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17話 楽しいこと

 馬車が動き出してしばらく経った頃、リリは壁をまた透明に戻す。


 すると目の前に、ビルデンテの玄関口の様子が広がった。

 獣の耳や尻尾が生えた人が、たくさんいる。

 二足歩行の獣そのもの、といった見た目をした人もいた。

 大きな体を持った人もいれば、小さい人もいる。

 翼で空を飛んでいる人もいるようだ。

 頭からツノが生えていたり、耳が尖っているなど体の一部分だけ人と違うような人もいる。


 そんな人々から見ても、ペガサスが引く馬車は珍しい物だったようだ。

 馬車を見つけると一様に、唖然とした表情で立ち尽くす。

 そんな様子を見て、リリは楽しそうに言った。


「本当にいろんな種族が一緒に暮らしてるんだね。見てるだけで楽しそうだよ。すごい逆に見られてるけど」

「この国の人々から見れば、ペガサスの方が珍しく見えるのかもしれませんね」

「ペガサスは王族が飼ってるんだよね。首都なんだし、ペガサスがたまに通っててもよさそうな気もするけど」


 キャラリックメルの面々も、確かにそうですねという様子で周りを見ている。

 空を走る光は目を合わせて、誰も言わないようなので、ウィルが言う。


「……リリさん。ペガサスはたぶん飛んで城にそのまま行くから、こんなところ歩いたりしないよ」

「なるほど、ペガサス飼ってたら城に直接乗り込めちゃうんだね」


 リリはそういうことだったんだねと、馬車の周りを眺めている。


「警備、見直した方がいい気がしてきた」

「そうそうないけどな」


 そのあと馬車の中では、リリの返しに確かにそうだと思ってしまったらしい空を走る光が、警備について話し合っていた。



 検問所からだいぶ離れたあたりで、ファーストが聞く。


「リリ様、行き先はこのまま冒険者ギルドでよろしいですか?」

「ファースト、今何時くらい?」

「もう少しで12時です」

「なら行く場所は決まってるでしょ。私はこれをしてくれたら、ついでに氾濫に協力するって話で来たんだよ」


 リリは楽しそうに言った。

 ファーストも微笑む。


「そうでしたね。リリ様が氾濫に協力するのはこれのついでです」


 リリは空を走る光の方を見る。


「というわけでみんな、お昼ご飯が食べられるような所に行きたいんだけど案内してもらえる?」


 空を走る光はそれでいいのリリさん……という目をしていた。

 ナリダとルティナが言う。


「本気なのね……」

「観光案内なんかでやってもらえる内容じゃないですよ……」


 リリとファーストは楽しそうに急かす。


「ほら、急いで案内してくれないと、行き先がキャラリックメルになるよ」

「その場合、皆さん途中の環境に耐えられませんから、全滅ですね」

「いや、そういうつもりで言ったんじゃないよ?」

「おや、そうでしたか」


 空を走る光は目を合わせて、笑ってため息をついた。

 ウィルが立ち上がって言う。


「案内するよ。全滅は避けたいからね」


 ウィルがペガサスに進行方向を伝える形で進んでいくと、屋台が立ち並んでいる広場のような場所に出る。

 その中の、ある1つの屋台を見た瞬間、ウィルはリリに向かって話し始めた。


「リリさん、あそこの青い屋根の屋台が見えるかな。あそこではビルデンテの名物、ザイロコが売ってるよ。ザイロコはね、皮付きのスウープの肉に味付けをして焼く料理なんだけど、嚙みごたえがあって、味も選べて美味しかったよ。それにグルークの町では食べられないからおすすめだよ」


