0098話
ラリアント防衛線が始まってから、数日。
数日が経っても、その戦況に変わりはない。
いや、傍から見れば戦況に変わりがないように思えるのは間違いないが、ラリアント軍側には確実に疲労が貯まっていた。
ガリンダミア帝国軍も、夜襲をするといった真似はしなかったが、それでも夜襲をするように見せたり、一晩中騒音を立ててラリアント軍側を威嚇したりといった真似を続けている。
実際に被害はないが、それでも夜襲の動きがあるとなればラリアント軍側でも対処しなければならない。
夜襲をするように見せているだけとはいえ、実際に武器を持ってラリアントに近づいてきているのは事実なのだ。
そうである以上、もしラリアント軍側が対処しない場合、もしかしたら夜襲の真似をするのではなく、本当に夜襲を行ってくる可能性もある。
また、一晩中行われている威嚇も、鍛えている者はともかく、一般の住人たちにしてみれば、精神的な消耗があった。
何より、自分たちが住んでいるすぐ外で、そのような真似をされているのだ。
ラリアントを守るために出て行かなかった者たちだとはいえ、そのような状況でぐっすりと眠れる訳がない。
寝不足になれば、当然ながら細かい作業のミスが出てきて、それが積み重なって致命的なミスにもなりかねなかった。
「不味いな」
「そうですね。……ですが、今はどうしようもないでしょう? 今の僕たちが出来るのは、あくまでも時間を稼ぐことです」
呟くモリクに、イルゼンがそう呟く。
実際にその言葉は間違っていない以上、モリクも何も反論は出来ない。
今の自分たちに出来るのは、王都からの援軍が来るまで持ち堪えるだけ。
問題なのは、具体的にそれがいつになるのか分からないことだ。
「いっそ、アランに……いや、駄目だな」
王都からの援軍がどこまで来ているのか、アランに見てきて貰おうかとも考えたモリクだったが、それをイルゼンが却下するよりも前に、自分で否定する。
アランは……いや、アランが呼びだすゼオンは、その強力な攻撃力もあってラリアント軍の切り札と言ってもいい。
もしそんなゼオンがラリアントにいないということをガリンダミア帝国軍に気が付かれれば、それこそこれ幸いと総攻撃をしてきてもおかしくはなかった。
現状ではガリンダミア帝国軍が有利に戦況を進めているとはいえ、それでも決して圧倒的な有利という訳ではない。
ガリンダミア帝国軍にしても、ラリアント軍が王都からの援軍が到着するのを待っているのは理解しているのだから。
「心核使いたちの中にも、怯えている者が何人かいましたからね」
戦いが始まる前は、心核使いの自分たちが活躍するということを考えていた心核使いもいたのだが、初日の戦いでオークに変身した心核使いが三人の心核使いによって一方的に攻撃をされるといったことをされたためか、もし自分が変身して戦場に出ても同じようになると思ってしまった。
それは、実際に間違っていない。
アランを含めてラリアント軍側にも相応に心核使いはいるが、ガリンダミア帝国軍が有している心核使いの数は、明らかにラリアント軍よりも上なのだ。
そんな状況で戦場に出ても、それこそオークに変身したように多勢に無勢で一方的にやられる可能性が高かった。
それでも幸いなのは、真っ先にガリンダミア帝国軍の心核使いたちに一方的にやられた、オークの心核使いが戦意を失っていないことだろう。
いや、戦意を失うどころか、むしろ一刻も早くまた出撃したいと要請してくるほどだ。
アランの行った、心が折れる前に挑発して自分への対抗心を持たせるという策が上手くいった形だろう。……そのために、アランはオークの心核使いに恨まれることになってしまったのだが。
アランがオークの心核使いと遭遇すると、強く睨み付けられることが多い。
「イルゼンの言いたいことは分かる。分かるが……今の状況では、援軍が来るまでに押し負ける可能性が高い。そうなると、やっぱり何らかの手を打つ必要がある。……ゼオンの持つ、光を放つ武器で上空から攻撃をするのはどうだ? 岩なら風で落下場所がかわったりするかもしれないが、あの光なら……」
アランがゼオンで上空から岩を落とさないのは、ガリンダミア帝国軍側の心核使いによって、岩の落下場所を変えられる可能性があったからだ。
ガリンダミア帝国軍を攻撃するのに、ラリアントの城壁を破壊したり、ラリアント軍の兵士を押し潰したりといった真似をすれば、当然のように士気は下がるし、アランを責める者も出て来るだろう。
だが、光の放つ武器……ビームライフルなら、どうか。
放ったと思った次の瞬間には着弾し、周囲に爆発を起こす武器。
その威力が極めて強力なのは、ザラクニアとの戦いのときに戦場で見ているので心配ははいらない。
また、モリクは知らなかったが、ビームライフルは照準をつけて撃つことが出来るのだ。
岩を落としたときのように、狙いが適当になるということは基本的にない。
