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59話 雪山へ


 リリは馬車の扉が閉まると、壁を透明にした。全員の顔を見回しながら言う。


「さて諸君、私達がここに来た本当の目的を忘れてないよね?」

「スノージャイアントの集落を見てみたかったんじゃないのか?」


 リリはグローの言葉に少しムッとして言う。


「それはウィルが深碧の風にそう説明したから、そういうことにしておいてあげただけだよ。ファーストもそう思うよね」


 ファーストは話を振られて表情を引き締めた。


「その通りですね。リリ様は雪山に興味があるということしか仰っていませんでした」


 リリはおもむろに旗を取り出すと、馬車の床に刺した。


「ということで、これからこの馬車がビルデンテに着くまで雪山を探検するよ。ファースト、戦う準備と乙姫に3人くらい連れてこっちに来るように連絡しておいて」


「かしこまりました。すぐに来るよう連絡しておきます」


 ファーストがさらっと流したので、グローが慌てて止めにかかる。


「いやいや、リリさん、正気か!? この山、グレイトホーンなんかと比べ物にならないくらい強い魔物が大量にいるんだぞ!」

「僕たちがこの山の魔物に全部対応するのは厳しい……けど、ファーストさんが戦うなら問題ない気がするね……」


 ウィルはこの間の森の探索と条件がだいぶ違うことに気がついたようで、途中で勢いをなくしてしまった。


「で、でも、準備無しで登山なんてどうするつもりよ!?」


 ナリダの言葉にルティナとダグも続こうとする。


「寒さ対策は……すでにしてありましたね」

「雪山を歩くのも、この靴なら問題ないな……」


 空を走る光は何か他に懸念点はないか悩み始めた。


 乙姫が自分のエリアの者を3人引き連れて馬車の中にやってくる。


「リリ様、お待たせいたしました」

「急な呼び出しなのに来てくれてありがとう。いい場所があったらそこに跳べるようにしたいから協力してもらえる?」


 乙姫は上品に優しく微笑んだ。


「もちろんです。リリ様のお眼鏡にかなったこと嬉しく思っております」


 リリはよろしくねと乙姫に言うと、いまだに悩んでいる空を走る光の方を向く。


「悩んでも無駄だよ。絶対にみんなは連れて行くからね」


 空を走る光はそんな横暴なと驚いてリリを見る。

 ウィルがリリに視線を合わせるようにしゃがんで聞いた。


「どうして急にそんなことを? 僕たち何か怒らせるようなことしたかな」


 あやされているような気分になったリリはやけになって言う。


「私はスノージャイアントの集落を助けたかったわけでも、ビルデンテを助けるためにすごいことをしたわけでもないって、みんなに分からせないといけないからね」


 空を走る光は1つの結論に辿り着いた。

 グローがぼそっと言う。


「つまり、リリさんの照れ隠しのとばっちりってことか」

「あ、ばかっ! そんなこと言ったら」


 リリはニッコリ笑うと、無詠唱で全員を転移させた。


 景色が切り替わる。


 正面は登れそうにない程の急斜面、後ろを振り返れば足を踏み外した途端にどこまでも滑り落ちてしまいそうな真っ白な世界が広がっている。


「いやーいい景色だなー。みんなもそう思う?」


「それ、どころじゃ、ないよ……!」


 空を走る光は風に煽られて体勢を維持するのに必死の様子だ。

 リリは自分の髪の毛が殆ど動いていないのを見て言う。


「そんなに風が強い感じしないけどね?」

「風の勢いというよりは風の濃度が濃い感じがいたしますな」


 プニプニの言葉にファーストと乙姫が頷いている。

 リリは手に持ったプニプニステッキを見て聞く。


「風に濃度があるの?」

「なんと言いますか、押される力が強いような気がするという感じですな」

「なるほど? 謎の力に押されてるから空を走る光だけ飛ばされそうになってるんだね。〈範囲〉〈障壁〉」


 大きく半透明のドーム型の壁が現れた。

 リリは空を走る光の様子を見てみる。


 空を走る光はどうにか一息ついた様子だ。


「はぁー、落ちるかと思った」