 ウィルは言い終わった瞬間、自分の口に手を当てて、口が勝手にと驚いた様子だ。

 それを見た空を走る光の全員が、命令の内容を思い出して、こうなるのかと戦々恐々としている。


 リリは笑顔で言った。


「教えてくれてありがとう。これからもじゃんじゃんよろしくね」


 ウィルは楽しそうなリリを見て、言いづらそうに言う。


「……リリさん、ちょっとタイミングを選べるようにしてもらえないかな。見た時点で勝手に話し出すだと、緊急事態の時でものんきに説明し始めることになりそうだよ」

「確かに氾濫の直前とかだと困るね。とりあえず、すぐに言わなくていいことにはしよう」


 リリはこれだけだと、何も教えない、ができるようになると思った。だからリリはこの目標を決めた時の気持ちを思い出して、足して言う。


「でも、言うまで言いたくて仕方がなくなるって命令に変えるよ。それに緊急事態の時と私達がそばにいない時は、後から言いたくなるようにしよう。そういえば支配って、気持ちまで操れるのかな?」


 どうしても言わせたいのだと全員が思った。


「うん、もうそれでいいよ」


 ウィルは諦めたように言った。

 ファーストがリリの疑問に答える。


「リリ様、気持ちの方はやってみなければ分かりません。ですが、見た目としては問題なく操れると思います」

「なら、ファースト試していい? 楽しくなるよ、で」


 ファーストは頷く。


「構いません」

「ありがとう、じゃあ言うね。『ファーストは楽しい気持ちになるよ』」


 ファーストは笑う。


「ふふ、リリ様、これはこれは。空を走る光の皆さんも、きっと言いたくなりますよ」

「それは楽しいってことでいいのかな? まあ、言いたくなるならいいんだよね。とりあえず命令の効果はなくしとくね。『ファースト、さっきの命令はなしだよ』」


 ファーストは笑顔のままだ。


「リリ様に命令していただけると、楽しいですね」

「効果切れても楽しいんだね。でもこれなら言いたくなるって命令もできそうだし、ちょっと文章考えるよ」


 そう言ってリリは紙とペンを取り出して書き出す。

 リリとファーストの会話を聞いて、気合を入れていた様子の空を走る光は、リリが文章に時間をかけ始めた辺りで、リリのいるソファーの後ろから紙を覗き込む。そして読めない文字で書かれている文章が、5行を超えた辺りで話し出した。


「さっきの内容でなんでそんなに書くことがあるのよ」

「すごい楽しそうなのが逆に怖いよ」

「いや、普通に怖いんだが」

「言いたくなるって変えるだけだよな」

「何がそんなに楽しいんですか」


 文字が読めるキャラリックメルの3人は、笑顔でリリの書いている文章を読んでいる。

 リリは書き終わったとペンを置いた。

 期待に満ちた目で空を走る光の方を見る。


「みんな覚悟はいい?」


 空を走る光はなんでそんなに楽しそうなんだと、引いた様子で頷く。

 リリは笑顔で、じゃあ読むよと言ってから読み上げる。


『空を走る光は楽しいことを見つけても、私達にすぐ教えなくてもいいです。でも、楽しいことを見つけた時、とてつもなく言いたいという気持ちに襲われます。もし教えることを我慢すると、その言いたくて言いたくてたまらないという気持ちがどんどん、どんどん大きくなって、際限なく膨らんでいきます。そしてその言いたいという気持ちは、私達にその楽しいことが伝わった時に終わりです。緊急事態の時や、私達がそばにいない時は、その場では言いたくなりませんが、後で落ち着いて私達と話せるようになると、先程言った気持ちが湧き起こるようになります』


