86・ラピスについて
「それで? あの子はどうやって見つけたんですか?」
にこり、と柔和な笑みを浮かべている様に見えて、反面「嘘は許さないよ」と双眸が語っている。
知っての通り彼はこの国の宮廷魔術師師団長という任に就いている。例え今現在流浪の旅をしていようとも。
子供達は既に退室していて、部屋にはジョシュア、アーチェス、エデルの三人だけだ。エデルの向かいに二人は座っていた。
「ほらほら、教えてくださいよー」
嘘が通じない事はジョシュアもアーチェスもよく知っている。
ジョシュアは内心舌打ちをしていた。よりにもよってこの男にラピスが出会ってしまった事を。
エデルは本来感心の無いことは「ふぅ~ん」と鼻息だけで返事をしてその後は全く思い出しもしない。しかし一度興味を引かれたものには、それが人だろうが物だろうが魔法だろうが徹底的に調べ尽くす、要するに『研究バカ』なのだ。その対象物が魔法に分類された場合が一番厄介だと言うこともふたりはよく知っていた。
「─先生、私達はもう学生じゃないんですから、普段通りに喋ってくださって構いませんよ」
「そうだよ。先生が変に遜ると寒気がする」
「あ、そう? まぁ君達ももう爵位を継いで立派な大人だと思うと、感慨深くて。 僕は宮廷魔術師とは言え爵位は持ってないからね~。一応、と思ったんどけど。君達がそう言うならいつも通りに話すよ!」
にぱっと笑う目の前の年齢不詳の男、エデル・フリーデンはジョシュアとアーチェスの王立魔法学園時代の教師でもあった。
エデルが担当していたのは魔法の座学、そして実技だけだったが学生達からは大変人気で、身分を鼻に掛ける貴族の子女たちもエデルに対しては「平民出」と嘲るような真似はしなかった。それもこれもこの人の掴み所のない性格のせいかもしれないのだが。
ジョシュアの方は卒業後は師とも呼べるエデルに会うことも全く失くなったわけだが、アーチェスは役職がらほぼ毎日登城するので彼が師団長の任を放り出して旅に出ていることは知っていた。と、言うのも学園時代の同期が副団長だったため会う度に愚痴を聞かされていた為でもあるが。
その消息不明の師がまさかラピスに捕縛され、あまつさえ興味まで引き、我が家にやって来るなど誰が想像できただろう。
正直なところ、ラピスの存在はなるべくなら隠しておきたかった。何故ならラピスは明らかに特異だからだ。
アーチェスがラピスに学園入学時までに魔力を隠すよう隠蔽魔法を覚えるように、と言ったがそれは他の誰のためでもなくラピス自身の自衛のためでもあった。ふたりはラピスの魔力が目の前の師よりももしかすると強大なのではないか、と気が付いていたからだ。
仮にも目の前の男、エデルはこの国最強の宮廷魔術師師団長だ。その彼よりもラピスが強いとなると国の頭の腐った古参貴族共はラピスを兵器として利用する可能性は大いにある。家族を人質にとるなど朝飯前の奴等だ。どんな卑劣な手段も労さないだろう。
『研究バカ』と『エルディアナ命』のふたりがタッグを組むなど考えただけで頭痛がする。完全に『混ぜるな危険』状態は目に見えていた。
しかしふたりが最も恐ろしいと思うのはそんな事ではない。
「…先生は、ラピスをどうしたいのですか?」
「そうだねぇ…僕の側で魔法を共に研究してほしいかな」
「それはつまり貴方の跡を継いでほしい、と言う事ですか?」
その言葉にエデルは顎に指を添えて暫く考える素振りをしたものの、ふたりには聞き取れないほどの小さな声で「それは無理かな」と溢した。
「跡目とかじゃなくて、僕はあの子の頭の中が気になるんだよ」
「頭の中?」
ジョシュアは首を捻る。何故エデルがラピスの頭の中など気にするのか、と。
何故ならラピスの頭の中は9割が同率でエルディアナと肉の事しか考えていないからだ。精々魔法の事など残り1割あるかないかくらいだろう。エデルが気になる魔法の事などラピスにとってみれば食欲以下なのだ。長い間ラピスを見ていたジョシュアは恐らく本人よりもその事を熟知している。
「そう。不思議だと思わない?あんな小さな子が僕さえ知らない未知の魔法を軽々使いこなせるんだよ?興味が湧かない方がおかしいよ」
「ラピスは先生が思うほど有能じゃないですよ。ぶっちゃけ頭の中は食欲が大半を占めてますから」
それと同率でエルディアナの事な。とジョシュアは胸中で付け加える。
