38・強くなるために
side:エルディアナ
私の可愛い聖石。
小さいのに大きくて、可愛いのに強くて、とてもアンバランスなのに、私の心を捕らえて離さない…。
見上げた夜空はまるでラピスのよう。
深い蒼に宝石のように煌めく星達はまるであの子の瞳のようで。
過去、夜になるのが怖かった。
夜が来れば…朝日が上れば…またあの忌まわしい日々を繰り返さなくてはならない。そう思うと夜という物が酷く恐ろしく、残酷なものに思えた。
なのに今はあの頃のような恐ろしさは微塵も感じない。
だって夜空はまるでラピスの瞳だもの。
会えない日も、夜になると深い蒼の夜空に星が煌めく。まるで夜に私に会いに来てくれているようで、心が凪いだ。
『怖いものなんてないよ。私がそばにいるから!』
ラピスならきっとそう言う。
あの眩しい笑顔で。
私に何度だって微笑みかけてくれる。
だから私は頑張れる。
「──もう、決して負けないわ」
思わず溢れた言葉に驚いた。
もう何もかも諦めたと、もう誰も愛さないと、そう思っていたはずなのに。
そうだ。
運命に抗え。
自分の運命を人に委ねるな。
運命が私を悪役にしたいと言うなら、かかってくれば良いわ。
過去の私は運命と戦っていると思っていた。けれどそれは私の勘違いだった。戦ってなんてなかった。あんなのはただの悪足掻きだ。
守ると言いながら、守られていたのは私。
私は、私を守る人達に只指示を出し、危険をそらそうとしていただけだった。
そう気付いた時、自分が酷く醜く狡猾な女だと愕然とした。
そんな格好の悪い私でいいの?良いわけなんてない。
「私は、あの子に誇れる『私』になる」
ラピスの手紙を胸に抱き、夜空を見上げながら改めて心に誓った。
「テオドール、ギヴソン、お願いがあるの」
朝食後、呼び出したふたりにそう切り出す。
何を言われるのか、と顔を強張らせたふたりに私自身も緊張で息を小さく飲んだ。
「私に、剣を教えてほしいの」
「それは…またどうしてでしょう…?」
ギヴソンは困惑した表情でテオドールに視線を寄越す。
テオドールはギヴソンとは逆で何処か楽しそうに口角を小さくあげている。
「…私は、あの子に格好悪い姿なんて見せたくない。いつだってあの子が誇ってくれるような、そんな人間になりたい。 貴族女性にあるまじき行為だと言われても…」
─この手が、ラピスが大好きだと言ってくれたこの手がたとえ血に染まっても…。
「─私は、戦うために剣をとる!」
グッと拳を握りしめる。まだ一度も武器を手にしたことのない子供の手だけれど…。
「きゃ~!エルナたんカッコいい~!」
「!?」
突然の裏声に主を探せばテオドールだった。
彼はニコニコしたまま私を見ている。
「…って、ラピスなら確実にそう言うでしょうね」
テオドールは気付いていた。ラピスの名前は出していないのに。
「旦那様の許可が降りれば、俺達で宜しければ剣術をお教えいたしますよ」
「……!ありがとう、テオドール!」
ひとり置いてけぼりのギヴソンは「えぇ!?」とオロオロと私とテオドールを見返している。それが何だか可笑しくて私は笑ってしまった。
こんな風に笑えるのもラピスのおかげ。
あの子は強い。もしかすると誰にも負けないかもしれない。だけど、私の独り善がりなのかもしれないけれど、それでも私だってあの子を守りたい。
きっと運命は私の周りにも弊害をもたらす。それはラピスをも巻き込むものかもしれない。
運命という悪意がラピスを襲うなら、それを捩じ伏せるだけの力が欲しい。
─待ってて、ラピス。私も強くなるわ!
直ぐにお父様に許可を貰い、その日ギヴソンとテオドールは私の剣の師匠になった。
最初に子供用の剣を持ち上げるように言われた私は「なぜ?」と首をかしげた。けれど柄を握り持ち上げようとしたことでその意味に気付かされる。
持ち上げることが出来なかったのだ。正確には持ち上げることは出来たけれど、剣身が浮くことは無かった。
剣がこんなに重いものだと私はこの時初めて思い知ったのだ。
先ずは剣を持ち上げる事が出来るようにと身体作りをすることになり、今はテオドールとランニング中だ。
「お嬢様、頑張ってください」
「え…えぇ…」
喉がヒリヒリして、胸が痛いくらい苦しい。
息をするのってこんなに苦しいものなのね…。
「ラピスは毎日60㎞以上走ってるみたいですよ。本人は10㎞くらいだと勘違いしていたようですが」
「ふふっ…ラピス…らしいわね…っ」
たまにこうしてテオドールはラピスの話をしてくれるお陰で気も紛れるし、もっと頑張ろうと力が漲ってくる。
腹筋に背筋、腕立て伏せやスクワット…どれも最初は五回も出来なかった。
けれど少しずつ出来る回数が増えてきて、もうすぐ視察の時期だと言う一週間ほど前に、私はあの子供用の剣を余裕で持ち上げる事が出来るまでになった。
「やりましたね、お嬢様」
「…!やった…やったわ!これで剣術を始められる!」
テオドールもギヴソンもはしゃぐ私を見て嬉しそうに笑っている。
漸くスタートラインに立てた。
まだまだラピスには遠く及ばないし、もしかすると私には剣術のセンスがないかも知れないけれど、それでも貴女に降りかかる火の粉を払えるくらいにはなりたい。
鈍く光る剣身に映る眼はもう、五度目の人生が始まった朝に鏡に映った暗く淀み死んだ眼をした私じゃない。私が私自身を変えなくては、と思えたのはあの子のお陰だ。
そんなラピスの笑顔を私の事で曇らせたくはない。だから戦える力を付けなくては。あの子の憂いを私自身の手で少しでも払えるように─。
◆その頃ラピスは◆
近々やって来る公爵家の視察に向けて着々と兎のマーキングを増やしているのであった。
「あ!何か可愛い兎見っけ!!ピンクだ!ピンク色だぁ~!美味しそぉ~!」
よだれを垂らしたラピスに兎が逃げ出す三秒前の話…。
ちょっと短いですがエルナたんsideのお話でした~(*^^*)
誤字脱字がありましたらお知らせください(*^^*)
ブクマ&評価ありがとうございます(///ω///)




