104・ラピス、落ちる
「くんかくんか……エルナたんの香りがする!!!!」
『は?』
王都を飛び立って少しした頃、風に乗っていい香りが鼻孔を擽った。間違いない!これはエルナたんのカホリ!!!
はっ!そっか!この辺りは公爵様の領地なんだ!エルナたんは王都内のお屋敷じゃなくて領地のお屋敷で暮らしてるって言ってたからもしかするともしかするのでは!?では!?
『ぉ、おい…?』
「こっちから…間違いない」
空中でクムクム鼻をひくつかせる私をジークが変な目で見てくる。失礼な。
「─いた!!エルナたんだ!!」
眼をカッ開いて地表を見ていると小高い丘の上に大きなお屋敷があった。そのお屋敷の庭でエルナたんが…!エルナたんがポニテで貴族女性では珍しいパンツスタイルで剣のお稽古をしてる!!カッコ可愛い!!
「エルナたーーーーーん!!」
『さすがに聞こえんと思うのだが…』
「そんなこと無いもん!エールーナーたぁーーーーん!!!」
余りのカッコ可愛いさに手を振り返してもらいたいアイドルファンのように愛を込めて叫ぶ私をジークが微妙な顔して見てる。
すると素振りをしていたエルナたんの動きがピタリと止まって辺りをキョロキョロと見回したのだ。
「ほら!聞こえてる!」
『え、そうなのか?』
「そうなのぉ!」
そして丁度お屋敷の真上を通った瞬間、腰に繋いであった命綱を解き私は飛び降りた。
『え!?あ!!??ウソォッ?!?』
「エルナたーーん!!」
ジークの慌てたような声を背中に私はエルナたんに向かって落下していった。
◆◆◆
今日は朝からお天気が良かった。
残暑といえど夏らしい暑さはまだ残っている。けれど風があって暑さもさほど気にならない。
剣の訓練でいつもは汗でベトベトになる身体も、吹き抜ける風のお陰か不快なものにはならなかった。
「─…?」
そんな中、何処からか私の大好きな甘い声が聞こえた気がした。
お別れしてもうすぐ2週間。もうラピスが恋しくなるなんて。
幻聴が聞こえるほど私ったらラピスが大好きなのね…。
「どうかされましたか?お嬢様」
「なんでもないわ」
テオドールが小首を傾げて動きを止めた私を不思議そうに見ている。それに小さく首を振って答えた。
ラピスの声が聞こえた気がして、なんて言えば彼はきっと笑うのでしょうね。
「さぁ、続けましょう」
「……」
「テオドール?」
どうしたのかしら?
テオドールは私の声が聞こえなかったのか辺りを見渡して私と同じ様に小さく首を傾げている。
まさか私と同じ…とか?まさか──。
「──ぇ─ぁーーん!」
「─!?」
ちょっと待って!今確かに聞こえたのだけれど!
間違いないわ。間違いなくラピスの声よ!
「ラピス!?ラピスなの!?」
一体何処から?辺りを見渡してもそれらしき影は見えない。確かにラピスの声が聞こえるのに、どうして?
「エぇぇぇーールぅぅぅぅーーナぁぁぁぁぁーたぁぁぁーーーん!!!!」
声がどんどん近付いてくるのにラピスの姿は何処にもない。どういう事なの?
「─お嬢様ッ!!上!!上です!!!」
テオドールが頭上を指差しながら見上げている。
何をバカな事を言ってるの?と妙に楽しそうなテオドールを呆れ混じりに一瞥し、指先のその先に視線を移せば─。
「エぇールぅーナぁーたぁーーーん!!」
空から落下してくる笑顔のラピスがいた。
「きゃぁぁぁぁ!!ラピスぅぅ!!」
危ない!どうして空から落ちてきてるの!?
悲鳴をあげる私とは逆にラピスは私に大きく両手を振っている。それどころじゃないわ!ラピスが地面にぶつかってしまう!!どうしましょう?!
「テ、テオドール!!!ラピスが落ちちゃう!早く受け止めて!!」
「ええ!?無理ですよ!あの速度で落ちてくるラピスを受け止めたら俺が死にます」
はぁ!?何を嬉しそうに言ってるの?ラピスが怪我したらどうするのよ!!
尚も楽しそうな表情で危機感のないテオドールは「仕方無いですね」とラピスの真下に移動した。
「あーー!テオぉーー!受け止めてーー!!」
テオドールの姿を確認したラピスが笑いながら落ちてくる。そのまま叩き付けられたら大怪我じゃ済まない。私は恐ろしくなって両手で顔を覆い隠そうとした。けれど。
「『風よ!巻き上がれ!』」
ラピスがそう叫ぶと地面から風が吹き上がった。竜巻がラピスの小さな身体を掬い上げるようにして渦巻いている。そしてテオドールの真上で竜巻が消え、ラピスは彼の腕の中にすぽんと落ちて来たのだった。
「テオ、ありがとね~」
「どういたしまして」
「………」
良かった…。そう安堵した途端、私はペタンと座り込んでしまう。ラピスはそんな私の心配もどこ吹く風とテオドールの腕の中でご機嫌だ。そして腕の中から降りたラピスが満面の笑顔で私に走り寄ってきた。
「エルナたーん!」
うっ、可愛い…!じゃなくて…!
