8・師匠
エルナたんは怒ってしまったことを謝って頬を何度も撫でてくれた。アラン様は空気だった。まる。
そして─。
「初めまして、私はジョシュア・ハーマンだ。…で、君がラピス君?」
「…はい」
左には公爵様、右にはエルナたん。正面には真っ赤な髪のややマッチョなおじさん…多分伯爵様、その横にはアラン様が座って私と向かい合っている。テーブルにはお茶とお菓子が並んでいた。
さすが辺境を治める伯爵様。眼光が鋭いですわー…。
すすす…と然り気無くエルナたんにぴったりとくっつく。だって怖いんだもん。
「おじ様。ラピスが怖がってます」
「え!?うそ!?」
ため息混じりのエルナたんの言葉にショックを受けたようにアワアワとしだす伯爵様は隣に座っている息子に「お父さん怖い!?怖くないよね!?」と同意を求めだした。アラン様は空気が読めない子なのか力強く「父上はカッコイイです!」と見当違いの答えを返している。
「ラピス、ごめんね。アイツ…ジョシュアはあんなだけど子供好きの優しい奴なんだ。怖がらなくても大丈夫だよ?」
「そうよ、ラピス。おじ様はただ目付きが悪いだけで、本当は優しいのよ?」
「お前達父娘は俺を落としたいのか…それとも上げたいのかどっちなんだ…」
ちょっぴり悲しそうな伯爵様が肩を落として呟く。
「まぁそれはさておき、アーチェスからの報告だけじゃよく解らなかったんでな…」
ちなみにアーチェス、と言うのは公爵様のお名前だ。アーチェス・ルビニカ。それが公爵様のフルネーム。一度両親に聞いていたけど、エルナたん以外に興味がないので綺麗に忘れてました。
大人達の会話の中ぽやんとしていたら隣からエルナたんがお菓子を差し出してきたので受け取り、あむあむと一緒に食べる。これも、これも、と差し出されるお菓子はさすが伯爵家なだけあって美味しい。
リスみたいにはむはむしてるとエルナたんが楽しそうに口を拭ってくれた。マジ天使かよ。
「─捕らえた盗賊達に尋問すれば良いじゃないか」
「いやぁ…それが…」
何と盗賊のおじさん達、尋問しても「悪魔が…悪魔が俺達を裁きに来る!」とか「あれは悪魔だ…いや、悪魔の王だ!」とか「頼む!此処から出さないでくれ!死にたくねぇ!」とか恐慌状態でまともに事情聴取が出来ないらしい。
まあ、なんて失礼な。ちょっと驚かせただけなのに。
「お嬢ちゃん…一体彼奴等に何をしたんだ…?」
再び伯爵様に視線を向けられて私は取り敢えず素直に話すことにした。だって私は何もやましいこと何てしてないので。
「えっと、修行してたら公爵様の馬車が見えて、周りに危ない感じの人が沢山待ち伏せしてたから駆けつけて、エルナたんが怪我すると嫌だから結界張って、悪い人をやっつけた。あのおじさん達がエルナたんを拐うって言ってたからお仕置きもしたよ?」
話してる途中、公爵様と伯爵様とアラン様は「は?」とか「え?」とかポロポロ溢してたけど、概ね嘘は言ってない。
「ちょ、ちょっと待とうかラピス…」
困惑したような顔で額を押さえながら公爵様が私を見やる。
「取り敢えず…『お仕置き』って何なのかな?」
「んと、お父さんがね、男の人はオマタが弱点だから悪い男の人はそこを狙いなさいって言ってたの」
「…。で、ラピスはどうしたの?」
若干顔色が悪い公爵様に私は迷い無く答える。
「切った!」
笑顔で言い切った瞬間、公爵様も伯爵様もアラン様も内股で真っ青になって口を噤んだ。
「──と見せ掛けて、内股を薄く切っただけだよ?そんなに怖かったのかなぁ?」
「あら、ラピスは優しいのね」
「えへへ~」
エルナたんに頭をよしよしされてはにかむ。そしてまたお菓子を渡された。うまうま。
「突っ込み処が有りすぎて何処からか手をつければ良いんだ…」
「父上、やっぱりコイツ悪魔なのでは?」
青い顔のアラン様が私を指差す。人を指差すんじゃない。
