44話 投石
表立って賛成できない空を走る光は、石を投げると聞いて難しい顔をした。
ウィルが困ったような曖昧な笑顔で言う。
「実際に見てみないとなんとも言えないから、試しに投げてもらってもいいかな?」
リリはそうなるよねと思って頷くと、落ちている石を拾った。
「じゃあ投げてみるね」
戦闘モードと心の中で唱えたリリは手加減をして投げる際のコツを思い出す。
(立ち方は棒立ち、肩と肘は動かさない、手首だけで軽く投げる)
リリの手から石が離れた瞬間、木が1本折れた。
借りた家を映すウィンドウから歓声が聞こえる。
リリは練習だともう木は折れなかったはずと不思議に思ったが、木の種類が違うし、もうどうしようもないからと自分を納得させた。
「こんな感じなんだけど、どう?」
空を走る光は目を合わせる。
彼らの間では心の声が聞こえていた。
(前に見せてもらった時と変わってないよね?)
(手加減の練習はどこ行ったのよ)
(投げ方が狙ってやってるにしてもおかしい)
(あれで魔法使ってないんですよね)
(手を振りかぶる動きがなくなってもう避けられる気がしないな)
どう? と聞かれた空を走る光が言える感想は1つだった。
「僕たちに向かっては投げないで欲しいかな」
あんなに嬉々として避けてたのにどうして変わってしまったんだろうとリリが考えていると、キオットの陽ざしが近づいてくる。
「ちょっと、何事よ? 話していたらいきなり木が折れたのだけど」
ウィルがちょっとねと、自分でも信じてもらえないだろうと分かっている様子で言う。
「リリさんに石を投げてもらったんだよ」
キオットの陽ざしはポカンとした表情になった。
「は? 何言ってんだお前」
「……信じられない」
「本気で言ってるのよね」
ウィル以外の空を走る光は、気持ちは分かるとキオットの陽ざしに声をかけている。
ウィルが言った。
「リリさん、もう一度やってもらえるかな」
「いいよ」
リリは、手のひらに収まる大きさの石を拾う。
そして拾った石を見せるように顔の横まで掲げた次の瞬間、リリが向いている方向にあった木が1本折れた。
折れた木を見て黙ったキオットの陽ざしにリリは聞く。
「こんな感じなんだけど、グレイトホーンに使えるかな?」
マクワノが振り返って上機嫌に笑う。
「ははっ、スゲーなリリ様! 冒険者にもいろんな奴がいるけどよ。石でグレイトホーンと戦おうって思ったのはリリ様が初じゃねえか?」
リリは、ハッとした。
人に手加減することを優先しすぎて、グレイトホーンと戦うには心元なさすぎる物を得物にしてしまったことに気がついたからだ。
リリが心ここにあらずの状態でいる間にも、ロンラ、エルニア、ポコロ、モスカが自由に話している。
「投げ方が面白い。あれはかなり奇襲向き」
「あー、そういうこと。そう考えると、どこで魔法が発動してるのか分からないのも納得だね」
「リリさんも精霊様の祝福を強く受けているんですねー」
「そうね。それにあそこまで速いとコントロールも難しいはずよ。きっとたくさん練習もしたんでしょう」
モスカは努力を思って感動した様子の後、少し大きな声で呼ぶ。
「リリさん!」
「な、何!?」
モスカはしゃがんでリリに視線を合わせると、応援するように言う。
