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28話 酒の行方

「それでファースト、持ってきてくれたんだよね?」

「はい、こちらになります」


 ファーストは背負っていた荷物から、1本の瓶と手紙を取り出して、リリに手紙を渡す。

 何だかおめでたい見た目の瓶に、注目が集まる。

 モスカが聞いた。


「リリさん、それは?」


 リリは手紙を読んで笑って言う。


「美味しさは審査委員長のお墨付きがつく程。珍しさはキャラリックメルで年間100本も作られてないことから幻の1本と呼ばれる程。Sランクパーティのご友人に友好の印として渡すには、これ以上の一品はないでしょう。って説明が書いてあるお酒だよ」


 ファーストはリリが読むのに合わせて両手で瓶を掲げる。


 ファーストが瓶を掲げると、なぜか神々しいものを見た気分になった冒険者達から拍手が送られる。

 キオットの陽ざしは思いがけない幸運に恵まれたかのように、感動した様子で瓶を見つめた。

 モスカが聞く。


「リリさん、もしかして私達にくれる――」

「ちょっと待ったー!」


 大声が隣の席から聞こえる。


「頼む! その酒、わしらに譲っとくれ!」


 マクワノが間髪入れずに大声で返す。


「いきなり出てきて、何言ってんだ! お前らに関係ないだろ!」


 マクワノを睨みつけてドワーフが勢いよく怒鳴る。


「何言っておる! Sランクパーティに友好の印として渡すための酒なら、ワシらにも貰う資格があるじゃろ!」


 そうじゃ、そうじゃと仲間の3人のドワーフも騒いでいる。

 キオットの陽ざしは呆れた様子だ。


「Sランクパーティの友人って言ってたよね」

「知り合ってすらいない」


 ドワーフ4人は椅子に立ち、リリに向かって言った。


「ワシはSランクパーティ、金石の盃のリーダー、イーゼンじゃ」

「金石の盃のオーレじゃい」

「同じくワーズ」

「同じくエートラじゃ」


 リリは、最初にお酒を全種類頼んでいたドワーフの人達も、Sランクだったから絡んできていたのだと、ある意味納得した。


 これでワシらとも友人じゃー! と金石の盃は隣のテーブルから寄ってくる。

 キオットの陽ざしも迎え撃つように立ち上がって、対峙した。


「お主らが飲んだら、あの大きさが1本じゃ物足りないじゃろ!」

「そうじゃ、そうじゃ、この店の酒なら好きなだけ奢ってやるからワシらに譲るんじゃ!」

「はっ、譲れって言われて譲るわけねえだろ!」

「そうね。今回はマクワノと同じ意見だわ。リリさんがせっかく用意してくれたお酒だもの」

「誰も飲んだことのない酒が飲める機会! 絶対に逃してなるものか!」

「それはこっちも同じだよ!」

「酒だけが生き甲斐なんじゃー!」

「うわっ、近くで叫ばないで」

「ずっと飲んでるからそうなるのですよー」


 キオットの陽ざしと金石の盃の1本のお酒を巡っての言い合いはどんどん泥沼化している。


 リリは、これどんな決着になるんだろうと、テーブルにいる空を走る光の4人に視線を向ける。

 4人は視線に気づいたようで、リリを見返した。

 ダグが口を開く。


「リリさん、あの酒は1本しかないんだよな?」


 リリは何本もあったら珍しくも何ともないと思ったので、追加はしないことにして言う。


「そうだね。あれがなくなったら終わりだよ」


 空を走る光は目を合わせて、ウィルに視線が集まった。

 ウィルは仕方がないという雰囲気で頷く。


 空を走る光はニヤリと笑って、立ち上がった。

 ウィルが、言い合い中の2つのパーティに向かって声を上げる。


「Sランクパーティの友人にってことなら、僕たちも条件に含まれるよね」


 2つのパーティから、はー? 何言ってんだ、あなた達まで、といった声が聞こえる。

 金石の盃のリーダー、イーゼンが拳を突き上げて怒鳴る。


「お主らこそ、もうキャラリックメルの酒は飲んだことあるじゃろ! ワシらに譲らんか!」