「え、そうなの? それなのにあんなにすごい魔法が使えるなんて益々興味が湧くなぁ」
どうにかラピスへの好奇心をそらしたいジョシュアだが、最早エデルの思考はほぼラピスへの研究へと傾いている。
どうすればいいんだ。と眉間に力が入りそうになった瞬間、アーチェスが口を開いた。
「─ジョシュア。隠そうとするからこの人は余計に興味を引かれるんだ。 だったらいっそのこと此方側に引きずり込めばいいんだよ」
にこり、とアーチェスはいつもと変わらない笑顔でそう口にした。その言葉にエデルは「仲間にいれてくれるの!?」と、パァァと表情を輝かせる。しかしアーチェスと付き合いの長いジョシュアには、彼の笑顔の裏に確実に打算を含んでいることが見て取れた。
こう言う所は彼の最も貴族らしい一面と言える。ジョシュアは嘆息を溢し「そうだな」と頷いた。
「ん?『此方側』ってどういう意味なのかな?」
「先生は恐らくラピスを貴族連中に晒すような真似はしないと思うので、それならばいっそのこと我が家で家庭教師として働いてもらうのはどうかと思いまして」
「僕が家庭教師?」
「はい。後数ヵ月後にはラピスは学園入学のためのカリキュラムを学ぶために我が家に通うことになります。もし家庭教師として働いて頂けるならその間ラピスを観察し放題ですよ」
「観察!し放題!」
エデルが前のめりになり食い付くと、アーチェスは「どうでしょう?」と笑顔で尋ねた。
「あぁ、けどうちの娘がラピスを大変好ましく思っているので、決してラピスの嫌がることをしなければ、と言うのが前提です」
アーチェスは尚も笑顔で続けた。「まさか宮廷魔術師師団長ともあろうお方が約束を破るなんて事、ないですよね?」と。
笑顔で圧をかけているにも拘らずエデルは解っているのかいないのか、はたまた聞いていないのか、ウンウンと頭を縦に振った。
こうしてラピス達の預かり知らぬ所でエデルが家庭教師になる事が決まったのだった。それを聞いたラピスが雑草でも食むような微妙な顔をしたのはまた別の話だったりする。
エデルがラピスを観察と言う名目で部屋を出たのを見届けてふたりは小さく息を吐き出した。
「うん。これで家庭教師は確保できた。まぁ多少の問題はあるけれど総じてあの人は優秀だからね」
「そりゃまぁそうだが…先生が上手く導いてくれんのかって事の方が気掛かりだ」
「それは…保証は出来ないけど大丈夫じゃないかな。ほら、あの人はあぁ見えて教会のやり方を好ましく思っていないようだし」
聖星教は力のあるものを引き込みたがる。ラピスは賢いように見えてまだ6歳の子供なのだ。上手く言いくるめられて誘拐同然に浚われては敵わない。それを退けるほどの力がラピスにはあるだろうが、それでも子供だ。自分達の子供と同じ年の小さな子供なのだ。特異が故に守ってやりたいと思うのは大人として、否、子を持つ親として当然だ。
「まぁ俺達が恐れてんのはそんな事じゃないけどな…」
「…………」
ふたりが最も恐れている事態─。
それは何らかの事象が切っ掛けでラピスが暴走する事だ。
それは恐らくエルディアナに関する。もしエルディアナになにかあればラピスは暴走してしまうだろう。
その際止められる者は彼女よりも力のある者だけだ。そう考えると最早それは不可能に近い。
あの膨大な魔力は味方だから頼もしいのであって、それがたちまち位置が入れ替わった場合…どうなるのか考えなくとも解る。
数ヵ月前ラピスが魔法が失敗したと森に広大な更地を作った時ジョシュアはゾッとした。その数日後にはその失敗を教訓に極大殲滅魔法が完成したと聞いた瞬間、叱りながらも背中を冷たい汗が流れたのを覚えている。
ラピスは天真爛漫で無邪気だ。それこそ産まれたばかりの赤子のように。その無垢な無邪気さが濁らないように、壊れないように大切に育て守ってやりたい。それがふたりの望むことなのだ。
事ある毎に「そのままでいてくれ」と口にするジョシュアだが、それは本心で、叶うならそのままの心で大きくなってほしいという願いでもある。
「なる様にしかならないけど、無垢なまま育ってほしいと私も願っているよ」
「だな」
ふたりは視線を合わせ苦笑を滲ませた口へと紅茶を運ぶのだった。
今回はいつもと違う感じです(ФωФ)てへ
暑さが続くので皆様水分補給を忘れずにー!
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