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21話 家を借りる


「クシェフさん、返してくれると思う?」

「返さないっていう選択肢はないわよ」

「それはそうなんだけど、手放しそうにないよね」


 リリはぐーぐー唸っているクシェフを見た。

 ルエールがリリに聞く。


「僕が取ってきましょうか?」

「それはランカルさんの足音がしたらお願いするよ」

「かしこまりました」


 ルエールはいい笑顔で言った。

 空を走る光はそれはお願いするんだね……という目でリリを見ていた。


 リリはクシェフに一応言っておく。


「クシェフさん、無理やり取られたくなかったら自分で返すんだよ」

「分かってはいるのよ。手が動かないだけで」


 それを分かってないっていうんだよは、誰も言わなかった。


「動かない手ならいらないのでは?」


 全員の視線がルエールに集まる。

 リリは聞く。


「ルエールって、もしかして怒ってる?」

「いえ、怒ってはいません。思った通りに動かない手なら、いらないのではないかと思っただけです」

「なるほど」


 リリはクシェフに聞いてみる。


「いらないの?」

「くっ……」


 クシェフはそこまで言われても本を返したくないようだ。

 空を走る光がクシェフに声をかける。


「伝説級の物を盗んだという話になれば、教会で治してはもらえないですよ」

「腕がなくなったらもう何か発見しても触ることはできないね」

「あんたの所の教授にそれこそ目の前で発見を持ってかれるんじゃないか」

「伝説級の物を盗む人をアカデミーに置いておくかしら」

「アカデミーを首になったら、そもそも新しい物には出会えないもんな」


「わ、分かったわよ」


 クシェフは本当にしぶしぶの様子で、とてもゆっくりした速度で本を差し出した。

 リリはとりあえず手を本の下に入れる。


 クシェフはぐーと長く唸って最後は高周波かなと思うほどの高音を出してやっと手を離した。


 リリがカバンに本をしまうと、同時に部屋の外から足音が聞こえる。


「ギリギリだったね」


 クシェフ以外の全員が頷いた。


 ランカルが扉を開けて入ってくる。

 クシェフは、また機会があったら是非お話を聞かせてねとリリに言うと、入れ替わるように出ていった。

 ランカルはクシェフが本を持っていないことを確認するように見た後、後ろに手を向けて言う。


「お待たせした。皆さん、受付でも自己紹介したと思うがギルド職員のマルタだ」

「よろしくお願いしますニャ」


 マルタは一礼した。

 ランカルがマルタに言う。


「俺が皆さんの名前を登録していくので、マルタには家の貸し出しを行ってもらいたい」

「分かりましたニャ」


 くーがリリに言う。


「私共が登録する者の名前を伝えておきますワン。その間に皆様は家をお選びくださいワン」

「よろしくね」


 くーとその部下という設定になっている者達が、ランカルの元に向かった。


 マルタが先程までクシェフがいた場所に座る。

 リリはマルタに言う。


「よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いしますニャ」


 マルタはリリに笑顔でそう言うと、分厚い紙の束を机の上に置いた。


「さっそくですが、どのような家をお探しですニャ? 条件を教えてくださいニャ」


 リリは少し考えて、空を走る光とファースト、アルバート、サラに聞く。


「120人が泊まれる以外に何かあるかな」

「まずそれができる家が貸し出されてるのかを調べた方が早そうだよ」


 ウィルの言葉に、リリは確かにと頷いて、マルタに言う。


「それでお願いします」

「寝具が120人分揃っているという条件ですニャ? 残っているといいんですニャ……」


 マルタは紙の束をパラパラとめくっていく。

 リリが言う。


「120人分なくてもいいので、120人寝れるくらいとにかく広い家でもいいですよ」

「それならあったと思いますニャ」


 マルタは素早くページを捲ると、3枚の紙を取り出して机の上に置いた。

 右端の1枚を指差す。


「こちらはスノージャイアントの皆さんが援軍として来られる時に使われる家ですニャ。60人程度泊まれるようにできているので、巨人族ではない方でしたら120人は泊まれると思いますニャ」


