22話 質問は5回まで
ランカルとマルタと共に、リリ達はギルドの裏口から外に出る。
日は傾き、もうすぐ夕暮れだ。
リリ達の到着を聞いた、ペガサスが引く馬車もやってくる。
リリはたった数時間見ていないだけなのに、数日ぶりに見たような気分になった。
ペガサスを見たマルタが目を輝かせて言う。
「ギルド長、本物のペガサスだニャ。白くて、キラキラしてるニャー」
ランカルはそうだな、と頷いて言う。
「マルタ、素に戻ってるぞ」
「い、今のは聞かなかったことにして欲しいですニャ」
マルタの慌てぶりに全員が少し笑っていると、馬車が目の前で止まる。
ランカルがマルタを見た。
「マルタ、皆さんの案内を頼む」
「頑張りますニャ。でも、こんなすごい馬車に、本当に私が乗ってもいいんですニャ?」
リリはマルタの疑問に笑顔で答える。
「もちろんいいよ。気軽にどうぞ」
「気軽には無理ですニャ……」
リリは馬車の扉の前に移動して、マルタに中に入るように促す。
マルタは不思議そうに言う。
「御者の人の隣に座らないと、案内できないですニャ?」
リリは普通はそうだったと気がついたが、後には引けないと思う。
「……中に入ってみたくはないの?」
マルタは衝撃を受けたように目を見開いた。
もじもじして言う。
「そう言われると、入ってはみたいですニャ……」
リリは頷く。
「ちょっと食器を片付けてから見せたいから、待っててね」
ファーストとウィルが続いた。
「片付けでしたら私も行きます」
「僕たちが散らかしたのもあるから僕も行くよ」
マルタとランカルは、食器? と疑問に思った様子で3人が中に入って行くのを見ている。
中に入って、壁が透明なままなのを見たファーストとウィルは、入り口を塞ぐように立ち止まった。
リリは2人を振り返って見て、自分の身長では入り口から中が見えていたのだと察した。
ファーストはリリを見る。
「これは片付けなければ、お見せできませんね」
そう言ってファーストは指を1本立てて唇に当てる仕草をする。
リリは音を立てないようにやれ、という意味だと思い頷く。
(〈無詠唱〉〈終了〉)
壁が真っ白に戻る。
ファーストはテーブルに向かって歩きだした。
ウィルは言う。
「リリさん、驚かせたいなら扉閉めておくよ」
「よろしくね」
リリは扉が閉まるのを確認してから、魔法で一気に綺麗にしてしまおうと思ってテーブルを見る。
テーブルの上は既に綺麗になった食器だけが残り、紙ゴミなども無くなっていた。
リリは魔法のような出来事に驚いてファーストに言う。
「魔法かな?」
「魔法も使用いたしましたが、リリ様が仕舞う際に待ち時間がないよう、急がせていただきました」
ファーストは少し自慢げに言った。
リリは笑う。
「さすがファーストだね。じゃあさっさと仕舞っちゃおう」
リリは小さい食器棚を取り出した。
「いや、リリさん。今の話でそれが出てくるのはおかしいよ」
ウィルはこらえきれなかったように言った。
ファーストは、笑いをこらえるように震えながら、さすがリリ様です……と言って下を向く。
リリは食器棚を持ったまま、ウィルを見る。
「さっき食器を片付けるって言ったから、馬車の中にないとおかしくない?」
「空間収納を持ってるのは言わないってことだね」
リリはまた常識の壁にぶつかった気がした。
「……空間収納? アイテムボックスじゃないんだよね?」
ウィルも常識の壁を感じたようで、少し返答に詰まってから答える。
「……アイテムボックスは聞いたことないけど、空間収納っていうのは、リリさんがいつもやってるみたいに何もない空間に物を出し入れできる機能がついた道具のことだよ」
「えーと、それは珍しいの?」
「持ってる人は少ないと思うよ。容量によって値段は変わるけど、一番少ないのでもかなり高いし、紹介がないと買えないからね」
リリは、ふんふんとウィルの話を聞いて言う。
「持ってはいないし、紹介もないから、食器は食器棚にしまう方向で良さそうだね」
リリはそう言って、食器棚を音を立てないようにテーブルの横に置いた。
ファーストは、そのようですねと言って食器を集め始める。
