9・覗き、ダメ、絶対
あ、ヤバイ。ついポロリしてしまった…。
「え、何。ギヴソン、お前いつ弟子とったの?」
私の『師匠』発言に固まった部屋の空気は伯爵様のそんな言葉で和らいだ。
なるほど、師匠はギヴソンさんというのか。
「いえ、自分は弟子を取るほどでは…」
私の顔を見ている師匠の顔には「え?誰?」と書いてある。そりゃそうだ。初対面だもん。
「『師匠』って、どういう事なの?」
「ん~…?」
焼き菓子をはむはむしながらエルナたんから視線をそらす。だって…ねぇ?
何て説明すれば良いのかわからない。
そんな私の態度にどう思ったのかは解らないけど、突然アラン様が立ち上がって私を指差す。
「お前!ズルイぞ!僕だってまだ父上に剣術を習わせてもらえないのに!ギヴソンに教えてもらうって約束してるのに!」
ぷんすこしてるアラン様の中で私=ギヴソンさんは師匠、つまり私はギヴソンさんの弟子、と言う相関図が勝手に形成されたようだ。怒ってる理由は自分の方がギヴソンさんに先に剣術指南の予約をしてた?的な事かな?
「こら、アラン。女の子に喧嘩を売るんじゃない」
「でも父上~…僕だって早く強くなりたいのに…ズルイ…」
伯爵様に窘められてアラン様はムググと口を真一文字に結ぶ。
「ラピスはギヴソンと知り合いなのかい?」
「……」
公爵様になでこなでこされながら首を横に振る。だって知ってるのは私の方で、しかも一方的にだもんね…。
「もしかして叱られるって思っているのかな?心配しなくても叱ったりしないよ」
え?マジで?ホントに?
公爵様を見上げると朗らかに笑みを浮かべている。
本当に叱られないだろうか…?だって私がしてたのはある種のストーカーみたいなもんだし…。
「大丈夫よ、ラピス」
反対側からもエルナたんに頭を撫でられる。
「えっと、…ギヴソンさんが一番剣の扱いに長けてて、動きに無駄がないからお手本にしてたの…だから『師匠』って勝手に思ってたの」
「あぁ、なんだ、そんな事か。─いや待てよ?お手本にしてたって事は見てたってことだよな?何処で見てたんだ?」
伯爵様が顎を撫でながら首を傾ける。
おぅ…そこが問題なんだよ。怒られないかな?いやギリでセーフなはずだ。だって修行場は伯爵領内には入ってない…はず!多分…。
「そう言えば修行してて私達の馬車を見て追いかけてきたって言ってたね。何処で修行してたんだい?」
「アーチェスんトコの馬車が見えてたってことは山の上か?」
あぁ…もう隠せそうにない。
私はおずおずと窓から見えているいつも自分が修行場にしている山の頂上を指差した。
「あそこから、伯爵様の兵士さんが演習してるの見てました」
「はぁ!?あそこから!?」
伯爵様が山の方角を見て声をあげる。
「あそこって…ここから軽く4㎞はあるぞ?!あんな遠くからどうやって─」
「これで見てました」
私は懐からロベルトから借りた望遠鏡を出した。望遠鏡にはがっつりと太字でロベルトと書かれている。ウエッヘッヘ…これでお前も共犯だぜ。
「あ~…そりゃあの高さからなら演習場も丸見えだわな…」
伯爵様はくるりと手のひらで望遠鏡を回し、片眼に当てて窓越しに山頂を覗く。
あ、やめて。そんなに見ないで。暴れまくってるのがバレちゃう!
