20話 鑑定
リリは冒険者ギルドの内装を興味津々の様子で眺めながら、ランカルの後ろをついていった。
「ここがギルド長室だ」
ランカルが扉に手をかける。
ギルド長室の扉はリリの身長の倍以上の高さがあった。
(どこもかしこも大きいね)
リリはそんな感想を持ちながら、ランカルに続いてギルド長室に入った。
ギルド長室はどんな種族の者でも入れるように、全体的に大きく作られた部屋だった。
リリは小人になったような気分で、壁に貼られた地図やすごい高さの本棚などを見ている。
その部屋には先客がいた。
濃い緑色の鱗に囲まれた目で品定めするように全員を眺めた女性は、リリが装備している剣で視線を止めた。
メガネ越しの目が光り、ワニのように長い口を開く。
「あなたが、伝説級の武器を持ってる、リリさんね」
リリは声をかけられて、人がいたことに気がついた。
その人は呼吸を荒くして、ふらふらとした足取りで、リリに近づく。
「ねえ、あなたの剣、私に鑑定させて、もらえる、かしら……?」
言っていること自体は問題ないけど、風貌が怪しすぎるとリリは心の中で引いた。
その怪しい人はなおも近づく。
「怖がらなくて、いいのよ。ただ、見せてもらう、だけ、だから……」
リリは不審者に近づかれている気分で、実際に足を1歩後ろに下げる。
横から金属音がした。
音のした方を見ると、ルエールがいつでも抜けるように剣に手を掛けていた。
ルエールはリリのことを、何も心配いりませんという笑顔で見ている。
一気に心配事ができたリリは、不審者に向かってはっきり言う。
「鑑定するのって剣じゃなくて、本ですよね」
不審者は目をニッコリさせて笑う。
「あら、それは知らなかったわ。あなたが伝説級の武器を持ってるとだけ聞いた所で、あの人は私を置いて出て行ったんだもの」
不審者はそう言ってランカルに視線を向けた。
ランカルは大きくため息をついて、不審者に言う。
「それはクシェフ、あんたが自分で見たいって言っておきながら、早く来なかったのが原因だろ」
クシェフと呼ばれた不審者は、思い出して呆れたような雰囲気で話す。
「私がザーツマールに雇われてあげたのは、遺物級以上の発掘物があったら、必ず、私に見せてくれるって契約があったからよ。それなのに自分が見たいって教授まで言い出すんだから、困ったものよね」
リリは発掘物じゃない、と思ったが絡まれそうなので何も言わないことにした。
ランカルは言う。
「発掘物ではないから、その契約は関係ないだろ」
クシェフは、くわっと口を大きく開いてランカルに詰め寄る。
「何言ってるの! 伝説級のアイテムが新たに見つかる可能性なんてないに等しいのに! 見られるチャンスをふいにするなんて! ありえないことだわ!」
ランカルはクシェフの勢いに耳を後方に向けた。
「分かったから、大声を出すな。あんたがそう思ったなら、教授も含めて全員が同じことを考えてたんだろ」
クシェフは腕を組んで、声のトーンを落とす。
「そうよ。だから全員黙らせるのに時間がかかったの」
クシェフは勝ち誇った笑みを浮かべた。
「もう、誰にも文句は言われないわ」
ルエールが言う。
「リリ様、人を変えてもらってはどうでしょうか」
クシェフは信じられないという顔をしてルエールを見た。
クシェフ以外の全員が、笑いをこらえるように震え出す。
「な、なんてこと言うの。そんなことしたら……」
クシェフは、若干笑っているリリの目を、じっと見て言う。
「次に来るのは、ランカルくらい背が高くて、厳つくて、リリさんのことを小さい子扱いしてくる男の人よ。そしてこう言うの」
クシェフは極端な猫撫で声で話す。
「リリちゃん、怖くないでしゅからねぇ。ただ、見せてもらう、だけですからぁ」
リリはドン引いた。まさに、うわぁ……という声が聞こえそうな顔で、背が同じくらいだというランカルを見る。
ランカルは俺を例えに出すな! とクシェフに怒鳴ったが、クシェフはチラリとも見ず必死に続けた。
「それでもいいの!?」
リリは少し考えて、引き気味に言う。
「というか言ってる内容は、あなたが最初に私に言ったことと同じじゃない?」