「標高が高くなると風の力が強いって話はこういうことだったのね」

「スノージャイアントの集落も見えませんがここはどのあたりなんでしょうか」

「かなりの高さにいるってことは分かるけどな」

「リリさん、どこを目指すつもり?」


 切り替えがはやいと、リリは笑って上を指差す。


「もちろん山頂だよ」


 空を走る光は雲に覆われて見えない山頂を見た。


「リリさん、今見てもらった通り、僕たちこのバリアの魔法の外に出たら一歩も進めないよ」

「それに私達何の道具もなしにこんな斜面登れないわよ」


 リリは空を飛ぶわけにもいかないしと方法を考える。


「うーん、あ、分かった。〈建築〉」


 リリは目の前に出てきたウィンドウで形や素材を選ぶと、目の前の急斜面を指差す。


「〈実行〉」


 氷でできた階段が現れる。

 階段はリリの指差す方向にどんどん伸びていき、雲の下まで到達した。


 唖然とした様子の空を走る光を見て、リリはふふっと笑う。


「これで登れるね。せっかくだし手すりをつけながらいこうかな。プニプニ、私は今から両手を使うから自力で先頭行ってくれる?」

「露払いですな。お任せあれ」


 プニプニは杖を頭から生やしたように装備したままいつもの大きさに戻ると、階段を跳ねて登っていく。

 リリは振り返って空を走る光を見る。


「ほら、ぼーっとしてると置いてくよ」


 そう言うとリリは両手を広げて階段の両脇に手すりを1つ設置する。そして、同じものを連続で設置する設定をしてから、階段を登っていった。





 リリがもうすぐ雲に突入するという頃、乙姫がリリに声をかける。


「リリ様、こちらの雲は自然に発生したものではないように思えます。魔物が襲ってくる可能性がありますのでお気をつけください」

「え、待ち伏せてるってことだよね」


 リリは後ろを振り返って、ファーストと乙姫の間にいる空を走る光に聞く。


「雲の中にいる魔物って何か知ってる?」


 空を走る光は難しい顔をした。


「実際に雲の中に入って生きて帰った人の話は聞いたことがないです」

「山頂を目指した人は結構いるみたいだけど、成功したって話を聞いたことがないから確かなことは分からないかな」

「伝承ならドラゴンが霧を吐いたとか、雲そのものが魔物とか色々あるけどな」


 リリは頷く。


「なるほど? じゃあこの中にいる魔物も迷わせちゃえば襲ってはこれないよね。〈迷いの霧〉」


 雲の見た目には変化はないが、リリには自分の魔法が展開した範囲がなんとなく分かった。


「これでどうだろう?」


 ファーストが微笑んで言う。


「素晴らしいですね。ちなみにですが、今の魔法でリリ様の存在に気がついた魔物は、全て我々から離れるように移動しようとしています」


 リリはファーストの言葉に笑って言う。


「思ってた効果とちょっと違ったけど、襲ってこないならいいよね」


 リリは雲の中に階段を作りながら突入していく。

 

 ファーストが真面目な顔をして空を走る光を振り返る。


「皆さん、リリ様を見失った時点で我々も含め迷う可能性があるので、遅れないでついてきてくださいね」


 ナリダとグローが我慢できない様子でツッコむ。


「階段に沿って歩くだけなのになんで迷う可能性があるのよ!?」

「魔物が襲ってくるより酷くなってないか!?」

「後ろがつかえておるぞ。元気なのはいいがさっさと進め」


 空を走る光は乙姫に急かされて、ファーストの言葉に真実味を感じたようだ。

 遅れないように急いで階段を上っていった。



 雲を抜ける。

 リリは全員がついてきていることを確認した。


「全員無事に抜けられてよかったね。じゃあ、あとは山頂を目指し……なんか黒いね」


 遠くから見ると影のように見えた山頂付近は、近づくと黒い物に覆われているように見えた。

 ファーストが周囲を見回して言う。


「リリ様、魔素濃度の急激な上昇を確認いたしました。山頂に魔素溜まりがあることが予想されます」


「魔素溜まりかー。まあ、雪山の頂上ってなんか難易度が高いボスとかいそうだもんね。でも全部真っ黒ってわけじゃないし、逆にこの辺なら誰も近づいてこれなさそうでいいんじゃない?」


