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42話 突然変異種の居場所

 森に入ると、競うように駆け出した金石の盃と深碧の風の後ろ姿が離れていった。

 キオットの陽ざしは立ち止まって、先ほどもらった地図を広げている。


 ウィルが近づいてモスカに話しかけた。


「どれを狙う予定?」

「土か氷ね」

「それなら氷に行ってから方向が一緒の爆炎に行くのはどうかな?」

「爆炎は遠いわよ。そこまで辿り着けるかしら」


 とんがり帽子の位置を調整しながら、エルニアが声をかける。


「モスカ、リリさんがどれくらいで走れるか見てから、決めた方がいいんじゃない?」

「その通りね。リリさん、走りに自信はあるかしら?」


 リリは今朝のことを思い出して言う。


「空を走る光と同じくらいでいいなら走れたよ」


 キオットの陽ざしは困惑した様子だ。


「……マジ?」


 エルニアのつい出てしまったような言葉に、空を走る光は重々しく頷く。

 ウィルは言う。


「僕たちがどう動いても、移動は全く問題ないと思うよ」


 キオットの陽ざしは顔を見合わせる。


「どこまでついてこられるか試してみようぜ」

「マクワノじゃないけど、あそこまで言い切るなら氷までまず走ってみるのもあり」

「つらかったら言ってもらえればいいですからねー」


 モスカはそうね、と頷いてリリの方を向く。


「リリさん、何かあったら無理せず早めに教えてね」


 リリは、分かったと頷いた。




 木々の間を駆けていく。

 最初はリリの様子をしっかり確認していたキオットの陽ざしだったが、リリが息も切らさず走り続けているのを見て、移動は全く問題ないという言葉に納得したようだった。

 ただ、空を走る光も含めて全員が納得しているはずなのに、全員からたまにチラッと見られる状態が続いている。


 リリがそのことに気がつけたのは、冒険者達がリリを見るたびにプニプニのスキルが発動して、新たに半透明のウィンドウが現れるせいだった。


 リリは気がついていないフリをした方がいいかと思い、理由を聞けないでいる。


(やっちゃダメなこととかだったら言ってくるだろうし、言うほどじゃないけど気になることでもあるのかな。それとも護衛的にはチラチラ見るのが普通とか……?)


 護衛依頼は大変そうだとリリが考えた所で、索敵をしていたグローが緊張感のある声で言う。


「前方150先、10頭の群れだ」


 リリはマップを確認する。

 現在、10個の青い点が集まっている所に向かってリリ達は進んでいるようだ。

 リリの感覚ではかなり近くにまで来ている。

 また、目視では確認できなかったが、マップ上ではトレニアといなもがリリ達が走っている横を追走するように動いているのも見えていた。


 グローの声に、先頭にいるウィルとモスカがすぐに反応する。


「分かった、このまま突っ切るよ。リリさん、危ないからルティナの側にいてくれるかな」

「ポコロもリリさんの側で待機ね。リリさん、2人と少し後ろに下がった方がいいわよ」


 ルティナとポコロが分かりましたと返事をした。

 リリは素早く最後尾に移動しながら、分かったと返事をした。


 リリの迷いのない行動を見ていた者達が笑っている。

 ポコロがリリに近づいた。


「リリさん、これからも戦いになったらルティナか私の側にいるようにしてくれますか」


 リリは頷く。


「ふたりの側が一番安全なんだね」


 ポコロは、面白いことを聞いたように笑う。


「間違いないですねー、ホッホー」

「ポコロー、喜んでないで、そこはちゃんと説明しないとダメじゃない?」


 エルニアの指摘を聞いて、ルティナが説明する。


「リリさんは目を離すと気配が全く感じられなくなるので、間違えて攻撃してしまわないために、私たちと一緒にいてもらえると助かります」


 リリは存在感をスキルで消しっぱなしだったことを思い出した。


「……ふたりの側にいないと安全じゃないんだね」


 リリがチラチラ見られてたのもそのせいかもと思っていると、青い点の正体が目で見える距離にまで近づいた。

 そこにいたのは、イノシシを2m超えの大きさにして、2本の立派なツノとその間に石のような外殻をつけたような魔物だ。


(これがグレイトホーンかー。……ピーちゃんの視点で見たより大きくない?)