「そうよ。あなたの伝説級の武器を鑑定したいと思う人は、全員こうよ!」
リリは聞きたくなかったという顔をした。
クシェフは興奮した様子で続ける。
「だから、あき――」
 
ランカルがクシェフの頭に手を置いて、無理やり頭を下げさせる。
痛たたたっ、とクシェフが頭に手をやっているのを横目に、ランカルは言った。
「リリさん、大変申し訳ないが、クシェフで妥協していただけないだろうか。暴走している所を見ると残念な奴にしか見えないだろうが、クシェフは冒険家として有名で、ザーツマールのアカデミーにスカウトされる程、能力自体は優秀なんだ。それに……」
ランカルは、こんなこと言いたくないと思っているということがよく分かる声で言う。
 
「先程の対応を全員がやるなら、クシェフが1番マシだ」
全員があの対応をすることは否定できないのだと悟ったリリは、おとなしく頷いた。
ランカルに椅子に座るように案内され、リリとファーストは椅子に座る。
大きな机を挟んで、反対側にはクシェフが座った。
クシェフは期待するようにリリを見つめている。
リリはさっさと終わらせようと、肩掛けカバンを開けて、本を取り出した。
初めて本を見たランカルとクシェフは、正反対の反応をする。
ランカルが理解できない物を見てしまったように固まってしまったのに対し、クシェフはテンション高く叫び出した。
「見ただけで普通のアイテムじゃないと分かる作り! 最高だわ!!」
クシェフはじっくり舐め回すように見ながら、早口で続ける。
「この模様はフィゼッテ王朝のものに近いわね。でもこっちはトカヤナラかしら。え、これはキオットじゃないの!? いえ、落ち着くのよクシェフ。時代がここまで飛んでるってことは、この時期に……。でもキオットには火山はないし、そうなると――」
クシェフが自分の世界に入り込んだのを見て、リリは楽しそうだから良いかなと、昨日作ったという事実は言わないことにする。
クシェフの声で正気に戻されたランカルは、机の端に立ってクシェフに声をかける。
「クシェフ。そろそろ戻ってきて、鑑定をしてくれ」
クシェフは悔しそうに唸ってから、頷く。
「ぐー。分かったわ。じゃあリリさん、そちらの本貸してもらえるかしら?」
クシェフは両手を差し出した。
リリは唸り声は翻訳されないんだねと思う。
リリの後ろから、ウィルが言った。
「その本、リリさん以外は火傷するから持たない方がいいよ」
リリはそんなこと言ってないよと思ったが、否定してもいないと思い出したので、笑わないように黙る。
クシェフはウィルを勢いよく見た。
「それは、あなたが実際に持ってみて、火傷したということかしら?」
「いや、実際に持ってはいないよ」
クシェフは残念そうに首を振った。
 
「なら、記録として使えないわ。特定の人達しか持てないと伝わっている物でも、誰が持てて誰が持てないのか、実際に持ってみるまで分からなかったという話は意外に多いのよ」
全員、そうなんだと初めて知った時の雰囲気で話を聞いていた。
クシェフは本を魅了されたように見て、元気よく続ける。
「それに、伝説級の物を触れる機会なんて一生に一度も訪れない方が普通よ! 火傷するだけで触れるんだったら、私は火傷する道を選ぶわ」
真面目に聞くのは間違いだったと呆れたように、全員がクシェフを見る。
同時にリリはここまで突き抜けられるのは、もう才能だよと感心した。
クシェフはリリに向かってまた両手を差し出す。
「だからお願いリリさん、貸してください」
「いいよ」
リリは笑って本を差し出す。
クシェフは満面の笑みになった。
ランカルと空を走る光は、リリとクシェフを諦めたように見ている。
クシェフが手を本の下に潜り込ませてきたので、リリは手を離す。
燃えている本がクシェフの手の上に落ちる。
クシェフは燃えている本を手に持って不思議そうに言う。
「あら? 熱くないわね」
ウィルがリリの後ろから聞く。
「リリさん、熱いんじゃなかったの?」
リリは振り返って笑顔で言う。
「熱いなんて一言も言ってないよ?」
空を走る光は笑顔のリリを見て、引っ掛けられたと感じたようだ。
先に言いなさいよ、確認しなかった俺達も悪いけどな、などつぶやいている。