「手足を拘束されてのソレは…俺でもトラウマになるな…。と言うか男なら漏れなくトラウマ確定だわ…」
ぶつぶつと伯爵様が呟くと男性陣は遠い目をして全員が溜め息を吐いた。伯爵様の一人称が『俺』になり言葉も粗野な感じになってることからこれが伯爵様の素なんだろう。
「それよりも父上!コイツ、魔法が使えるんですよ!?僕だってまだ訓練を始めたばかりなのに」
「私のお友達をコイツ呼ばわりですか。さすがアラン様」
「うぐっ…」
なんだろう。笑顔のエルナたんの回りにブリザードが…。
「そう言えばあの青い結界もラピスなのよね?あの結界のお陰で皆無事だったのよ」
しかし向き直ったエルナは春のお花の妖精さんのような可愛い微笑みだ。なんだ、ブリザードは気のせいか。
「結界だって?そんな高度な魔法が使えるのか!?そりゃ凄いな」
おや。伯爵様もう素で通すんですか。
「あの結界は本当に美しかったね。まるで深い海の中のから地上を仰ぎ見るような…。それに解除の瞬間も瞬きを忘れるほど幻想的で素晴らしかった」
「そんなにか?是非見てみたいもんだな」
「おじ様にも見せてあげたかったです。一瞬盗賊に襲われ恐れていたことを忘れるほどでしたもの」
エルナたんがうっとりと頬に手を添えて答えると、若干ぼっちになりかけていたアラン様が小さく「ぼ、僕も見たい…」とこぼす。
「あれね、エルナたんをイメージして作ったんだよ?」
「私を?」
驚きに瞳を瞬かせたエルナたん。
「エルナたんはキラキラしててお星さまみたいで私の宝物だから。そしたら宝石みたいになったの。色は何でか青になっちゃったんだけど…」
いやホント謎なんだよね~。イメージはエルナたんだからストロベリーピンクにしたかったんだけど、練習で何度試しても青になっちゃうから。
しかも結界ってツルッとした半円状になるはずなのに私のは所謂ブリリアント・カットって言うの?カクカクなんだよね。
「宝物…私が?」
ストロベリーアイがぱちくりと瞬いた。
「うん!エルナたんはラピスの宝物だよ!」
「……私が」
ぽつりと呟いたのは無意識みたいな感じがした。
あれ?もしかして信じてくれないのかな?
「ラピスは本当にエルディアナが大好きなんだね。親としてとても嬉しいよ」
ポンポンと逆方向から公爵様に撫でられる。さすがエルナたんのパパ。ナデナデの精度が限りなくエルナたんに近い。
公爵様優しいからなぁ~。今なら伯爵様も居るし、言質も取れるだろうからアレお願いしてみようかなぁ…。
よし、言うだけ言ってみよう!
「公爵様、あのね。私もっと修行して強くなるから、もっと強くなって大きくなったら…エルナたんの専属護衛に雇ってくれませんか…?」
優しい眼差しのまま公爵様は瞠目し、エルナたんは驚きに声をあげた。
「な、何を言ってるのラピス!貴女は女の子なのよ?!」
「女の子は護衛になれないの?」
「そんな事はないけれど…けどダメよ!危ないわ!」
「でも」
「ダメったらダメよ!」
何とエルナたん自身に駄目だと言われてしまった。
だが諦めぬ。
どうにかエルナたんの側に居られる方法は無いだろうか…。
私が頭を悩ませていると扉をノックする音が聞こえた。
執事さんが対応すると一人の男性が何かの資料を手に入室する。制服っぽいの着てるからきっと伯爵様お抱えの軍の人なのだと思う。もしかすると盗賊達の調書かな?
「早かったな」
伯爵様が声をかけると男性は資料を差し出し一歩下がり頭を下げる。じ~っとその人の顔を見ていて思い出した。
「あ、師匠だ」
公爵様と伯爵様は同い年で20台前半。
公爵様は脱いだら凄いんです系のイケメンパパで、伯爵様は野性的なイケメンさんです笑
ちなみにラピスパパはギリ20台(ФωФ)
読んでくださってありがとうございます!
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