 リリが、これが背の高さかと現実逃避していると、ロンラが全員に聞こえるような声で短く言う。


「気づかれた」


 1頭のグレイトホーンが冒険者達の方に、空気が震える程大きく咆哮をあげながら駆け出した。

 それに反応したように、残りの9頭のグレイトホーンも力強く地面を蹴って突進を始める。


 リリは木が邪魔だから、あそこから突進してもあんまりスピードは出ないはずと落ち着こうとした。


 地面が揺れ豪快に木が折れる音がする。だが、リリの予想とは裏腹にグレイトホーンはあまり減速していないように見えた。


 対する冒険者達は止まって武器を抜き放つ。


 エルニアが杖を構えた。


「広く〈範囲〉捕まえて〈大地の鎖〉チェインオブアース」


 右半分にいるグレイトホーンの足元の土が鎖のような形になって、グレイトホーンに絡みつく。


 動きが止まったグレイトホーンを見て、ナリダも杖を構えた。


「あの辺りの〈範囲〉降り注いで〈氷槍〉よ! アイスランス!」


 ナリダの杖からナリダと同じくらいの大きさはある一塊の氷が勢いよく飛び出した。


 上に打ち上がった氷は、バラバラに砕ける。


 そして、尖った面をグレイトホーンがいる方向に向け、さらに勢いを増して飛んで行った。


 10頭いたグレイトホーンは、これだけで5頭になった。

 さらに近づいてくるグレイトホーンを狙ってグローが弓を構える。


「〈強打〉!」


 矢がグレイトホーンの外殻を貫通して突き刺さった。

 4頭が目の前まで迫ってきたあたりで、ウィルがモスカに言う。


「あとは2、2で分けようか」

「そうね。右の2頭は任せたわよ」


 モスカは両手に盾を持って、2頭のグレイトホーンの突進を自身の身体能力だけで受け止める。そしてそのまま鼻で掴んでいたメイスで、えいっと叩き潰した。

 隣でもマクワノが左側のもう1頭のグレイトホーンに近づいて、力任せに上から下にハルバードを振り切っている。


 一方、空を走る光はダグが前に出て盾を構えた。


「〈防御〉」


 ダグが詠唱すると、2頭のグレイトホーンの突進が半透明の壁に阻まれて完全に止まった。

 止まった隙に、ウィルが近づいて横から剣を2回突き刺す。

 これでこの場に動くグレイトホーンがいなくなった。

 周囲を警戒していたロンラが言う。


「敵影なし」


 警戒を解いたそれぞれが武器を拭いたり、払ったりし始めた。

 モスカが振り返って、リリに聞く。


「どう? リリさん。怖くなかった……あら、もしかして参加したいのかしら?」


 リリは投擲の構えに入っていたプニプニステッキを下ろした。


「みんながすごい余裕なのはよく分かったよ。でも、私が参加するのはやめておいた方が……」


 ウィンドウから、リリ様ならできます! 頑張れー! と応援する声が聞こえる。


「……もう少し慣れてからにした方がいいと思ったよ」


 言い直したリリに、冒険者達は微笑ましいものを見るように笑った。


「分かったわ。なら慣れたら手伝ってもらえるかしら?」

「頑張るよ」


 リリの返事に満足したように笑って、モスカはその場にいる全員に声をかける。


「じゃあ、さっさと突然変異種を倒しに向いましょう」


 隊列を組み直し始めた冒険者達を見ながら、リリは本当に頑張ろうと思った。




 そこからは一切止まらずに、突然変異種の近くまで走り抜けた。

 途中にはもちろんグレイトホーンの群れが点在していた。しかし、Sランク冒険者にとってはグレイトホーン程度、撫で切りにするもよし、魔法で一掃するもよしで全く障害にならないようだった。


