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72・始まり

※side:ジルヴェスタ


 



 ──幸せは長くは続かない─。


 いつかどこかでそんなありふれた言葉を聞いた気がする。


 その通りだと身をもって知ることになるなんて、あの頃は思いもしなかった。


 父と母と祖父母、そして弟。

 毎日代わり映えのない普通の日々。その普通こそがこの世で最も幸福なのだと、後になって気が付くなんて…。


 あの日、突然前触れもなく襲われた俺達の郷は為す術もなく滅んだ。


 それは日の出前の出来事で、いつもならまだ眠っている時間に急に叩き起こされた事で始まった。強張った表情の母はやや早口でこう言った。


「シーナと隠し通路に行きなさい。そして外から何が聞こえても出てきてはダメよ?眠くなったら眠りなさい。今日から数えて三度眠って、外から何も聞こえなければ出てきても大丈夫。─もしもの時は西の辺境伯様を頼りなさい。わかったわね?」


 頷き返す間さえ与えてはもらえず、地下にある備蓄庫へ背中を押され向かう。備蓄庫から適当な食料を詰めた袋と、水の入った皮袋を母に渡され言葉らしい言葉を交わすこともなく、隠し通路に押し込まれる。

 扉が閉じるとき、母は「大丈夫よ。また後でね」といつもと変わらない柔らかな笑みを浮かべていた。それが俺の見た最後の母の笑顔になるなんて、どうして思えただろう。




 ──母の言いつけ通り、三回眠って外に出た。


 貯蔵庫にあった食料や酒、その隣にあった倉庫から殆ど物は無くなっていた。

 隠し通路に居る間、考えないようにしてきた最悪の出来事が一瞬脳裏を掠めた。

 ドクドクと耳障りな音が自分の心臓の音だと気が付いて、呼吸が短くなる。

 シーナが手を握ってくれなければ、我に返ることもなくみっともない姿を晒していたに違いない。

 ふたり手を繋いだまま、慎重に地下を出た。


 出なければ良かった。そう思った。


 いつも家族で笑いながら食事をした部屋は真っ赤で。

 部屋の隅には母を守るように覆い被さる父が、背中に何本もの杭に貫かれて事切れていた。母は恐らく初撃の一手で既に死んでいたのかもしれない。服も床も血の海で、首が殆ど繋がっていなかった。

 祖父母は入り口の扉に重なるように打ち捨てられていた。ふたりもまた、薄く開いた双眸から光は消えていた。



 両親も祖父母も死んでいるのは見ればわかることなのに、俺は助けを呼びにシーナと家を出た。シーナが一言も発する事がない違和感にさえ気が付かずに。この時の俺には余裕がなかったのかもしれない。

 そしてこの時もまた、出なければ良かったとそう思った。


 火を放たれたのか原形を留めていない家屋。崩れた外壁の下から覗く人の手や足、そして広がる血溜まり。煤けた匂いに混じる家畜とは違う血生臭い匂い。


 足元から氷の杭に貫かれたような気がした。余りにも陰惨な光景に呼吸が止まる。

 手を繋いだままのシーナの掌から熱が消えてゆく。それなのに手を繋ぐ力が強くなり俺の腕を引いた。我に返ってシーナを見ると真っ青になった顔からは完全に血の気が失せ、瞳からは光が消え、ただ呆然と残酷な現実を見詰めていた。


 母に似て柔らかく笑うシーナが…シーナの瞳が絶望に染まっている。


 ──っ!何を…!何をしてるんだ俺はッ!!


 俺よりも年下の弟に家族の死を見せ、そしてまたこの地獄を見せてしまった後悔が、まるで血が沸騰するように沸き上がる。自分自身に怒りが込み上げ、空いた右手で思い切り頬を叩いた、


 パァン!!と頬を叩く音にシーナの肩がビクリと強張る。


「兄さ…」

「行くぞ、シーナ」

「行く…って…何処へ…」

「とにかく、郷を出る。皆を埋葬する時間はない。死体がアンデッドになるまで時間がないんだ」


 俺達の暮らす郷は北の霊峰からの魔素が滑り落ちてくる場所にある。魔素はそれ事態は無害だ。しかし魔素は時として死者を甦らせる。─魂の宿らない死体人形、アンデッドとして。

 郷ごと焼き払うことも考えた。

 けれどそんな事をしている間に残党が戻ってこないとも限らない。それにもしかすると俺達のように隠し通路に未だ息を潜めている者も居るかもしれない。火を放てば生き残った人間も焼き払ってしまうことにもなりかねないからやめた。

 兎も角、一刻も早く郷を離れなければ─。悲しんでいる暇はない。


 恐らく隠し通路に押し込まれた日から数えて3日は経っている。今なら残党も戻っては来ないだろう。

 住み慣れた土地だが、警戒しながら山を降りるのは神経を磨り減らすだろうが、だがそんな事は言っていられない。


 弟を、シーナを守れるのは兄である俺だけなのだから。


 少しだけ冷静になり自宅に入る。兄弟に宛がわれた部屋でズタ袋に自分達が使っていた道具を放り込む。これは両親が用意してくれた大事なものだ。手放せない。

 シーナも覚束無いながらも大切なものをズタ袋に詰め込む。

 時間にして僅か五分ほどで荷造りは終わった。

 俺達はそれを背負い、村の入り口とは違う方向へ向かう。

 万が一を考えて入り口とは逆の森を抜け山を降りることにした。

 そこは狩り場としても使われている森なので目印を辿れば迷わずに山を下れる筈だ。


「……兄さん…?」


 森の入り口で足を止めた俺をシーナが振り返る。

 郷を見遣ると、記憶の中の風景と現在の風景がダブって見えた。荒れ果てた生まれ故郷が物悲しく、引き留めるかのように足を重くさせた。


 恐らく二度と戻ることはできないだろう。

 ものの数日でこの地はアンデッドが彷徨う魔郷となるだろうから。

 最後に目にする生まれ故郷が記憶から消えないように、見詰めた。


 アンデッドは死んだ場所を一定以上離れることはない。故にこの地に踏み込まない限りは襲われることはない。


 郷から離れないと…。

 けど離れたくない。

 戻りたい。

 戻れない。

 生まれ故郷を捨てるのか?

 捨てるんじゃない、居られなくなっただけ…。

 違う、そうじゃない。

 生きるために…シーナを、弟を守るために、俺は──。


「──…さよなら、みんな」


 ─そうだ。俺はもう此処へは戻らない。

 残されたたった一人の弟を守るために、俺は生まれた地を─捨てる。


 郷を抜ける風に掻き消える声はそのまま何処かへ飛んでいった気がした。



 故郷を捨てる。

 その報いを…呪いを知るのがすぐだと言う事も知らずに、俺達は郷を出た。






今月は先月より更新がんばるぞー!(๑ •̀ω•́)۶


↑既に嘘臭い…


次もジル視線でーす!(*´ω`*)



誤字、脱字がありましたらお知らせください(*^^*)

ブクマ&評価ありがとうございます!(///ω///)






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