18話 屋台に並ぶ
本を肩掛け鞄にしまって、リリは扉の外に足を踏み出す。
石畳の広場は馬車の中にいるときには聞こえなかった、人の声で溢れていた。
空を走る光が先に出て辺りを見回しているのを見て大きくなった雑踏の声は、リリが出てきてさらに大きくなり、ファースト、アルバート、サラが出てきて最高潮に達した。
リリは周りを見渡す。
ザンネルの王族か、あの髪綺麗だね、王族の人が何でこんな場所に、あの馬車にどうやって入ってたんだ、などといった声が聞こえてきた。
(王族って所はある意味合ってるんだよね。まあ、アルバートとサラはグルークの町でも最初お偉いさんと思われてたし、そう思わせる気配とか出てるってことだろうね。ファーストはよく分かんないけど)
リリはとりあえずそういうものだと納得して、屋台に意識を向ける。
お昼時だからなのか、人が並んでいる屋台しかない。
「二手に分かれて買いに行ってもいいのかな?」
「僕たちが分かれるよ。どっちに行きたい?」
リリは紹介を思い出して言う。
「ザイロコかな。味が選べるんだっけ?」
「そうだね。確かあそこは3種類だったよ」
「3種類なら全部食べてみたいね。リッケの方は選ぶ必要ないなら1人1個あればいいのかな? 小さいんだよね?」
「小さめだから、僕たちはちょっと小腹が空いた時とかに食べてるよ」
リリは怪しむ。
「みんなの小腹は信用できない……」
「そうですね、私が行ってきましょうか?」
「頼んだよ」
「お任せください」
ファーストとダグとルティナが、リッケの屋台に向かった。
リリ達はザイロコの屋台に近づく。
遠くから見ると普通の大きさに見えた屋台は、近づくとリリの予想を遥かに上回る大きさになった。
巨大な屋台に巨大な客が立ち並んで、先頭の客が両手で大きな紙に包まれた大きな肉を受け取っている。
「肉は大きそうなのに、持ってる人も大きいから普通の大きさに見えるよ……」
アルバートとサラも頷いている。
リリは1つが限界かもと思った。列に並んでから聞く。
「みんなは何を何個にする?」
空を走る光は相談してから言う。
「僕達は塩4つに、少し辛いやつ2つ、タレ4つかな」
「その3つなんだね。ふたりはどうする? リッケもあるし3種類1つずつ買って4人で分ける? それとも分けないでもっと食べたい?」
「サラに合わせたいと思います」「3種類1つずつの方が嬉しいです」
リリは頷いて計算する。
「じゃあそうしよう。それ足す10人分……いや、ペガサス達にも後で食べさせたいから18人分……31個?」
空を走る光が、持っていけるか……? と顔を見合わせているので、ジェスチャーで呼ぼうと思ってリリは言った。
「呼べるか分かんないけど2人くらい呼んでみようか?」
「コールの魔法だね」
「……そうだね。ちょっと考えるから待って欲しいというか、そろそろこの件についてはみんなに聞いた方がいい気がする」
リリは魔法の詠唱とは一体どんな内容を言うのが正解なのかそろそろ聞いた方がいいと思った。
ウィルが言う。
「何を考えるのかは分からないけど、すぐ順番が来るよ」
「え、早くない?」
リリが見てみると列は順調にはけているようで、10人近くいた人はあと3人だ。
まずいと思ったリリはやけになって、小声で詠唱する。
「えーと、電話よ繋がれ、〈通話〉しろ、コール」
リリはチラッと周りを見る。
空を走る光がリリが詠唱している所を見て、目を合わせていた。
並んでいる人達は空を走る光や、アルバート、サラが気になるようでたまに視線を向けている。
リリは電話以外で何かあったら後で教えてもらえるといいなと思いながら、小声のまま話す。
「もしもし、くー、聞こえる?」
『聞こえますワン、リリ様』
くーも小さめな声で返事をした。
小声同士で話す。
「今、屋台でお昼ご飯買ってるんだけど、大きいし、多すぎて持ち切れなさそうだから、2人くらい追加で来てもらえないかな」
『分かりましたワン。大きい荷物が持てる2人をリリ様がおられる屋台に送りますワン』
「よろしくね」
リリは通話を切った。
「リリさん、次だよ」