「その通りですね。ちなみにですが、空を走る光が長時間この環境にいると魔素による侵食状態になると思われます。外でいうところの結晶病です」


「え、やばいじゃん。体調は平気?」


 リリは階段から身を乗り出して空を走る光に聞く。

 空を走る光はピンときていないようだ。

 ウィルとダグが困惑した様子で言う。


「体調は今すごくいいよ」

「力が滾ってきてる感じがするよな」


 リリは侵食状態になると、最初は能力値が上昇することを思い出した。


「〈範囲〉〈状態解析〉……なんかダメそうだね。初期症状だよそれ」


 ルティナが慌てた様子で聞く。


「リリさんの家のご飯を食べるといつもこんな感じなんですが、ダメですか?」


「そっちは食事のバフ効果だから問題ないよ。ということで治すね」


 リリは空を走る光に片手を向けた。

 ウィルが言う。


「待って、リリさん。治してくれるのはありがたいけど、もう少し症状が出てからにしてもらえないかな。今後もしかかった時に早めに気がつけるようにしておきたいからさ」


 リリは信じられないようなことを聞いた気分で空を走る光全員の顔を見る。

 残りの4人もウィルの言葉に同意なのか頷いていた。


「ウィルだけじゃなくて全員やる気なの? 結晶病ってかかると死ぬとか言ってなかった?」


 ダグとルティナが言う。


「治してくれる人がいる時にかかるチャンスなんて他にないからな」

「結晶が体に現れる前に、予兆を神官の方に見つけてもらった人は難を逃れたそうですよ」


 リリはなんでもチャンスと捉えるのは空を走る光のいいところであり、怖いところでもあると思った。


「まあ、やる気ならいいけどね。ファースト、乙姫、魔素とか空を走る光がなんかやばそうな感じだったら早めに教えてね」

「「かしこまりました」」


 ファーストと乙姫の返事に頷くとリリは前を向く。


「よし、じゃあ進むよ〈建築〉〈実行〉」


 手すりつきの階段が山頂付近までいっきに出来上がった。

 また歩きだしながら、リリは言う。


「そろそろどこに旗を立てるか決めないとね。乙姫、しばらく交代で守ってて欲しいんだけど、どこがいいとかある?」


 乙姫は少々お待ちくださいと言って周囲を見回した。

 しばらくして、リリ様と呼びかけてから言う。


「あの岩の上あたりはいかがでしょうか」


 リリは指差す方向を見てみる。

 大きな岩がごろごろと転がっている場所があり、乙姫はその中の1つを指しているようだった。


「岩に擬態とかできそうでちょうどいいね。ファースト、魔物とかいない?」


「魔物の反応はありません。ちなみにですが、現在見える範囲に魔物はいないようです。山の反対側に反応があります」


「人が入ってこなくて、魔物もいないなんて結構な穴場だね。ここなら魔素変換器とか置けそうだし、警備の人が過ごせるようにちゃんと家建てた方がよさそうだね」


 機嫌よく言っているリリの声を聞いてキャラリックメルの者たちは笑っている。

 乙姫が機嫌が良さそうな声色で言う。


「リリ様、この者の髪の毛が結晶化してきているようですよ」


 リリは内容にそぐわない声で言われたので一瞬内容が入ってこなかった。

 ダグが驚いている。


「はぁ!? まだほとんど進んでないよな??」


 ダグが頭を触ろうとした手を乙姫が掴んで止める。


「これ、触ろうとするでない。結晶化した箇所に回復魔法は効かないのだぞ。結晶化した場所を壊せば、魔素を抜いた時に酷い目に合うというのに……。ああ、髪がなくなってもいいというのであれば止めはしないが」


