遡ること1年半
多摩工科大学工学部機械工学科3年、島木真実。
ごく普通の女子大生だ。別に全然美人というわけでもないし、かといってそこまで不細工でもない、華奢で小柄な女の子。多分似たような人が東京都内に100人はいるだろう。唯一珍しいところといえば、男だらけの工科系単科大の、それも機械科にいるということくらいか。
自分では、そう思ってた。
所属サークルは美術部とアニメ研究会。でも、アニメ研究会は最後に行ったのいつだっけ。
「そう言えば今日は会合の曜日だし、もう2ヶ月以上行ってないから、そろそろ覗いてみっか……」
どうして今日この日そう思い立ったのか、理由はわからない。世の中運命というものがあるならば、多分これのことを言うのだろう。
「おお……島木! よく来てくれた!」
まん丸くなった2つの目が真実の来室を迎え入れた。電気電子工学科3年、杉山。一応このアニメ研究会の代表である。
「え、何? しばらく来てないからここら辺でいっちょ来とこかなって思っただけだよ」
「いやあ、もう一生来ねえかと思ってたわ」
「失礼だな、オイ。……で、今日はどうすんの? 最近のアニメなら、あたしは…」
「いや、今日の予定はちょっとばかりいつもと趣向が違うんスわ」
「そうなの?」
「島木はバーチャルアイドルって知ってるか?」
「ああ……まあね。あんまり詳しくないけど」
杉山はパソコンを開くとインターネットのページを画面に表示した。
「あ、それ観るって話か。面白いのがあるなら、紹介してよ」
「ああ。それは一向に構わんけど、そうじゃなくて。コレ見て」
バーチャルアイドルオーディションだって?
「Realiv」という、なんだかよく分からないどこかのベンチャー企業風のホームページには、2月からバーチャルアイドル事業を展開するので演者募集中……とある。募集人数は、女性3名、男性1名。
「シロートでも可らしいから、みんなでやってみようと思ってんスわ」
「マジ? いやいくら素人でもいいからって」
「まあまあ。別に受からなくたって、こういうのやってみるの面白そうじゃん。何事も経験っスよ、経験」
ま、確かにあまりできない経験ではある。ちょっぴり面白そうかも。
その"バーチャルアイドル"たちはすでに2D絵とプロフィールが公開されていた。
明神堂ハナは黒髪ロングヘアの清楚な高校1年生。
氷野山ユキは銀髪ショートヘアのクールな高校3年生。
そして、小鳥遊ミカは元気一杯、愛嬌溢れる茶髪セミロングの高校2年生──。
「なんかほんとニジゲンの名前って感じだね」
「いかにもって感じがしていいじゃん」
「まあね」
仰々しい名字にシンプルな名前ってのは嫌いじゃない。
「おっ、レアルさんじゃん。珍しい」
ちょうど詩織が部室にやってきて、真実を見るなりそう言った。恵も一緒だ。珍しくこのアニメ研究会の姫が全員揃ってしまった。まあ、自分が普段いないだけだが。
「人を垢名で呼ぶなっつーの」
「いいじゃないですか、真実先輩の垢はここにいるみんな知ってるから」
「そういう問題じゃないんだよなぁー」
「真実先輩もコレやるんですか?」
恵が例のパソコンの画面を指して言う。
「え、ああ……」
「そうなんスよ! ちょうど3人揃ってよかった」
「勝手に返事すんなし」
ま、ちょっとやってみたい方向には傾いてるけどね。
「こいつらさ、この子とこの子やりたいって言ってたから、島木は小鳥遊ミカでお願いしますわ」
選ぶ権利ないんかい。でもまあ、別にどれでもいいしな。
島木真実、彼女が本当に小鳥遊ミカになってしまうとは、この時はまだ誰も思ってもいなかった。