5・最強の聖石
side:エルディアナ
「すきです!!おともだちになってください!!」
全てを諦めてもうなるようになれ、と人生に虚無しか感じなかった矢先。
彼女は現れた。
真夏の向日葵のような明るい金髪に、不思議な色の青い瞳の女の子。
同じ年で、名前をラピスと言った。
ラピスに出会って半年。
私は自分がそわそわしていることに気がついた。
三度目の逢瀬。明日は父と一緒に視察へ向かう日。
明日を心待ちにしている自分に気が付いて、自嘲が溢れる。
「何を…期待しているのかしらね…」
愚かな私。
今が楽しくても、結局未来は変わらないのに…。
五度目の人生に置いて、私はもう何もする気はなかった。
なかったはずなのに─。
一度目の人生は気が付けば断頭台に立っていた。
二度目は死にたくなくてあの未来を回避するために動いた。結果一度目とは違う謂れの無い事で吊し上げられ、またしても断頭台へと送られた。
三度目は危険を徹底的に避けるため先んじて行動した。そのせいで未来を予知する悪しき『異端者』と罵られまた断頭台へ。
四度目は断頭台送りになる前にさっさと国外へ逃亡しようとした。しかし偶然なのかはたまた運命なのか、私が隣国へ移って直ぐ隣国が自国へと侵略行為─戦争をけしかけた。私は間諜の容疑で捕らえられ言い訳も何もさせて貰えないまま断頭台へ立った。
その全ての人生で私の味方をしてくれたのは、家族と我が家に仕えてくれた使用人の皆だけだった。
五度目の5歳。
私はもう無邪気に笑えなくなっていた。
そんな私に父も家に仕える者達もどうして良いのか解らなかったようだ。
そんな折り、父から視察へ一緒についてこないか?と声をかけられた。
─この出来事も五度目ね、と私は頷く。
「ようこそー!領主様!御嬢様!」
「ようこそー!」
いつも笑顔で私達を迎え入れてくれる領民達に、私は笑えない。手を振り返すことも出来ず、ただ立ち尽くす。
そうしていたら今までの四度目の人生では起こらなかった事が起こった。
「すきです!!おともだちになってください!!」
跪き真っ赤な薔薇を一輪差し出し、キラキラとした瞳で私を見上げる女の子。
それがラピスとの出会いだった。
私はもう誰にも関わるつもりはなかった。大切に想う人が出来ても最終的に悲しい思いをするだけだから、と。
誰にも傷付いて欲しくない─。
その思いは確かなもので。けれど私の心の弱さでもあった。そう、私は自分が傷付く事にもう耐えられないのだ。
貴女とはお友達になれない、私には危険が多い。そう言ってラピスを遠ざけようとしたのに─。
「ん~…ラピスむずかしいことわかんない。でもでも!ラピスがスッゴクつよくなればだいじょうぶだよね!そしたらエルナたんも、エルナたんのだいじなひとも、ぜーーーんぶわたしがまもるよ!!」
彼女は眩しいほどの笑顔で私にそう言ってくれた。息を飲むほど真っ直ぐに。
あの時の笑顔が瞼の裏に焼き付いている。純粋に私を好きだと言ってくれたあの子を傷付けてしまったらどうしよう…。そんな風に思いながらも、あの笑顔をまた見たいとも思う。
「そうだわ…確か頂き物のチョコレートがあったはず…」
ふとそんな事を思い出した。
チョコを食べたらラピスはどんな顔をするかしら?
