73・光、溢れて
俺達は母の最後の言葉とよく聞かせてくれた寝物語を思い出し、西の地へと向かった。
西へと向かうためには山を降り、どうしても人里を通らなくてはならない。山を越えて西の地へと進むには俺達は幼い。それ故の判断だった。
「………チッ」
「…何でこんなところにドルティア族の子供が…」
眉を顰めて、まるで汚物でも眺めるようにして目を眇め、人々は俺達を盗み見た。
─華やかで、残酷な世界。
それが始めて知った故郷以外の世界。
何処へ行っても蛇蝎の如く嫌悪された。
生まれ故郷以外を知らない俺達は、それが何故なのかも解らない。
何故こんなにも嫌悪されるのか、蔑みの視線を向けられるのか…。
始めての世界。憧れていた訳ではないが想像とは違う世界に心が何かに飲まれて行く気がした。
黒くて、泥々した、そんな沼の様なものに…。
それに呼応するかのように一族の証である紋様が全身を焼くように痛む。それは耐え難い激痛だ。
ある時、泥酔した男が俺達を高圧的に罵った。
「薄汚いドルティア族」「呪われた一族」「お前等はゴミ以下の価値もない」「お前等が大戦の首謀者じゃないのか?」─…。
聞くに耐えないような口汚い言葉でも謗られ、怒りよりも先に理不尽さに涙が出そうになった。
自分達が、ドルティア族がそこまで言われる理由。それを知りたくて、立ち寄った小さな町の中の教会の図書室に顔を隠して入った。
その頃には自分達の顔にある一族の証が迫害の原因の一端であることには気が付いていたから、俺とシーナは常に顔面半分を布で覆い証を人目に晒さないよう気を付けていた。
─郷で暮らしていた頃、大戦の話は昔話として聞かされてはいた。我らの先祖は王国を勝利に導いた、と。
ならそれは英雄ではないのか?なのに何故自分達は忌避されるんだ。その答えが知りたい。
図書室には人は居らず、シーナと共に歴史書やら民俗学、文化人類学等のドルティア族の記述を片っ端から読んだ。結果解った事と言えば俺達一族には何の咎もない事実。
明らかに作為的に噂を流し、一族を貶めた者が居たのではないか?そう思わずにはいられなかった。恐らく正解だと思う。
しかし姿の見えない相手を憎んだところで俺達の状況は変わらない。
俺達はただ悔しさに唇を噛むことしかできない。
失意なのか、怒りなのか、感情が纏まらないまま俺達の旅は続いた。
旅の間はシーナと作ったものを売りながら路銀を稼ぎ、其々の土地に長居をせずに進んだ。
一族の証、そしてドルティア族特有の褐色の肌に銀の髪と赤い瞳。それを隠すために証を覆い、ローブを深く被る。肌の色だけはどうする事も出来ないが、それでも何もしないよりはマシだ。
ほんの数時間だけ留まり、僅かな金を稼いだら食料を買い直ぐに人里を離れる。それを繰り返し、旅を続けた。
滞在時間が短いためか、それとも気が付かないのか…将又わざと関わらないようにしているのかは解らないが、旅を始めた当初ほど俺達に向けられる視線がきつくなくなってきた様に感じる。
旅路ももうすぐ終わりだと言う頃、シーナが言った。
「兄さん、この先の村に職人の村なんて呼ばれてる所があるんだって」
俺達一族の郷以外にもそんな村があるのか…。
俺達もまだ子供とはいえ手に職を持つ一族。興味が湧いた。
それに故郷を出てから表面上はいつもと変わらない風を装うシーナに気分転換をしてもらいたい気持ちもあったからだ。
先日通り越した小さな町でそこそこに路銀を稼ぎ余裕があったため、俺達はその村を覗いて行こう、と立ち寄ることに決めたのだった。
それが選んではいけない選択だと気が付かずに─。