「それを希望するのなら、アランに話を通しても構いませんよ。ただ、ゼオンが出て来ると、当然ガリンダミア帝国軍もそれに対抗するために心核使いを出してくるはずです。そうなると……」
「取りあえず止めておく」
イルゼンが最後まで言うよりも前に、モリクは前言を撤回する。
モリクにしてみれば、今の状況は全体的に不利ではあるが、それでも致命的なまでに不利という訳ではない。
消耗戦に持ち込まれているのが面白くはないが、それでも今のところは予想の範囲内なのだ。
このまま持ち堪えている間に王都からの援軍が来ればよし。
もし援軍が間に合わず、それでいてラリアント側の被害が許容出来ない状況になったら、そのときに初めてゼオンを出せばいいのだ。
……もっとも、イルゼンが言ったように、こちら側がゼオンを出せばガリンダミア帝国軍も心核使いを出してくる。
そうなれば、多数の心核使いが戦場で……それもラリアントのすぐ側という狭い戦場で激しく戦うことになり、ラリアントの城壁にも大きな被害が出るのは確実だった。
上手く行けば、そのような被害が出ずにガリンダミア帝国軍に大きな被害を与えることが出来るかもしれない。
だが、下手をすらばガリンダミア帝国軍の被害はそこまで大きくはないのに、ラリアント軍側の受ける被害が多くなる可能性があった。
上空から……敵の攻撃の届かない位置からビームライフルで攻撃をすればいいのかもしれないが、そうなっても当然のようにガリンダミア帝国軍側でも心核使いを出すだろう。
現在の状況でガリンダミア帝国軍が心核使いを出さないのは、物量を使った消耗戦がラリアント軍に有効だと理解しているのもそうだが、ゼオンが出たとき、即座に対抗するためというのも大きいのだから。
「そうなると、やはり今のままの戦いを続けるしかないか。……ラリアント軍側にも、死傷者が結構な人数出て来ているんだが」
敵の弓や魔法による攻撃に当たった者もいるが、連日連夜続く精神を削る攻撃の影響で注意力が鈍くなり、いつもならしないようなミスをして怪我をしたり、場合によっては寝不足からの目眩で城壁の上から落ちて死んだ……といった者もいる。
ラリアントの人間が……もしくはラリアントに援軍に来ている者が死ぬというのは、ラリアントという故郷を愛するモリクにとっては非常に残念なことだった
「今は我慢です、王都からの援軍が来れば、戦局は逆転しますから」
「分かった。それしかない、か」
イルゼンの言葉に、モリクは自分に言い聞かせるように頷く。
実際にそれが最善の選択であるというのは分かっているのだが、それでもやはり現在の状況を考えればモリクが不安に駆られるのもしょうがなかった。
モリクにしてみれば、今の自分の立場というのは半ば成り行きのようなものだ。
それでも、愛すべき故郷をガリンダミア帝国軍に侵略されないために、こうして頑張っているのだ。
だが、籠城線を行うというのは精神的に非常に厳しいのも間違いなく……時間が経つに連れ、モリクの精神を削っていくのだった。
「うるせえな、くそ!」
ラリアントの中にある建物の中で、眠っていた男が目を覚ます。
目が覚めた原因は、ラリアントの外から聞こえてくる騒音とも呼ぶべき音だ。
それがガリンダミア帝国軍が自分たちを眠らせないためにやっていることだというのは分かっているが、分かっているからといってそれで眠れる訳でもない。
何よりも厄介なのは、やはり現在が戦争の最中ということで、どうしても強い緊張で眠りが浅くなってしまうということだろう。
これが実際に身体を動かして戦闘を繰り返したのであれば、その疲れからガリンダミア帝国軍の立てる騒音は全く関係なく泥のように眠ることも出来るのだろうが……残念ながら、今のところそこまで大きな戦いは起きていない。
結果として、中途半端な眠りを強制させることになる。
それならいっそ眠らない方がいいのではないかと? と考える者もいたが、寝不足で戦闘に挑むというのは自殺行為に等しい。
いざというときに正常な判断が出来ないとなると、それこそ生き残るのは非常に難しいのだから。
だからこそ男たちも、苛立ちを露わにしながら眠ろうとする。
「なぁ……」
と、そんな中で不意に部屋の中で眠ろうとしていた誰かが口を開く。
「何だ? 明日も忙しいんだから、眠っておけ」
「いや、けどよ。……本当に勝てるのか? 今の状況だと、毎日のように一方的に攻撃されてるだけだろ? このままだと、負けるんじゃないのか?」
「馬鹿。籠城戦ってのは、守ってなんぼの戦いだ。俺達は王都からの援軍が来るまで、無理をしないで守っていればいいんだよ」
「でも……本当に援軍は来るのか? 今の状況を考えれば、とてもそうは思えないぞ?」
「なら、どうしろってんだ? もしかして、ガリンダミア帝国軍に降伏するなんて考えてるんじゃねえよな?」
「それは……ないけど」
そう言いながらも、部屋の中には重い沈黙のみが残るのだった。