ファーストに全部片付けられると焦って、リリとウィルも参加したので、食器の片付けはすぐに終わった。
「これでマルタさん呼んでも平気だね」
ファーストはそうなりますと頷いている。
ウィルも頷いて言う。
「ギルド長も見てみたいと思ってるんじゃないかな」
「それはちょっと意外だね。呼んでみるよ」
リリは機嫌よくそう言うと扉に向かう。
そんなリリを見て、ファーストとウィルが楽しそうだねと話していた。
リリは扉を開けて声をかける。
「マルタさん、ランカルさん。準備できたから入っていいよ」
「俺もいいのか?」
リリはランカルに笑顔で言う。
「見たいなら入っていいんだよ」
馬車の外にいる空を走る光のメンバーはリリの態度を見て笑っている。
ランカルも何かを察したようにため息をついた。
「ウィルに言われたのか」
「そうだよ、どうする?」
「……見る機会なんてこれからなさそうだからな。見せてくれ」
楽しそうなリリに誘われて、マルタとランカルは馬車の中に入る。
「すごいニャ! 広いニャ!」
「すごいな、これは。……馬車にあの魔法を使っているのか」
マルタは、驚いて手を合わせ、しっぽを振っていた。
ランカルは驚きと同時に、何かを思い出してしまったのか疲れたような声を出した。
リリはマルタの反応が、今までで一番素直に驚いてくれている気がした。
笑って言う。
「ふたりを驚かせられたみたいで良かったよ」
「リリさん、私はペガサスが引く馬車の中なんて、絶対に見れないと思ってましたニャ。だから嬉しいですニャ。ありがとうございますニャ」
リリは、とても喜んでくれたマルタにちょっとだけサービスしてあげたいと思う。
「ちょっとだけ浮かせてみる?」
マルタは目を輝かせて言う。
「いいんですニャ!?」
「ふふっ、いいんだよ。ちょっと外のみんなに離れるように言ってくるね」
リリはそう言うと外にサッと出て、すぐに戻ってきた。
空を走る光の外にいたメンバーと黒の砂もついてきている。
リリ達が戻ると馬車が真上に浮く。
床がガラスのようになっているので、地面からどんどん離れている様子が、中からよく分かった。
ランカルとマルタは、それを感動したように見ている。
空を走る光とキャラリックメルの3人も笑みを浮かべながら、こう見えるんだと見回している。
リリは何度見ても面白いねと思いながら、風景と馬車の中の様子を見渡している。
そして、馬車はビルデンテが一望できるくらいの高さまで登って、止まった。
「すごいニャ。こんなにビルデンテって広かったんだニャ。家はどこかニャ」
「こう見えるんだな」
マルタは視線をさまよわせて自分の家を探している。
ランカルは感心したようにビルデンテを見渡している。
空を走る光も自分達の知っている建物を見つけて、指さしている。
リリを含むキャラリックメルの4人は馬車の中の面々を見て笑っている。
マルタが自分の家を見つけた所で、降りることにした。
馬車が少しずつ降りていく。
マルタがリリに近づいた。
「リリさん、ペガサスが引く馬車に乗ったこと、私の親に自慢してもいいですニャ?」
リリは親にペガサスが引く馬車に乗ったと自慢したらどうなるのかを考えて、からかうように笑顔で言う。
「してもいいけど、信じてもらえないかもしれないよ」
マルタも笑って言う。
「それでもいいですニャ。もし嘘だと思っても、ビルデンテの話はきっと気になって最後まで聞いてくれますニャ」
リリはマルタに笑いかける。
「じゃあもし機会があれば、ご両親の反応も聞かせてね」
「リリさんが聞いてくれるなら、もちろんお話ししますニャ」
馬車が地面に着く。
リリは扉を開けて、どうぞお気をつけてお降りくださいと言った。
ランカルとマルタは笑って外に出る。そしてリリの方を向いて言う。
「リリさん、面白いものが見れた。感謝する」
「リリさん、最高でしたニャ。ありがとうございますニャ」
リリはそれなら良かったと笑顔で言った。
◇
ランカルに見送られ、馬車は借りた豪邸に向かって出発した。
リリは無詠唱で壁を透明にする。
全員がいきなり変わった景色に驚いたように周りを見て、リリを見た。