クシェフがリリに聞く。
「誰が持っても大丈夫ということかしら?」
「そうだね。持つだけなら大丈夫だよ」
ランカルと空を走る光は無駄に心配したとため息を吐いた。
クシェフは本を見てつぶやき始める。
「なら、この見た目は何の意味があるのかしら? 触られないように? 勇敢さを試す? いえ、もっと別の……」
「クシェフ、考察は後にして鑑定を頼む」
クシェフは、そうねと少し名残惜しそうに本を見てから〈鑑定〉を使った。
クシェフは自分にしか見えない何かを読んで、目を細める。
リリはクシェフが説明文を読んでどう反応するのか、緊張と楽しみが半々な気持ちで眺めている。
この世界の一般的な国宝の説明文はさすがに分からなかったので、ゲームの最上位と名のつくもののフレーバーテキストを参考に書いた文章が書かれているのだ。
クシェフはまたもやボルテージが上がってきたようで、唸って駄々をこねるように言う。
「ぐー! がー! 伝説級ってことは分かるのよ! それに名前も説明のような物だって見えるのに! そんな気はしてたけど、信じたくないわ!」
クシェフがまた近くで大声を出したので、ランカルは耳を背けた。
「クシェフ、悔しいのは分かったから落ち着け。それで、何が分かったのか教えてくれ」
 
クシェフはランカルがいることに気がついてため息をついた。
「この本は伝説級で間違いないわ。名前は、灰色の線を引いたもの。それで説明の所にはこう書いてあったわ」
クシェフは一拍置いて言う。
「この本を読めた者は理解するだろう。世界の終わりがどんな姿をしているか」
ランカルは少し考えた様子で言う。
「何というか、伝説級の物らしい説明だな」
クシェフも頷く。
「そうね。どんな魔法がかかっているのかという説明を、一切する気のない辺りが共通点よ」
ランカルは、濁して言った意味がないだろと視線をクシェフに向けている。
リリはこの世界もそんな感じなんだね、とちょっと安心した。
クシェフは説明を続ける。
「あと書いてあったのは、キャラリックメルの使い手だけが使えるということと、風の加護がついているということだけよ」
クシェフは言われる前に言ってやるという勢いで言う。
「どんな魔法が込められているのか、何ができるかについては全く分からなかったわ! 私が分からないんだから、この国にこの本を鑑定できる人はいないわよ!」
ランカルも怒鳴り返す。
「分かったから声を落とせ! それで、風の加護というのはなんなんだ」
「それは色々な話があるわ。精霊様が武器を作った時点で加護を与えたとか、風の精霊に気に入られてかけられたとか、気がついたらついてたなんて話もあるのよ。それに風の加護にも種類がたくさんあって、魔法が勝手に当たるようになるとか、魔法の速さが上がるとか、魔法を発現させたあとに動かせるようになるとかね。ただ、鑑定だけだとどんな加護が与えられているのか分からないのが普通ね」
クシェフはうっとりした様子で本を見る。
「1つだけ確かなのは、人智を超えた存在が関わってるってことだけよ。伝説級に相応しい伝承がきっとこの本にもあるのね」
ランカルと空を走る光は考え込んでいるようだ。
リリはトレニア、人智超えちゃったね、と加護をかけた時のことを思い出している。
ランカルはウィルを見る。
「この本は保険ということか」
ウィルもランカルを真っ直ぐ見て言う。
「使わずに終われるならそれが一番だよ」
「……その通りだな」
ランカルは惜しい物を見るような視線を本に向けた。
クシェフは使わないと聞いて残念そうにしている。
「リリさん、この本に込められている魔法について教えてもらえるか」
「伝承も教えてください」
ちゃっかり言うクシェフを見て、ランカルはため息をついた。
リリはブレない姿勢はいいけど伝承ないよ、と考えながら空を走る光にした説明をする。
「使える魔法は炎で壁を作る魔法だよ。効果範囲は4……えーと、2000レール以上で、効果時間は……ファースト6数えてもらえる?」
ファーストは頷く。
「1、2、3、4、5、6」
ファーストが6秒正確に数え終わったあと、リリはランカルに言う。
「効果時間はこれくらいだよ」