リリは慌てて鞄から財布代わりの袋を取り出す。
前の人がザイロコを受け取っている。
「次の方どうぞー!」
屋台の中から威勢よく声をかけられた。
リリは急いで前に進む。
屋台のカウンターの前に立つと、リリの顔だけがカウンターの上に出た。
(カウンターの感じが、完全に子供の頃を思い出す高さだね)
リリは店員を見ようと顔を上げた。
中にいる角が1本生えた店員は全員を見ていらっしゃいませと言った後、リリのことを見て、笑顔になって少し体勢を低くして話し出す。
「お嬢さん、ご注文は何ですか?」
リリは気にしないようにして言う。
「塩を11個、少し辛いやつを9個、タレを11個、お願いします」
店員は量に驚いた様子の後、空を走る光とアルバートとサラの方をチラチラと見ながら言う。
「……塩を11個、少し辛いやつを9個、タレを11個でよろしいですね?」
ウィルが間違ってないというように首を振った。
店員は承りましたと言ってから、後ろを向いて注文を伝えている。
屋台の後ろでは注文を受けて、味付けの済んでいる肉に魔法を使ってすぐに火を通し、紙に包んでいた。
(火よ通れのスキルだけならそんなに時間かからないし、あんなに早く列が消えていったのはこういうことだったんだね)
リリが納得して見ていると、カウンターにいる店員が言う。
「全部で銀貨31枚になります」
リリは銀貨10枚の束を3本と1枚、袋から取り出して渡した。
店員が丁度いただきましたと受け取ると、後ろからザイロコが運ばれてくる。
熱いから気をつけてくださいと優しく言う店員から、リリはザイロコを受け取った。
(匂いは美味しそうだね。焼き鳥……と言うには大きすぎるけど)
店員が手で持っていたザイロコは、リリが腕で抱えるようにして持った瞬間に倍の大きさになったようにすら見えた。
(これは持てても3つくらいだよ)
リリがそう思っているとザイロコが次々と運ばれてくる。
丁度その時、馬車からの増援2人も到着した。増援の2人は、商売繁盛の縁起物のような狐と狸の獣人の見た目をしている。
2人は、ザンネル王国の王族の物だと思われていた馬車から出てきたので、人じゃないとざわめく声が聞こえる中歩いてきたようだ。
リリは近づいてきた2人と目を合わせようと、思いっきり顔を上に向ける。
「ふたりもこう見ると大きいね。まあそれは置いといて、このザイロコ馬車に運ぶの手伝ってもらおうと思って呼んだんだけどいいかな?」
「「お任せください」」
2人はザイロコを受け取ろうと屋台に近づく。リリが6個くらい手で持てそうだねと思って見ていると、紐を使ってザイロコをまとめて持てるようにしていった。
(紐……いや、その方がたくさん持てるもんね)
リリは何も言わないことにする。
まとめ終わった物をアルバートとサラが1個ずつ受け取って、残りを2人がそのまま持った。
屋台からありがとうございましたと声が聞こえたので、全員がありがとうを返してから歩き出す。
リリは手に持ったザイロコを見ながら言う。
「食べる人数が多いと、買い出しの人数が足りないなんてことになるんだね」
「うん、僕たちも驚いたよ」
空を走る光はペガサスの方を見て、頷いていた。
リリはリッケ買えたかなと、ファーストのいる屋台の方を見てみる。
ファースト達は今まさに買っている最中のようで、ダグとファーストが注文している後ろで、ルティナがじっとリリ達の方を見ていた。リリとルティナの目が合う。
リリでも今回は何が言いたいのか、分かった気がした。
「ねえ、みんな、ルティナから人手が足りないって応援要請が届いたよ」
◇
リッケも無事に買い終わり、馬車に戻る。
ペガサス達に後であげるねと言い、応援できてくれた2人にありがとうを伝えて分かれ、馬車の中に戻る。
リリが取り分ける用の食器を取り出し、それに合わせて全員がザイロコとリッケを配膳して食事の準備は終わった。
リリはリッケを見て言う。
「今までの町で見た料理に比べたら小さいけど、普通に大きいハンバーガーくらいあるよ」
