90・私の神様
side:エルディアナ
「………──と言う訳です」
ジルヴェスタ─ジルが話終えるとおじさまとお父様は熟考するように瞼を閉じた。
「─うん、良いんじゃないかな」
「そうだな。俺も異論はない」
二人はジルの提案に頷くと、相手が子供だからと侮ること無く書類を用意し出しす。『平民には口約束だけで充分』と書面を交わす事をしない貴族は多いけれど、お父様達は違う。ちゃんと相手を敬うことを忘れない。
「ではこの件に関しては伯爵様方にお任せしたいと思います」
ジル、ヤトーは「お願いします」と頭を下げた。
要約すれば彼等の頼み事は魔道具や品物の販売に関する利益の話だった。発案者であるラピスが報酬は要らないと言った事に対して彼等は納得がいかなかったようだ。
それならば、と商業組合を通してラピスに兵士の教育料を支払っているおじさまに、こちらから出た利益をラピスの給料に上乗せしてこっそり支払っておいてほしいと言うものだった。
なるほど。ラピスへ貢ぐ、と言うことね!大いに賛成だわ。
彼らが言うにはラピスの発案したものは魔道具でなくても画期的で斬新。それでいて生活に足らなかったものをそれとなく補える、所謂『痒いところに手が届く』物らしい。
子供ゆえの自由な発想。大人ならそう考えるかもしれないけれど、年の近い彼等でさえ『どうしてそんな事が思い付くんだ?』と思うほどラピスの発想は飛び抜けているそうだ。
それなのにそんな素晴らしい発案を提供しているにも拘わらず、ラピスは全く金銭に興味を示さないのだとか。ラピスらしいと言えばラピスらしいのだけれど、正当な報酬なのだから私もそれは受けとるべきだと思うわ。
実際、ラピスの発案した品物をいくつか市井に流してみたところ、その品の良さに「これはどこの品物だ?」と口コミで噂が広まっているみたい。
私はまだ見ていないけれど、きっとラピスなら素敵な物を作るんでしょうね。是非見てみたいわ。
「そう言えば、品物にはブランドはあるのか?」
「あ、はい。あります」
思い出したようなおじさまの言葉にヤトーが持っていた袋から小さな焼印を取り出した。
それを手に取ったお父様がふむ、と笑みを溢した。
「うん。これは中々」
お父様が焼印をヤトーに返すと、持っていた紙にその焼印を押し当てた。焼印と名前があるけれど、炎で熱して使うのではなく、魔力を流せば押せるので机が傷付くことはない。
スタンプされた紙を受け取ったおじさまはそれを見て声を出して笑った。
「なるほどなぁ!解る奴には解るって事か」
回ってきた紙には、両耳にリボンを結んだ可愛いウサギの印が押されていた。うさぎをぐるりと一周囲んでいるのはリボンだろうか。うさぎの目はくりっとしていてラピスに似てとても可愛い。
そう言えばラピスは兵士の皆さんに『うさぎ隊長』って呼ばれていたわよね。だからうさぎなのかしら。
「ふふ…可愛い」
これが彼等の作る品物に押されるなんて、とても素敵だと思う。
「…そう言えば私がラピスから貰ったドライヤーにはこの焼印はなかったけれど…」
「あ、それは…お嬢様にプレゼントされたドライヤーに押すと俺達が画策しているのがラピスにバレると思いまして…」
ヤトーが頬を掻きながら苦笑する。ならもうラピスにプレゼントされた後だし、折角だから後で押してもらいましょう。焼印は彼等のブランドマークだけれど、ラピスのマークみたいなものだものだし、きっと目にする度に嬉しくなるはずだもの。
「確かにラピスに気付かれてしまうかもしれないわね。でももうプレゼントを受け取ったから良ければ後でドライヤーに焼印を押してくれないかしら?」
「よろしいのですか?」
「もちろん!」
私が嬉しそうに頷くの見て、三人も顔を見合わせて嬉しそうに笑った。
私は直接目にした訳ではないけれど、ラピスは彼等に救いを与えたのだとおじさまに聞いた。ラピスにとっては何て事のない出来事だったのかも知れないけど、彼等に取っては恐らく何事にも変えられない出来事だったのだろう。
私には彼等の気持ちが解る。
だって私もラピスに救われたひとりだもの。
真っ暗な森の中、毒の沼を裸で進むような、沈んで行くようなそんな不安や恐怖。一筋の光が射し込んでいるのが見えても、手を伸ばしても決して届かない、そんな焦燥感。そんな感情をグツグツと煮込んで、気が付けばそれらの感情は酷くドロドロになって諦観だけが残って…。
だけど急に力強く手を引かれた。