「せっかく練習を頑張ったんだから、自信を持ってやってみましょう! サポートは任せて!」
リリはそう言われると、弱気になっている場合ではない気がした。
「……そうだよね。せっかくだし頑張るよ!」
リリが決意を新たにしていると、突然変異種の回収に偵察部隊の人達が3人やって来た。
偵察部隊の人が言うには、ほとんど同じタイミングで金石の盃と深碧の風も1頭ずつ討伐に成功しているとのことだ。
キオットの陽ざしは、他のSランクパーティと同じくらいの早さで討伐が行えていると聞いて、満足そうに笑っていた。
偵察部隊の人達がグレイトホーンにロープを巻き付けて回収していくのを見送るとすぐ、リリ達は爆炎のグレイトホーンに向けて出発である。
走りながら、ウィルが口火を切り先ほどの会話の続きとなった。
「リリさんにはまず、普通のグレイトホーンに投げてもらった方がいいよね」
「そうね。次に見つけたら私達の隣に来て、好きなタイミングで投げてみてくれる?」
リリは分かったと返事をした。
マクワノが勢いよく入ってくる。
「俺もやりたい! 石でグレイトホーンを倒せるかなんて挑戦してみるしかないよな!」
「いやいや、あれ投擲の魔法でしょ。普通に投げても、ああはならなくない?」
エルニアの言葉に、ロンラが頷く。
「石で真似するなら私が適任。マクワノじゃ無理」
やってみねえと分からねえだろ! とマクワノが騒ぎ出した。
それを横目に見ながら、リリは空を走る光にも聞いてみる。
「みんなは挑戦してみないの?」
ふっ、と不敵に笑う空を走る光。
「そう聞かれて挑戦しない人は冒険者じゃないよ」
「だな」
モスカが笑っている。
「全員参加になりそうね」
◇
機会はすぐにやってきた。
グレイトホーンの群れが突進してきている。
グレイトホーンの数は最多の16頭である。
リリがモスカとウィルの間に移動すると、先手必勝とばかりに冒険者達が石を投げ始めた。
「オラァ!」「ふんっ!」「えい!」「〈投擲〉!」「フッ!」
大きさも速さもバラバラに石が飛ぶ。
遠くにいるグレイトホーンは勢いのある石だけ見極めたかのように避けた。
いくつか当たった石もあまり効果はないようだった。
「やっぱ避けるかー」「何よ! 私の石は避けるまでもないってこと!」
「石じゃきついか」「当たらないね」
リリは聞いてないと思った。
「グレイトホーンってあんなに避けるの!?」
冒険者達が笑う。
「あれは初めて見ると驚きますよね」
「グレイトホーンを自分達が狩るようになって初めて、遠くから魔法とか遠距離攻撃を当てるのが難しいってやっと気づく奴が多いんだよな」
「グレイトホーンの厄介な所は小回りが利く所なのよ。リリさんも投げてみたら分かるわ」
冒険者達がまた石を拾っている。
リリはとりあえず予備を含めて落ちている石を3つ拾うと、1つを右手に持って、戦闘モードと念じる。
グレイトホーンの動きがほとんど進んでいないくらいの速さになった。
リリはグレイトホーンの顔の正面を狙って、手加減のコツを忠実に守って1投目を投げた。
石がゆっくりと狙った場所に向かって真っすぐ飛んでいく。
グレイトホーンは走る位置取りをかなり遅いながらも変えていき、石の軌道から逃れていった。
(コマ送りみたいな動きでスロー再生の石を避けるとかどうやってるの??)
