118・ラビ
side:????
コンコンコン、コンコンコン…。
暖かい陽射しの中でうとうととしていたら扉を叩く小さな音に微睡みに落ちそうになっていた意識がふわりと浮上する。
あらあら…誰かしら…?
お客様は凄く、すごーく珍しいわ…と言うか初めてではないかしら。
─まぁ!まぁまぁまぁ!嬉しい!
「はぁーい!」
慌てて立ち上がったものだから膝に掛けていたブランケットが音もなく滑り落ちた。
あぁ、お気に入りのブランケットだけれど、けれども構ってはいられないわ。だってお待たせしちゃうと折角のお客様が帰ってしまうもの。
「お待たせしてごめんなさい。どちら様かしら」
嬉しさを抑えきれずに扉を開くと眼前には誰も居なくて…。
あぁ…やっぱりお出迎えが遅かったから帰ってしまったのね…としょんぼりと視線を落としたら。
「─まぁ!」
私の足元には小さな女の子が佇んでいた。
艶々の檸檬のような色のツインテールが可愛らしい小さなお客様が驚いたように私を見上げた。あぁ、なんて可愛らしいのかしら!
「こんにちは!」
「はい、こんにちは。いらっしゃいませ」
可愛い声で元気にご挨拶した女の子に膝を折って視線を合わせると、柔らかそうなほっぺたがほんのり染まって恥ずかしそうに微笑む。
「お客様なんて久し振りだわ。…あら?始めてだったかしら?まぁどちらでもいいわね。美味しいお菓子をご用意するわ。一緒にお茶はいかがかしら?」
嬉しくてお茶に誘ってしまったわ。いきなりのお誘いにも女の子は嬉しそうに頷いてくれた。
「ラビちゃん。いらっしゃい」
今日もラビちゃんが来てくれた。あれから毎日ラビちゃんは私のおうちに遊びに来てくれている。
時にはボードゲームをしたり、お菓子を一緒に作ったり。あぁ、そう言えば庭のお花も摘んだわね。
ラビちゃんの本当のお名前は私が考えたのよ。だって可愛いツインテールがウサギの耳みたいで可愛かったんだもの。ラビットのラビちゃん。ね?可愛いでしょう?ラビちゃんも喜んでくれたのよ。
ラビちゃんは毎日遊びにやってきては沢山のお話を聞かせてくれる。今日食べたお肉は美味しかった、とか。明日はボア肉が食べたい、とか。あぁそうそう、竜の尻尾が欲しくて冒険した事とかも。そのお話を楽しそうにお話しするものだから、毎日が楽しそうで私も嬉しくなっちゃうのよね。
ここへ来る途中にも沢山の人に出会うお話も楽しくて好きよ。
今日は脚が痛くて歩けなくなってしまった老農夫さんに出会ったのですって。このままじゃ美味しいお野菜が収穫できなくなってしまうって落ち込んでいたから、ラビちゃんが「痛いの痛いの飛んでけ~!」っておまじないをしてあげたら元気になってお礼を言った後畑へ走って行ってしまったみたい。
その前は怪我が原因で目が見えなくなってしまったおじさまにも出会ったらしいわ。もう孫の顔を見ることが出来ないと泣いていたのが可哀想で、瞼に魔法の葉っぱを貼ってあげたら次の日にまたそのおじさまに会って大喜びで「孫の顔が見えるようになった!」とお礼を言ってくれたのですって。
ふふ…ラビちゃんはいつも誰かを助けてあげてるのよね。とてもいいこだわ。
ラビちゃんならあの子も助けて…──。
………。
…………。
………………。
何かしら…今とても嫌なことを思い出しそうになったわ。
その途端に胸が黒い何かに犯されていく。
──『貴女の娘は■■を■■■■■■■導く為の■■なのです!■■の為に■■■こそ貴女の娘は■■■ある!!!』──
─!?!?
なに?なんなの?
こんなの知らない!誰!?
血走った眼で私を取り囲む人達。訳の解らない事を陶酔したように口々に叫ぶ。怖い。怖い…!怖い……!!
──怖い…!!!!!!
「だいじょうぶだよ」
小さくて温かい何かがそっと手を包む。よく見るとそれはラビちゃんの小さな手で。
…何故かしら…こんなに小さな手なのに、それだけで何もかも大丈夫な気がしてくる。
ラビちゃんが「だいじょうぶだよ」って言ってくれるだけで胸の中の黒い霧が晴れていくみたい─。
「ぜんぶ、ぜーーーーんぶ!だいじょうぶだよ!!」
まるで真夏の向日葵みたいに明るく笑うラビちゃんに胸の中の黒い靄が吹き飛ばされていく様に感じた。
「………大丈夫、なの…?本当に、大丈夫なの…?」
「うん!」
「ホント…?本当に、大丈夫、なの?」
「うん!」
唇が震える。ちゃんと言葉として聞こえるか怪しいほど声も震えている。
確かめるように、何度も何度も問う私に、ラビちゃんは力強く頷いてくれた。
「大丈夫だよ!私が悪者ぜーーーんぶ!やっつけるから!」
あぁ…この子なら、あの子を救ってくれるのかもしれない。あの子の運命を唯一変えられる希望なのかもしれない。
「だから、もう起きても大丈夫!公爵様も、エルナたんも、レーシアママの事待ってるよ?」
「!」
パチン、と目の前で光が弾けた気がした。
例えるなら虹色のシャボン玉。その光に誘われるみたいに身体がふわふわと浮かび上がる。
見上げると空の上から沢山の花が雪のように降り注いで私を明るくて眩しい方へと誘って行く。
あ、そっちは眩しくて嫌だった方向だわ。
それなのに、ラビちゃんが手を繋いでいてくれるだけであんなに嫌だったはずの眩しい光はまるで春の陽射しみたいに温かくて…。
そこへとどんどん近づいて行くと光に照らされた扉があった。するとラビちゃんは立ち止まり、私から手を離す。
温かかった手のひらがラビちゃんの熱を失ってひんやりとしてゆくのを感じだ。
「ここからは私は行けないんだ」
「どうして?一緒に行ってくれるんじゃないの…?」
不安からラビちゃんと繋がっていた方の手を抱き締める。
「んとね、レーシアママと私の扉は違うから。私は私の扉からじゃないと出られないんだぁ」
扉?扉ってみんな同じじゃないの?
「だからね、扉の向こう側でまた会えるよ!」
そう言うとラビちゃんは私に「またね」と手を振った。
またね、ってどういう事?ここじゃもう会えないの?お菓子を食べたり、お話ししたり、お料理したり、お花を摘んだり、もう出来ないの…?
「大丈夫!扉の向こうはきっと素敵がいっぱい待ってるから!」
ラビちゃんが大丈夫って言ったのなら、きっと大丈夫よね…?
ちょっと怖いけれど、思いきって扉へと手を伸ばした。開いたその先は綺麗なお花畑で、無意識に一歩、二歩と進んで行く。気が付くと私は扉の中。そしてラビちゃんは扉の向こうに笑顔で立っていた。
ゆっくりと扉が閉じて行く。
「レーシアママー!またねー!」
両手を上にあげて一生懸命手を振るラビちゃんに、私も笑顔で手を振り返した。
◆◆◆
秋が始まる頃、原因不明で眠り続けるルビニカ公爵夫人が目覚めたと知らせが入るのは、それから暫く後の事だった。
誤字、脱字がありましたらお知らせください!助かります(〃´ω`〃)
ブクマ&評価ありがとうございます♡