ドロドロで汚い私の手をぎゅっと掴んだのは小さな手で、握り返しても大丈夫なのか不安になるほど小さな。…そんな小さな手なのに私よりもずっと力強くて、そして涙が溢れそうなほど、温かくて、優しくて…。
毒の沼から引っ張りあげられ、真っ暗だった世界は再び明るく輝き出した。それは彼女が…ラピスが私の手を握りしめて離さずにいてくれたお陰。
ラピスは言ってくれた。私を追いかけてきてくれた、と。ずっと見ていた、と…。なら私はずっと一人ではなかったのだ。
これまでの残酷な四度の人生はラピスに会うための試練だったに違いない。きっとそうだ。
これまでの私の世界を外から破ってラピスは私を追いかけて、そして見つけてくれた。
ラピスは遠い空の向こうから来たと、言葉に出して言わなかったけれど、私にはそれで充分。私を追いかけてきてくれたと言うラピスの言葉が全てなのだから。
過去どれだけ祈っても神は救いを与えてはくれなかった。だからもう随分前に祈ることを止めた。無駄だと思い知ったから。
けれど間違っていたのだ。私が祈るべき神はこの国で信仰される女神でも星でもなかった。
私を縛り付けている残酷な運命の鎖を断ち切って、あの毒のような世界から連れ出してくれた人物…。ずっと私を見ていてくれたラピスが…ラピスこそが私の神様だったんだもの。
ラピスが現れてから私の辿る筈だった運命は大きく変わっていった。
ひとつはロートベルが今も生きていること。
過去何度も彼を死なせてしまった後悔は未だに消えないけれど、今は変わらず我が家で元気に働いてくれている。生まれてからずっと近くにいた彼は私にとって家族と同じだもの。
そしておじさま達家族の運命も大きく変わった。
過去のおじさまはとある事がきっかけで、いつも悲しそうな顔をしていた。そのとある事、というのがシャーロット様との赤ちゃんが死産したことだ。赤ちゃんが亡くなってしまった事が原因でシャーロット様は鬱ぎ込み、おじさまも憔悴していった。アラン様もだ。
アラン様も両親が憔悴してゆく中、自身の存在に卑屈になってゆき、上達しない魔法や剣術に苛立ち、そんな鬱憤を何処へ向ける事も出来ずにいたようだった。いつだったか彼が小さく呟いた言葉を私は忘れていない。「僕には生きている意味がわからない」─そう言って力無く唇を歪めた。
なのにあの未来で生きる意味を見失っていたアラン様が今は楽しそうに走り回っている。あんな風に笑う彼を過去で目にしたことはない。
ラピスのお陰で魔法も剣術も凄い速度で上達しているとおじさまも言っていた。どうやら度々ラピスに先生をしてもらい完膚無きまでに特訓されているようだ。
好きな女の子にボコボコにされても諦めないなんて、アラン様はそういう嗜好なのかしら?
けれどまぁ、ラピスに肩を並べられるようと努力する姿勢は嫌いではないわ。もしもの時は立派は肉壁…いえ、盾になってくれるはずだもの。
それはさておき…。
ドルティア族の子達もラピスに出会わなければ今こうして笑顔を浮かべていることもなかったはず。今までの四度の人生の中で彼等と出会ったのもこれが初めて。あの日、あの時、ラピスがジルと出会わなければこの未来もなかった。
……ほら、やっぱりラピスのおかげだわ。
「どうしたんだい?エルディアナ」
ラピスの事を思い浮かべて無意識に笑みが溢れた私にお父様の声がかかる。
「いえ、ラピスは凄いと思ったら勝手に頬が緩んでしまって…」
「そうか…。エルディアナが楽しそうで私も嬉しいよ」
頬を押さえる私にお父様も笑顔を向ける。視線が絡むとお互いに小さく笑った。
ほら。ほら、やっぱり凄いのよ。私の神様は。無意識に私を幸せにして、こうして笑みまで溢れてしまう。
「エルディアナもラピスのところへ行っておいで。ラピスの事ならエルディアナも知りたいだろうと残ってもらったけど…悪かったね、引き離してしまって」
「いいえ。いいえ。ありがとうございます、お父様」
私はお父様の心遣いに心から礼を述べ部屋を出た。部屋の外では何故か休憩中のギヴソンが待機していて驚いたけれど、どうやら私を迎えに来てくれたようだった。
彼を伴い、ラピスの元へ案内してもらう。場所はどうやら厨房のようだ。
─今度はどんな冒険をしているのかしら?
そう思いを馳せ、私は歩き出す。
毒の広がる世界じゃない、ラピスの居る明るい場所へと─…。
ラピスがついにエルナたんの中で神格化しました!!www
シリアスなシーンなのに笑いながら書きましたww酷
誤字、脱字がありましたらお知らせください!(*^¬^*)
ブクマ&評価ありがとうございます!(///ω///)♪