リリには自分より速く動くものを避けられる気がしなかった。
ウィンドウから、惜しい……! もう少し引き付けてみては、などと声が聞こえる。
『あ! 間違えましたワン。リリ様からはグレイトホーンになったつもりでいるように言われていましたワン』
あ、そうだった! と声がした後、グレイトホーンの気持ちを想像した結果なのか、リリが倒しやすいように配慮した結果なのか、ウィンドウの向こう側でグレイトホーンの動きに合わせて演技が始まった。
誰かが投げた石をグレイトホーンが避ける。
『ヒャハハッ! このグレイトホーン様に石なんざ当たるわけねえだろうが!』
グレイトホーンが石を顔で受けて粉砕する。
『何発でも投げて来いよ! このノロマども!』
1頭のグレイトホーンが首を上にあげて咆哮を上げる。
『俺達は運がいいな! 弱いやつらを踏みつぶせて、飯にまでありつけるんなんてな!』
残りのグレイトホーンも揃って咆哮を上げた。
『ぎゃははは、違いねえ!』
その後もグレイトホーンが行動するたびにウィンドウから声が聞こえている。
(なんで小悪党風にしたの?? いや、悪くはないと思うよ、すごい小者っぽくてみんなには似合わないけど、うん。ところで、この状態で私が外したら何て言うんだろう)
気になったリリは、もう一度同じように投げてみる。
グレイトホーンは先ほどよりギリギリで避けた。
ウィンドウから葛藤するような声が聞こえて、一瞬の間の後。
『なかなか速いが、俺達の敵じゃない。覚悟するんだな』
リリはこれは小悪党じゃないと思った。
「急に中ボスに見えてきたね」
リリの隣に立つウィルが聞く。
「何の話?」
「石を外しすぎて、グレイトホーンになめてかかられてる声が聞こえる気がしたんだよ。そろそろ避けられなくなって当たりそうだけどね」
ウィルは、ははっと笑って剣を抜いた。
「じゃあリリさんが当てたらそろそろ終わりにしようか」
全員追従して武器を手に取った。
「そうね。もう終わりよ」
「あーあ、石でやれたら自慢できそうな気がしたんだけどなー」
「投擲の練習には丁度良かった」
どうやら遊びは終わりのようだ。
リリも次は当てようと手加減のやり方通りに狙いを定めて言う。
「それならこれで終わりだね。さようなら」
リリは先ほどよりは気持ち強めに投げる。
石がリリの手から離れた瞬間、グレイトホーンの巨体が浮きあがる。そして、そのまま少し後ろに吹き飛ぶと、倒れたまま起き上がらなくなった。
冒険者達とウィンドウから歓声が上がる。
冒険者達がグレートホーンに向かって走り出しながら言う。
「やるなー、リリ様。ホントに石で倒せるもんなんだな」
「石でも極めたらここまでいけるのか」
「すごいわね。これだけ威力があれば、突然変異種にも効きそうね」
「止めは一応さしておいた方がよさそうだけど、動けなくできるなら十分だね」
ウィンドウから思い出したようにやられた時のセリフが聞こえる。
『ぐふっ、リリ様に倒されるなら本望……』
『やられるなんて思わなかったですワン……』
『この私が避けられないなんてっ……』
『見誤ったか……』
リリはグレイトホーンの演技をされると緊張感が持続しないということがよく分かった。
(ルエールとくーはノリがいいんだなで済むけど、サラとアルバートは映画とかで聞くやつだよ。やっぱりいつもやってるからかな?)
リリがそんなことを考えている間に、グレイトホーンは片付いた。
◇
話は移動しながらということで、リリ達はまた走り出した。
ルティナが言う。
「リリさん、グレイトホーンに通用しそうで良かったですね」
「本当にね。浮くとは思わなかったよ」
リリはそう言って頷くと、ウィルに聞いた。
「ウィル、これで参加してもいいかな?」
「僕はいいと思うよ。モスカはどう?」
モスカは、私もよと言ってから、楽しそうに話し出す。
「せっかくだからリリさんには最初の一撃をやってもらおうかしら」
冒険者達は、リリが存在感を消せることを思い出したのか笑っている。
「確実に奇襲できそうでいいと思う」
「あれは知ってても気づけないだろ」
エルニアがリリに声をかける。
「着くまでに、いい石を探しておくといいよ」
「本番ではプニプニステッキを投げるつもりだけど、石もあった方がいいよね」
モスカとエルニアが言う。
「そのステッキ投げる用だったのね」
「何か効果があるの?」
リリはプニプニステッキを揺らしながら答える。
「石より丈夫だし、投げても自動で戻って来るよ」
エルニアとロンラが笑っている。
「それは便利だね」
「その機能ナイフに欲しい」
そんな会話をしながら、リリ達は次の突然変異種に向かって走っていった。




