0095話
ラリアントの前に到着したガリンダミア帝国軍は、すぐラリアントに攻撃するような真似はしなかった。
降伏するはずはないと知っていても、やはり様式美というものは必要だからだろう。
また、降伏はしないまでもお互いの戦力差を見せつけることによって、ラリアントに籠城している者たちの士気を下げるという目的もあった。
正式なガリンダミア帝国軍からの使者ということで、モリクも自分が直接相対する。
本来なら、ラリアント軍の総大将たるモリクが直接使者と相対するというのは、自殺行為に等しい。
だが、もしここでモリクが怖じ気づいているような光景を味方に見せれば、上がっている士気もあっさりと下がってしまう。
そうならないためには、やはりこうして直接姿を見せる必要があったのだ。
「モリク様、ガリンダミア帝国軍の戦力を見れば分かると思いますが、そちらに勝ち目はありません。無駄に兵士や……それにラリアントに残っている者たちの命を散らせないためにも、降伏をお勧めします」
「そのつもりはない。そちらこそ、現在ラリアントには援軍が向かっている。その援軍が到着すれば、挟撃されることになる。そうして無駄に兵士たちの命を散らせないためにも、大人しく撤退した方がいい」
お互いに相手に降伏や撤退を求めるが、双方共にそれを聞く様子はない。
当然だろう。お互いがお互いに無駄だと知りながら、それでも形式的なものがあるので、こうして降伏を促しているのだから。
結局この交渉はすぐに終わり、使者はガリンダミア帝国軍の陣地へと、そしてモリクはラリアントの中へと入っていく。
そうして……距離のある使者がガリンダミア帝国軍の陣地に戻ったところで兵士たちの進軍が始まり、戦端が開かれた。
もっとも本当の意味での戦端ということであれば、アランがゼオンを使って奇襲をしたときにすでに始まっていたのだが。
「来るぞ、全員発射準備をしろ! 敵を可能な限り近づけるな!」
城壁の上で指揮官を任された兵士が叫ぶ。
その声に従い、投石機やバリスタといった大型の兵器の発射準備が進められる。
岩や巨大な矢をセットし、いつでも撃てるようにと。
本来なら前もって岩や矢をセットしておけばよかったのかもしれないが、そのような真似をすれば兵器に負担がかかる。
ガリンダミア帝国軍という強敵を相手にする以上、そのような真似をしたくなかったというのがラリアント側の正直なところだった。
そんなラリアントに向かうのは、歩兵だけだ。
一応盾の類は持たされているが、普通の矢ならともかく、投石機やバリスタといったような、本来なら攻城兵器として使われる攻撃を防ぐようなことは、とてもではないが出来ない。
バリスタの矢は槍と表現するのが相応しいし、投石機の石は小さくても人の頭ほどの大きさはあるのだから。
だが……ガリンダミア帝国に征服された国から集められた兵士たちである以上、そのような状況であっても逃げることは出来ない。
出来るのは、ただひたすらに前に進み、バリスタや投石機の攻撃範囲の内側に入るだけだ。
……もっとも、当然のようにラリアント軍側でもそのようなことは想定しているので、城壁の上には弓を持った兵士たちが集まっている。
前に進めば弓による射撃、その場に留まればバリスタや投石機の餌食、後方に逃げれば敵前逃亡として処刑。
進むも地獄、退くも地獄、その場に留まっても地獄。
兵士たちにとっては、万が一生き残れば多少の報酬を貰えるということに希望して、ただ前に進むといったことしか出来なかった。
「魔法使い、撃てぇっ!」
城壁の上でそんな声が響き、魔法使いたちがそれぞれ自分の得意な魔法を放つ。
火球、水の矢、風の刃、土の短剣……様々な魔法が、次々とガリンダミア帝国軍の兵士たちが集まっている場所に命中する。
『ぎゃああああああああっ!』
突然の攻撃に、兵士たちは悲鳴を上げる。
それでも逃げるといった真似をする者がいなかったのは、やはり背後にいるガリンダミア帝国軍の本隊がいるからだろう。
「厄介だな」
城壁の上、戦場が一瞥出来る場所でモリクが呟く。
現在はラリアント軍が一方的に攻撃しているが、それはあくまでも現在……戦いが始まった状況だからこそだ。
それぞれが有する兵士の数を考えれば、今の状況で有利だというのは大きな意味はない。
自軍が有利だということで、多少士気は上がるだろうが、それだけだ。
消耗戦に持ち込まれれば、ラリアント軍の方が不利になるのは間違いない。
それは分かっているの以上、モリクとしては現在の状況を理解出来ても満足することは出来なかった。
「そうですね。いっそ、心核使いを投入しては?」
モリクの参謀として近くに控えていた男が、そう進言する。
その進言は決して間違っている訳ではない。
だが、まだ戦闘が始まったばかりの今の状況で、切り札ともいえる心核使いを戦場に投入するのは、難しい。
アランからの報告で、ラリアント軍には大量の心核使いがいることが分かっている。
