0009話
心核。
それは、アランにとってずっと欲しいと思っていた代物だ。
また、同時このタルタラ遺跡にやってくる大きな理由にもなっている。
……もっとも、雲海の行動を決めるのはあくまでもイルゼンだ。
そのイルゼンがどのような手段を使ってか、この遺跡に心核がある可能性が高いとして、こうして遺跡にやって来た……というのが正確なのだが。
だからこそ、心核があるかもしれないというのは期待していた。
していたのだが……まさか、遺跡に入ったその日に、しかもいきなり心核のある場所に強制的に転移させられるというのは、アランにとっても完全に予想外だったし、明らかに作為的なものが感じられる。
(そもそも、何で急に転移の罠が作動した? あそこにそういう罠があって、しかも心核のある部屋に転移するのなら、それこそ俺たちよりも前にとっくに誰かが見つけていてもおかしくはないだろうに)
そう疑問を抱きつつも、ここに心核があるという事実はアランに強い興奮をもたらし……
「心核が、二つあるように見えない?」
アランはレオノーラのその言葉で、改めて石の騎士に守られている台座の上に視線を向ける。
心核があるということで、そちらだけに意識を奪われていたアランだったが、改めて台座を確認してみると、確かにそこには心核が二つあるように見えた。
心核というのは、それこそ一つずつそれぞれ微妙に形や大きさが違う。
中には拳大どころか、頭部と同じ大きさの心核すらあると、アランは聞いたことがあった。
もっとも、基本的に心核というのはその大きさや形が違っても性能そのものは変わらない。
あくまでも心核を使う者の深層心理や思い、特性、素質……それら様々なものが影響して、それを物質化させるのだ。
それでも、二つの心核で一つということはまずないだろうし、何より台座の上にある心核はそれぞれ離れている。
これは二つの心核があるので間違いはないだろうとアランは判断し、レオノーラに視線を向ける。
レオノーラもまた、アランに視線を向けており、近距離でお互い見つめ合うことになる。
だが、先程とは違って、今はアランも探索者としての顔つきになっており、レオノーラの美貌を間近で見ても、照れるといったことはなかった。
「心核が二つ。そして、俺とレオノーラが二人。そうなると、一人一つずつということでいいよな?」
提案ではあったが、アランのそれは確認の意味の方が強い。
ここでレオノーラが二つの心核を両方自分の物にすると口にした場合、心核の争奪戦云々の前にレオノーラと戦う必要がある。
……もっとも、アランではどうあってもレオノーラに勝つことは出来ないだろう。
アランもそれは分かっていたし、当然ながらレオノーラもそれは分かっている。
しかし、それでもレオノーラがアランと戦うという選択を選ばないのは、雲海と黄金の薔薇は今日だけでも協力すると約束しているというのもあるし、何より問題なのは心核が置かれている台座の四方に配置されている石の騎士だ。
一見すると石像のようにしか見えないが、心核を守るように配置されており、何よりここが遺跡であることを考えると、レオノーラが先程口にしたように石像は敵である可能性が非常に高かった。
どれだけの力があるのか分からない相手の側で、仲間割れをするというのは自殺行為でしかないだろう。
「そうね。それで構わないわ。……それで、どうやってあの石の騎士を倒すのかしら?」
「俺たちがここで話していても動かないってのを考えると、恐らくあの台座に近づかないと動き出さないと思う」
「でしょうね」
「なら、遠距離から攻撃して撃破してしまえばいいんじゃないか? レオノーラの鞭とか、魔法とかで」
「……それで、私が攻撃するのはいいけど、アランは何をするのかしら?」
そう言われ、アランは言葉に詰まる。
長剣の訓練を積んではいるが、弓の類には手を出していない。
正確には少し試したみたことがあったのだが、当然のように才能がなかったのだ。
そして魔法も、言うまでもないだろう。
であれば、遠距離攻撃の手段という点ではレオノーラに頼るしかないというのが、アランの正直なところだった。
「あー、遠距離攻撃は頼む。俺は接近してくる石像を何とか防ぐから」
アランの言葉に、レオノーラは呆れの視線を向ける。
「言っておくけど、戦いの中で役に立たなかったら心核の所有権を渡したりはしないわよ? それでもいいのね?」
その言葉に若干不満を抱くアランだったが、全てをレオノーラにおんぶに抱っこということになれば、それも仕方がないという思いもあった。
「分かった。なら、この戦いで少しでも俺が役に立つってのを証明してみせればいいんだな」
「そうね。証明出来たら、心核を一つ譲ってもいいわ」
完全に上から目線の言葉ではあったが、雲海と同等の規模を持つ黄金の薔薇を率いているレオノーラと、雲海の中でも実力的には最下位のアランとでは、そのような言動を取られても仕方がなかった。
「じゃあ、行くわよ。準備はいいわね? 何かあったら、すぐに行動に移れるようにしておきなさい」