 リリは読み切ったという気分で全員の様子をうかがう。

 キャラリックメルの3人は音を立てずに笑っていた。

 空を走る光はどうなるんだこれと、お互いを見ている。

 リリが笑顔で言う。


「楽しみだね。きっと我慢はできないよ」

「言うまでずっとだからね」


 ウィルはそう言っていながらも、やる気を感じさせる表情になった。

 空を走る光は全員が気合を入れ直すように肩を回したり目を閉じたりしている。

 リリは、負けず嫌いなのかなと空を走る光を見てから、外の屋台に視線を移した。


「さーて、次はどの屋台がおすすめかな」


 全員が周りを見る。

 空を走る光の視線が1ヶ所に集まった。

 視線を辿ると赤い屋根の屋台がある。


「……………」


 空を走る光は葛藤するような表情で、その屋台を見つめて固まった。

 目を離せないというよりも、目を離したら負けるという気迫を感じる。


 リリは我慢比べだと思ったので、みんなはどれだけ耐えられるのかなという気持ちで待つことにする。


 数分もしないうちに全員が口を抑えたり、胸や頭に手をやったりしてどうにか受け流せないかを試し始めた。


 リリは感想を伝える。


「なんか精神攻撃受けてる人みたいになってきたね」


 キャラリックメルの3人は頷いた。

 サラが言う。


「どのような気持ちなのでしょうね。リリ様、今度私にも命令していただけませんか?」


 ファーストとアルバートはサラを一瞬見た後、リリの方をうかがうように見る。

 リリはちょっと笑って言う。


「サラも我慢比べやってみたいの?」

「はい、ファースト様とお兄様と一緒にできたら楽しそうです」


 サラは嬉しそうな笑顔で言った。

 リリは考え始める。


「ファーストと比べると不公平な気もするけど、もしかして我慢比べなら、レベルとか関係なかったりするのかな?」


 3人は目を合わせて、最初はファーストだったが、最終的にアルバートに視線が集まった。

 アルバートはリリの方を向く。


「リリ様、不公平だったとしても私達は楽しめると思っています。ですが、レベル差によりそういった能力に差があるのかを検証してみるのも、公平さを考えるならいいかもしれません」

「なるほど。我慢比べ大会を開いて検証するってことだね。とりあえずサラがやりたいわけだし、今度みんなで先にやってみよう」


 3人はリリにありがとうございます、楽しみですと返事をして、リリの視線が違う方を向いた瞬間に小さくガッツポーズをした。


 リリはどうなったかなと、後ろにいる空を走る光の様子を見てみる。


 空を走る光は壮絶な戦いを繰り広げているかのような険しい顔で、リリの方を向かないように全力で抗っているように見えた。

 ボス戦みたいだね、とリリは場違いも甚だしい感覚になる。


 陽の光が降り注ぎ屋台があり人々が行き交っている広場を背景に、空を走る光は胸や頭を押さえて、1人また1人と苦しそうに膝をついていった。

 負けイベントだ、とリリは思う。


 崩れ落ちた空を走る光の方から声が聞こえる。


「パンにグレイトホーンの肉を挟んだ……俺は言わないぞ……」

「リッケという料理が……言いません……」

「味が濃くて……ダメよ私……」

「酒にも合うし……言うわけにはいかねえな……」

「小さいから軽く食べれて丁度いい……言いたくない、というか、もう紹介できることが思いつかないよ」


 ウィルの言葉に頷いた空を走る光は、リリを見る。

 リリは内容よりどういう心境だったのかが気になった。


「紹介ありがとう。それでどうだった?」


 リリが、ありがとうと言い終わると、空を走る光は楽になったと言わんばかりに息を吐いた。

 ウィルが思い返しながら言う。


「最初からやばいとは思ったね。言わないっていう意志が、凄い勢いで塗りつぶされていく感じがしたよ」

「洗脳かな?」


 空を走る光はその場に座り込んだ状態で頷く。


「言いたいって思ってる自分の方が本当の自分なんだと思ってたから、洗脳であってるよ。そのあとは皆より早く言ったら負け、っていうところだけで戦ってたね」

「言うのが正しいことだと思い込んでたのは今考えるとやばいよな」

「言わなきゃいけないのに、なんで早く言ったらいけないのってずっと思ってた気がするわ」

「なんで勝負してるのかすら忘れそうになってました」

「もう1回やろう」


 空を走る光はグローの言葉を聞いて笑った後、次の屋台を探し始めた。

 リリはファーストに言う。


「ザイロコとリッケだよね。後ろの馬車の分も必要だし、並びそうだからさっさと買いに行こうか」

「彼らはどうしますか?」

「……我慢してる時に私達がいなくなったらどうなるのかって、入れてないんだよね」


 空を走る光は素早く言った。


「勝負は後にしよう。俺はそれでいい」

「そうね、ビルデンテは広いから後からでもできるわ」

「リリさん、僕たち一応護衛って設定になってるから、ビルデンテにいる間はついていくよ」


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