「私もそう思いましたので1人1個にしましたが、ザイロコと合わせるとキャラリックメルでは見ない量になりましたね」
ファーストの言葉に同じ料理を囲っている3人が頷く。
リリは空を走る光の方を見てみた。
1人でザイロコを2個、リッケも2個食べる予定のようで、テーブルにぎっしりと置いていっている。
やっぱりすごい量だと思ったリリは言う。
「いつもすごい量だとは思ってたけど、こうまとめて見るとすごさが分かりやすいよ。よく入るね」
ナリダは諦めたように言う。
「私も、冒険者になりたての頃は上のランクの冒険者を見てそう思ってたわよ」
「そう聞くと、冒険者として成長して食べる量が増えたみたいだね」
グローとダグが頷いた。
「強くなって、ランクが上がっていくと食べる量も増えるとは言われてる」
「Bランクになった辺りから、いくら食べても腹一杯にならない感じがしてたな」
リリは恐ろしい事実に気がついてしまった、という雰囲気で聞く。
「いつもお腹いっぱいって言って帰ってたけど、実はまだ食べれたの?」
ウィルとルティナが今日一番の熱意を感じさせる声で答える。
「絶対に嘘は言ってないよ。リリさんの家の食事はちゃんとお腹に溜まってる感じがするからね」
「むしろあんなに美味しい食事、食べられるならもっと食べたいです。今までの食事ならもっと入るのにって思いながらいつも限界がきてます」
空を走る光はルティナの言葉に対して、同意するように盛り上がり始めた。
リリはあれだけ食べてまだ足りないということはなかったようで、安心した。同時に空を走る光の今までの食事事情が気になったが、今その話を聞き始めると、熱々の料理が冷めそうなのでやめておくことにする。
「まあ、みんなの食べたいのに食べられないは今後いくらでも聞けることが分かったし、そんなことよりお昼だよ」
空を走る光は喜びと絶望が入り混じった表情でリリを見た。
キャラリックメルの3人は笑っている。
リリは周りの反応はスルーして、気合を入れて言う。
「よし、じゃあみんなで全部食べ切ることを目標にして、食べることにしよう。いただきます」
キャラリックメルの3人も手を合わせていただきますと言って、空を走る光は手を合わせて祈った様子の後食べ始める。
リリは美味しそうな匂いのするリッケを手に取った。一口食べる。
(あ、これは好きな味。というか美味しいって思えるね。正直外のご飯楽しめないんじゃないかと心配だったけど、大丈夫そうで良かったー。それにこれは食べたことある味に近い気がする)
リリはパンに挟まれた肉を、笑顔で眺めて言う。
「思ってたよりパンがもっちりだね。肉まん……いや、餃子かな?」
同じくリッケを食べてみたサラが頷いた。
「その通りですね。見た目はハンバーガーに近いですが、食感は肉まん、味は餃子が近い気がいたします」
「見た目と違いすぎて、違和感がすごいけどね」
サラも不思議ですねと笑っている。
次はと、リリはザイロコを自分の皿に3種類切り取った。
塩のものを食べて笑顔で言う。
「皮はパリパリだし、塩味もいい感じだね」
「そうですね。焼き加減も味付けもなかなかだと思います」
アルバートも同じ塩のザイロコを食べてから言った。
アルバートの言葉に頷きながら、リリは黄色い粉がまぶしてある物を食べる。
「少し辛いやつは食べれるくらいで良かったよ。これくらいなら大丈夫だね」
ファーストは、冷たいお茶を自分のコップに注ぎながら言う。
「私もそう思います。それに辛さは見た目とは違い、唐辛子の辛さに似ている気がして面白いですね。リリ様も足しますか?」
リリはお願いしますと言って、コップをファーストの方に置いた。
ファーストがお茶を注いでいる間に、リリはタレのかかったザイロコを食べる。
「タレは思ってたより甘めだね。はちみつかな?」
「どうぞ。グルークの町の話になりますが、砂糖よりもはちみつの方が手に入りやすいようでした。その可能性は高そうです」
「ありがとう。そうなると甘いものって、砂糖の代わりにはちみつ使ったアイスとかクッキーとかできそうだね」
「キャラリックメルにはありませんが、リリ様が言うのであれば作れるのでしょう」
