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31話 朝練前半

 朝、リリは目を覚ました。

 ベッドから起きずに、部屋を分けるように置いてある衝立を見る。

 この衝立は、大きい部屋を1人で使うのもどうかな? でも1人の空間も欲しいよね、と思ったリリが配置した物だった。

 なのでこの衝立の向こう側にはファーストもいる。


 リリは朝は自由行動時間だと思って、ファーストを起こさないように迅速に行動することにした。


 〈消音〉で音を消し、ベッドの上で朝の準備を整え、〈転移〉で玄関ホールまで移動する。


 誰もいない玄関ホールは、焼きおにぎりの匂いが残っていた。

 リリは換気のついでに厩舎を見にいくことにする。

 裏側の窓と玄関の扉を開けたままにして、リリは家の裏手に歩いていった。


 裏手に回ると大きな厩舎が見えてくる。

 厩舎に近づくと、ペガサス達は厩舎に隣接している運動スペースのような広場で、横になっているようだった。


 リリは野生みも神聖さも感じられない光景に笑って、さらに近づく。


 ペガサス達は足音に気がついたようで、チラッと視線を向けると、勢いよく立ち上がった。


 リリは、おはよう、と手を振った。

 ペガサス達は柵に近づいて、羽を振ったり、頭を下げたりして無言の反応を返している。


 リリは頭を下げて丁度いい高さになったペガサスに聞く。


「頭撫でてもいい?」


 聞かれたペガサスは大きく頷いた。

 他のペガサスも頭を下げて差し出してくる。


 全員いいの? と聞くと、同じように頷かれたので、リリは笑って撫で始めた。


 リリはペガサス達を撫でながら聞く。


「そういえば、なんで外で寝てたの?」


 ペガサス達は聞かれても答えられずに困ったように、挙動不審になった。


 リリは気になるので、厩舎の中も見にいくことにする。


 厩舎の扉を開けてリリが中に入ると、ペガサス達も別の入り口から中に入ってきた。

 リリは中を見回して言う。


「うちのとはだいぶ違うってことしか分からないよ。なんか藁凍ってない?」


 リリの体感では涼しいくらいなので、実際の温度はよく分からなかった。

 ペガサスが浸かれそうな深さの小さなプールのような場所に近づく。


「これ何だろう? 水飲み場? それとも浴びるのかな?」


 リリが首を傾げるのに合わせて、ペガサス達も不思議そうにしている。

 リリは答えが出ない気がしたので、とりあえず一番聞きたいことを聞く。


「寒かったから外で寝てたの?」


 ペガサス達は首を横に振る。

 リリは個室のように仕切られている、寝床を覗き込んで言う。


「寝心地が悪いとか?」


 ペガサス達はまた首を横に振った。

 リリは答えが分からず考え込む。


 1頭のペガサスがリリに近づいて、何かを描くように足を動かし始めた。

 リリはそれを見て、星マークだと思った。


「もしかして、星を見ながら寝たかったの?」


 ペガサス達は頷いた。

 リリはペガサス達が夜空を見上げている所を想像して、笑って言う。


「みんななら、すごい絵になっただろうね。ジグソーパズルにできそうだよ」


 リリが楽しげに言うので、ペガサス達も楽しいを体で表現し始めた。

 軽快に跳ね回り、羽が舞い散り始めたあたりで、リリは言う。


「うん、一旦落ち着こう」


 ペガサス達は跳ねるのをやめて、リリの周りに集まる。

 リリは室内なのがいけないと思って、外に出ることにした。


 外に出てリリが柵越しにペガサス達にジグソーパズルとは何かを説明していると、足音が聞こえてくる。


 足音の方に振り返ると、家の周囲をジャージを着た空を走る光が走っていた。


 リリは、ジャージを着ている空を走る光というだけでちょっと面白かったので、笑っておはようと挨拶した。