 空を走る光は想像したのか顔色を悪くした。

 リリは困った様子で言う。


「髪を生やす魔法はないから、急にスキンヘッドにしたくなった理由を考えてもらわないといけなくなるよね」


 空を走る光は自分たちが心配しているのはそこじゃないと言いたげにリリを見た。

 ダグが言う。


「リリさん。俺たちが心配してるのは髪だけじゃないからな」


 リリは分かる分かると、死んだような目を空を走る光に向けた。


「みんなが心配した方がいいのは髪だけだよ。他は魔素を抜いた後なら治るからね」


 空を走る光は乙姫を勢いよく振り返った。

 乙姫は楽しんでいると分かる声色で言う。


「なんだ? 間違ったことは言っておらんぞ」


 空を走る光は、悔しそうな声を上げて乙姫を威嚇している。

 リリが言う。


「ほら、まだ治す気がないならさっさと進むよ」


 リリがさっさと進んでしまったので、空を走る光も続いて歩きだしながら話し合い始める。


「結晶化が始まってるのに、まだ自分では分からないってことかしら?」


「そうなるな。というか全員髪が固まってきてるぜ」


「自分では分からないね……」


「こんなに急に症状が進行するのが普通なのか?」


「町で発症した人には短くても1ヶ月分くらいの記録があったと思います」


「この環境が特殊ってことね」


「かなり魔素の量が多いってことだろ。一瞬見ただけでも分かるものかと思ってたが、そんなこともないのか」


「すごい違いはないですけど、雲を通る前よりなんだか雪が暗い色になった気がします」


「私は少し静かになったような気がするわ。魔素が多いと音が響かないのかしら?」


「……」


 不自然な間を感じたのでリリは言う。


「私は特に雪の色も音の大きさも変わった感じしないよ。あと、みんなは次の段階に入ると時間経過で治らない状態になるよ」


 なんともないことのように言われて空を走る光は真剣さを保てなかったようだ。

 ははは……と笑ってウィルが軽い調子で聞く。


「教えてくれてありがとうリリさん。でも次の段階っていうのは――」


 ウィルが不意に言葉を途切れさせた。

 ファーストが言う。


「リリ様、空を走る光が次の段階に入ったようです。このまま階段を登り続けると崩れるおそれがありますが、いかがいたしますか」

「一旦止まろうか」


 リリは後ろを振り返る。

 空を走る光は体のあちこちから結晶化が進んでいく様子に、感動したような顔をして見入っていた。


「それ、今どういう感情なの?」


 リリの引いたような声に空を走る光は明るく笑った。


「グルークの最期の冒険は知ってるよね。グルークは森の魔素に蝕まれながら森の中心を目指したって言われてるんだ。だから同じ体験をしてるって考えると少しだけワクワクするんだよ」