 リリは文字が読めないので読んでいる風を装っている。

 マルタは2枚目を指さした。


「こちらはスノージャイアントの貴族の方が建てた別荘ですニャ。氾濫の時に兵士や使用人と一緒に滞在するために作られたようなので、120人は泊まれると思いますニャ」


 空を走る光とキャラリックメルの3人は話を聞きながらしっかり読んでいる様子だ。

 マルタは3枚目を指差す。


「こちらはスノージャイアントの冒険者の方が昔建てた豪邸ですニャ。建てた当時に冒険者の方を誰でも歓迎というパーティを開いたそうなので、120人が入れるスペースはあると思いますニャ」


 リリは頷く。


「全部スノージャイアント関係の家なんですね。他に必要そうな物ある?」


 ファーストがすぐに答える。


「ペガサスが入れる厩舎が必要だと思われます」

「厩舎でしたら3つ全てにありますニャ。スノージャイアントの方が使う使役獣は大きいものが多いので、厩舎も大きいですニャ」


 リリは他にはある? と後ろにいる空を走る光の方を向く。

 空を走る光はもう思いつかないと首を振った。


「じゃあ、あと比べるのは家賃とかかな」


 マルタがすぐに答える。


「氾濫の後の祝勝会が終わるまで金貨1枚で借りられますニャ」


 リリは宿屋の2人部屋が7日で、金貨2枚を超えていたのを覚えていたので驚く。


「え、安すぎじゃない……ですか?」


 マルタがリリに優しく言う。


「リリさん、話し方は普段通りにしてもいいんですニャ」


 リリは海外に行けば常識が異なるのが普通だと思うので、自分の常識を正直に言ってもいいものだと思って言う。


「すいません、初対面でそれはちょっと馴れ馴れしく思われないか心配で」

「リリさん、私も正直に言いますニャ」


 マルタは意を決したような雰囲気で言う。


「空を走る光の皆さんには普段の話し方で、私には丁寧に話されると、その、逆ではないですニャ? って気持ちになるんですニャ」

「逆?」

「そんな不思議そうな顔しないでくださいニャ。私はただのギルド職員ですニャ。でも空を走る光の皆さんは、わずか5年で人々の希望と呼ばれるSランクパーティにまで上り詰めたすごい人達なんですニャ。普通逆だと思いませんニャ?」


(つまり、空を走る光に普通に話しかけたかったら、他の人にも普通に話してないと逆に違和感がすごいと)


 リリはマルタに聞く。


「ちなみにどっちかに普段通りに話しかけないといけないとして、ギルド長と空を走る光だったら……?」

「ギルド長ですニャ」


 マルタの即答に、リリは全てを悟ったような顔をして後ろを振り返った。


「みなさんには今後丁寧な感じで話すように心がけます」


 言われた空を走る光は、リリの口調で何かを思い出したのか反応できなかったように一瞬無になってから、困ったような顔をした。

 ウィルが言う。


「リリさん、既に僕たちに普段通りに話してるのはバレてると思うよ」


 ファーストが言う。


「リリ様、ここは逆に全ての人に普段通りに話すようにしてはいかがですか」


 リリは、それが簡単にできたらここまで渋ってないんだよとは思ったが、それこそ言えるわけがないので話を戻すことにした。


「マルタさん、これからは普段通りに話させてもらいます。それでさっきの話に戻るけど、全部金貨1枚で借りられるの?」

「そうなりますニャ。氾濫の間は国から補助金が出ますので、手数料だけになりますニャ」


 リリは、異世界にも補助金とかあるんだなーと細かく考えるのをやめた。


「まあ、高いよりはいいよね。あとは立地かな。どこがいいとかある?」


 空を走る光が言う。


「西側の城壁に近いと氾濫の時に移動は楽だよ」

「飲食店に近いと回りやすいと思います」

「高級店は東側に多いから、そっちに寄せた方がいい」

「酒場の近くにしようぜ」

「冒険者の酒場は西側に多いわよ」


「お前達、観光に来たのか」


 遠くからランカルがツッコミを入れた。

 空を走る光は、笑顔のまま目を逸らした。


 リリはマルタに聞く。


「マルタさん、3つの家の位置は大雑把に言うとどの辺り?」


「3つともビルデンテの西側にありますニャ。一番城壁に近いのは援軍に貸し出される家ですニャ。逆に一番遠いのが貴族の方の別荘ですニャ。残りの豪邸は城壁からの距離が2つの中間くらいになりますニャ」