 そうじゃ! そうだよ! 譲れー! と金石の盃だけではなく、キオットの陽ざしも同調している。


 空を走る光はテーブルの向かい側にいる2つのパーティに近づいて、意気揚々と反論する。


「私達もまだ飲んだことないわよ!」

「飲んでみたいって丁度話してた所なんです!」

「さっきの説明を聞いたら、元々俺達と飲むつもりだったとしか思えないよなぁ!」

「元々俺達が飲むはずだったなら、あれは俺達の物だ!」


 さっきの話の流れは完全に私達に渡す流れだったじゃない! お主らしかSランクパーティはいないと思っておったからじゃろ! お前らリリ様と一切話してなかっただろ! ワシらの飲みっぷりを見て目を輝かせておったんじゃ! ワシらにも友好の印を送りたいに決まっとる! お酒の量なら私達も負けてないわよ! わしらの世界中の酒を飲む夢を邪魔をするんじゃない、小童ども! おじいちゃん、お酒の飲み過ぎは体に良くないよ。俺もあんたらの老体を思って言っている。なんじゃと! ワシらの――


 リリは冒険者達がお酒を巡って言い争う光景は、かなり冒険者の酒場っぽいと前向きに考えることにした。


(しかもSランクパーティがやってるって考えると、珍しいよね)


 リリはうんうんと頷いて、手に持っていたお酒を一口飲む。冒険者の酒場らしい光景を見ながらお酒を飲めば、冒険者気分を味わっているようで美味しさが増すに違いなかった。

 現実から目を背けたリリは笑顔で振り返って、瓶を抱えるように持っているファーストにジョッキを見せる。


「ファースト、これコカトリスの血って言うらしいよ」


 ファーストはジョッキの中身を眺めて言う。


「コカトリスの血の色ではないようですが、加工されているのですか?」


 リリはそう思うよねと笑う。


「私もそう思ったんだけど、そうじゃなくて飲んだ人が酔っ払って石みたいになるから、この名前みたいだよ」


 ファーストは、何かを察したように微笑む。


「私が呼ばれた理由がよく分かりました。これは備えたくなりますね」

「だよねー。まあ、1杯くらいなら平気だと思いたいけどね」


 リリはそう言ってまた一口飲む。

 ファーストは徐々にヒートアップしている3パーティの様子を観察してから、リリに聞く。


「リリ様、このお酒は彼らの結果次第でよろしいのですね?」


 リリもチラッと様子を見る。


「巻き込まれたくないし、それでいいんじゃない」


 リリがそう言うと、言い争い中の3パーティから笑い声が聞こえる。

 ドワーフ達が戦う構えを取って言う。


「これでお主らの正当性は無くなったのう!」

「お主らを黙らせればあの酒はワシらのもんじゃ!」


 マクワノとナリダが真っ先に反応する。


「そりゃあ一番強いやつを決めた方が早えに決まってるよな!」

「私達は今! 一番調子がいいのよ! 見せてあげるわ!」


 空を走る光とキオットの陽ざしの冷静な面々が、まずいという顔をした。


 金石の盃はかかったなという雰囲気で笑う。金石の盃のリーダーイーゼンが、キオットの陽ざしと空を走る光を指さした。


「ふははははっ、実力勝負に出たことを後悔するんじゃな! こんな場所で戦うならワシらが勝つに決まっとる!」


 イーゼンは勝ち誇って叫ぶ。


「あの酒と、ついでにSランクパーティ最強の座はワシらのもんじゃ!」


 その時、店の奥の方から騒いでいる全員に聞こえる程の大声が聞こえる。


「その勝負、俺達も混ぜてもらおうか!」


 全員が声の方を向く。

 すらっとした体型、尖った耳に長い髪、そして人間離れした美しさを共通点とする6人が、交戦的な顔をして、堂々と近づいてくる。


(エルフだー! というか、この流れで出てくるってことはもしかして)


 エルフ達はテーブルの反対側に立ってリリの方を向いた。

 先頭の男性が一騎打ちでも申し込むように堂々と言う。


「俺達は魔樹リアギルギーのある幻影の森を拠点とするSランクパーティ、深碧の風だ。俺はリーダーのフォス。後ろにいるのが仲間のジルバ、ラーソン、スン、スクー、シャロンだ」


