0089話
「は? えっと……その、本気ですか?」
ガリンダミア帝国軍への奇襲を行いその疲れから――どちらかと言えばパレードの主役を行った精神的な疲れの方が強かったのだが――眠り、そして起きたアラン。
軽く食事をし、少しイルゼンたちに会いに行こうかと思っていたところで、モリクからの使いがやって来たので、それについていったのだが……そこで聞かされた内容は、正直なところ本気ではなく正気ですか? と聞き返したくなるようなものだった。
だが、そんなアランの様子を見たモリクは、書類を整理しながらも苦々しげに頷く。
「残念ながらな。……それに、実際問題アランだけに手柄を取られたと思う者が出て来ても、おかしくはない。何より、アランは無傷でガリンダミア帝国軍に大きな被害を与えたのだからな。具体的にどれだけの被害を与えたかははっきりとしていないが、もしかしたら全軍の三割に届くかもしれないということだ」
「……三割ですか? そこまで被害を与えたとは思えませんけど」
実際に戦ったアランにしてみれば、被害という点では一割に届くかどうかといったところではないか、というのが実際に襲撃をした者としての感想だった。
これは、ガリンダミア帝国軍に見つからない場所から偵察をしていた者と、実際に戦った者としての違いだろう。
もっとも、一割でも十分な大戦果なのだが。
アランは傷一つつかず、一方的に敵を攻撃して挙げた戦果だ。
つまり、ガリンダミア帝国軍はまだ何もしていない状況で、いきなり一割の戦力を失ったのだ。
普通に考えれば、その時点で侵攻を中止して自国に戻っても不思議ではない。
何しろ、あくまでも単純計算ではあるが、アランがこのまま二度、三度、四度……そして九度と奇襲を繰り返せば、それだけで侵攻軍が溶けて消えてしまうことになるのだから。
とはいえ、それはあくまでも単純に計算した結果でしかない。
実際に再度奇襲をすれば、向こうだって一度同じ攻撃をされているというのを理解している以上は対抗策を考えるのは当然だろう。
最初の奇襲では攻撃をしてから数分でその場から離脱したので、ガリンダミア帝国軍の心核使いと戦うことはなかったが、それは最初だからの話であって、二度目ともなれば心核使いもすぐに心核を使って変身し、襲ってくるのは確実だろう。
「ともあれ、向こうに被害を与えたのは事実ですが、また同じことをやれと言われても困ります。ましてや、他の心核使いも連れて行けというのは、無茶がすぎるかと」
そう、モリクが提案してきたのは、他の心核使いを連れ、再度襲撃をして欲しいというものだった。
……もっとも、モリクの様子を見る限りではモリクがそれを望んでいないというのは、アランにも分かる。
そうなると、誰かがモリクにそうするようにと要望してきたのだろう。
誰がそのような真似をしたのかということになれば、アランにも大体は想像出来る。
ラリアントが不利だからこそ、金になると思った冒険者や探索者、もしくはラリアントに拠点をもつ商会。
前者は、自分が心核使いである者たちであって、後者は護衛として心核使いを抱え込んでいるのだろう。
そのような者たちから、モリクは突き上げを食らっというのは、アランにも理解出来た。
ゼオンで行った奇襲は、ガリンダミア帝国軍に大きな被害を与えた。
であれば、自分たちが抱えている心核使いでも同じような真似が出来るのではないか、と。
周辺国家を侵略して国土を広げてきたというのを知ってるだけに、ガリンダミア帝国軍の強さも十分に承知している。
それでもゼオンがそこまでの戦果を挙げた以上、自分たちもそれにあやかれるのではないかと、そう思ってもおかしくはない。
ガリンダミア帝国軍は強いが、そのガリンダミア帝国軍を相手にして明らかに被害を与えることが出来たとなれば、それは非常に大きい。
それこそ、今回のガリンダミア帝国軍の侵略を退けた場合、これ以上ないほどのネームバリューになると言ってもいいだろう。
心核使いを抱えている者たちは、戦後のことを睨んでモリクに自分たちが有する心核使いも奇襲に参加させたいと言ってきたのだ。
その辺りの事情をモリクに説明され、アランは若干の呆れを見せる。
「今はただでさえラリアントが圧倒的に不利な状態なのに、正直なところよくこの状況でそんな真似をしようと思いますね」
「今が不利なのは間違いないが、アランの奇襲が成功したことで状況が変わったからな。ガリンダミア帝国軍に大きな被害を与えたことにより、進軍速度は落ちるだろうし、ラリアントを攻撃するのにも時間が掛かるようになった。そうなれば、王都からの援軍が間に合う可能性も高くなる」
「そして援軍が間に合えば、挟撃することに成功する……ですか。話は分かりますけど、そう簡単にいくとは思えないんですけど。こっちにいるのは、そのほとんどが志願兵ですし」
ガリンダミア帝国軍は、侵略戦争を続けてきた。
そうなれば、当然のように兵士の練度や士気も上がっているだろう。
それに比べると、ラリアントにいるのはそのほとんどが兵士ではない。
正確には冒険者や探索者といった者もいるのだが、そのような者たちは強くても仲間内、パーティやクランで行動したことはあっても、兵士としての指揮系統の中で行動したことはいない……訳ではないが、そう多くないのも事実だ。
そんな状況で戦うとなれば、当然のように不服を口にする者もいるだろうし、上からの命令が気に入らないからと従わないといった者も出て来かねない。
だというのに、そこまでお気楽でいいのかと。
「アランが不安になる気持ちも分かる。だが、ここで士気が下がるよりは、まだ今の状況の方がいい。……無理な行動をしないように、こちらで手綱を握っていればいいんだからな」
手綱を握っていても、そういう連中なら手綱を引き千切って自分で行動するのでは?