「あー…………」
伯爵様は無言で望遠鏡をそっと私の手のなかに返してくれた。
「…お嬢ちゃんはあそこで何をしてたんだ…?」
「修行を少々…」
若干引きつった表情で問われて私の頬も引き攣る。
多分私のやらかした大岩粉砕や地面陥没や山頂ハゲ(物理)を見てしまったんだろう。領地外だから許してほしい…。
視線を逡巡させていた私の様子に、公爵様が手を伸ばしてきた。
「ちょっと貸してね、ラピス」
そう告げると私の手から望遠鏡を取り、伯爵様と同じ様に山頂を覗く。望遠鏡を覗いたまま「あらら…」と呟き苦笑を滲ませながら私の手に望遠鏡を返してくれた。
「大型の魔物が暴れた跡…じゃないのかな?」
違います。すみません。アタクシの仕業です!
「う~ん…一応あそこはうちの領内だからなぁ…」
「え?!あの山って伯爵様の領地外じゃないんですか!?」
ヤバイ。領内侵犯!あれ?違う?いやでも何かアカン感じがする。
「あぁ、うちの領地の境界線はもうひとつ後ろの山だ」
「ええぇ!?」
あわわわ…!やってもうた!!アウトだった!どうしよう!
「まぁそんな怯えるなって。別に怒ってる訳じゃない。ちなみに、お嬢ちゃんはいつからあの場所で修行をしてたんだ?」
「えっとぉ…」
多分10ヶ月前くらい…だろうか?最初のうちは此処まで走ってこられなくて、途中の渓谷で修行してたし。だんだん走れる距離が長くなってきて、最終的に折り返し地点として丁度良いあの山で落ち着いたんだよね。伯爵領地の外だと思ってたから。まさか境界線越えてるとは思わなかったよ…。
全速力じゃないけど、今は最初の頃と比べて一時間半位で山に到着する。
取り敢えずお貴族様に嘘は吐けない…いや、後でバレて叱られたり罰せられたりするのも嫌なので素直に話しておいた。
「ちょぉぉっと待て!」
「?」
突然伯爵様が私の言葉を遮る。何かおかしいこと言っただろうか?
「お嬢ちゃんの暮らしてる街は確かマルチスだって言ったよな?」
「はい。そうです」
私の暮らす町の名前は【マルチス】と言う名前で、公爵様が治める領地の中心地からちょっと外れにある。お隣は辺境伯様のハーマン伯爵様の領地だ。
「………マルチスからうちの領地まで30㎞近くあるんだが…」
なんと、私が毎日走っていた距離は10㎞じゃなくて30㎞近い距離だったようだ。そりゃ足も鍛えられるわ…。
難しい表情のまま伯爵様が深く溜め息を吐く。そしてボソッと「馬車より速ぇじゃねーか」と溢した。
「そう言われてみればあの場所でラピスに会ったとき、街で別れてから二時間半は経っていたわね。と言うことはラピスは馬車より足が速いってことね!凄いわ、ラピス」
「えへへ~」
エルナたんが嬉しそうに頭をなでなでしてくれる。視界の端で伯爵様が「そう言う問題じゃない」と肩を落とした。
「まぁ細かい事はどうでも良いではありませんか、おじ様。ラピスが強くて私達は救われた。それが事実で真実です。それ以外は些末な事では?けれど─」
そこで言葉を区切ったエルナたんは私に向き合い、両方のほっぺをむにゅっと摘まんだ。そのままちょっぴり引っ張る。
「ラピスは女の子なんだから、他所のおうちを覗いたりしては駄目よ?わかった?」
あれ?笑顔なのにちょっぴり寒気が…?
「あい…もうひないれふ」
頬を摘ままれているので口の中に空気が入ってちゃんと喋れない。そのまま頬をもちもち揉まれて解放された。
エルナたんが言うなら止めますよ、勿論!覗き、ダメ、絶対!だね!
「わかればよろしい。ラピスはいい子ね。─軍隊は男性ばかりだから、ラピスが拐かされたら大変だもの」
「え!?そっち!?」
「ならどっちだと仰るのですか?おじ様」
「えぇ~…」
エルナたんと伯爵様が何か言い合いしてるけど意味がよく解らなかったので、お菓子を食べて会話が終わるのを待つことにした。うまうま。
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