そうである以上、現在の状況では迂闊に出撃させるといった真似は出来ない。
「今の状況でそれは早い」
「分かっています。ですから、投入するのは雲海の……アランでしたか。その心核使いだけでいいのでは? 高い場所から岩を落とすといった手段があると聞きますし」
「無茶を言うな。それは狙いが逸れることが大きいという話だ。下手をすると、ラリアントに落ちてくる可能性もあるのだぞ。それに、向こうにいる心核使いの能力によっては、何らかの手段で跳ね返した岩をラリアントに跳ね返すといった真似をする可能性も考えられる」
心核使いというのは、モンスターに変身する能力を持つ。
そしてモンスターというのは、それこそ様々な能力を持っているのだ。
その中には敵の攻撃を反射したりする能力があってもおかしくはない。
今回のガリンダミア帝国軍の侵攻は、アランのゼオンという存在を考慮した上で行われたものだ。
ゼオンへの対処法を用意しておくのは、当然のことだろう。
……もっとも、進軍中にゼオンが上空から攻撃をしたときは、そこまで出番は多くなかったようだが。
「しかし、このままでは……」
物量に押し潰される。
参謀がそう言うのを聞きながら、モリクは視線をガリンダミア帝国軍の方に向ける。
実際に参謀の言うことは決して間違いではない。
戦闘が始まってからそう時間の経っていない今は、まだラリアント軍側も元気な者が多い。
だが、このまま同じような戦いを延々と続けられるようなことになれば、いずれ体力的な限界が来るだろう。
ガリンダミア帝国軍の侵攻が確実となってから、城壁の強化は十分にしてきた。
だが、それでも今の状況を考えると、いずれその強化についても限界になるのは間違いなかった。
(そうなると、やはりいずれは心核使いたちを出す必要がある。だが……それは仕方がないにしても、出来るだけ効果的にしなければならん)
何の策もなく、ただこちらが不利になったからという理由で心核使いを出すような真似をしては、それこそ消耗戦を望むガリンダミア帝国軍の思う壺となる。
であれば、どうしても心核使いを出さなければならないのなら、そこに何らかの付加価値を付けたいと思うのは当然だった。
「モリク様っ!」
これからどう対処すべきかと考えていたモリクだったが、不意に名前を呼ばれてそちらを見る。
すると、部下の一人が戦場を指さしながら叫んでいるのが見えた。
ガリンダミア帝国軍が何をかをしてきたのか? そう思ったモリクだったが……
「何……だと……」
そこで見た光景は、到底信じられない光景だった。
敵が……ガリンダミア帝国軍が何かをしてきたのであれば、苦々しい思いを抱きながらも納得出来ただろう。
だが、その視線の先にいるのがガリンダミア帝国軍ではなくラリアント軍の者であるとなれば、話は別だった。
それも、ただの兵士ではない。
ラリアントに残った、数少ない心核使いの一人だ。
その心核使いはすでに変身を終えており、オーク……それも明らかに普通のオークよりも巨大なオークとなってガリンダミア帝国軍の先鋒として攻撃をしている者たちの中で暴れ回っていた。
普通のモンスターとしてのオークは、それこそ身長二メートル前後くらいが平均的だ。
だが、心核使いが変身したオークは、三メートルには届かないものの、二メートル半ばほどの大きさのオークだった。
当然のように大きくなれば、その身体を覆う筋肉も多くなる。
元々オークの筋肉というのは、見た目とは裏腹に非常に頑強だ。
驚くほど強靱な筋肉の外側の上から、さらに脂肪の鎧を纏っている形だ。
それは、日本で言う力士と同じよう身体だった。
力士も一見すると太っているだけにしか見えないが、実際にはその脂肪の中には非常に頑強な筋肉を持っている。
その上から大量の脂肪で覆われているその様子は、一般人とは比べものにならないくらいの身体能力を持つ。
オークの身体は、その力士の身体よりも強靱で、柔軟で、高い俊敏性すら備えていた。
実際、背後にいる督戦隊を恐れ……もしくは、ここで手柄を立ててガリンダミア帝国軍に正式に兵士として雇って貰うことを希望していたり、ラリアントの攻め込んで中で略奪をしたいと考えているような者、もしくは単純に血の気が多かったり、戦闘で興奮しているような者たちは次々にオークに攻撃をしていく。
長剣、槍、斧、鎚……様々な武器を振るうが、相手は心核使いだ。
それでも、心核使いがゼオンのように巨大な……巨大すぎる相手であれば、攻める側としても素直に攻撃をするといったことはなかったかもしれないが、今回は巨大ではあっても身長は二メートル半ばほどだ。
その程度であれば、これだけの人数が一斉にかかればどうにかなると、そう思っても不思議ではない。
ないのだが……
「雑魚が! そんな攻撃が俺に効くと思ってるのか!」
オークに変身した男は、棍棒を大きく振り回す。
オークの筋力によって振るわれたその棍棒は、それこそ当たるを幸いと多くの兵士たちを吹き飛ばすのだった。