ランカルは頭に手を当てている。
「ちょっと待ってくれ、冗談ではないんだろうが。……ありえるのか?」
「僕たちも最初聞いた時は驚いたよ」
空を走る光は気持ちは分かるというように頷いている。
ランカルは空を走る光が信じているのを見て、悩み始めた。
クシェフはランカルに視線をやってから、リリのことをじっと見る。
「リリさん、今のうちに伝承を教えてください」
リリはどうしようかなと考えてふと思う。
(クシェフさんってアピデヘタエプについて知ってたりしないかな。いやー、でも邪神扱いされてたらキャラリックメルが邪教徒の巣窟になっちゃうし、それは避けたいよね)
リリは遠回しに聞いてみる。
「クシェフさんは、万物の根源って知ってる?」
クシェフはええ、もちろんと頷いて言う。
「魔素のことよね」
リリは間違ってはいないと思ったので、肯定も否定もしないことにした。
指を1本立てて今までの流れを思い出しながら、ゆっくり話す。
「ある時、多くの人が乗り越えられないって思うような規模の氾濫が起きるって、分かったことがあってね」
リリは伝説っぽく主語を大きくすることにする。
「その時、人は万物の根源にお願いしたんだよ。魔物から人を守るために力を貸してくださいって」
空を走る光は反応を封じられたように感情の読めない目をして、リリの話を聴いている。
キャラリックメルの者達は、そんな話だったなーという顔をして話を聴いている。
「それで、そのお願いをした2日後に現れたのがその本だよ」
リリがここで終わったように黙ったので、クシェフは聞いた。
「続きとしてこの本の活躍が語られているのではないの?」
リリが続きとかないよと焦って黙ったので、ファーストが言った。
「この本はキャラリックメルの歴史と共にあります。そして活躍というのは歴史に残る出来事ということになります。お話しできるようなことはありません」
リリは物は言いようだねと思った。
クシェフは引き下がりたくないようだ。
「なら、今言っていた所をもっと詳しく教えてもらうのはいいでしょ」
ファーストはクシェフのことを見て、真剣な様子で質問する。
「あなたは、万物の根源に人がお願いして本が現れた、をどう解釈しましたか」
「どうって、普通は大儀式を行なって精霊様にお願いする所を、魔素にお願いしてるのよね。人が作ったの!? そんなはず……」
ファーストはキッパリ言う。
「解釈が違うようなので、これ以上お話しすることはありません」
そんな、と言ってなおも食い下がろうとするクシェフを、ランカルはやめておけと言って止める。
クシェフはぐーぐー唸りながらランカルを見て本を見てを繰り返して、鎮火したように黙った。
ランカルはリリを見た。
「リリさん、クシェフに付き合っていただき感謝する。リリさんがその本の使用者だという話は、広がらないように対応することになったので、安心してビルデンテで過ごしてほしい」
リリは頷いた。
ランカルはウィルに聞く。
「ゴーレムについての話に戻るのだが、キャラリックメルからビルデンテまでどの程度かかるんだ?」
ウィルはくーを見る。
くーは視線を受けて頷き、ランカルに言う。
「キャラリックメルの場所をお伝えすることはできないので、かかる時間はお教えできないですワン」
ランカルは、くーがあまりにも真っ直ぐ見て言ってきたので、一瞬言葉に詰まった様子だ。
「……そうか、協力してもらえるだけありがたいな」
「僕たちも協力してもらえるのは奇跡だと思ってるよ」
ランカルは空を走る光の苦労を想像したのか、気合を入れ直すように目をつむった後、くーを見て言う。
「では、いつ頃到着する予定かな」
「明日の午前中に南の検問所に到着の予定ですワン」
ランカルは頷いた。
「それまでに受け入れの準備を進めておこう。滞在中の宿は決まっているのか?」
ウィルが答える。
「家を借りるつもりだよ」
「分かった。では登録と家の貸し出しを行える者を呼んでくる」
ランカルはクシェフを見る。
「クシェフ、俺が戻るまでにその本はリリさんに返しておけよ」
クシェフがぐー、ぐー唸り始めた。
リリはギリギリまで帰って来ないだろうなーと思った。