(最初の一戦でほとんど全員が参加してたのは、見せてくれる用だっただけなのかもね)


 リリがそう納得していると、先頭のウィルとモスカが止まれの合図をして、全員が止まった。

 2人は前方に生えている木に近寄って、地面を見ている。


「この辺の草、凍ってるね」

「地図ではもう少し先だったはずよね」


 グローとロンラが少し周りを見てくると言って、離れていった。


 リリはマップを見てみる。

 ほとんどの青い点が10個以上の集団になっていたが、離れた所に1個だけポツンと青い点が光っているのを見つけた。

 1万を超える氾濫の時は10頭以上の群れがほとんどになると聞いていたので、リリは気になって近くにいるルティナに聞く。


「突然変異種って、グレイトホーンの群れのリーダーみたいに集団でいるの?」


 ルティナは少し考えた様子で、地図を取り出してリリに見せながら言う。


「突然変異種は群れでいることもありますが、リーダーのように動いているというのはあまり聞きませんね。今回見つかったものは全て1頭で行動しているようですよ」


 リリが文字を読めないと知っているルティナは、今向かっているのは氷のこれですと指さしてくれる。


 リリはマップと地図を見比べる。

 地図を作成するスキルを使っているのか、マップに表示されているものにかなり近い地図のようだ。


「ちょっとそれ借りてもいい?」


 ルティナはどうぞと言って、地図を渡した。

 リリは地図と半透明のマップの縮尺を合わせて重ねてみる。


(形はほとんど一緒だね。地図の方には突然変異種の文字が書いてあるから、マップ上でその近くの青い点が1個のやつを探して、それに自分でマークでもつけておけば場所は把握できそうだね)


 リリはルティナに聞く。


「今から行くやつもう1回教えてもらえる?」

「いいですよ」


 ルティナは地図上の文字を指さして言う。


「これが氷です」


 リリは念じるだけでもマークをつけることはできたが、直接触った方が確実な気がして指を動かす。

 マップ上でルティナの指から少し離れた所にある、青い点が1個つだけ光っている場所に指を合わせて、氷マークをつけた。


「これが氷と」


 キャラリックメルの様子が映った映像から驚いたような声が聞こえ、ルティナの指が動揺したように動いたのが見えた。

 リリは反応してはいけないと気にせずに続ける。


「それでもう1個行くんだよね? それはどれ?」


 ルティナは地図のさらに西の方にある文字を指さして言った。


「この爆炎と書いてある所です」


 リリはまたマップ上の青い点が1つの所を探して、爆発している様な形のマークをつけた。


『リリ様、そちらは爆炎ではなく、爆氷嵐の突然変異種であることが予想されます』


 そんな声が聞こえて、リリはマークを爆発に氷が混じっている様な形の物に変えた。


「……これが爆炎なんだね」

「……そうです」


 リリにはどう声をかけたら、キオットの陽ざしに怪しまれずに、突然変異種の持っている才能が1ランク違うという話ができるか分からなかった。


(空を走る光だけでも一応倒せるし、言えそうなチャンスがあればってことになりそうだね……)


 この件はもう少し考えることにしたリリは、行く予定のない残りの4ヶ所に?マークをつけて位置だけでも分かるようにすることにする。

 リリが1頭で行動している青い点探して今度は指を動かさずに?マークをつける。そうすると、ウィンドウから何のマークをつければいいか声が聞こえてくる。

 これを4回繰り返して、リリはとりあえず今外で存在が分かっている突然変異種の種類だけは知ることができた。


(あとは外で見つかってないやつがどこにいるかなんだけど)