「城壁から遠すぎると問題ありそうだし、東に寄せたい気持ちもあるしで間をとって豪邸でどう?」

「いいと思います」


 ファーストの言葉とともに残りの全員が頷いている。


「じゃあ豪邸で決定ということで。お願いします」

「分かりましたニャ。では必要な書類を作りますので、ご協力お願いしますニャ」


 マルタは必要事項を確認しながら、ササッと書類を作り上げた。

 リリは最後に金貨1枚を支払う。


「確かに受けとりましたニャ。これで手続きは終わりですニャ。ご協力ありがとうございますニャ」

「こちらこそありがとうございます」


 リリ達がそう言っていると、くーが近づいてくる。


「リリ様、こちらも終わりましたワン」

「お疲れ様ー。登録も終わったなら、豪邸に移動でいいのかな?」


 ランカルがくーの後ろからリリたちの元に近づいてくる。


「今日のところは豪邸で旅の疲れを癒やしてくれ。それから先ほどくーさんには言ったんだが、明日の午後、現状の整理と作戦の共有のための会議があるんだ。空を走る光から1人、キャラリックメルから1人参加してもらいたい」


(空を走る光が言ってたやつかな。これで外の偵察の結果が分かるみたいだから、話は聞いておきたいよね。出たくはないけど)


 リリが考えているとランカルが言う。


「あとリリさん」

「え、な、何?」


 リリが動揺しているのを見て、ランカルは少し困ったような顔で言う。


「先ほどマルタと話していた空を走る光に普通に話しかけるならという話なんだが、既に大勢の冒険者に見られているから徹底してやった方がいい」

「何で……ですか?」


 ランカルは難しい顔をして頭を掻いた。


「俺にも普段どおりにしてくれ。冒険者達から反感を買いたくはないだろう」

「え、丁寧に対応した冒険者の方から反感を買うの? 下手に出てるから下に見てやろうってこと?」

「逆なんだ。自分達の上にいるSランク冒険者に舐めた態度をとりやがって許せない、が一番多い反応だろう」


 リリはどんな気持ちかは分からなかったが、どんな反応なのかはキャラリックメルのほとんど全員がやりそうなので分かる気がした。

 リリはしみじみと言う。


「全員に普段通りに話しかけてる場合は、舐めてない判定だったんだね」

「舐めている舐めていないの話ではないのではないですか」


 リリはファーストを不思議そうに見る。


「おそらく、空を走る光に普段通りに話しかけている時点で、舐めた態度をとりやがっての部分は間違いなく持たれる感想なのだと思います。それに追加して、全員に同じように話しているとなりますと、全員に同じように話しかけられる豪胆な性格であるという点が評価されるということではないでしょうか」

「なるほど」


 納得した様子のリリに、ファーストは少し言いにくそうに言う。


「それともう1つの見方として、強さやランクの違いがよく分かっていない子供のふりをしてはどうかという提案の可能性もあります」


 リリは素早くランカルに視線を向ける。

 ランカルは気まずそうに頷いた。


 リリは覚悟を決めて無邪気に笑うと言う。


「この中だったらランカルさんが一番強そうだよね」


 その場の全員が笑った。

 ランカルが、くくっと含み笑いをして言う。


「絶対に外では言わないでくれ」


 リリは1回は言おうと思った。

 ランカルはリリの顔を見て、なんとなく察したようだ。


「はぁ、まあいいが、トラブルに巻き込まれないようにだけ気をつけるように」


 ランカルが扉の方に歩き出しながら言った。


「裏口に馬車を呼ぶので、ついてきてくれ」


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