10・模擬戦
「しかしそこまでの戦闘能力があるのなら、是非ともその実力を見てみたいものですね」
半分空気になりかけていたギヴソンさんの言葉に伯爵様が「それな!」とニカッと笑う。
「お前の言葉を信じてない訳じゃないが、うちのアランより小さな子供がそこまで無双出来るものか一武人としては気になる」
よし!と手を叩いた伯爵様は立ち上がり「行くぞ」と顎をしゃくった。
「またお前は…」
嘆息を漏らした公爵様に伯爵様は腕を組んで歯を見せて笑う。それを見た公爵様がボソッと「脳筋が…」と呟いたのを私は見逃さなかった。
なんやかんやで私達は率先する伯爵様に付いて部屋を出た。私の手はエルナたんが握ってくれているので迷子にはなるまい。ふへっ。
たどり着いたのは伯爵邸の裏。つまりは兵士達の演習場だった。
まだ陽は高いのでそこかしこで訓練や模擬戦、鍛練が行われている。
今は巡回中や遠征中の部隊が抜けているのでそこまで大人数ではない。
ぞろぞろと現れた私達に一瞬だけ兵士達の手が止まる。アラン様も含めて子供が三人も大人の中に混じっているのが気になるのか視線だけで追う者も何人か居た。
「さて、お嬢ちゃんに頼みがある」
「?」
ニヤニヤと何だか企んでそうな顔で伯爵様があるものを差し出してきた。木で作られた訓練用の木剣だ。
嫌ぁ~な顔でそれを眺めていると悪魔の囁きが。
「菓子を好きなだけ土産に持たせてやる」
「!!」
お菓子!何て卑怯な提案をしてくるんだ!
この世界じゃ甘味は上流階級のもので、平民は一週間に一度甘いものを口にできたら良い方だ。果物は確かに甘くて美味しいけど、バターや砂糖、卵を使う焼き菓子はお祝い事や誕生日にしか
食べられない。前世じゃなんの縛りもなくコンビニで買って食べられた物がこの世界では食べられない。よって私はお菓子が大好きになってしまった。
訪問の度にお土産と称してエルナたんがくれるお菓子は私にとって崇め奉りたい位の存在だったりする。
お隣のアンナおばさんのアップルパイは確かに美味しいけど、育ち盛りのお子ちゃま体には如何せん量が足りない。寧ろ一枚全てを頬張りたい。
はわわわわ…!お菓子…!
「さ~ぁ、この木剣を手にとって俺のお願いを聞いてくれたら菓子が食い放題だぞぉ~?」
「た、食べ放題…!」
「ちょっとおじ様!ラピスに何をさせる気ですか!」
ごっきゅん!と喉がなり、私はふらふらと木剣を手に取る。エルナたんが止めてきたけれど、誘惑に負けてしまった。最早木剣がうま◯棒に見える。
「いやぁ、なに。ちょっと模擬戦をな!」
「はぁ!?ラピスはまだ子供ですよ!」
エルナたんが伯爵様に食って掛かるがまぁまぁ、と宥められる。
公爵様も呆れた様子でエルナたんに同意していた。
「ここ最近魔物が大人しくて、そのせいか気が緩みまくってあのザマだ」
確かに、訓練している兵士の人達は言っちゃ悪いけど緊迫感がない。奥に居る人なんて飛んできた蝶々に指を伸ばしてぽやんとしている。今にも昼寝してしまいそうだ。
「そこで、だ。お嬢ちゃんに彼奴等にお灸を据えて欲しいって訳だ」
「それならラピスじゃなくても出来る人がやれば良いじゃない」
強い人なら他にも居るでしょう?とエルナたんが伯爵様を上目で睨む。それに対して伯爵様は首を横に振った。
「お嬢ちゃんだからこそ意味があるんだ。だろ?アーチェス」
「…はぁ。それにしたって全く無関係なラピスに頼るのはどうなんだ?」
私だから意味がある…?何だろう。
気にはなるものの、今の私の頭の中はほとんどお菓子の事で埋まっていた。