─気が緩んでいたんだ。
あと少しという気持ちが心に隙を作ってしまった。
少し距離がある上その村へ進む道は獣の被害が多いらしく、徒歩での旅は危険だと思い乗合馬車で進むことに決めた。
護衛にと三人の傭兵を伴い馬車は進んむ。途中で野犬や猪が馬車を狙って突進してきたが難はなかった。
しかしあと少しで村に到着する、という所で現れた野犬の集団に馬が噛み付かれ、恐慌状態に陥った馬が暴走し馬車は横転。
外に投げ出された俺は擦り傷や打撲程度で済んだが、シーナは大怪我を負った。
右足が馬車の下敷きになり、脛から下を失うことになってしまった。
あの時俺が寄り道に頷かなければ。
真っ直ぐに目的地に向かっていれば。
馬車に乗らなければ。
座る場所を変えていれば。
思い起こせばきりがない後悔に視界が暗く染まって行く気がした。
村に運び込まれたシーナは魔法で止血だけはされたものの、俺達兄弟がドルティア族だと解った途端、ハエを追い払うように救護所を追い出された。
痛みと熱に魘されるシーナを抱えて途方に暮れていると、顔を歪めた通行人が村外れに空き家が連なる場所へ行けと手を払う。そして一言、空いていればいいがな、と背を向けて立ち去った。
藁にもすがる思いで村外れに向かうと、大人の男2人が一軒の家の扉から大きな樽が運び出そうとしていた。覗き込んだ樽には老人が…正しくは死体が入っていたのだ。
息を飲む俺を見た男達が「新入りか?ならタイミングが良かったな。今一軒空いたぜ」と顎をしゃくる。男達を見送り、家を覗くと、中は狭く、大人なら一人で暮らすのが精々な広さだった。亡くなった老人のものだろうか、ボロボロの少ない家具に食器が少し置かれた小さな机と椅子、奥には寝台。吹けば飛ぶような家屋、そして今し方、人の亡くなった家だがそんなことよりも今は弟が大事だ。
シーナは痛みによる熱に暫く苦しめられ、杖を使い立ち上がれるまでかなりの月日を要した。
失った足の傷が塞がっても、幻覚痛がシーナを苦しめる。そして『逃がさない』『許さない』と言わんばかりに顔の紋様も激痛を発する。シーナはそのふたつの痛みに苛まれながらも、俺に笑いかけるのだ。大丈夫だ、と。
たったひとりの弟が気丈に振る舞うのに、自分の情けなさが歯痒くて仕方がなかった。
事故から一体何ヵ月此処に居るのだろう。
あと少し先に目指す場所があるのに、俺達はそこから動けなくなってしまった。
村の人間は一部を除き極端な言動をとる者は少ないものの、歓迎されていないのは雰囲気で解る。
食べ物など売ってくれないと言う事はないが、良い顔はされない。
徐々に、徐々に、目に見えない何かが溜まってゆくようだ。
疑心暗鬼になり、他人が信じられなくなる。
下ばかり向いているせいか、気持ちも沈むように重くなる。
俺達が何をした?
どうしてもこんな扱いを、謗りを受けなくてはいけない!?
何処へともなく憎悪が流れて行く。
こんな世界、壊れてしまえ─。
そう、思った瞬間、その子は現れた。
「オメメ綺麗だねー」
小さな女の子だった。
女の子は俺と視線が合うとパァと明るく笑いそう言ったのだ。
─彼女との出会いが俺達の運命を変えて行くなんて、あの時は思いもしなかった。
「──『魔法の紐』!!!」
幼い子供特有の高い声。舌足らずにも聞こえるラピスの声と同時に光が溢れる。
その光はまるで泳ぐように、踊るように俺達を取り囲む。温かくて軟らかくて、それはまるでもう二度と会えない母の腕の中のようだった。
誤字、脱字がありましたらお知らせ下さい(^^)
ブクマ&評価ありがとうございます(*´ω`*)




