65・呪紋
─黒い狼。
いや、良く見ると狼なのか何なのか解らない。黒く、大きく口を開いた獣。前世で言うところのジェヴォーダンの獣やフェンリルを彷彿とさせる。と言っても本やネットで拾った知識だけど。
前世でもこの世界でも勿論狼は存在するけれど、前世とは少し違う。
この世界の狼は皆灰色で、群のリーダーとなる狼だけが黒い。元々灰色でもリーダーになると黒くなるのだ。そしてリーダーになった狼は群を守り、先頭に立って戦う。仲間意識が強く決して仲間を見捨てない。
─その反面、裏切り者には決して容赦はしない。地の果てまでも追いかけ必ず粛清される。決して逃さず、必ず見つけ出し確実に仕留めるのだ。
「これは…呪紋だな」
伯爵様の言葉にジルが重く頷く。
「俺達はこれを一族の証だと…一族に祝福を与えるものだと勝手に思い込んでいた。多分、俺達以外のドルティア族もそう思っていたはずだ。─けど、そんなものじゃなかった。コレは俺達を縛る呪いだ」
一族の掟で必ず対面しなくてはならなかった族長。恐らくそいつが呪いをかけた人物だろう。ジルもそれを解っているようだった。
「族長一家は古くから続く家柄で一族への執着が並みではなかった。大昔の大戦後、先祖が受けた仕打ちをどうしても許せなかったんだろうな」
いくら国王が風評だと言ったところで一度根付いた悪感情はそう簡単には払拭されない。怒りは憎悪に、色んな負の感情がグツグツと煮込まれていつしか憎悪は呪いに変わったんだろう。
それが向かう先が自分達を蔑ろにした者達ではなくて、守りたいと思った同胞を戒める鎖になってしまった。
ただもう二度と一族を利用されたくない、守りたいと言う感情が強すぎて、その思いがいつしか束縛と言う物に変わってしまったんだと思う。
だから郷から出た瞬間、証が呪いだと初めて気が付いた。
ジルはそう言って俯く。
呪紋はまるで忘れるなと言わんばかりに時折凄まじい痛みを発するそうだ。それはまるで焼けた杭を押し当てられるような…。
しかしそれでも狩りやどうしても行商に行かなくてはいけない人も居ただろう。それらで郷を出た人に呪紋の効果が発動しなかったと言うことは、恐らくジルの様に郷を捨てると覚悟したり心が生まれ故郷を離れたときに発動するものなのかもしれない。
「─郷から逃げたい訳じゃなかった。戻れるなら幸せだったあの頃に戻りたい。けど…あの惨状を見て、もう二度とあの時間には戻れないんだと、打ちのめされた。俺は兄で、シーナを守らなくちゃいけない。だからあの一瞬で郷を捨てる覚悟をした。その判断に間違いはなかったと今でも言える」
顔を上げたジルは迷いのない目で告げた。
「……僕も、後悔はしてないよ。あの時、生きるために選んだ選択で僕等は今生きてるからね」
「シーナ…」
シーナちゃんが小さくジルに微笑む。
ジルはシーナちゃんにも郷を捨てさせた事を気にしていたのかもしれない。
「それに、もしあの郷に残ってたのなら、遅かれ早かれ僕等は死んでただろうし」
「……そうだな」
ふたりは肩を落とし、嘆くように俯く。
その表情はやりきれない気持ちに溢れていた。
「…なるほど──『死者』、か」
伯爵様の言葉にふたりは小さく頷いた。
「僕達が住んでいた場所は魔素が濃い土地だったから、死後は火葬で骨も残さず燃やし尽くしていたんだ」
「死体をそのままに俺達は逃げたからな…恐らく今頃は…」
アンデッドってなんだろ?ゾンビとか?
解らないことは聞くに限る。
「アンデッドってなに?」
「アンデッドってのはその名の通り死人だ。だが、ただ人が死んだだけじゃアンデッドにはならない。アンデッドになるには条件がある。大量の人間が一度に殺され、その土地に漂う魔素が濃い事が条件だ。そして七日七晩、魔素を浴び続ける事で死体は死者となる」
伯爵様はそう教えてくれると苦虫を噛んだような表情を掌で覆った。そしてボソリと呟く。「不味いな…」と。
何かマズイ事あった──。
「あーーーー!!!」
思い出した!昨日公爵様が調査するって言ってた!てことは調査隊とか向かわせるんだよね?めっちゃ危険じゃん!!
エルナたんは優しいから調査隊の人達に何かあったら悲しむ!絶対泣く!それはアカン!!イコール私も泣く!!
突然叫んだ私に伯爵様達は驚いてこちらを見ている。
「なんだ。突然」
「だ、だって…公爵様が調査するって言ってたから!早く知らせてあげないと危ないと思って…」
「大丈夫だ。屋敷に到着するのは恐らく明日以降だろう。それにすぐに調査隊を向かわせる訳じゃない。選別や準備に最短でも二日はかかる。その間に俺が知らせるからそれは心配するな」
「そ、そっか…よかったぁ…」
ほっと肩を下ろすと、ジルとシーナちゃんが困惑した様子で私と伯爵様を見ていた。
やべ。公爵様が~とか言っちゃったよ。どうしよう。警戒されたらせっかく皆でご飯食べた意味がない!皆でご飯食べて警戒心を緩めてやろうって言う私の計画が!!
「えっと…」
助けを求めて伯爵様に視線を移すと、伯爵様も同じ様な視線を向けてくる。
ちょっと、6歳児に何を期待してんの。
そして僅かに悩む素振りをした伯爵様は突然ジルとシーナちゃんに向かってガバッと勢い良く頭を下げた。
「すまん。お前達を騙すとか、そう言うつもりは一切なかったんだ」
大の大人に頭を下げられたふたりは呆気に取られたのか、顔を見合わせ今度は私に視線を向けてきた。
「んとね…実は─」
どうせ本当の事を話すんだし。
まぁそれがちょっとだけ早くなっただけだよね、って事で私はふたりにどうして此処に来たのかを話すことにした。
当然、その過程で伯爵様の事も話すに至った訳だけど、ふたりは驚きに目を見開いたまま少しだけ固まってしまった。まぁ今は貴族っぽさがほぼないもんね…仕方無い。
「─と、言う事なんだけど…」
何故か私が説明する感じになってしまい、全てを話終えるとどっと疲れた。こー言うのって普通大人が話すもんじゃないの?いや私も中身は大人だけどさぁ…。納得いかない。
騙してたって訳じゃないけど、気まずいよー。
おずおずと顔を上げると、先にシーナちゃんと目が合い何故かにこりと微笑まれた。
なして?そこは不信感で汚物をみる目で見下ろしてもいいんだよ?私ならそうする。確実に。
「つまり、全部ラピスが始まりって事…なのかな…?」
「ほえ?」
「だってほら。ラピスが兄さんと出会わなければ僕等はこうしてご飯を一緒に食べることも、伯爵様と出会うこともなかった訳だから。すごい偶然だと思わない?まるで途中で切れてしまっていた糸をラピスが繋げてくれたみたいだ。兄さんもそう思うよね?」
笑顔で水を向けられたジルも同じ様に、口許を僅かに綻ばせて頷いた。
お花見日和ですね~…行かないけど笑
誤字、脱字がありましたらお知らせください(*^^*)
評価&ブクマありがとうございます!(*´ω`*)
…すみません、花粉症で頭痛が酷いので更新遅れ気味になるかもです…( ´△`)