そう告げ、レオノーラは短く呪文を唱える。
そして、やがて氷で出来た矢が十本以上生み出される。
(氷系の魔法か。……しかも、これだけの氷の矢を作り出せるとなると……脱帽だな)
レオノーラの生み出した氷の矢に驚いている間に、追加としてさらに十本近い氷の矢が生み出される。
魔法にかんしては生活魔法の類しか使えないアランにしてみれば、レオノーラの実力に感嘆するしかない。
そんな風に驚いている間に、魔法は完成し……
「アイスアロー!」
鋭いレオノーラの叫びと共に、合計で数十本にもなった氷の矢が真っ直ぐ石の騎士に向かって降り注ぐ。
身長五メートル程もある石の騎士だったが、それでも氷の矢が全て命中すればどうにもならないと思えるような、そんな攻撃。
それでいながらアランは気が付いていなかったが、放たれた氷の矢はその全てが心核の存在する台座に命中しないよう細かくコントロールされていた。
氷の矢が石の騎士に命中する。
長剣を握り、いつでも動ける中でアランがそのように思った瞬間、石の騎士は持っていた長剣を振るい、自分たちに向かって飛んできた氷の矢を次々に斬り落としていく。
その動きは非常に滑らかで、とてもではないが石で出来た身体が動いているといったようには思えない。
「少し、不味いわね。予想していたよりも強いわ」
忌々しげに、レオノーラは自分の鞭に視線を向ける。
魔法を使うには魔法の発動体が必要なのだが、今のレオノーラの動きから、鞭が魔法発動体なのだというのは、アランにも理解出来た。
そして、石の騎士にとってもレオノーラの魔法攻撃によってだろう。それを行った二人を排除するという行動に出る。
実際には、魔法攻撃を行ったのはあくまでもレオノーラだけであって、アランはかかわっていないのだが、それでも一緒にいるということで石の騎士の排除対象となったのだろう。
身長五メートルほどもある四匹の石の騎士のうち、三匹が長剣と盾を手にアランとレオノーラの方に向かってくる。
魔法を使ったレオノーラを脅威と感じたのか、レオノーラには二匹、そしてアランには一匹の石の騎士。
残り一匹の石の騎士は、心核のある台座を守り続けていた。
(長剣? 長剣って言っていいのか、あれ?)
自分の方に向かって走ってくる……それこそ、ゴーレムの類とは思えないほどに滑らかな動きを見せている石の騎士を前に、アランは己の武器たる長剣を握りながら、そんな疑問を抱く。
だが、アランがそのように思うのも当然だろう。
石の騎士が持っている長剣は、身長五メートルほどもある石の騎士が持って、それでも長剣と呼ぶに相応しい長さと大きさを持つ長剣なのだから。
それは、アランにしてみればとてもではないが長剣とは思えない……それどころか、まともに打ち合うといった真似をすれば間違いなく吹き飛ばされるだろう威力を持つのは確実だった。
あるいは、アランの技量が一流やそれ以上の技量を持っていれば話は別だったが、アランの才能はどうにか凡庸と呼ぶべきものだ。
とてもではないが、石の騎士とまともにやり合えるはずがない。
そんな風に考えている間にも、石の騎士との距離は見る間に縮んでいき……最初に攻撃を行ったのは、中距離の間合いを持つ鞭という武器を振るうレオノーラだった。
空気を斬り裂くかのような鋭い音を立てながら、石の騎士に振るわれる鞭。
鞭というのは、達人が使えばその先端が音速を超えることも珍しくはない。
当然のようにレオノーラの振るう鞭も余裕で音速を超えて石の騎士に命中したのだが……
「そんなっ!?」
レオノーラの口から、驚愕の声が上がる。
当然だろう。自慢の鞭の一撃が、石の騎士にはほとんどダメージを与えられなかったのだから。
これは、レオノーラの一撃が弱いという訳ではなく、単純に石の騎士の防御力が高いということだろう。
(石の騎士って言ってるけど、石は石でも普通の石じゃなくて、何か特殊な石なんだろうな)
レオノーラと石の騎士の戦いを一瞬だけ見て、アランはそう考える。
だが、アランの方にも石の騎士が一匹向かってきている以上、それを迎え撃つ必要があった。
(相手の大きさと武器の大きさ、そして何よりあの防御力。……俺の攻撃でどうにか出来るとは思えない以上、回避に専念してどうにかレオノーラが向こうの二匹を倒すのを待つしかない)
自分の技量について、具体的にどのようなものなのかをはっきりと理解しているアランとしては、とにかく自分で倒すということは考えず、防御と回避に専念することにする。
人任せというのは自分でもどうかと思わないでもないアランだったが、どうあっても自分で倒せる相手だとは思えず、そして何より……
「はぁ、はぁ、はぁ」
我知らず乱れる息。
この世界に転生し、探索者として生きてきたアランだったが、これだけの強敵と自分だけで向かい合うのは初めてだ。
そのため、明確なまでの死の恐怖といったものに襲われ、石の騎士の放つプレッシャーに何とか耐えつつ、近づいてきた石の騎士が長剣を振るおうとする姿に視線を向けるのだった。