「もう!」
可愛さあまってと言う奴かしら。こんなに私を心配させるラピスを少しだけ憎らしく感じる。
「わわ!エルナたん!?」
「もぉ!もぉ!もぉー!!」
「ひぇうひゃひゃ?(エルナたん?)」
ラピスのもちもちのほっぺを両手で掴んで揉みまくる。だって引っ張るのは可哀想だもの。ラピスはきょとんとしてされるがままになっていた。…そんな顔もまた可愛くて仕方ないんだけど。
「聞きたいことは沢山あるけど、先ずは、どうして空から落ちてきたの!危ないでしょう!怪我したらどうするつもりなの!?」
メッ!と叱るとラピスの大きな瞳がみるみるうちに湖面の様に揺らぎ…。グラスから水が溢れるようにそれはふっくらした頬を伝い小さな滝を作った。
「ご、ごぇんなしゃぁぁぁいぃぃ!!」
私と視線を合わせたままラピスは流れる涙を拭う事もせずに服を握り締めてえぐえぐとしゃくり上げる。
「・・・・」
─ハッ!いけない!あまりの可愛さに呼吸を止めてしまったわ。
「…あぁラピス、そんなに泣かないで。ラピスの可愛い目が腫れてしまうわ」
「らっれ…えうなたん…おこってうぅ…!」
「ん゛ん゛っ…!」
やだ可愛い!思わず変な声が出てしまったじゃないの。
あ、そんな「ふぐぐ…!」って下唇突き出して!もう!可愛い!!
とにかく涙で頬が爛れてしまうわ。取り出したハンカチをラピスの頬に優しく当て涙を吸い取る。
「大丈夫よ。もう怒ってないから」
「ほんろ…?」
「ええ。本当よ。けどもう危ないことはしないでね?」
「………あい」
ズビ…と鼻を啜るラピス。返事に少し間があったような気がするけど、まぁ見逃してあげましょう。
「けど、どうやってここまで来たの?」
気になるのはそこだわ。一体どうやってここまで来たのかしら?しかも空から落ちてきたし…。
そう思いながら空を見上げた瞬間、黒い点が頭上に見えた。
「きゃわーーーん!!」
ん?犬?犬なの?けれどあんな犬見たこと無いわ。と言うか何でラピスに続いて犬まで落ちてきているの?
黒くてモコモコでまるで毛玉のような見た目だけど、鳴き声は犬だし、え、犬よね?アレ…。
「あ、ジークーぅぅ!」
「きゃうーん!」
え、あの毛玉ラピス知ってるの?
犬がラピス目掛けて落ちてくる。ちょっと危険なのではないの?いくら小さい犬でも落ちてくればそれなりの威力になる。
「テオドール!」
「はいはーい」
呑気に空を見上げていたテオドールを呼ぶと、やる気のない返事で移動し始めた。
「テオ、大丈夫だよ。多分自分で着地出来ると思うから」
「そう?」
なぜかラピスは落ちてくる毛玉の事は心配ないとテオドールに告げた。テオドールは犬の落下予測地点から離れ、空を見上げて犬が落ちてくるのを見ている。え、本当に大丈夫なの?
「きゃわわーーん!」
何だかんだ間の抜けた犬の鳴き声が頭上に響き渡る。すると落ちてくるスピードが遅くなり、最終的にはまるでハンカチでも落とすようにヒラヒラと綿毛のように毛玉は地面に着地した。
「わふん!」
そして「どうだ!」と言わんばかりの顔でラピスに視線を送っている。その様子にラピスは笑顔で「おー!すごいねー!」とパチパチと拍手を送った。
「…………」
………何かしら、このイラァ…っとする気持ちは。
待って。待って、待つのよエルディアナ。相手は犬じゃないの。落ち着きましょう。うん、犬、可愛い顔をしているじゃない。犬よ、アレはただの犬、犬よ!
「きゃん!」
ふん!ふん!と鼻息荒く犬はラピスに向かって駆けてくる。ラピスは足元にやって来た犬を抱き上げて私に向き直った。身体が小さいからか犬を持ち上げたラピスはまるで大きな綿を抱き締める様な姿で、嬉しそうに私に笑顔を向けてきた。
「ジークフリートって言うのー。よろしくね~」
犬の手を持ってクニクニと動かすラピスが死ぬほど可愛い。
動物を愛でるラピス、何て破壊力なのかしら。可愛いの権化じゃないの!
「エルナたん?」
「──こほん。なぁに?ラピス」
変な声が出ないように一呼吸置かないと。
ちょっと、テオドール。何ニヤニヤしてこっちを見てるの。
「えっとねぇ…あのね…お、お手洗いを貸してほしいの」
犬を抱えたままモジモジとそう言葉にしたラピスは恥ずかしそうに犬に顔を埋めた。
くっ…犬が羨ましい。
エルナたんが何だかキャラ崩壊を始めてしまっている…笑
誤字、脱字がありましたらお知らせください!助かります(*´ω`*)
ブクマ&評価ありがとうございます(///ω///)♪