そうアランは思うが、ないないづくしの今のラリアント状況で無茶を言っても仕方ないと思い直す。思い直すが……
「それでも、他の心核使いを連れて攻撃をするってのは無理ですよ。そもそも、その心核使いは空を飛べるんですか?」
「いや、アランに……ゼオンだったか? それに乗せていって欲しいとのことだ」
「……えーっと……」
モリクの言葉に、何と返せばいいのか分からずにアランは口籠もる。
当然だろう。
まさか、ゼオンを乗り物代わりに使おうと考えているなどとは、全く思っていなかったのだから。
だが、すぐに我に返ると、即座に首を横に振る。
「無理です。そう言ってくるってことは、心核使いが変身するモンスター、全部空を飛べないんですよね? 空を飛べるモンスターなら、あるいは何とかなったかもしれませんが……その場合、ガリンダミア帝国軍のいる場所まで移動しても戦闘出来る余裕はないと思いますよ?」
ゼオンが移動したのは、百メートルといった程度のような高度ではなく、数キロの高度だ。
当然そのような高度を飛ぶとなれば、気温も地上は比べものにならなくなるし、空気も薄くなる。
アランの場合はゼオンのコックピットに乗っているのでその辺は問題ないが、その辺のモンスターがその高度にまで上がれば一体どうなるか……それこそ、アランには想像出来ない。
空を飛べるモンスターであってもそうなのだから、もし空を飛ぶ能力のない地上での戦闘しか出来ないモンスターをゼオンの背中なりどこなりに乗せて移動するといった真似をした場合……まず間違いなくガリンダミア帝国軍のいる場所に到着したときには、戦闘が可能であるとは思えなかった。
「やはり無理か」
モリクも、アランの言葉は予想していたのだろう。
それでももしかしたらと、そう思って話を切り出したのだろうが、それはあっさりと断れることになっしまった。
「心核使いなら、ガリンダミア帝国軍との戦いの場はいくらでもあるはずです。それこそ、ラリアントに籠城している中でも、出番は多いでしょうし」
「そう言ったのだがな。……申し出をしてきた者たちにしてみれば、奇襲となればこちらが一方的に攻撃出来るが、ラリアントでの戦いとなれば向こうも心核使いを出してくる可能性が高い」
「それは、まぁ」
例外はあれど、基本的に心核使いに対抗出来るのは心核使いのみだ。
ラリアント軍が心核使いを出せばガリンダミア帝国軍も心核使いを出すし、その逆にガリンダミア帝国軍が心核使いを出せばラリアント軍も心核使いを出す必要がある。
そうして心核使い同士が正面から戦った場合、双方共に被害を受けるのは当然のことだった。
モリクの奇襲するように希望してきた者たちにしてみれば、それは避けたい。
自分たちが被害を受けないでガリンダミア帝国軍に被害を与え、名声を欲しているのだ。
モリクもその辺りの事情は理解しているが、向こうの影響力を考えれば、独断で拒否は出来ない。
何より、こちらの被害がないままで敵に被害を与えることが出来るのならば、それはラリアントにとっても大きな利益となるのは事実なのだ。
「心核使いは、言うまでもなく貴重な存在だ。だからこそ、消耗するような真似はしたくない」
「そう言われても、無理に連れて行った場合は、それこそ何も出来ずに敵に倒されるか、捕らえられるかするだけですよ? 逃げるときにも、一緒になって逃げないといけないので、行動が鈍る可能性が高いですし」
アランの言葉に、モリクは少し考え……やがて、頷く。
これ以上アランに無理を言っても、いみはないと理解したのだろう。
「分かった。話を持ってきた連中には、今のアランの言葉をそのまま伝えておく。……そんな状況であっても行くのかと言って、それを向こうが許容出来るのなら、駄目元で連れていってくれ」
「……本気ですか? 連れていった心核使いは、ほぼ確実に捕らえられるか殺されるかするはずですよ?」
「それでもだ。……とはいえ、その辺は安心しろ。心核使いというのは、どこにとっても奥の手だ。そんな状況になる可能性が高いのに、わざわざ向かわせるといった真似はまずしないだろう」
そう告げるモリクの言葉に、アランとしては是非そうであって欲しいと願うだけだった。




