23・本と私と君と
今日もいい天気だ。
これは昼下がりになるといい昼寝日和になるのではないか?
男はそんな事を考えながらいつもの場所へと向かった。
いつもと同じ、友人に挨拶をして、自分に宛がわれた場所へと向かう。
そう、今日こそは平和な一日になる筈だ─…。
カーン!カーン!カーン!
緊急を知らせる鐘が鳴り響く。
「来たぞぉーー!!【うさぎ】の襲来だーーっ!!」
俄に騒ぎ出す男達。それまでの穏やかな時間は戦場の空気へと瞬きの間に変わった。
「総員!!構え─ぐあぁ!」
見張り塔の男の断末魔の様な叫び声が合図だ。
何処だ!?
何処からかかってくる!?
全ての男達の神経が、五感が研ぎ澄まされる。
やってくる【うさぎ】の気配を捉えるため身体全体を緊張が支配していた。
その瞬間はまさに刹那。
「ぐあぁ!!」
「うわぁ!!」
仲間の叫び声が聞こえ、ドサッと地に伏す音が聞こえる。だがそれに目をとられた瞬間、自分達はやられる!
それはここに居る者達全員の総意だった。
「今日こそッ、今日こそ俺は生き残るぞッ!」
「おい!やめろ!それフラ─ブヘッ!!」
朝挨拶をしたばかりの友人が沈んだ。気が付けば男の回りには未だ尚戦意を喪失しておらず、【うさぎ】の気配を何とか感じられる数人のみが立っているだけだった。
しかしそれも瞬きの間にひとり、ふたりと地に伏してゆく。
「俺は…!俺はぁ…!!」
そこで男の意識は刈り取られた。
────。
「わぁーーい!今日も圧勝ぉ!!」
両手を上げで万歳していると背後からパチパチと拍手が聞こえて振り返った。
「あ、伯爵様、おはようございます!」
「おう、今日も絶好調だな!」
サムズアップで応えた伯爵様が手招きして私を呼ぶ。これはいつもの事なので私は黙って伯爵様の後ろをついて行った。
「最近は彼奴等の中にもラピスの動きが見えるようになってきた奴も何人か居るみたいだぞ。まぁ、まだまだ見えるだけで反応までは出来ないみたいだがな」
ははは、と伯爵様は笑いながら廊下を進む。
エルナたんと別れて2週間。
その間、私は毎日伯爵様の演習場を襲撃していた。
最初は気が付いた時でいいぞ、って言われていたけど折角毎日修行しに来てるんだし、と言うことで勉強も兼ねて毎日通っていた。
最初は見張り塔の人はスルーしてたんだけど、やっつけた方が雰囲気出てヤル気になるかな?と思ったから最近は一番に落としてる。
おまけに最近は私にコードネーム?みたいなのが付いてて皆には【うさぎ】と呼ばれていた。
何でも見た目は可愛い兎なのに俊敏さが異様で部隊で陣形を組んで討伐に当たるほど素早い動きで翻弄してくる魔物が居るそうだ。しかもパンチとキックで戦うらしいけど恐ろしく攻撃が重いらしい。
そんな魔物に何と無く似ていると誰かが言い始めたせいで、今や私の渾名になっていた。
長い廊下を進んだ先には大きな扉がある。伯爵家の図書室だ。
中に入ると古い本の独特な香りがする。私には落ち着く香りなんだけど、脳筋な伯爵様にはただただ「カビ臭い」お部屋らしい。
チャリ…と私の掌に鍵が落とされる。これもここに来たら毎回の事なので、私は素直に受け取りお礼を口にした。
「10時頃に菓子と茶を運ばせるから、頑張って勉強しろよ」
そう言い残して伯爵様は図書室を出ていった。
私は伯爵様に手渡された鍵を使って奥の小さな扉を解錠し中へ入る。
そこは貴重な魔導書や資料などが置かれているんだけど、そんな場所の鍵を伯爵様は私を信用して預けてくれているのだから、とても感謝していた。
中は4畳程の広さで四方を本棚が囲んでいる。窓はなく、明かりは天井の魔方陣だ。入り口の魔石に魔力を通すと三時間ほどは明かりを灯してくれる。
そして小さな机とふかふかのカウチ。これは伯爵様が私のために中へ運び込んでくれたものらしい。ありがたや。
早速魔法のお勉強だ。
数冊の魔導書を机に重ねて置き、そのうちの一冊を手にしてカウチに腰かける。
ペラペラとページを捲れば古い紙の匂いと何処かカビ臭いインクの香りが仄かに匂う。思い出すなぁ…前世の市の寂れた図書館…。
そう言えば前世じゃ本と名の付くものは割りと大好きだった。
図鑑も物語も詩集も。
「…あ、そうだ」
ふと思い出した。
それは仲の良かったひとりの女の子の事だ。
小学校、中学校と同じで、控え目な子で大人しくてけれどとても可愛い女の子。
彼女は本を読むのが好きで私とも気が合った。性格は真逆なのにうるさい私の話もニコニコと聞いてくれた。それが嬉しくてクラスが離れても頻繁に会いに行っていた。
ある時彼女は恥ずかしそうに私にこっそりとノートを見せてくれた。ノートの中には短いお話から物語になるようなネタまで沢山の文字やイラストが書き込まれていた。
『わたしいつかお話が書きたいの』
そう少し恥ずかしそうに私に夢を打ち明けてくれた。
高校に上がると私達は別々の学校に進んだので離ればなれになってしまった。けれど連絡は取り合っていた。
そしていつしか大学を卒業して、就職して…。
気が付けば何年も彼女と連絡を取っていないことに気がついた。大学や就活、新生活に就職。沢山の事があって3年ほど音信不通だった。
「どうしてるかな…」
そんな風に彼女の名前を呟きそうになった瞬間─。
記憶の中の幼い彼女にノイズがかかった様な気がして驚いて頭を振った。
「…あれ?」
もう一度彼女の顔を思い出してみる。すると─。思い出の中の幼い彼女の顔が大人の女性に見えた気がした。
そんなはずはない。私達はもう何年も会っていないのだから。
大人になった彼女を私は知らない。
知らないはずなのに─。
『──ちゃん』
記憶のなかで彼女がわたしの名前を呼んだ。
そうだ。彼女はいつもの私をそうやって呼んで…。
「─って、あれ?私の前世の名前って何だっけ…?」
今まで思い出しもしなかった、前世の自分の名前。
どんなに記憶を探っても前世での名前が思い出せない。それどころか…。
「あの子の名前も、思い出せない…?」
なんでだろう?大切な思い出は覚えているのに、肝心のあの子の名前が思い出せなかった。
「う~ん…ま、いっか…」
きっとアレだよね。転生したなら前世の名前は要りません!的な神様の計らいみたいなもんだろう。
あの子の名前が思い出せないのは何だか悲しいけど。
自分の名前は特に思い出さないと困るって訳でもないし、この先に前世の名前が必要かと聞かれれば否だ。
今の私にはラピスという名前があるんだから。
きっと思い出さなくても大丈夫。
書き立てホヤホヤでございます…ふへ笑
急に寒くなってきたので手がカチカチですよぉ泣
誤字脱字がありましたらお知らせください(*^^*)
ブクマ&評価ありがとうございます!(о´∀`о)