 空を走る光もリリに気がついて、おはよう、おはようございます、と返してきた。

 リリはペガサスに言う。


「朝練かな。偉いよね」


 ペガサスは同意するように首を大きく上から下に下げる。

 リリの言葉が聞こえた空を走る光は苦笑した。

 ウィルが言う。


「URぶどうジュースが日持ちしないって聞いたから、少しずつ飲むことにしたんだ。そしたら朝食が入らないって話になってね」


 リリはよく分かった様子で頷いた。


「お腹空かせるために運動してるんだね」


 空を走る光はすれ違い様に言う。


「そうなるね」

「昨日食えなかった分も取り戻すつもりだ」

「運動でどうにかなるといいんですが」

「昨日のお酒美味しかったわ」

「昨日は酒ありがとな」


 リリが頑張ってと見送っていると、反対側から、リリ様おはようございますと声がする。

 リリは声が聞こえた方を見た。


「おはよう。ルエールは見回り中?」


 ルエールは歩いてリリに近づきながら言う。


「はい、見回りをしていました。リリ様は何をされていたのですか?」

「私は厩舎がどんな感じか見に来たんだよ。寒そうってことしか分からなかったけど」


 ルエールは厩舎を見た。


「雪山で暮らす生き物が過ごしやすい環境と考えれば、ちょうどいいのかもしれませんね」

「雪山かー。何がいるんだろうね」


 リリが考えていると、一周してきた空を走る光がまた見える範囲に入ってきた。

 ルエールは空を走る光を見て、そういえばとリリに聞く。


「リリ様、先程彼らに、朝練をしていて偉い、というようなお話をされていたと思うのですが」


 リリは、結構遠くでも聞こえるんだと思いながら頷く。


「僕も朝練をやりたいと考えています。さらに強くなるために何をしたらいいか、教えていただけないでしょうか」

「……それ聞くの私でいいの?」


 ルエールは笑顔で答える。


「もちろんです! リリ様はキャラリックメルの全ての者を鍛え導いてきた方です。リリ様以上に強くなる方法を知っている存在はいません」


 リリは物はいいようだけど、そう考えるとやばい人みたいだと思った。


「トレーニング方法を考えるのはいいけど、そういうことは外で言わないでね」


 素直に頷くルエールを見て、リリは考える。


(現実的なトレーニングメニューなんてよく知らないからアドバイスできないし、ルエールに筋トレが効果あるのか分からないよね。ゲーム的にもレベルはカンストしてて上げられないし。あとはスキル上げか、称号のボーナス狙いになるけど……)


 リリはゲームだから許されている気がするトレーニング方法がいくつか頭をよぎった。


 リリがこれは……と考えていると、会話が聞こえた全員が興味を持ったようだ。

 ペガサス達が柵から首を出し、空を走る光が近づいてくる。


「リリさん、僕たちにも教えてもらえないかな?」


 リリは空を走る光に、いいけど、と返事をして、ペガサスに聞く。


「みんなもやりたいの?」


 ペガサス達もやりたいと頷いた。

 リリは称号の名前を思い出して言う。


「今、全員ができるやつで、準備もいらないやつってなると、倒れるほど強くなる、しかパッと出てこないけど本当にやるの?」


 ルエールとペガサス達から、思わず出てしまったような、ああ……という声が聞こえる。心なしか全員の翼が下がったようにも見えた。

 リリはその様子を見て言う。


「嫌ならやらなくていいんだよ?」


 ルエールは勢いよく、やりますと言ってから、そわそわした様子で話す。


「リリ様、嫌という意味ではないのです。リリ様が今まで通りで安心する気持ちと、これからしばらく使い物にならなくなる体を受け入れる気持ちから出てしまった、その、言葉なので……」