 名前を呼ばれたエルフ達は一様に胸に手を当てて一礼した。

 フォスは強気な笑みを浮かべて言う。


「これで貴女とは友人だ。よって俺達も、その酒をかけた戦いに参加させてもらおう」


 イーゼンがフォスに怒鳴りこむ。


「なんじゃ貴様! いつも戦うことしか頭にないくせに! どういうつもりじゃ!」


 フォスはイーゼンを見下ろし、鼻で笑う。


「俺達を抜きにして! Sランク最強などとのたまう声が聞こえたのでな!」


 空を走る光とキオットの陽ざしからは、最強の座とか言うから、お前らもいたのか、こうなると思った、などとぼやく声が聞こえている。


 リリはお酒目的ではなくて、Sランク最強の称号が欲しくて参加するんだねという言葉を、お酒で飲み込んだ。


 イーゼンはわなわなと震えて、フォスに吠える様に言う。


「ふざけるな! ワシらは酒が飲みたくてやるんじゃ! 貴様の道楽を持ち込むんじゃない!」

「ふざけているのは貴様だろう! Sランク最強の座という栄誉ある称号を、酒のついでなどと考えているのだからな!」

「そんな物! ここにいるパーティの中で一番強いというだけじゃ! 何の意味もありゃせんわい!」

「ふんっ、そんなこと貴様に言われるまでもなく知っている。だが、この氾濫に参加したSランクの中で誰が最強かという話になった時! 貴様の名前が出てくることだけは! 何としても阻止せねばならないのでな!」

「なんじゃと! 貴様はいつもそうじゃ! だいたいワシの名が呼ばれることの何が不満なんじゃ!」

「思い出したくもない名前が! 間違った認識が! 俺の周りで聞こえるようになるかと考えるだけで不快だ!」

「何言っとるんじゃ!! 貴様の認識が――」


 イーゼンとフォスの言い争う声がだんだん大きくなっていく様を眺めながら、リリはどんどんお酒を飲んでいく。

 キオットの陽ざしはリリが全く逃げていないのを見て言う。


「この状況で怖がらないのは将来大物になりそうね」

「いや、こういう場合は危機感がないって言うんじゃない」

「何が飛んでくるか分かりませんから、離れた方がいいですよー。ホッホー」

「ポコロ、笑いながら言ったら説得力ない」

「ファーストがいるんだから平気だろ」


 空を走る光はファーストに視線を向けている。

 ファーストはリリに警告する。


「リリ様、この位置ですと戦闘行為があった場合巻き込まれると思われます」


 リリは最後の一滴まで飲もうとジョッキを傾けて、お酒を飲み干した。

 お酒パワーで気が強くなったつもりで言う。


「よし、ファースト、これでお残しはないし! 帰ろう!」


 リリの言葉が聞こえた全員が静かになった。

 その隙にリリはバッグに手を入れて、金貨を一掴みしてテーブルの上に置くと立ち上がる。

 ファーストもついていこうとしているのを見て、イーゼンが声を上げる。


「ちょっと待てい! 酒を持って帰ろうとするんじゃない!」


 リリはイーゼンの顔を、理解できないように見て言う。


「危ないことに巻き込まれるって分かってるのに、帰らないわけがないよね」


 イーゼンは予想外の反応だったのか、なっ、という口をして動きが止まった。

 ファーストはその通りですねと笑っている。

 空を走る光はリリさんはこうだよねと訳知り顔をしている。

 深碧の風は、イーゼンに全く物怖じせずに言い返すのを見て、見所があると感心している。

 キオットの陽ざしはリリをなんとも言えない表情で見ている。

 モスカが聞く。


「リリさん、そのお酒はどうするつもりなの?」

「渡せそうな相手がいないなら、キャラリックメルまで持って帰るよ」


 金石の盃のドワーフ達がなんじゃと! と叫ぶ。


「子供じゃからってそんな横暴は許されんぞ! 一度渡すと言ったんじゃ!」


 イーゼンがファーストの持つ酒を奪い取ろうと走りだす。


「絶対置いてい――」


 フォスが足でイーゼンを引っ掛けた。


 イーゼンがべたんっと倒れる。


 リリは、これさっきウィルに言ったやつだ、と思った。


 イーゼンはガバッと起き上がって、フォスに掴み掛かる。


「何するんじゃ貴様ぁ!」


 フォスはイーゼンの手を振り払った。堂々と言い放つ。


「Sランク冒険者として、冒険者が凶行に走るのを止めるのは当然だろう」

「正論ぶるな! ワシの邪魔がしたいだけじゃろうが!」


 イーゼンとフォスが言い争いを始めたので、またかという雰囲気になる全員。


(というかこの争い、このお酒が残ってる限り続きそうだよね)


