっははは、無敵のモスカが、荷物持ちかよ!」
モスカは仲間達を見て、あなた達ねーとぼやいてから、ため息をついた。
「悔しいけど、そう思われても仕方がないわね」
モスカはリリを見上げる。
「リリさん、これからも何人か選んで治さないといけないって状況になったら、誰に何をして欲しいかで選ぶといいわよ」
「何ができるかじゃなくて?」
「何ができるかも大事よ。でも今みたいに2つ以上のパーティがあったら、役割がかぶっている場合も多いわ。そうなると冒険者って我が強い人も多いから、自分の得意分野は自分が一番上手だって全員思っててもおかしくないのよ」
モスカは鼻を振って、そうなったらもう話はまとまらないわと続ける。
「だから、助けられる側からしたら命の恩人で文句を言えない立場にいるリリさんが、誰にやってもらいたいかで、勝手に決めるくらいでちょうどいいのよ」
リリは命の恩人という単語がちょっと気になったが、気にしても仕方がないと割り切って頷く。
「なるほど、モスカに全員持って帰ってもらいたいからで決めるのは問題ないってことだね」
キオットの陽ざしは再びツボに入ったように笑い始めた。
「逆にそこまでいければすごい気もするわね」
少し笑い始めたモスカに、リリも笑って手をかざす。
「じゃあ治すよ。傷よ治れ〈中回復〉ミディアムヒール」
モスカは立ち上がると、体の調子を確かめるように腕を回したりしている。
「うん、ばっちりね。ありがとう、リリさん。私もポーションがないか全員ひっくり返して調べてみるわね」
モスカは笑い転げている仲間のもとに向かって行った。
「リリさん、こっちは全員調べ終わりましたよ。私が飲んだ物と同じ物が全員分残っていました」
ルティナに呼ばれて、リリは振り返る。
「ありがとう、ルティナ。みんな運が良かったね」
空を走る光は本気で言っていそうなリリに笑った。
リリはさっさと全員ふにゃふにゃにしてしまおうと思う。
「よし、ルティナ。抵抗できない今がチャンスだよ! 私はこっちのグローからやるから、ルティナはウィルの方から飲ませていってね。もう飲めないって言っても全部だよ!」
「分かりました! 全部ですね!」
リリとルティナは勢いのままに寝ている空を走る光に近づく。
空を走る光が、やるなら早くやってくれという方向の言動に切り替えたので、飲ませるのはスムーズに行われた。
「……自分がやばい顔をしてる自覚はある」
「ははっ……もう、やばくてもいいや」
「そうね……もうどう思われててもいいわ」
「ああ……俺もダメになってるだろうな」
ふにゃふにゃした顔になった空を走る光を眺めて、リリは満足げだ。
「これで全員飲んじゃったね」
「やりましたね。これで全員リリさんの言うことを聞くしかなくなりましたよ」
ルティナが満面の笑みでそんなことを言うので、リリは笑ってしまった。
「ふふっ、それは楽しみだね。何してもらおうかなー」
「リリさん、お楽しみのところ悪いけれど、こっちも調べ終わったわよ」
無念そうなモスカの声が聞こえて、リリはモスカの方を向く。
「残念だけど、こっちのポーションは全滅だったわ」
リリは一歩近づいて明るく言った。
「それなら、魔法で全員治しちゃうね」
「あら、それはごめんなさいね」
リリはなぜ謝られたのかよく分からなかった。
首を傾げたリリに、モスカは少し言いづらそうに言う。
「私、リリさんにそんなに魔力があるとは思ってなかったわ」
リリは笑うしかなかった。
「気にしてないから、気にしないでいいよ」
リリはMPを節約するため、1人1人に手をかざして4回〈中回復〉と唱えて治していった。
ありがとー、助かった、などと言って立ち上がったキオットの陽ざしは、調子を確かめるようにストレッチのような動きをしている。
空を走る光も表情を引き締めて、立ち上がった。
ナリダとグローが辺りを見回している。
「改めて見ると、すごいことになってるわね」
「帰り道がないぞ」
マクワノとエルニアがいまだに極彩色のオーラに包まれているデコデンダを見た。
「あいつ、どうなってるんだ?」
「うーん、反応がないけど話は聞けるのかな?」
リリは詳しく聞かれると少し困ると思った。
キーワードがなかったので何を使ったのかまでは分からなかったが、あれは悪夢状態にするスキルだとリリは判断した。
悪夢状態になると、睡眠状態の時のように行動不能になり、効果中ずっとスタミナとMPが減り続けるのだ。
だが、この世界で試してみたことがないので、悪夢の内容を設定できるのか、精神的に大丈夫なのかという詳しい説明は難しかった。
リリはあまり聞かないでほしいと思い、話を逸らす。
「えーと、外した方がいいかな?」
冒険者達は考え込んでいる。
ウィルとモスカが言った。
「死のうとされると厄介だね」
「そうよね。あのまま運べるなら、森を出る少し前まであのままにしておきたいわね」
リリは引き気味に言う。
「……外すと死のうとするの?」
ナリダとダグが答える。
「今まで捕まった構成員は、何か言う前にほとんどが自死してるって話よ」
「スルテリスの光の厄介なところはそこだからな。忠誠心が高いというか、狂信的というか」
モスカが聞く。
「リリさん、あのまま持っても平気かしら?」
リリは頷く。
「効果はそんなに長くないから急いだ方がいいよ」
どんなに長くともMPとスタミナが切れたら終わりなのでリリはそう言った。
それを聞いた冒険者達の行動は速かった。
モスカがデコデンダをためらいなく肩に担ぐと、全員で森の外に向かうことになった。