想像すると無意識に頬が緩んだ。
「…私」
無意識とは言え、口角が僅かでも上がったことを自分で驚いた。
遠ざけたい。けれど笑ってほしい。泣かないでほしい。いろんな感情がぐるぐると交差する。
それでも少しだけ。ほんの少しでいい。この数年間だけでいい。ラピスとの思い出があればこの先の出来事も受け入れられる、そう思った。
気が付けばラピスと出会って一年が経とうとしていた。
その頃には私の気持ちも僅かだけれど落ち着いて、いつの間にかラピスを可愛い妹のように思い始めていた。
同じ年なのに私よりも小さくて、舌足らずに私の事を「エルナたん」と呼ぶ。それが可愛くてたまらない。
ラピスはとても優しい。明るくて、思いやりがあって、そして可愛い。無垢な笑顔を向けられる度、私の心の澱が甘い砂糖のように変わってゆく。
今日はラピスのために取り寄せたチョコレートを持ってきた。
一粒口に含んだラピスは頬を両手で包み本当に幸せそうに噛み締める。その顔が見れて私は満足だ。
するとラピスも一粒チョコを摘まむと私に差し出す。ラピスにあげるために持ってきたのに、可愛らしく「あ~ん」と言われては食べないわけにはいかない。
私がチョコを食べるとラピスは嬉しそうに笑った。
家族にも食べさせてあげたいとハンカチに包んで帰ろうとしたので「このまま持って帰ればいいわ」と箱ごと差し出した。
家族を思いやれるのも彼女の魅力のひとつ。
ありがとうと口にする彼女の笑顔はとても輝いていた。
ラピスは私と別れるとき、いつも泣く。
私達が会って言葉を交わすのはほんの一時間程度。
それでも大切な友達だと思ってくれていると、そう感じる。
ラピスが泣くのは私も悲しい。悲しいはずなのに、私との別れを淋しいと涙をこぼす彼女には悪いけれどとても嬉しい。
こんなことを思ってはいけないのだろうけど、私のために涙を溢すラピスに愉悦を覚えてしまう。─いけないことなのに。
だからなのかしらね…。
そんな不埒な事を考えていたせいで罰が当たったのだわ。
私は忘れていたの。幼い頃の視察で盗賊に襲われたことを。
ラピスとの出会いに気をとられて、対策も何も綺麗に忘れていた。
このまま辺境伯領内に入れば確実に私の知る未来へ進むことになる。
だからと言ってどんな理由でお父様へ「向かうのはやめて」と伝えれば良いのかわからない。
過去には護衛を増やしたり、時間をずらしたり、秘密裏に武器を用意したり等、私にできることはした。けれどどんなに手を尽くそうとも死傷者を減らすことは出来ても彼─執事のロートベルは助からないのだ。
私は何度、彼を死なせてしまうの─?
バクバクと心臓の鼓動がうるさい。
どうしよう。どうしよう。どうしよう…!どうすればいいの!?
胸の鼓動だけで死んでしまうのではないかと思うほど、私の心臓は暴れていた。
そして──。
嘶く声と停止した馬車。俄に騒ぎだした護衛達の声に、ざっと血が下がった。
馬車の小窓から覗いた外では盗賊と護衛達が剣を抜いて対峙していた。お父様は私を強く抱き締め「大丈夫だ」と小さく、けれど力強く囁く。
─あぁ…また。また私は助けられないの?
絶望に飲まれて目の前が真っ暗になりかけた瞬間、シャラン─と金属のようなガラスのような物がぶつかるような軽やかな音が辺りに響いた。
小窓から外を覗けば、真昼のはずの外がまるで海の底のように真っ青に輝いている。
馬車を取り囲む護衛ごと宝石のような物でぐるりと囲まれている。護衛達もお父様も「いったい何が」と狼狽えていたけれど、私には恐れなど感じなかった。だって─私はその【青】を知っているもの。
『お母さんがね、私が生まれたときに目の色がラピスラズリみたいだって思ったからラピスってつけたんだって!』
今この時、私の脳裏に浮かんでいたのは満面の笑顔で私に笑いかける彼女の青い瞳、ラピスラズリの─【最強の聖石】だった─。
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あと数話ストックがあるのでそれをアップし終えたら不定期更新になります(>_<)