 リリは二升五合と書いてある瓶を見る。この量が、今キャラリックメルから来ている全員と空を走る光で分けるのに、ちょうどいい量のはずだと思った。


「あのさ、そもそもこのお酒全員分あるんだよ? 分けて飲んだらいいんじゃない?」


 ファーストが警告する。


「こちらは本来もっと大人数で飲む物なので、飲んだ者は全員酔っ払い、石のようになることが予想されます」


 リリと空を走る光は、聞いてないと思った。

 そう思わなかった者達の中から、声が聞こえる。


「そんなちょっとの酒で酔うわけないじゃろ!」

「ワシらがどんだけ酒に強いか知らんのか!」

「もしかして度胸試し用だったのかしら」

「そういえば実力を証明しろって強いお酒を勧めてくる人もいたね」


 フォスが、ふははははっと笑って大声で言う。


「面白い、俺の実力を測ろうというわけか!」


 フォスは近くにあったジョッキを手に取り、一気に飲み干した。

 そして、ファーストに近づいてジョッキを突き出す。


「さあ、入れてくれ」


 リリはファーストのよろしいですか、と言う声が聞こえたので頷く。


 ファーストは何処からともなく栓抜きを取り出し、蓋を開けて、1人分ジョッキに注いだ。


 フォスは何ら気負う様子もなく、見せびらかすように一度掲げてから、口をつける。


 多くの冒険者達がフォスを緊張した様子で見ている。


 フォスはぐいっと一口飲むと、目を見開き、ジョッキを見て固まった。

 動かなくなったフォスに、イーゼンがおい、どうしたんじゃ、と声をかける。


 フォスは、声には反応せず、またジョッキに口をつける。

 そして先ほどジョッキを一気に空にした時と比べれば、かなりゆっくりした速さでジョッキを空にした。


 一息吐いて言う。


「うますぎ……る…………」


 そう言って、フォスは力が抜けたようにパタッと倒れた。


 まさか何か入っているのかと場が騒がしくなる。


 深碧の風から1人フォスに駆け寄って、診察するように触った。

 そして、仲間達を振り返って困惑した様子で言う。


「寝ているだけだ」


 違う意味で場が騒然となった。


「本当に1杯で酔っ払うなんて」

「うますぎるとか言ってなかったか?」

「かー! もう我慢できんわい!」


 金石の盃のドワーフ達が我先にという様子で、ジョッキを空にして、ファーストに駆け寄る。


 グローが気がつき、声を上げた。


「おい! 全員で飲んだら、動けなくなるぞ」


 金石の盃は必死な様子で言う。


「いいんじゃい!」

「旨い酒があるのに飲めなかったと後悔するよりマシじゃ!」

「ワシらの全ては酒にかかっとるんじゃ!」

「後悔はせん! 入れとくれ!」


 リリはそこまで言うならとゴーサインを出した。


 全員のジョッキにお酒が注がれる。

 金石の盃は緊張した様子で乾杯した。

 そして同時にぐいっと一口飲むと、目も口もカッと開く。


「旨い!」「なんじゃこの酒は!」「このために生きとる!」「最高の酒に乾杯じゃー!」


 と言って、またジョッキをぶつけて、今度は口をジョッキから離せなくなったかのように静かに飲んでいく。


 金石の盃はジョッキを真上まで傾けて、最後の一滴まで飲み込んで、ぷはっと息を吐いた。

 イーゼンはジョッキを頭上に掲げる。


「さいこう……じゃ……」


 パタパタっと倒れる金石の盃。


 あの酒に強いドワーフまで……という視線が、ファーストの持つお酒に注がれる。


 場には次誰が挑むのかという、緊迫した空気が流れた。


 ウィルが言う。


「リリさん、2人に運んでもらうわけにはいかないし、僕は家に戻ってから貰らいたいんだけど」


 空気を読まずに自分の意見を言えるのは強いと思ったリリは、大きく頷いて言う。


「いいよ。というか入れ物用意して、持って帰りたい人は持って帰った方がいいんじゃない?」


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