 リリは複雑なファン心理だなーと思った。


「理屈は分かるけど、悪いことの同じ体験ってなると悩ましいところだね」

「リリ様、あと3分もいたしますと、グルークと最後まで全く同じ体験ができると思われますが、いかがいたしますか」


 リリはそのまま空を走る光に聞く。


「どうしますか?」


 空を走る光は間髪入れずに言う。


「最後までやる気はないわよ!」

「治してもらえるって分かってるから楽しんでただけだからな」

「もう十分だぞ!」

「いい経験ができました」

「待ってくれてありがとう。ここまででいいよ」


 リリは笑うと無詠唱で〈魔素干渉〉を使う。空を走る光の体についた魔素を、半透明の壁の外に押し出すように動かした。


 リリは出しっぱなしにしていた空を走る光のステータス画面を見る。


「これでいいかな」


 空を走る光はお互いを見た。

 ウィルが言う。


「結晶もないし、雪の色も元に戻ったから治ったと思うよ」


 ファーストからピピッと電子音がする。


「魔素濃度の急激な減少を確認いたしました。現在の数値であれば結晶病の進行はないかと思われます」


「一応ずっと空を走る光の周りの魔素を外に出すようにはするけど、大体でやってるから増えてきたら言ってね」


「かしこまりました」


 リリは前を向く。

 歩き出しながら気になったので聞いた。


「結晶病というか、魔素が出たり入ったりして痛くないの?」


 空を走る光は釈然としない様子で答える。


「全く無かったぞ」

「むしろ何かあって欲しかったくらいよ」

「急に症状が進行してくれたおかげで、微妙な違いに何とか気がつけた感じでしたからね」


 リリはそう聞いて考え込む。


「なるほどね。……痛くないならレベリングに使っても、まあ、うん」


 リリの前を行くプニプニにはリリの呟いた声が聞こえたようだ。

 くくくっと笑いながらリリの前を跳ねている。

 ファーストが言う。


「リリ様、魔素の濃度が増加傾向にあります」

「ちょっと気を抜くとまだ上手くいかないね。山頂につくまでにもう少し練習ということでちゃんとやろうかな」


 リリは魔素干渉のスキルの練習と割り切って進むことにした。




 山頂に近づく。


「間違いなく魔素溜まりだね」


 キャラリックメルの者たちは頷いている。

 空を走る光は興味津々の様子で階段の手すりから身を乗り出して覗き込んでいる。

 リリは空を走る光の方を向く。


「一応言っておくけど、触ったりするのはもちろんダメだし、この上に手をかざしてみるみたいなこともやったらダメだよ。一気に最終段階までいくよ」

「皆さんであれば手をかざした瞬間に砕け散る症状まで進むと考えてください」


 ファーストの言葉に空を走る光は驚いたようだ。


「かざすだけでか!?」

「こんなに違和感のある所に入ろうとは思いませんが、予想以上でしたね」


 ルティナの言葉に空を走る光は頷いている。

 リリはルティナに聞いた。


「違和感って?」

「何と言いますか、黒い地面があるのは分かっているのに、何もない穴を見つめているようなそんな感じです」

「うーん、分かるような分からないような」


 リリは魔素溜まりを見つめている。


 ファーストが言う。


「リリ様、あと30分で馬車がビルデンテに到着します」


 リリは振り返る。


「結構経ったんだね。山頂まではさすがに連れてけないし、みんなはここの風景で我慢してね。……あれってビルデンテじゃない?」


 リリが遠くを指さしたので、全員がそちらを向いた。


「ここからでもすごい遠くまで見えるわね」

「確かにあれは聖なる木に見えるな」

「地図の情報と比較しても、ビルデンテで間違いないと思います」

「かなり距離があるのに見えるもんなんだね」


 リリは楽しそうに周囲を見回し始める。

 グローとルティナがバラバラに指さして言う。


「黒の森に沿って砦があるのもここから見るとよく見えるぞ」

「あっちの方にすごい広い花畑があると聞きましたが、山に隠れて見えないですね」


 ウィルが黒の森を見て言う。


「もう少し登ったら黒の森の中心が見えたりするのかな」


 プニプニと乙姫が普段通りの調子で言う。


「残念だが高い木に阻まれて見えないね」

「グルークとやらも魔素に蝕まれたのであろう? なら魔素溜まりでもあるのかもしれんぞ」


 空を走る光はハッと気がついたような顔をした。

 ウィルが口火を切る。


「黒い魔素溜まりを見たから黒の森って言ったってことだね!」

「ありえるぞ! というかそれしか思いつかない!」

「どうしてこれを見た時に気がつかなかったんだろうな!」

「すごい発見ですね!」

「誰にも言えないのが残念なくらいね!」


 今までにない程興奮した様子で話し始めた空を走る光を見て、リリは笑ってしまった。

 空を走る光は熱中した様子のままリリを見た。

 ウィルが言う。


「リリさん、これはすごい発見なんだよ!」

「分かるけど、みんながはしゃいでる姿の方が珍しいからさ」


 空を走る光は我に返ったように顔を見合わせた。

 ウィルが照れたように言う。


「ははは、そう言われちゃうとね」


 リリは空を走る光に言う。


「さっさと用事を済ませるから、それから教えてよ。あ、ファースト一応聞くけど撮ってるよね?」

「もちろんです。保存用フォルダに入れておきました」

「なら大丈夫だね」


 リリはそれだけだとファーストが写っていない気がしたので、こっそり無詠唱で〈録画〉をしておく。

 全員と背景も含めて全てを見渡すように見た後、笑って言う。


「じゃあ、あの岩場まで行ったら馬車に戻るよ」


 リリは今度は下り方向に階段を作ると岩場に向かって歩いていった。





 リリはファースト、プニプニ、空を走る光と乙姫だけを連れて馬車に戻っていた。


「それで乙姫、話って何?」


 リリは話があると言われて、聖族から話を聞いた時に時間ギリギリになって間に合わなかったことの反省を活かし、馬車に戻ってから聞くことにしていた。

 乙姫は統治者のような威厳のある佇まいで言う。


「大海原エリアの代表としてお礼を申し上げたかったのです。私共に役目をくださりありがとうございます」


 乙姫は優雅に一礼した。

 リリは勢いで仕事を押し付けた思い出しかなかったので、挙動不審の様子で聞く。


「役目っていうのは岩場で旗を守ってもらうことを言ってる?」


「その通りです」


「そんなにやりたかったの?」


 乙姫は頷く。


「私共は水辺を得意とする者が多いため、今までの作戦にほとんどの者が参加できておりません。特に今まで採集を行っていた者達が、エリア内で過ごすだけになり、ぼーっと漂っている様子が多く見られたのです」


 リリはカーヘル達が仕事がない状態になって、呆然と立ち尽くしていたことを思い出した。


「あー……、乙姫、やれそうだったら、雪山の偵察もしておいてくれる?」


 乙姫は切れ長の目元に喜色を浮かべて言う。


「かしこまりました」

「よろしくね」


 リリの言葉に頷くと、乙姫は堂々とした歩みで旗に近づく。


「では、リリ様。ビルデンテも見えてきたようですので私は失礼いたします」


 乙姫は一礼して、そのまま転移していった。


 リリは乙姫を見送ると、笑って言う。


「もう少しで夕暮れって感じだし、ちょうどいい時間に帰ってこられた感じかな?」

「そのようですね」


 ファーストが頷いている。

 空を走る光は目を合わせると、ウィルが最初に言う。


「リリさん、僕たちもお礼を言わせてよ」

「連れていってくれてありがとうございます」

「グルークが最後に見た光景の謎が解けるなんて驚いたな」

「いいものが見れた」

「感動したわ」


 リリはふっと口元に笑みを浮かべた。


「じゃあ、次また難易度が高い場所に行けそうだったら、連れていってあげるね」


 それとこれとは話が別よ! と騒ぎ始めた空を走る光を乗せて、馬車はビルデンテの検問所に向かっていった。


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