リリは終わった終わったという態度で、誰の顔を見ることもなくソファーに沈み込んでいる。
予想と違う反応にどっと疲れが出たように息を吐く空を走る光と、何があったのかを考え始めるキャラリックメルの者達という図が完成した。
空を走る光は話そうとして、口が動かなくなったように黙る。
マルタがいる御者の席を見てから、グローが言う。
「ファーストさん、質問してもいいか?」
ファーストは、どうぞと言って空を走る光の方を向く。
「この馬車の防音性能がどれくらいなのか教えてほしい」
ファーストは真面目な顔をして答える。
「安心してください。泣き叫んだとしても誰にも聞こえないことは分かっています」
どこにも安心できる要素がないという言葉を、空を走る光は飲み込んだようだ。
「泣き叫んでもって言葉のあやだよな」
「ファーストさんがこう言うってことは、本当に誰かが叫んで試したってことじゃないかな」
「それだとわざわざ泣いて叫んだことになるわよ」
「本当に泣いて叫ぶような人が運ばれることがあったってことですか……」
「実際はどうなんだ?」
空を走る光がファーストを見る。
ファーストは空を走る光に頷いた。
「皆さんの推察の通りです」
空を走る光は、聞かなければよかったという顔をした。
リリはその様子を見て微かに笑う。
リリの声が聞こえた空を走る光は、ファーストにからかわれたのだと思ったようだ。
どこから嘘なんだという呟きに反応して、リリは言う。
「ファーストは嘘言ってないよ。1人1個ずつ考えが合ってるか確認したら、何を勘違いしたのか分かるんじゃない?」
空を走る光はリリが自然な様子で1人1個までと質問に制限をかけてきたことに笑って、考え始めた。
ルティナが最初に聞く。
「ファーストさん、実際に泣き叫んでも聞こえないことを確認しましたか?」
「はい、確認しました」
グローが続く。
「この馬車で泣き叫ぶような人が運ばれたのか?」
「いいえ、この馬車で運ばれた事実はありません」
グローとルティナが目を合わせて、考えを口に出す。
「この馬車と同じ作りの馬車で泣き叫ぶような人が運ばれていて、その時に確認したってことか?」
「それならわざわざこの馬車で泣いて試す必要はないですよね」
ナリダがファーストに聞く。
「この馬車で泣き叫んだ人はいたの?」
「はい、いました」
完全にそのせいでややこしくなってるじゃない……とナリダが首を振っているのを横目に、ダグが聞いた。
「この馬車は、泣き叫ぶ人が運ばれたって話がある馬車をバラして組み直したじゃなくて、同じ種類の素材で新たに作ったってことでいいんだよな?」
「はい、原材料が同じです」
ダグはホッとした様子だ。
ウィルが答えを考えて聞いた。
「元々、泣き叫ぶような人を運んでも、外に声が漏れることはないって話がある馬車があったんじゃないかな。それと同じ素材で馬車を作った皆さんは、本当に声が漏れないのか試してみようってことになって、元の話のように泣いて、叫んで試したってことで合ってるかな」
ファーストは微笑んだ。
「その通りです」
空を走る光は話がこんがらがっている原因が、キャラリックメルらしいと気の抜けた様子だ。
ファーストは普段通りの顔に戻る。
「ちなみにですが、人が出せないような音量で叫ぶ者もいたので、皆さんも心のままに叫んで大丈夫ですよ」
空を走る光は自分達を何だと思ってるんだという目で、ファーストを見る。
「何で私達が叫ぶのよ」
ファーストはリリがいたずらを仕掛ける時にするような笑みを浮かべた。
「おや、無事に家を借りることに成功したというのに、喜ばないのですか?」
空を走る光は、自分達が考えていた前提が間違っている可能性に気がついた。
「は? いや、そういう理由だったのか!?」
「え? 泣き叫んだってそういうことですか!?」
「喜びで泣いたって最初から言いなさいよ!」
「その考えはなかったね……」
「完全にファーストさんに読まれてたんだな……」
心のままに騒ぎ出した空を走る光を見て、リリは笑っている。
ファースト、アルバート、サラも安心したように笑った。