「うちには、はちみつかけて食べるやつしかなかったね」
リリはアイスとクッキー何味作ったっけと思い出している。
空を走る光は今まで食べたキャラリックメルの物で、クッキーと呼ばれている物を思い出したようだ。
ルティナが言う。
「リリさん、たぶんですけど、ビルデンテで食べられますよ」
リリはルティナの方を見る。
「アイスとクッキーあるの?」
「アイスの方は分かりませんが、クッキーは焼き菓子ですよね? 似たようなやつなら店で食べられたと思います」
「それはすごい気になるね。美味しかった?」
「リリさんの口に合うかは分かりませんが、私たちは美味しかったです」
「みんなが美味しかったなら大丈夫でしょ。これも美味しかったし、今度連れて行ってね」
そう言ってリリは楽しそうにリッケを食べていく。
空を走る光はそんなリリを不思議そうな目で見ていた。
ウィルが聞く。
「リリさん、リッケ気に入ったの?」
「そうだね、この味は結構好きだよ」
空を走る光はよく分からないような表情をして、顔を見合わせた。
リリは今の返事の何が分からなかったのか、分からなかったので聞く。
「私がリッケ好きだとおかしいの?」
空を走る光は悩むような様子だ。
「うーん、好みだからおかしくはないような気もするけど」
「おかしいといえばおかしいよな」
「あんなに美味しいもの毎日食べてるんだから、こういうのは美味しくないって思うもんじゃないのか」
リリはさっき考えていたことだったので、納得しかけたが、それを言ったら空を走る光は最近ずっとキャラリックメルの食事を食べているので同じことが起きているのではないかと思った。
「みんなも最近うちの料理毎日食べてるけど、これ今食べると美味しくないの?」
リリの質問に空を走る光は、そんなことはないと首を振った。
「私達はこっちが普通だったから、いつもの味ね、と思うだけよ」
「もし、リリさんの家の料理以外が美味しくないなんて感じるようになったら、遠征なんてできなくなりますね……」
空を走る光はルティナの方を見て、なんて怖いこと言うのよ、それはやばい、たまに違う所で食べた方が良いのかな、それはそれで耐えられない気がするな、と騒ぎ始めた。
リリは空を走る光が今まで食べてきた物もいつも通り美味しく感じられるという話を聞いて、考え込んでいる様子だ。
リリは魔力量の多さで料理が美味しくなるという話を聞いてからずっと、キャラリックメルの料理しか美味しいと感じられないようになっていないかと、心配していたのだ。
だから、初めてピーちゃん越しではない外での食事をして、美味しいと感じられて少し安心している。
そしてリリは、空を走る光が今までの味も美味しく感じられると聞いて、魔力がない食事が普通だった自分ならこの世界の料理はだいたい楽しめるんじゃないかなとちょっと希望を持った。
それと同時に思う。
(普通に元の世界の食事もこれくらい美味しいものたくさんあったし、もっと美味しいのもあったよ? 魔力の量で美味しくなるって話は本当だから、魔力で美味しさがかさ増しされただけじゃ最高の美味しさなんて言えないよね)
リリは気合を入れるように頷いた。
ファーストが聞く。
「どうされましたか」
「いや、私ってすごい料理上手になったような気がしてたけど、まだまだ素人だったから、さらに上を目指せるなって思っただけだよ」
馬車の中に激震が走る。
「素人ってあれ以上美味くしてどうするんだ!?」「私たちがリリさんの料理しか食べられないようにしたかったんですか!?」「リリ様が素人……」「もう僕たちには分からない世界だよ」「さすがリリ様です……」「いったいどこからそういう話になったのよ」「カーヘルには言わない方が良いかもしれませんね……」「俺達は何を食わされてたんだろうな」
全員が一斉に話しているので、リリは聞き取りきれなかったが、笑って言う。
「まあ、美味しいものを知らないと、美味しいものは作れないし、今はインプット期間ってことで色々食べて回ろう」
そう言ってリリは、リッケから食べ始めた。