 リリはチラッと周りを見る。

 グローとロンラが戻ってきて、偵察の様子をウィルとモスカを交えて話し合っているようだ。


 右だの左だの言っている少し白熱した声を聞いて、まだ時間があると思ったリリは、きっと教えてくれるだろうと、マップ上の適当な位置に?マークを置いてみる。

 ファーストの声がする。


『外で見つかっていない突然変異種は雷になります。位置はそのマークからさらに北西の方向――』

「リリさん、ちょっといいかしら?」


 リリは動揺が顔に出たまま、声が聞こえた方を見る。

 モスカとウィルがリリの方に歩いて近づいてきていた。

 モスカはリリの顔を見て笑って言う。


「森の中でそんなに集中してたら危ないわよ」


 リリも笑うしかなかった。


「ちょっと油断してたよ。それでどうしたの?」


 ウィルが説明する。


「今、グローとロンラが別の方向を偵察しに行ったら、右にも左にも行ったような跡があってね。僕たちだけだと話がまとまりそうにないから、こうなったら、リリさんにどっちから行きたいか決めてもらおうって話になったんだよ」


 リリは、ウィルとモスカが、自分のパーティの斥候の言う方向に行きたいと譲らなかったせいで、まとまらなかったんだろうと思った。


(まあ、決めるのはいいんだけど、右にも左にも行ったような跡っていうのは……)


 リリは、どういう状況か考えて聞いた。


「この辺を往復してるってこと?」

「そうなるね。両方とも新しいみたいだから、最終的にどっちに行ったのかは分からなかったよ」


 リリはモスカを見る。


「私が決めていいの?」

「ええ、もちろん。こうなったらリリさんしか決められないわ」


 リリは分かったと頷く。


「じゃあ、ちょっと行ってみたい方向を探してみるね」


 リリは地図を持ち上げて顔を隠し、改めてマップを確認する。

 自分が向いている向きと氷マークがついている場所から考えると、北北東ならぬ前前右方向に歩いていくのが正解のようだ。

 直進は選択肢にないと、リリは困った。


(左右どっちから回り込んであそこに行ったのかは結構賭けじゃない?)


 リリがどちらにしようか迷っていると、マップ上のリリから見て右側にいたトレニアを示す点が動き出した。

 高速で蛇行したり、一回転したりとマップ上を飛び回って左右両方のルートを確認したトレニアの点は、最終的に氷マークに辿り着いたようだ。


『リリ様、トレニアより左が正解ですと報告が来ました』


 リリは激しく動き回っていたトレニアを思って、遠い目をした。


(最短が分かってるのに遠回りしないといけないって考えると、ちょっと大変だね)


 リリは地図を下げて言う。


「左にしようかな」


 モスカが嬉しそうに笑う。


「ふふっ、いいわね。リリさんが言うなら、左から行きましょう」

「そうだね。まずは左から行こうか」


 ウィルは少し残念そうに言って、リリの後ろにいるルティナと目が合うと、リリを見た。


「リリさん、もう聞きたいことはない?」


 そう聞かれてリリは、残りがどこにいるのか知ってる人に聞いてしまおうと思いついた。

 1個だけ教えてと、ウィルを手招く。


「今ここでしょ」


 ウィルは地図を上から覗き込んで、そうだねと頷く。

 リリは現在地から指を動かし始めて、


「こう行って」


 と一息で、氷マークを経由してそのまま爆氷嵐のマークまでのルートを示す。


 氷の突然変異種の場所が分かった瞬間、ウィルが遠い目をした気がしたが、リリは気にせずに聞く。


「それでどう行くの?」

「こうだよ」


 ウィルはリリの指先からさらに南西の場所を指さした。

 リリはウィルが指さした場所から少し離れた場所を同じように指さす。


「こうだね。なるほど、分かったよ。ありがとう」


 ウィルは、気にしないでと笑って先頭に戻っていった。

 リリはルティナに地図を返す。


「ルティナもありがとう」

「いえ、また何かあったらいつでも聞いてください」


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