 ペガサス達もルエールの言葉に大きく頷いている。


 ゲーム上では一時的に動けなくなるだけだったので、リリはやったことのある本人がやると言うなら頑張ってと応援するしかない、と思った。


「みんながやるって言うなら応援してるよ。それでこっちのみんなは本当にやるの?」


 そう言ってリリは空を走る光を見る。

 空を走る光は不穏な言葉だけが聞こえている現状に、諦めたように少し笑っていた。

 ウィルが言う。


「リリさん、何も情報がないよ」


 リリは前提条件があると思い出して確認する。


「みんなって活性化使えるよね? スタミナの回復速度が上昇するって効果の魔法なんだけど」


 空を走る光は頷く。

 リリはどこまで言葉が通じるのか分からないのでそのまま言う。


「それを使いながら、全速力で走ってスタミナをゼロにすると、1回目ならボーナスとしてスタミナにプラス1000ポイント入るよ」


 空を走る光はつい出てしまったように、ああ……と言って遠い目をした。

 リリは同じことを言う。


「嫌ならやらなくていいんだよ?」


 空を走る光は遠い目のまま目を合わせた。

 ウィルとルティナが言う。


「僕たちもやるよ。冒険者になりたての頃に、延々と走らされたことを思い出しただけだからね」

「新人研修でスタミナの残量を把握してないと死ぬとひたすらに脅されるので、怖かったですね」


 空を走る光は、つらかった思い出を振り返るように頷いている。

 リリは新人研修にそんなのがあるんだと聞いていた。


 ウィルがリリに聞く。


「ちなみに、スタミナにプラス1000ポイントっていうのは何なのか、聞いてもいいのかな?」

 

 リリは、通じてなかった……! とちょっと考えるように視線を空に向け、空を走る光が使えるはずの初期スキルを思い出して言う。


「スタミナが1000ポイント増えれば、強打とか、スラッシュとか、ガードとかが1回多く使えるよ」


 リリの言葉を聞いた前衛のグロー、ウィル、ダグは粛々と準備運動を始めた。

 ナリダが聞く。


「その効果はいつまで続くのかしら?」

「消そうと思えば消せるけど、基本的にはずっとだと思うよ」


 空を走る光はやらない道はないと悟ったような顔をした。

 リリはこの称号は何回もやるとすごいんだよ、という話をする前にやる気になられてしまったと思う。


「まあいっか。じゃあ、みんなには記録装置を渡しとくね」


 リリはフタ付きの懐中時計を5つ取り出して渡す。

 空を走る光は受け取って、なんか開きそうだと眺めている。

 リリは全員に聞く。


「これで全員持ったよね?」


 ルエールがポケットから取り出して見せ、ペガサス達は首に下げている飾りを見せた。

 リリは全員が持ったのを見て言う。


「走るコースはそれぞれに任せるとして、まず〈活性化〉を使おう」


 リリの体から薄く湯気のような物が立ち昇っていく。

 全員が続くように、〈活性化〉を使っていく。

 リリは周りが白いと思いながら言う。


「活性化の状態のままスタミナがゼロにならないとダメだから、走りながら定期的に使ってね」


 全員が了解の返事をした。首を回したり、肩を回したりして運動する前の気合いを入れている様子だ。


 リリはここにいる全員にかかるように、〈範囲〉〈状態解析〉を使う。

 全員分のステータスウィンドウがリリの前に現れる。


 リリは、見渡して言う。


「これでスタミナが切れそうな人についていって、ゼロになったら教えるよ。じゃあ好きなタイミングで始めてね」


 全員がリリから距離を取る。

 リリも玄関くらいまでは走ろうかなと考えていると、全員がそれぞれのペースで走り出した。


 ルエールと空を走る光はすぐ見えなくなったので、リリはペガサス達の方を見る。


 ペガサス達は運動スペースの中をぐるぐる走っているようで、柵の中で残像が見える。

 リリは激走メリーゴーランドという単語が頭を過ったが気にしないことにした。

 リリがペガサス達を眺めてすぐ、家の方から足音が聞こえてくる。


 空を走る光が家の周囲を一周して戻って来たようだ。ウィル、グロー、ダグ、ナリダ、ウィル、ルティナの順番で走っている。

 リリはウィルが2回いたが気にしないことにした。


 あとはルエールがどこにいるのかと、リリは周りを見渡す。どこにもいないので、速すぎて見えないのかもしれない。


(戦闘モードなら見えるのかな?)


 ペガサス達と空を走る光は止まってしまった。

 リリがあたりを見渡すと、塀の近くにかなり速そうな前傾姿勢を保ったまま、歩いているような速度で走っているルエールを発見した。


(逆にすごい)


 そう思ったリリは、ルエールが家の影に隠れて見えなくなるまで見送った。


 リリは今の状態でまた周りを見る。


 周りには躍動感に溢れすぎて宙に浮いて止まっている、ペガサスと空を走る光がいた。


 ステータスウィンドウに表示されているスタミナはまだまだ余裕がありそうだ。


 リリはとりあえず玄関に行こうと、動くものが少ない世界で走り出した。


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