「うちの兵士達は騎士とは違う。騎士ってのは騎士道がナンタラ矜持がナンタラと口ばっかり達者で実戦じゃ全く使い物にならねぇ。あんなマニュアル通りにしか動けねぇ奴等は魔の森じゃ瞬殺だ。うちの軍隊は完全実力主義!強けりゃ平民だろうが何だろうが上へ昇る事が出来るからな。そこら辺はアーチェスも解ってるだろ?」
騎士になる人は貴族が多いって聞いてたけど、何気に騎士をディスってる伯爵様も貴族なんだけど…。
「俺達は動かねぇ的を相手にしてる訳じゃない。魔物ってのは上位種になると狡猾だからな。対魔物戦を想定して日々体を鍛えてるわけだが、ここ最近魔物の活動が緩やかでどいつもコイツもだらけてやがる。見ろ!あの締まりのない顔を」
伯爵様の指差す先には春の麗らかな陽射しにホワホワしている兵士さんが…。
「自慢じゃねえがここに居る奴はそれなりに実力者揃いだ。けど、こんな頭に花が咲いてる状態で魔物が大量発生でもしてみろ」
再び兵士達に目を向けた伯爵様は頭を軽く押さえて溜め息を吐いた。
……あぁ、なるほどね。そう言う事か。
「要は私がここの兵士さん達をメッコメコにやっつければ良いんですね!皆大人の男の人だから私みたいな子供にやられたら格好付かないから、ギッタンギッタンにやられたら「頑張るぞー!」となるって伯爵様は言いたいんですね!」
「そう!そう言う事だ!」
伯爵様は悪い笑顔で笑って私の頭を撫でた。力が強いので脳がシェイクされる。公爵様みたいに優しく撫でてほしい…。
「ラピス、やっぱり危ないわ。相手はみんな大人なのよ?」
エルナたんが眉を八の字にさせてる。きゃわいい。心配させたくないけど、心配されるのも悪くないなぁ。
「大丈夫!お菓子いっぱいくれるって言うから頑張るね!」
「……危なくなったら一思いにヤるのよ?」
「?うん」
何を一思いにやるのか解らないけど、お菓子のために頑張るぜ!
準備運動をしていると背後でギヴソンさんが「第一部隊、第二部隊、第三部隊!集合だ!」と叫んだ。
集まった人達は全部で50人位。年は皆バラバラで下は少年と呼べる年齢の子からギヴソンさんよりも少し年上の40代のおじ様まで。
…うん。何人か頭にお花が咲いてるわ…。
中には鋭い眼光の人も入るけど、半分は私が木剣を振り回しているのを訝しげに見ていた。
「よし!お前等、朗報だ!」
伯爵様の声に視線が集まる。その視線が決して相手を侮るものではなくて、心から伯爵様に敬意を持つ者のそれだと解る。それくらい伯爵様には人徳があるのだろう。
「なんと!臨時ボーナスだ!」
ニヤッと伯爵様が笑うと兵士達の間でどよめきが起こった。ボーナスという単語に全員の目が光る。
「だがしかし!ボーナスを貰えるのは…そうだな…二人までとする!」
更にざわめく兵士達。ボーナスに輝いた目は途端に周囲を威嚇するものに変わった。全員の瞳が「ボーナスは渡さん!」とギラついている。
「因みにお前達の相手はこのお嬢ちゃんだ!─ラピス、何分くらいで掃討出来そうだ?」
伯爵様が問うと、そのギラギラした視線が私に集中した。中には意味が解らず首を傾げる者や、小馬鹿にしたような視線、等々千差万別だ。
完全にガキのお遊びと言う空気が伝わってくる。
どうぞどうぞ、存分に侮ってくださいませ。
「ん~…三分くらいかな?」
にぱっと笑って伯爵様に告げると目に見えて兵士達の空気が変わった。
「…そんなに短くて大丈夫か?」
「瞬殺なのです!」
おっかし!おっかし!食べ放題!
私の頭の中はお菓子でいっぱいだった。
そう答えて私は演習場の真ん中に立つ。私の回りをぐるりと囲む形で兵士達が配置に着いた。
「よし。──始め!!」
伯爵様の声と共に全員が動き出した─。
ラピスの精神年齢が外見年齢に引っ張られて行く…笑
誤字脱字がありましたらお知らせください(*´ω`*)




